ss73557

Last-modified: 2009-05-09 (土) 12:22:04

(放課後:階段踊り場にて)
 
??「ちょっとそこのアンタっ」
いきなり声をかけられた
??「来てっ」
いきなり袖を引かれた
――まぁ待て、色々といきなりすぎる…まず君は誰だ、そしてどこへ行く?
??「ん? ああ、ごめんごめん、あたいは鼻歌。キミにちょっと付き合って欲しいんだ」
――これまた急に…
声をかけてきた女性は一言で表現するなら…大きかった
身の丈は標準男性と同じくらいか、あるいはそれ以上
少なくとも俺より大きい…いや身長だから、それに俺のは小さいほうじゃないし、標準男性の平均値だからっ、比べたことはないけど…
意味のないフォローを心中でしつつ、視線を彼女の顔から落としていく
こっちはそんなでもないのか…身長にあったサイズかと思ったけど女性特有の主張はそこまでではないらしい、が
――問題ない、大好物です
…うっかり口から心の声が漏れた
鼻歌「その返事は”イエス”だね、さぁ行こう!」
――え、どこに…
こっちの疑問を言い切る前に、鼻歌はさっきからずっと掴んでいた袖を引っ張り階段を駆け上る
――袖だけに、いくとな…
どこかで聞いたフレーズを俺は口にしながら屋上まで連れていかれた
 
 
(屋上)
 
――意外と誰もいないもんだな…
何故か静かな屋上を見渡して俺は呟いた
鼻歌「あっれー、おかしいな、匠の話じゃここかもしれないってことだったのに」
――アイツに捜査を頼むなよ…
続く突っ込みをしようとしたところで
??「そろそろ来ると思ったよ」
頭上から声が聞こえた
ドアの屋根部分だろうか、屋上の一番高いところ、よく漫画の主人公が授業をサボる場所
そこに人がいたらしい
声の主はそこから俺たちの前へと飛び降りてきた
ふわりとスカートが広がるが、クルリと向き直った回転ベクトルにより彼女の体に張り付くようにしてその広がりは収まる
――ち、あと少しだったのに
鼻歌「めかぶ先輩…立会人を連れてきました、お願いします」
俺を屋上へと連れてきた時の勢いはなく、落ち着いた敬語で鼻歌は言った
――え、めかぶ先輩って…あの”めかぶ”先輩!?
色々と噂も流れる風来坊、彼女の伝説は諸説あれど共通するものは一つ
―――比類なき強さ―――
それは教師陣も手を焼くくらいで、サボらなかった授業はないと聞く……
めかぶ「今日はそこの少年かい、少年…名はなんと言う?」
先輩に声をかけられてハッとする
改めて見るとこの人も大きい…鼻歌と比べても遜色ない、いや、こっちは……ある!
――いい…
めかぶ「気持ちは分からんでもないがな少年…今は名を聞いたんだ」
大きい先輩は自分の主張する部分に向けられた視線を気にせず問い直していた
――としあきです
鼻歌「へー、いい名前じゃん」
…そういや鼻歌にも名乗ってなかったけど、俺を知ってたわけじゃないのか
めかぶ「よし、としあき少年、犬に噛まれたとでも思って少し付き合ってやってくれ」
鼻歌「悪いね、キミ」
――それは構いませんけど、俺は一体何をすればいいんですか
先輩に問いかける
めかぶ「そっからか…普通、説明くらいはしておくもんだろ」
鼻歌「……」
先輩に怒られ鼻歌はバツの悪そうな顔をしている
めかぶ「少年の仕事は簡単だ、我々の勝負の立会人さ」
――勝負の内容は?
鼻歌「真剣勝負だ」
めかぶ「流石に本物は使わないけどな」
そう言うと、めかぶ先輩は背負っていた袋から棒を2本とりだすと1本を鼻歌の方に放り投げる
めかぶ「ハンデは無し、獲物は」
投げられたものを受け取る鼻歌
鼻歌「いつも通り」
自分の身の丈ほどもある長さの棒を受け取った鼻歌は構え、言葉を放つ
鼻歌「ルールは…」
めかぶ「先に”まいった”を言った方の負け…少年、理解したか?」
――はい、で、開始の合図は俺がするんでしょうか?
めかぶ「もう始まっている、離れてな」
そういえばさっきから鼻歌の口数が少ない、めかぶ先輩に言われて二人から離れる
それを確認してからなのか、同時に二人が動いた
 
