ss73929

Last-modified: 2009-02-03 (火) 02:09:22

なんだろう、胸騒ぎがする。
折角今日で丼さんの教育実習も終わりだってのに。
あるる先輩がしかめっ面ながら嬉しそうに丼さんを労ってやろうと言っていたのに。
事の発端は6時限目が終わった後だった。

丼「あ、としあきくん。」
―「ん、なんスか?」
丼「ちょっとお願いあるんだけど良いかな?」
―「まぁ、俺でお役に立てることなら…。」
丼「放課後にね、ちょっとあるるちゃんを屋上に連れて来て欲しいのよ。」
―「そんくらいなら問題なんですけど…なんで俺が?」
丼「…ごめんね。」
なんだろう、丼さんのこんな顔は見たことが無かった。
―「まぁ、いっすよ。放課後に屋上ですね?」
丼「ありがと、としあきくん。」
――
と、先輩を連れて来たは良いけど……
あ「なんでいちいちパシリなんか使うのよ…?用があるなら自分で来なさいよ…。」
先輩は生徒会室からずっとこの調子で、
独り言のマシンガントークを乱射していた。
精々俺は流れ弾に当たらない事を祈るばかり。
あ「まったく、丼ちゃんは……」
―「先輩?屋上っすよ?」
あ「あ、えぇ。丼ちゃん?」
俺は丼さんがどこに居るのかわからなかった。
目の前に居たのに。
夕陽を背に浴び、先輩に対して微笑みを浮かべる女性。
それはいつもの丼さんでは無く、全く別の人に見えるほど、美しかった。
だけど同時に、何故だろう。
とても悲しく見えた。
あ「丼ちゃん?なんでこんな所に呼び出したのよ、しかもとしあきなんかパシらせて。」
なんかってなんだ、と思ったが
今は俺が口を挟むべき場面じゃない気がした。
丼「ごめんね、あるるちゃん。」
夕陽のせいで丼さんの表情がわからない。
あ「謝るんだったら最初から…。」
丼「あるるちゃんに会ったら…泣いちゃいそうだったから…。」
あ「…え?」
反射で分った。
丼さんは泣いていた。
とても、悲しい笑顔で。
丼「この教育実習の一ヶ月間、本当に楽しかった。あるるちゃんの元気な姿も見れたし。」
あ「な、何言ってるのよ丼ちゃん?」
丼「あるるちゃん、ごめんなさいね。」
あぁそうか…この人は…。
もう…
あ「だからなんで謝るのよ?どうして、どうして泣いてるのよ!?
  わけがわからないじゃない!いきなり呼び出されて、勝手に泣かれて…」
―「駄目だ、先輩。」
あ「何よ、あんたには関係ないでしょ!?」
丼「としあきくん、良いの。あるるちゃんの言う事ももっともだもの。」
―「でも…!」
丼「…あるるちゃん、私はね」
ダメだ、ダメだダメだ。
それ以上言っちゃダメだ…ダメなんだ…。
丼「もう、長くは生きられないの。」
なんで、なんであんたはそんな顔をしてられるんだ。
あ「…え?…な、何よ…冗談にしても笑えないじゃない?」
先輩の表情が凍った。
丼さんは少し否定の意味をこめ首を横に振ると言葉を続けた。
どうして、あんたは笑ってるんだよ…。
丼「白血病、なんだって?あるるちゃんも知ってるよね?血液の癌。」
あ「…嘘、じゃないの…?」
丼「黙ってて、ごめんね。」
あ「なんで…なんで言ってくれなかったのよ!?なんで病院に居ないのよ!?どうして、どうして!?」
―「先輩落ち着いて!」
あ「落ち着けるわけないでしょ!あんたも丼ちゃんもどうかしてるわよ!!」
そうかもしれないけど、頼むから落ち着いてくれ。
俺だって、精一杯我慢してるんだ。
丼「もうね、末期なんだって。気付いた時には体中蝕まれて。」
ぽつぽつと、自責の様に、丼さんは話を続ける。
丼「わかったのは3ヵ月前。ちょっと風邪を引いたと思って病院に行ったらね。
