オレこれ
0
数日前・新校舎2階(二年生教室)廊下にて
「なあふまれさん」
「ん?どしたのオレオ」
「ここ…二階のトイレの入り口の横っちょに、なんかベンチみたいのあるよな。
一階と三階にはそんなのないのに…あれ何だ?」
「あー、あれはね…私物よ。二年の生徒の」
「私物!?あんなん持ち込んでいいのか?」
「まあ、別に害はないしね…ベンチ自体には。待ち合わせ場所なんかにも使われてるし。
覚えておくといいよ。いいベンチで待ち合わせ、っていったらここだから」
「…トイレで待ち合わせはあんまりしたくないな…しかしいいベンチ?
掃除はされてるみたいだけど、普通の公園ベンチに見えるぞ」
「うーん…まあ、そこらへんは追々わかると思うよ。オレオは部活入ってないし」
「なんだそりゃ」
1
放課後・新校舎2階廊下にて
「うートイレトイレ」
今、トイレを求めて全力疾走中の俺は緋想天学園に通うごく普通の男の子
強いて違うところをあげるとすれば、劇的に運が悪いって事かナー。名前はオレオ
そんなわけで二階のトイレにやってきたのだが……
いいベンチに人が座っている。
しかし、もう俺の中のモンスターが破裂しそうだったのでチラッと見て通り過ぎる。
何やら長い皮袋を担いだ、いい男だ。ちょっと濃いけど。
すれ違う瞬間に、いい男がひゅうと口笛を吹いた。
「見つけた」
そう聴こえた気がしたが、気にする余裕はない。
「はぁぁ…この開放感といったら…」
戦いが終わった。激しい死闘だったが、ついに俺は勝利を収めたのである。
清清しい気分とともにトイレを出ると、先ほどのいい男が
「ちょっと君」
と声をかけてきた。
これに応じて碌な目にあったことがないが、逃げられた試しもないので
「…なんです?」
と返すと、そのいい男は担いでいた皮袋の紐をしゅるりと解き、中から棒状の…槍…?を取り出して
「やらないか」
と言った。
…………。
「………遠慮しておきます」
いい男は暫時目を逸らして考え込んだが、
「まあまあ、始めはみんなそういうんだ…でも男は度胸!なんでもやってみるのさ」
「いや…まず何をするのかがわかりません。その槍で…決闘ですか?」
いい男はぽんと膝を打つと立ち上がり、
「失礼。そういうえば説明と自己紹介がまだだったな。俺は二年のアベサン…槍部の部長をやってる。
君も二年だよな?タメ語でいいぞ」
と、右手を差し出してきた。
「あ、よろしく…で、槍部?」
握り返しながら尋ねる。
「よくぞ訊いてくれた。槍部ってのはな……つまりこう……槍でな、突いたり突かれたりする……部だな
最初は痛いが、慣れると気持ちいいぜ」
「………遠慮しとく」
「まあまあまあ」
といようなやりとりをしていると、向こうから「エッサ、ホッサ」と掛け声がきこえてきた。
そちらを見ると、なにやら集団がランニングしている。校舎内だぞここ。
「ん…?お、演劇部だ。おーい」
アベサンが軽く手を挙げて挨拶をする。
それに気づいた先頭のえらい派手な女の子が、号令を掛ける。
「ぜんたーい!とまれ!」
ぱたたたと不揃いの足音で集団が止まる。
「あうっ」
最後尾の女の子がこけた。
「や、いい男」
と先頭にいた派手な女の子が挨拶を返すと、すぅーっと息を吸い込み
「グランダルメはーーーーーーっ!!!」
と叫んだ。ガラスがびりびりと震える。
「世界最強ーーーーーーーーーっ!!!」
後ろの集団が唱和する。なんだなんだ。
「新しい挨拶か。あのモンスターカード!うぎゃーっ!って奴は?」
片耳を指で栓しながら、アベサンが苦笑いで訊く。
「うん。いつもの挨拶はね。外でやると時々警察呼ばれるのよアレ。だから部室の中だけ。あはは」
「難儀なこった」
警察呼ばれる挨拶ってどんなんだよ。
「お、転校生勧誘中だね?ウチにもわけてよ」
「ダメだ。こいつは槍を持つために生まれた男、なんとしても槍部に欲しいんだよな。
ていうか結構人数いるじゃないか演劇部は」
俺の与り知らぬ所で、俺の生まれた理由が決定していた。
派手な女の子はその言葉を受け、大仰に構えて言った。
「いやー、足りないね!もっともっと派手な舞台をやりたいんだよ!私は!
