ss73554

Last-modified: 2009-05-09 (土) 12:19:09

オレこれ
 

森の中にて
 
走る。
男が全力で走るのは、意地のためか約束のためと相場が決まっている。
俺が全身傷だらけになり、今も死ぬ気で走っているのは、その両方のためだ。
そう遠くない背後で轟音。
あのひとがまだ戦っているんだ。
ならば俺も走らねばならない。
ここで命果てるとも、彼女に辿り着かなければならない。
 
左足が紐のようなものを踏んでしまった。
これはヤバい。トラップだ。
針のような赤い光線が全方位から俺に迫るのが、妙にゆっくり見える。
 
避けられない。
 

学食にて
 
時間を少し遡ろう。
 
「よし、ナンパに行くぞ」
昼飯を食っていたら、えらい男前が目の前に現れて突然そういった。
「へ?」
「オレオだろ?お前」
「はあ」
如何にもその通りだが、この男前は何者で、何故俺の名前を知ってるんだ。
俺が男前を疑惑の視線でまじまじと眺めていると、
「……あれ?聞いてないのか?俺は巫女巫女。今日は風見の奴がちょっと用事できちまってな。
 代わりに俺がお前の学校案内を任せられた」
「ああ、そういえば」
そんな事を言ってたような気がする。
「納得したか。じゃあ行こうぜ」
スタスタと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「何だ?」
「ど、どこへいくんです?そしてどうしてナンパ?」
「ああ、折角俺が案内するわけだからな。風見が案内しなさそうな場所へ、風見が絶対やらない方法で
 行ってみようと思う」
言ってニヤリと笑う。
ダメだ。嫌な予感しかしない。
でもそんなのもう正直慣れてきたので、文句は挟まず
「一体どこの誰をナンパするんです?」
とだけ訊いた。
「いい質問だな」
巫女巫女さんは男前に振り返ると、なにやら含みのある笑顔で答える。
「科学研究部のお姫様だ」
 
―幕間
生徒会室にて
 
「今日はあの転校生君、巫女巫女に任せたんだって?」
「そうなんですよー、どこに行くのかは訊いてないんですけど」
「巫女巫女?あいつなら、科研部の別荘行ってさとりちゃんをナンパするって出てったわよ」
「ははあ、科研部に……科研部!?しかも別荘に!?さとりんをナンパしに!?
 オレオ君転校生ですよ…?そんなところに連れて行ったら……」
「さあね、死ぬんじゃない?」
「あるる先輩!」
「はは、いいねえいいねえ。転校生君もなかなかE&Eしてるじゃないか」
「ゆむ先輩まで……」
「ほら、無駄話してないで、さっさと仕事片付けるわよ」
「……はーい」
 

化学研究部へ続く道にて
 
「着いたぞ」
鬱蒼とした森の入り口に立ち止まって、巫女巫女先輩が立ち止まる。
「着いたって…ここっすか…?」
「ああ。化学研究部には、二人の部員がいてな。両方女の子なんだが、この二人がまたラブラブなんだ。
 見ているこっちが恥ずかしくなるほどな。
 で、この二人が二人っきりでいちゃいちゃするために、科学部の技術の粋を集めて、誰も近づけない
 要塞を作った。人呼んで風雲くるる城…そいつがこの森の中にある」
「なるほど……どこからツッコんだらいいですかね」
「いくつポイントがあった?」
「いくつもありますが、さしあたって重要な点は二つですね。
 1つは、そんなラブラブな二人に、俺たちのナンパが入る余地なんかないんじゃないでしょうか?
 もう1つは、誰も近づけない要塞に、俺たちはどうやって近づくんですか?」
巫女巫女先輩は、俺の質問に大きく頷くと、
「ああ、1つ目は、二人のうちの一人は、結構融通が利いて、落ち着いて話せる子なんだ。お姫様の方だな。
 この子に会いに行く。
 まあ、もう一人のほうも普段はまともな奴なんだけどな、姫さんのこととなると一切の見境がなくなる。ナイト様の役だ。
 いわば俺たちは、ナイトの手から姫様を奪い取らんとする魔王軍のモンスターな訳だ。
 気をつけろよ。向こうは殺す気でくるぞ」
「………」
ほら見ろ、順調にきな臭くなってきたぜ。
「もう1つ。誰も近づけない要塞にどうやって近づくのか、だったな?」
「……いや、もう薄々わかってますけどね。今の説明で」
「はは!この学園にも、結構慣れてきたみたいだな!」
「おかげさまで」
俺と巫女巫女先輩は、笑み(俺は苦笑いだったが)を交し合った。
「こいつを渡しておく」
先輩が、懐から紙切れを取り出して、俺に手渡した。
「これは…?」
「ん?まあ、お守りみたいなもんだ。胸ポケットにでも入れとけ」
言われたとおりにした。
「…さて、じゃあ行くか」
「ウィス」
行きたくないけど、行くしかないのよね。
いざ、バッドエンドへ……
「よーし……走れっ!」
「ウィス!!」
真っ逆さまだこの野郎!!
 