めかぶ先輩と鼻歌、二人が手にしてる獲物はどちらも長柄の棒、もちろん衣玖さんは関係ない
それを打ち合い、時に大げさとも思える動きで避けている
――なんだこの違和感は?
二人の実力は相当のもので、めかぶ先輩は言うまでもなくそれに喰らいついている鼻歌もかなりの腕前だ
洗練された動きはお互いの攻撃をギリギリのところで受け、かわし、そしてスキをつき攻撃を放つ
だがその二人とも棒の先端が自分に振るわれた時だけは大きく距離を離したり、その軌道から身を引く
呼吸を整えるために離れているわけではない、その証拠に後退後、即座に距離を詰め再び棒を打ち合いに行っている
――…まさか……
棒の先端が来た時二人が回避する距離を何度も見ているうちにそれが決まった長さであることが分かってきた
そしてその形も…
めかぶ「気が付いたかい、少年」
打ち合っている最中だというのにめかぶ先輩がこちらに声をかける、一方の鼻歌は攻め手を休めてない
鼻歌の攻撃を打ち返しながら先輩は俺の疑問に答えてくれる
めかぶ「命を刈り取る形をしてるだろ…」
やっぱりそうだ
俺が二人の棒の先に見たものは大きく反った刃…二人は自分の獲物を大鎌と想定して戦っていたのだ
めかぶ「学園内じゃ獲物はまずいからねぇ、けど刃はなくても”理解でき(わか)”るだろ」
俺の目にも存在しないはずの刃が見えきた、それくらい二人の戦いはリアルだった…
見えない刃を振る二人の戦いが続く
めかぶ「別にわからなくっても、勝敗だけ聞き届けてくれればいいだけなんだけどねぇ」
戦いの最中なのに俺に気を遣ってかめかぶ先輩は声をかけてくれる
鼻歌「ッ!!」
その隙を見逃さず鼻歌の攻めが激しさを増していく
それにつられてめかぶ先輩の雰囲気が変わる、本気だ
相手の猛攻を捌きつつ先輩の刃が下段から鼻歌の首を刈り取りにいく
吸い込まれるような見えない刃の斬撃を鼻歌は体を後ろに反らしそらしギリギリで避ける
鼻歌「貰った!」
伸ばした体のバネを使い鼻歌は上段から鎌を振り下ろす
めかぶ「甘いな…」
言いながら先輩は石突きを鼻歌の水月めがけて打ち込む、鼻歌の刃よりも先に到達するのは確定的に明らかだった
先輩の突きになんとか反応した鼻歌は棒で受けるが、とっさの防御ではその勢いを完全に殺すことは無理だった
受けた姿勢のまま鼻歌はフェンスまで吹き飛ばされ、片膝をつく
めかぶ「終わり、だな」
棒を下ろしめかぶ先輩は鼻歌に近づく
鼻歌「ま…まだ……」
息も絶え絶えに鼻歌は立ち上がる
めかぶ「本気の一撃を受けて立ち上がったのはさすがと言いたいが…」
先輩は鼻歌の額に指を当て
めかぶ「もう無理…だろ」
軽く押す、つつかれた鼻歌は今度は尻餅をつくようにフェンスにもたれかかる
めかぶ「少年、介抱してやんな、今なら男を上げるチャンスだぞ」
言うなりめかぶ先輩は校舎の中へと姿を消してしまう
――いや、そんなことここで言われても…本人に聞かれてるし……
ちらりと鼻歌を見る
俯き肩で息をしている鼻歌に最初見た元気はなかった、おそらく先ほどの戦いでもかなり消耗していたのだろう
そしてあの本気の一撃だ…無理もない
――………
鼻歌「としあき…」
どう声をかけようか思案しているところで鼻歌から声をかけられた
鼻歌「お願いが…ある……これを…めかぶ…先輩に……」
息も絶え絶えに、持っていた棒を差し出す、先輩から受け取ったものだ
どうやら返して欲しいらしい
――お前はどうするんだよ
鼻歌「少し、休む…だから………行って…お願い…」
声が震えている、それが疲労やダメージだけのものではない気がして、俺は棒を受け取り先輩のあとを追った
 
 
(階段)
 
屋上と階段を繋ぐドアを閉めると先輩を探すために階段を降りる
後ろで何か聞こえたが、振り返りもしなければ戻りもしない
それが彼女の望みだったから…
踊り場を過ぎ廊下部分にめかぶ先輩はいた
めかぶ「早いな少年、で、どうだった? 男は上がったか?」
壁に預けていた背中を離して、軽い口調で俺に声をかけてくれる
――これを、先輩に返してくれと頼まれました…待っていたんですか?
めかぶ「少年と二人っきりにしてやろうと気を遣ってやったんじゃないか、感謝しろよ」
嘘だ
きっと先輩は屋上へ続く唯一の進行経路を塞ぎ、あの状態の鼻歌を他の生徒目に晒されないようにしていたに違いない
先輩は先輩なりに気を遣い彼女の自尊心を守ってあげてたのだろう
めかぶ「そうかそうか…で、彼女は何か言ってたかい?」
――? いえ、それだけですが…
俺の答えを聞き先輩は満足そうな笑みを浮かべる
めかぶ「付き合ってもらって悪いな」
俺の肩をポンと叩き俺から棒を受け取ると、めかぶ先輩は手を振りながら廊下の向こうへと歩き出す
その途中、ふと足を止め楽しそうに俺に言葉を投げる
めかぶ「おっと少年、敗北条件、覚えているか?」
――……あ!
ケラケラと笑いながらめかぶ先輩は廊下の角に姿を消していった
鼻歌の口から”まいった”とは聞いてない……まだ、負けてないんだ…
開始の合図を聞いた時「もう始まっている」と言った先輩の言葉は、文字通りの意味だったんだ…
きっと鼻歌は過去に何度も挑み、またこれからも挑んでいくのだろう
決して勝てない相手だとしても”まいった”とは言わず、何度も何度も…
――強いな
鼻歌「そうでしょ、あたいの憧れだものさ」
いつの間にか隣に鼻歌が立っていた、口調は戻っていた
――…勝てるといいな
鼻歌「あったりまえでしょ!」
バシンと勢いよく俺の背を叩く、結構シャレにならない痛みだ
先輩を褒めてると勘違いしたのかどうなのか、彼女は屈託なく笑う
目尻をまだ赤く染めたままで――
 
 
おしまい