―女の子が泣いている。
横で男の子が何事かと慌てていた。
…なんだよ、よく見たら俺じゃねぇか。
何女の子泣かせてるんだよ、情けない。
あぁ、なんとか泣き止んでくれた。
女の子が顔を上げる。…君は―
『ピピピピ、ピピピピ』
情緒もへったくれもない電子音に目が覚める。
「…んぁ。」
久し振りかもしれない。
目覚まし通りに目が覚めるなんて。
まだ少し眠たい体を引き摺りながら俺は一階の居間へ降りて行った。
「あれ、おはよう兄さん?」
居間では妹・風見ふまれが朝食の準備をしていた。
親父の再婚相手の娘だがお互い苗字を変えなかったせいで違う姓なのだ。
兄妹なのに苗字が違うのは昔はよくからかわれたものだった。
「…なんで疑問形なんだ?」
「だって兄さんが自分から起きてくるなんて珍しいから。
今日の天気予報は晴れのはずだし…。念のため折り畳み傘持ってこうっと。」
「何気にひどい言いようだな。」
別に何があったわけじゃない。
ただちょっと
「懐かしい夢を見た。」
…気がする。
「懐かしい夢?」
「まぁ…気にするな。それより飯。」
「あー、もうちょっと待ってて。その間に顔洗って来ちゃって。」
「ん。」
俺は洗面所へと向かう。
この匂いは…今日はベーコンエッグかな。
あいつの作る飯は目立った所は無いがなんというか、
安心出来る味なので我が家の食料に関しては心配が無い。
家計も任せっきりなので少しばかり兄としての威厳が怪しいが…。
…
「ごちそーさん。」
「ご馳走様でした。」
「片付けは俺がやるから、お前は準備してこい。」
「え、良いの?」
「余裕だ。それに準備はお前の方が時間かかるだろ。
だからさっさとやってこい。」
「ん~…、それじゃあ片付けお願いしちゃうね。」
軽い足取りで妹は自室へと向かっていく。
「さて…っと。」
皿洗いくらいどうって事は無い。
片付けをしながら少し今朝の夢を思い出していた。
あの子は…誰だった?
俺が笑わせてあげたかった女の子。
多分だけど、そうだったんだと思う。
…昔の事は大して覚えちゃいない。
でもどうしてか、思い出さなきゃいけない気がした。
そうモヤモヤ考えているうちに、家の呼び鈴が鳴った。
あぁ、もうこんな時間だったか。
「おはようございまーす。」
「あぁ、おはようヨナちゃん。」
妹の同級で1年の(ねぎかもよなぴよ)ちゃん。
毎朝、登校前にうちに来ては妹と一緒に登校している。
多分、二人は親友ってやつなんだろ。
「えーと、ふーちゃんもう準備出来てます?」
「あぁ、多分もうじき降りてくると思うよ。上がって待ってる?」
「あ、大丈夫です!ここでお待ちしますよ。」
と話していると二階から忙しい足音が聞こえてくる。
ナイスタイミング。
「あ、ふーちゃん。」
「おかえり愚妹。」
「誰が愚妹か!おはよーヨナっち。」
「うん、おはよー。」
…クソッ、絶対女のローキックじゃないぞ今のは…。しばし悶絶した。
女三人寄れば姦しいとよく言うが、二人でも十分だと思う。
特にこの二人は一歩間違えば百合方面へ行っちゃうんじゃないかと
兄として少し心配だったりそうでなかったり…。
「それじゃあ兄さん、私たちは行くけど…」
「わーってる、ちゃんと後で俺も行くから。」
「そう言って遅刻ギリギリで滑り込むんだから。」
「いいじゃねーか、遅刻じゃないんだから。」
「余裕ある時間に起きてもこれだもん…。」
「まぁまぁ…。それじゃあ先輩、また学校で。」
「あぁ、いってらっしゃい。」
「それじゃ兄さん、後でね。」
二人の登校を見送りつつ居間で暫しの安息を得る。
あぁ、この時間最高。
急げば学校までは10分で行けるから…よし、まだ20分は余裕がある。
まだ余裕…まだ……
…………
『♪~』
「うぉわっ!?」
携帯の着信音に跳ね起きた。寝てた!?
着信覧を見ると妹からだった。
時刻は…2時限目がもう始まる所だった。
うーわー、完全遅刻じゃねーか。
とりあえず『学校には行く』とメールだけしておこう。
しかしどうする?
今から行っても微妙だしな。
昼休みを狙っていつの間にか紛れ込む作戦で行こうか。
というわけで今しばらくのこ怠惰な時間を満喫する事にした。
……時刻は11時半。そろそろか。
もういい加減テレビのワイドショーにも飽きてきた俺は
のんびりとした足取りで登校した。
外はまだ肌寒さは残るものの天気のおかげだろうか。
少し暖かさを感じ、過ごしやすいであろう気候だった。
4時限目が終わる前に学校に着いてしまった。
…まだ教室には行けない。
先に学食に行って昼食でも仕入れて行こう。
こう言う時でもなければ一番人気の手作りバナナボードは手に入らない。
定石では焼きそばパンなどが一番人気なのだろうがうちの学校はわけが違う。
何故ならそのバナナボードは我が校の生徒会長にして
料理研究部部長、剣道部主将と言う二足、三足の草鞋を穿く
通称「タマちゃん」お手製と言うものだからである。
この学校の生徒なら誰もが一度は食べてみたいパンなのだ。
…俺は誰に説明しているのだろう。
とくだらないことを考えながら足は学食へと向かっていた。
「あれ?」
まだ誰も居ないはずの学食にはすでに人影があった。
誰だろう、と思ったが間違えるはずもない。
生徒会長、その人であった。
「…まずくね?」
誰に言うわけでもなく零れた言葉。
どうやら聞こえてしまった。
会長が不思議そうな顔でこちらに気付く。
「あ、その…」
「…まだ準備中。」
「あー、すいません、ちょっと急ぎ過ぎですか。」
「でももう陳列は終わり。少し早いけど良いよ。」
あれ、何もお咎め無し?
でも会長が良いと言うなら良いのだろう。
俺はバナナボードを2つ手に取り金を払う。
「いつも購買は会長が直接?」
「週二、三回くらい。出来る時と出来ない時があるの。」
「ふぅん、大変なんスね。」
「でも楽しいのだ。」
「…そっすか。頑張ってください。」
丁度4時限目終了のチャイムが鳴った。
「それじゃあ俺は行きますね。」
「あ、これあげる。」
何かを投げ渡された。
「…アイス?」
「ドルチェ。とっておきなのだ。
一番目だからサービス。」
「あぁ、どもっス。」
軽いお礼をしてその場は立ち去った。
普段、集会等でしかお目にかからない会長と少し会話を交え
有ろうことかアイスまで頂戴してしまい
何か他の生徒に優越感を持ってしまった自分が浅ましく感じつつ
やはりそこはかとなく嬉しくなっていた。