  いきなりわけもわからないまま、精密検査とかやられちゃって
  いっぱいお金取られちゃって私びっくりしちゃったの。」
あはは、と笑う。
だからなんで、笑っていられるんだ。
丼「すぐに結果は教えられたわ。」
『残念ですが…もうそう長く生きられないでしょう。」
丼「ってね。」
あ「『ってね。』じゃないわよ…、なんでそんな大事なこと…。」
丼「時間が無かったの。その時宣告された余命が持って3か月。
  つまりお医者さんの見立てでは私の人生は今月でおしまいだから。」
俺も何か言わなきゃいけないのに
言葉が出てこない。出せない。
丼「だから…精々最後くらいはと思って、我儘であるるちゃんの学校の
  教育実習生として、あるるちゃんに会いに来たの。」
あ「なんでそこでそんな事するの…?入院してればまだ…。」
丼「あはは、何でだろうね?あるるちゃんに会いたいなって思ったら
  ここまで突っ走って来ちゃった。」
あ「なんで…何でよ!昔から先生になりたいって、先生になるのが夢だって!
  言ってたのになんで途中下車なんかするのよ!?」
丼「ううん…実習生でも一時的に夢は叶ったから…それで充分。」
…違う。そうじゃないんだ。丼さん、それは違うと思うんだ。
否定したいのに、なんで俺は声を出せないんだよ。
丼「最後にあるるちゃんにきちんと謝れたしね。もう、良いかなって…。」
ダメだ。
理由なんて知らない。
俺の心の奥からそれ以上はいけないと警笛が鳴っている。
丼「ありがとう、あるるちゃん。」
『バイバイ』そう、聞こえた。
丼さんは笑顔のまま
崩れた。
――「いやぁぁああぁぁぁぁあああぁぁあ!!」
先輩の悲鳴が聞こえたような気がした―
あ「丼ちゃん!丼ちゃん!?ねぇ、起きてよ!?」
っ!俺は何を呆けてるんだ!!
―「先輩!とにかく先生達に言って、救急車を―」
あ「まだ、まだダメなんだから!起きて、目開けてよ!?
  丼ちゃんがダメなら、その夢私が叶えるから!!私が先生になるから!
  だから、だからそれまで見ててよ!ちゃんと生きててよ!!
  勝手に謝って勝手にお礼言って勝手に死んじゃうなんて勝手が過ぎるじゃない!
  ねぇ…だから…お願いだから…目開けてよ……ねぇ!?」
わかってる、俺だってそうしたいけど!
―「先輩!先輩!!」
あ「何よ!!」
―「俺達だけじゃどうしようもないだろ!?
  俺だってどうしたら良いけどこのまま丼さん寝かせたままにしとくのかよ!?」
俺だって今すぐ悲鳴上げて泣き叫びたいよ。
そう出来ないのは、先輩が泣いたからだ。
―「とにかく先生達に言ってくるから!
  丼さんを仰向けにしてあげて!」
あぁ畜生。今俺最高に格好悪い。
何で楽な選択肢選んでんだよ。糞っ!!
自己嫌悪を吹き飛ばしたくて、俺は全力以上の力で走った。
途中、何度も転びそうになった。
構うもんか。転んだ痛さがどうした。
今、本当に痛いのは俺じゃない。先輩なんだ―

あ「うぁぁ…ひっぐ…丼ちゃ…ん…なんっで…よぅ…。」
わかってる、わかってる。
もう丼ちゃんが目を覚まさない事くらい。
子供じゃないから。だけど
声に出さないと、きっと悲しさで私は潰れてしまうから。
結局は子供だった。
私は丼ちゃんの為に泣いてるんじゃない。
自分が壊れるのが怖くて、今、泣いているんだ。
謝るのなら…私の方だった。
としあきが居なくてくれて助かる。
こんな顔、いつまでも見られてたら
私は羞恥で舌を噛んだかもしれない。
だけどそんな事はどうでも良い。
私はもう一度口にした。
あ「丼ちゃんの夢…私が引き継ぐから…。だから…
  そっちからちゃんと見てなさいよ…。
  見届けるのがドロップアウトした罰ゲームなんだから…。」

続く?