―幕間
科学研究部別荘内部にて
 
「ん?」
「……どうしたの?くるるん」
「侵入者の反応だわ…どういうつもりか知らないけど、命知らずもいたものね」
「大丈夫……?」
「平気だと思うけど、ちょっと見てくるわ。さとりんはここで待ってて」
「うん。気をつけてね?」
「まっかせて!すぐ戻ってくるから!」
 

森の中にて
 
「うおおおおおおおお!!」
森の中は、罠の見本市だった。
トラバサミや竹槍発射装置、赤外線に落とし穴、猫を飛び越えようとしたら鋼鉄の筍が生え、
宝箱はミミックとか大タコ、デスノートは偽者とすり返られており、かべのなかにいたし、ムササビを撃ったら
ライフが減ったし、スタート地点から一歩進んだら海に落ちたし、カレーをお替りしたら死んだし
点数取ろうとしたら蛍の妖怪がキックしてきたし、ベガスラガードして反撃しようと思ったらクレイドルだったし
飛鳥了は悪魔王サタンだったし、わいは男の桜ちゃんが好きなんや!だった。
巫女巫女先輩のフォローがなければ、50回は死んでいたはずだ。
「はは!楽しいなあオレオ!」
巫女巫女先輩にしても、このトラップ地帯を俺のフォローをしながら進むのは容易ではないらしく
全身が傷だらけだ。下手したら死んでもおかしくない。
それでも、巫女巫女先輩は笑って言った。
狂っている。
と、少し前の俺なら思ったんだろう。
「…ウィス!」
だが、どうしたことだろう?
楽しかった。
巫女巫女先輩に守られているせいもあるだろうが、上手く自分の勘が当たって罠を回避できたときは
脳汁がすごい勢いで分泌されているのが自覚できた。
この森を自分の力だけで駆ける先輩は、俺の十倍も、いやさ百倍も楽しいはずだ。
力が、強さが、初めてうらやましいと思った。
「おっと…ストップ!」
巫女巫女先輩から、突然静止がかかる。
「どうしたんですか?」
思わず巫女巫女先輩を見ると、先輩の視線は少し上を向いていた。
「この森で、一等危険な罠のおでましだ」
正面の丘の上に、少女が立っていた。
「……好き勝手やってくれたじゃない」
ん……?どっかで見た顔だな……
「ふん、生徒会のエロ男と…あの時の転校生ね。ここに何か用?」
あ、そうだ。将棋部を覗いてた二人のうちの一人か。
ということは、俺の考えてることを言い当てた、もう一人の方が姫様ってわけだ。
「おー、くるるん!転校生の歓迎会代わりに、さとりんのナンパ権奢ってやろうと思ってな。
 悪いんだが、ちょっと通してくれないかな?」
「………できない相談ね」
うわあすげえ。今ビキッて聴こえた。
巫女巫女先輩が目線は変えないまま、小声で話しかけてくる。
「俺があいつを止める。ここから別荘までは一直線に走るだけでたどり着ける。
 あとはお前一人で行くんだ」
「えー!?」
そりゃ無茶だ。
「遺言の相談かしら?」
くるるんとやらが、今にも跳ね飛んできそうな姿勢で言う。
「まさか。すんなり通してくれなそうだからな。作戦会議だ」
言うが早いが、巫女巫女先輩が上着を脱ぎ始めた。
シャツのボタンも外し始めた。
脱いだ。
アンダーも…ってオイ!裸!?ラ!?
「な、なにしてるんです…?」
脱いだ。
上半身裸だ。
「ふん、そんなので私を混乱させようってわけ?生憎、男の裸なんかじゃ……っ!?」
瞬間。
濃密な「何か」が、巫女巫女先輩から溢れ出した。
目に視えるものではない。
敢えて言うなら、オーラ。
「な、なにこれ……?」
先ほどまで全身に余裕と殺気を漲らせていた彼女が、赤面して後ずさる。
え…ウソ…
巫女巫女先輩の体から、すっごいエロオーラが!
「ほら行けオレオ。男になってこい」
「う、ウィス!」
このままここにいたら、俺はこの人に抱かれてしまうに違いない。覚悟を決めよう。
「今日は楽しかったぜ、オレオ。後でまた会おう」
「……俺もです!」
言って、走り出す。
不思議な絆が生まれていた。
「ちょっ…行かせないわよ!」
「おっと」
俺を止めようとしたくるるさんを、ぬらりと出現した棒が遮る。
「浮気すんなよ…お前の相手は俺だろ?」
「っ…この棒も…邪魔!」
戦いが始まった。
俺は振り返らない。
あの人は絶対に彼女を食い止める。
俺は絶対に彼女の元へたどり着く。
共に命を賭けたあの人との、
たった一つの約束だ。
 

