7.
緩やかな人々の流れに逆らうように
一人の少女が道を全力疾走していた。
そしてそのやや後方からその少女を追い掛ける影があった。
「はぁ…はぁ…しつこいっ…!」
「待ってくだすぁぁぁぁぁい!!」
土煙を上げるほどの勢いの二人は
器用に人を避けながら鬼ごっこを続けていた。
「なんで逃げるんですかぁぁぁぁぁ!?」
大声のやり取りが続く。
「お前がっ、はぁ…追いかけてくるからだろう!!」
「そんな事言わないでぇー、ゆぅむぅすぁぁぁぁぁぁん!!!」
「私の名前を大声で叫ぶなっっ!!」
一瞬、ツッコミに気が向いたほんの一瞬。
その瞬間を追跡者は見逃さなかった。
その一瞬で一気に距離を縮めると追跡者は
ゆむに覆い被さるように飛びついた。
「しまっ」
「つーかまえーたー!!」
どしんっ。
大きな音が響く。周囲の人達は何事かとその中心に目をやる。
煙が晴れ、状況が明らかになる。
先ほどの衝撃で伸びている少女と
その上に馬乗りになる少女。不思議な絵である。
「あ、あれ?…ゆむさーん?えっと、大丈夫ですか…?」
「…だいじょうぶな…わけ…ある、か…。」
その一言を言うと、ゆむは気絶した。
数十分後―
「すいませんすいませんすいません!本当にすいません!!」
そこには気が付いたゆむに平謝りする少女の姿があった。
「あぁもう良い、わかったから。…はぁ。」
ゆむは最早どうでもよさそうに、酷く退屈そうにその様子を一瞥した。
「で、なんで私を追っていたのよ、万博?大体どうやって私の場所を…。」
「あ、はいそれはですね!愛しのゆむさんと自由時間を一緒にすごそうと思ったのですが
気付いたらゆむさんは一人でどちらかへと行ってしまった後でして。
そうしたら、404さんがゆむさんはこっちに居ると教えてくれまして全力で追跡してきました。」
「…404?」
「はい?404さんですよ?」
「誰だそれは…?」
「え、誰って…ここに居るじゃないですか?」
『もしかして…。』
「は…?あぁ、お前あれか。さっき頭でも打ったのか。
それはいかんな、すぐ集合場所に戻って先生に診てもらえ。」
万博が言った404と言う人物にゆむは心当たりが無かったし
そこに居ると言われてもそこには万博以外学園の生徒が居るようにも見えなかった。
『万博ちゃん…ゆむさん、私のこと、視えてないよ。』
「え、ゆむさん…見えないんです、か?」
「だから何がだ。お前だけが変なもの見えてるんじゃないのか?」
見えないのも、当然だった。
確かにその場には、404は居たのだ。だが、彼女は普通の人にはまず見えない。
『万博ちゃん、私は慣れてるから、大丈夫だよ。』
彼女は、幽霊だったから。
「あー、そっか。そうですか。それじゃあいいです、404さんの件は置いといて。」
「良いのかそれで。」
「良いんです。404さんもそう言ってるし。」
「いや、お前の頭がな。」
あっけらかんとする万博の様子とは対象的に
ゆむは少し不安になっていた。そんな事は無いとは思うが
もし万が一、先ほどの件で頭など打っているのならば大変な事だ。
それを厄介払いして一人で歩かせるのはどうだろうかと。
「…いや、良い。わかった。時間までなら一緒に居てあげるわ。」
「ほ、本当ですか!?二言はありませんね?やったーっ!!」
その言葉を聞いて万博の顔が一気に晴れやかになる。
その横で、『良かったね。』と404も笑顔になった。
勿論、ゆむには彼女は見えていなかったのだが。
その後、時間まで万博はゆむとの時間を大いに楽しみ、
ゆむは逆に万博の事が気が気でない時間を送った。
8.
「北海道って言うからその辺に熊とか猪とか居ると思ったのになぁ。
なんだ、思ってたより普通の街でちょっとがっかり…。」
はぁ、と見当違いな落胆を覚え肩を落としていたのは緋想学園三年、アルカナだった。
何を覚え違いしていたのだろうか、彼女は北海道を未開の地のように想像し
野生の熊や猪を狩猟出来る事を楽しみにこの地の土を踏んでいた。
だが実際はどうだろう。整備された街並み、舗装された道路。
およそそう言った野生動物等とは無縁に見える「普通」の景色。
「…どうしよっかなぁー。」
元々自分と同じ目的の人も居ないため、彼女は一人で行動していた。
「こんな事なら誰かに付いて行けば良かったかな…計画不足。」
自分を嗜める言葉を吐き、猛省する。
項垂れているアルカナを見つけた影が、声を掛けてきた。
「あの、失礼…。」
「あ、はい?ひゃぁっ!?」
「うわぁっ?な、何かご無礼を!?」
声を掛けた方も、掛けられた方も驚く。
だがすぐに息を整えアルカナは相手の姿を確認した。
「あ…あぁ、ごめんなさい。一瞬男の人かと思っちゃって。
こんな所で奇遇ですね、充さん。」
充と呼ばれた彼…否、彼女。
彼女は普段男装をしており、整った顔立ちや紳士的な振る舞いから
大層な男前に見えるため、女子からの人気が高い。
「いや、驚かせてしまったようで失礼。
人ごみを避けて歩いていたら気付いたら迷ってしまったようでね。
見知らぬ土地の一人歩きはなかなか不便で。そうしたら、貴女を見掛けたので。」
「そうだったんですか。実は私もちょっと行く所がわかんなくなっちゃってて…。」
あはは、とバツが悪そうに笑うアルカナ。
「貴女のような人が迷うとは珍しい。しかしそうすると…困りましたね。
見知らぬ土地で迷子が二人…ですか。」
顎に手を当て悩みだす充。
その様子を見てアルカナはポンと手を叩いた。
「そんな事ないですよ。一人より二人ですから。
一人じゃ途方に暮れる事も二人ならわからないじゃないですか。」
「そう言って頂けると心強い。では申し訳ないのですが
ご同伴させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろん!」
そうして二人並んで歩き出す。
歩きながらアルカナは自分の事情を説明した。
充はその内容を聞きながら時々相槌を返していた。
その相槌が決して嫌味に思えないのは彼女の人柄と言うか雰囲気と言うか。
「充さんって、結構ファン多いですよね。自覚してます?」
突然の話題の急転換。
「…やっぱりそう見られてるんですかね。あまり本意では無いんですが。」
恥ずかしそうな困ったような顔をして充は答えた。
「あ、すいません、変なこと聞いちゃいました…?」
その様子に不安を覚えたアルカナは充に問う。
「いや、大丈夫ですよ。えぇ、色々な人から好意を持って頂いてるのは
自覚してますし、それを無下にしようとも思ってはいません…ただ。」
「ただ?」
「彼女達は、私を外見で判断しますから。ちょっと、難しいですね。
全部が嘘とは言いませんが、何だか騙してしまっているようで。
それでいて、私の本当の気持ちなどを知ってくれるほど深い関係の友人も居ませんし。」
「なんか…大変、だね。」
「貴女は人の心の機微に敏感なんですね。」
そう言って、アルカナに笑いかける。
「え、いやそんなまさか!私なんて好き勝手やってるし空気読まなかったりするし胸揉んだりするし!」
何故かとても恥ずかしかった。きっと充さんの甘いマスクのせいだろう。
そう思う事にした。
その様子を見て、充が吹き出した。
「あはははは。貴女みたいな人が友人なら、きっと毎日が楽しいんでしょうね。」
その顔は、普段の充より子供っぽくて、だけど何時もより素敵に見えた。
「…充さんって綺麗な人だと思ってたけど、かわいい顔もするんだね。」
アルカナがそう言うと充の顔がまるで茹蛸のように真っ赤になった。
「そ、そんな私が可愛いだなんてそんなまさかっ…!」
慌てふためく充を見て、今度はアルカナが吹き出した。
「ぷ、あははは!充さんでもそんな顔するんだねー。」
野生の動物は居なかったけど
充さんの意外な一面を見れたのは今日一番の収穫かな。
アルカナは、そう思っていた。
9.