森の中にて
 
走る。
男が全力で走るのは、意地のためか約束のためと相場が決まっている。
俺が全身傷だらけになり、今も死ぬ気で走っているのは、その両方のためだ。
そう遠くない背後で轟音。
あのひとがまだ戦っているんだ。
ならば俺も走らねばならない。
ここで命果てるとも、彼女に辿り着かなければならない。
 
左足が紐のようなものを踏んでしまった。
これはヤバい。トラップだ。
針のような赤い光線が全方位から俺に迫るのが、妙にゆっくり見える。
 
避けられない。
 
と思ったら。
俺が消えた。
「あ、え?」
気づくと、先ほどの罠地点の少し先を走っていた。
…幻術?
「うぁちっ!」
突如胸に熱を感じて触ってみると、胸ポケットが燃えている。
「ゲゲェーッ!」
巫女巫女先輩から貰った紙切れが炎上しているのだ。
お守り、と言ったのはこういう事か。
本当に助けられてばっかりだ。情けない。
でも、巫女先輩コノヤロー、言うとおり胸ポケに入れてたせいで片乳首丸見えじゃねえかバカヤロー。
片乳首丸見えの男と、上半身裸の男に誘われるのは、どっちが嫌だろうか。女心がわからねえ。
脱ぐことにした。思いっきり衣服を投げ捨てたい気分だったんだ。
だって、
ようやく目的地だ。
「うおおおおおおお!!」
叫んで、服を投げ捨てた。
 