「巫女巫女よ…俺たちの目的は?」
「俺が北海道のレディズをエロエロにしておにいさんが孕ませる。」
「つまりどういう事だってばよ?」
「言い換えればナンパしてにんっしんっしらう!ってことだろ?」
何が悲しくてこの組み合わせになったのだろう。
男二人は人気のないトイレで打ち合わせをしていた。
勿論こんな事教師陣にバレたらただでは済まないだろう。
だがそういった危険と隣りあわせでこそハンティングは燃え上がる。
「じゃあ、まず俺が声を掛ける。」
「頼んだぞ巫女巫女。今回の成功の鍵はお前のエロオーラだ。」
「合点承知。」
まるでホストの用に表情を営業用に切り替える二人。
制服を来てなければ普通にその道の人に思われるかもしれない。
「ちーすけも居ればもっと楽なんだが…。」
ろーりんが呟く。
「仕方ないだろ、あいつ学年違うんだから。」
「それもそうか。お、あの子どう?」
人混みの中に、ろーりんがターゲットを発見する。
後ろ姿ではあるが、長く伸びたストレート。
高すぎず低すぎずな身長。後ろからでも分かる凹凸。
「…よし。行くぞ。」
「Yes,Sir.」
タイを整えその女性へと近付く二人。
まずは巫女巫女が声を掛ける。
気さくな好青年、イメージは気さくな好青年。
想いは力、念じれば現実になる。
邪な願望を隠し、さわやか男子生徒になりきった巫女巫女が声を掛ける。
「すいません、ちょっと良いですか?」
声に気付いた女性が、巫女巫女の方に振り向いた。
「はい?」
「いや、いきなりしつれ…あ?」
「え?」
「げ。」
三者三様の声を上げ時間が制止する。
巫女巫女が声を掛けたのは、あろう事か
今回の旅行の引率の一人である、握手先生だった。
巫女巫女とろーりんは顔を見合わせアイコンタクトをする。
『おいどうすんだよこれ?!よりにもよって握手先生じゃん!』
『俺が知るかよ!大体これにしようつったのおにいさんじゃん!』
「で、お前達何してるんだ?その様子だとまさか僕だと思わないで声を掛けたんだろ?」
握手先生の声でアイコンタクトを終了する二人。
どうしたものか、まさか正直に答えるわけにもいくまいし。
「…まぁ、組み合わせから僕なりの予想を言ってやろう。
お前達、ナンパしようとしてたな?」
ギクリ。流石こんな見た目でも同性。
「い、いやぁまさかそんなわけないじゃないっすかー。」
はははー、と誤魔化すろーりん。
おにいさんの笑顔が硬い。
「まぁ、わからなくもないけど。だけどな?そう言うのは不純だぞ。
いいか?学生と言うのはもっと清く正しくあるべきであってだな?」
握手先生は説教モードに入っていた。
こうなると適当な所で逃げるのは難しくなる。
どうにかこの状況を打開する事を考えなければ。
「だからー?~~~で~~~~~で~~~~だから…
おい、ちゃんと聞いてるのか!?」
「は、はい勿論!耳付いてますから!」
「先生、立ち話もなんですから座りませんか?
あ、俺飲み物買ってきますよ!」
そう言うと巫女巫女は駆け出して行った。
ろーりんは気付いた。あいつ逃げやがった。
「すいません握手先生!一人じゃきっと迷子なっちまうから
俺も一緒に行ってきます、また後で話はじっくり聞きます!」
巫女巫女に続いてろーりんも走り出した。
「あ、ちょっと待て二人とも!…まったく。」
はぁ、と溜息を吐き握手先生は近場に椅子を探した。
どうせ帰ってこないのだろう、と一瞬思ったのだが
教師が生徒を疑うような事があってはならないと自分を恥じて
二人が帰って来る事を待つ事にした。
その後、数時間。ひたすらに帰ってこない二人を待ちぼうけする握手先生は
集合時間を伝えに来たドリモグ先生にベンチで項垂れている所を発見される。
二人の方はと言うと、ナンパは悉く失敗に終わったばかりか
集合後の宿にて、握手先生にみっちりと絞られる結果に終わった。
4セット目に続く