くるる城内部にて
 
城と銘打ってはいたが、実際のところは全く城ではなく、むしろ広めの庭付き平屋みたいな感じだった。
さて、姫様はいずこに居られるやら…と…
いた。
縁側に座って空中を眺めていた。
堂々と近づいていく。
しかしご存知の方も多いと思われるが、オレオはミスターバッドエンドにございます。
女子との重要な会話の際は、常に最悪の選択肢しか選べないという呪いにかかっているのです。
現に今、必死で口説き文句を考える俺の頭の中に、「俺の塔が、君の洞窟に」という、ちょっととんでもない
地雷フレーズがセットされているのです。他の言葉が浮かびません。不思議。なんでRPGのキャッチ風なんだよ。
なので、彼女の前に立つまでに別の台詞を思いつかねばならんわけなのですがこれちょっとムリたすけて神様!
俺に誓いを守る力を!
さとりさんの前に立つ。
な、なんか選択肢出た!これだ!
「か、彼女…お茶しない…?」
……
お前、これもどうかと思うナー……俺上半身裸だし。
「………うん」
さとりさんは俺をぼやっと見上げると、のんびりと立ち上がって、家の奥へ歩いていってしまった。
…ていうかうん?うんっつったか今。
しばらく放心していると、彼女が急須と湯のみを二つ持ってきた。
そ……ッッ、そうきたかァ~~~~ッッ。
「はい」
さとりさんがお茶を湯飲みに淹れて差し出してくる。
「どうも……」
縁側に腰掛けて、それを受け取る。
「で……なにか用があって来たんでしょ?」
自分の分のお茶を淹れながら、さとりさんが俺に尋ねる。
「……そのはずだったんだけど……まあ、達成したかな、目的は」
お茶を啜りながら答える。美味いなこれ。
「ここにたどり着いた時点で、満足した?約束を果たせたから」
さとりさんが屈託なく笑いながら言う。
なんで、それ。
「顔に書いてあるよ」
またも、訊く前に答えられてしまった。思わず顔を弄る。
「あはは…リアクションが古いね、口説き文句も」
さとりさんが、堪え切れないという風に声に出して静かに笑った。
なんだか、俺も笑ってしまう。確かに古い。お茶て。
一緒に笑って、なんだか気が緩んでしまった。疲労と安心感で目の前が暗転する。
「お疲れ様」
どうも。お茶ご馳走様。
 
―幕間
 
「さとりん!無事!?…こ、こいつも裸じゃない!なんでこいつら脱ぐの!?変態!」
「どうもどうも。オレオー生きてるかー?……死んでるな」
「うん、大丈夫。何もなかったよ。彼は寝てるだけ」
「そっか。んじゃあ、今日のとこはこいつ持って帰るわ」
「二度と来るんじゃないわよ!…なんでこいつ笑ったまま寝てるの?」
「……はは!くるるんにゃー、まだわっかんねえか。なー?さとりん?」
「…なー?」
「な、なによ、さとりんまで…なんで笑うのよー?」
「あのね、くるるん」
「覚えときな、部長さん。やりとげた男ってのは…こういう顔して眠るんだ」
 
 

保健室にて
 
「オレオ、生きてる?」
ふまれさんが保健室を覗き込んでくる。すげえ久しぶりに見た気がするな。
「なんとか」
「運がよかったねえ…まさか両方生きて帰ってくるとは思わなかったよ」
「ほんと死ぬかと思ったよ」
ちなみに、巫女巫女先輩は隣のベッドで寝ている。俺を保健室に届けたと同時にぶっ倒れたのだそうだ。
「そういえば、ふまれさんは今回何してたの?」
「よくぞ聞いてくれたよオレオくん」
ふまれさんが胸を張る。
「今度生徒会主催で行われる、『厨ニ病仮面舞踏会』の企画をしてたんだよ!」
「ちゅうにびょうかめんぶとうかい…?」
「そう!正体がわからないよう仮面をつけて、普段なら言えないようなキザな台詞で、気になるあの娘と
 キャッキャウフフしようというロマンチックなイベントなんだよ!…オレオも出るよね?」
正体がわからないのに、どうやってあの娘とやらを探すのか…そもそも俺にそんな娘はいない。
試しに、出場した自分を想像してみた。踊る相手もいなくて、壁にもたれかかった仮面俺が
「おれたちは、かりそめの客なのだ」
と呟いている。
……………
「それでねー…ってうわ!なんで泣いてるの!?き、傷が痛むの?…待ってて!先生呼んでくる!」
ふまれさんすまねえ。俺それパスだわ。
走り去るふまれさんの背中を見送ってから、不思議な満足感と共に窓の外を見上げた。よくわからん天気だ。
……ここは、緋想天学園。
 
明日の天気も、きっと極光に違いない。