世界中の人間を、私たちの演劇でフィーバーさせたいのさ!
そのためにはまだまだ人数が足りないよ」
そこで俺に視線を向け、
「…つい熱くなっちゃったね。私は最高。二年生で、演劇部の部長をやってるよ。
で、後ろのが演劇部のメンバー」
「1年のすっぽこですー…」
さっきすっ転んだ最後尾にいた娘が、痛そうに膝を擦りながら言う。
「同じく1年の上海です。よろしくお願いします」
その前にいた大人しそうな女の子が丁寧に頭を下げる。
「同じく1年の詐欺夫です。そこのアベサン先輩は、槍を使いすぎると髪がボサボサに伸びて
獣のようになって人を襲いだしてしまうので気をつけてくださいね」
さらに前にいた男が、人の良い笑顔で言う。マジか。超おっかねえな。
「あれ……?前は実は槍が本体で、槍を折ると煙になっちゃうって言ってなかったっけ……?」
すっぽこさんがうしろで呟く。
「詐欺夫、あとで便所でいいことしような」
アベサンも優しく微笑みながら呼びかけた。獣か?獣になるのか?
「ちなみにそこの上海ちゃんは、そこのアベサンとフィーバーな関係なので、手を出すと掘られちゃうかもよ?
と、いうことで、我々演劇部は君を歓迎するよ、オレオくん!」
「部長…!」
上海さんが真っ赤になって俯く。
わー、いい男はリア充様だったー。部活の部長で、可愛いステディもいるなんて…
「……やっぱりゼミやってるのか?デキルスタイルか?」
「ゼミ?」
いい男が怪訝な顔で聞き返す。とぼけやがるぜ。
「というか、いつの間に演劇部の勧誘になってるんだ」
「もう一人転校生が見学にきたんだけど、そっちは返事保留で帰っちゃったからねー。
アベサンはそっちあたった?」
「ん?ああ、万歳先輩のところで会ったな。俺はにべもなく断られたよ。両方に」
「あら残念」
最高さんが笑いながら言う。ちっとも残念そうじゃない。
「もうアベサンも演劇部に入っちゃいなよ。上海ちゃんとも一緒にいられるし、昔は結構
助っ人に来てくれたじゃない。あんなことなんかさっさと忘れてさ!」
「あー……」
アベサンがばつの悪そうな顔で頭を掻く。
「そうは言うけどな」
「無理だね!」
うわっ。びっくりした。
突然小さな少女が会話に割り込んできた。
アベサンがその子を見るなり、「チッ」と舌打ちをした。
知り合ったばかりだが、基本的に紳士的ないい男が珍しい。
少女がにこにことアベサンを見上げながら話し始める。
「アベサン、あんな大勢の前で劇やったら、緊張してセリフ噛んじゃうもんね」
そしてぼそりと
「……コッコイー♪」
べしっ。
アベサンが袋に収めた槍を半回転させて、柄の部分で少女の頭をはたいた。
「あいたっ」
「あんまりお喋りなのは、将来いい女になれないぜ?……えーと…フルーツちゃんでしたっけ」
「……野菜だっていってるでしょ……?」
アベサンと少女が、メンチをきりながらゆっくりと拳をごつごつぶつけ合い始めた。
相当に仲が悪いようだ。
他の面子はやれやれといった様子で二人を眺めている。
と、止めなくていいの?
とりあえず、事情に詳しそうな上海ちゃんに話しかけてみる。
「あれ大丈夫なのか…?」
上海ちゃんは苦笑いをすると
「まあ、よくあることですから」
と答えた。こんなのがよくあっていいのか。
「あの二人は、住んでるところが近いんです。同じ商店街の、アベサンの家は内科のお医者さん。
あの人…野菜さんっていうんですけど、の家は八百屋さんで、小さい頃から時々一緒に遊んでいたそうです。
だからあれも、本人たちはじゃれあってるような感じなんだと思いますよ」
「じゃれ合いねえ…さっきのコッコ…なんとかっていうのは?」
「あはは……さっき部長も言ってましたけど、ちょっと前まではあの人も
ちょくちょく演劇部に顔を出して、一緒に参加したりしてくれてたんです。
でも、ある日の公演で、重要なシーンの台詞を噛んでしまって、それで落ち込んじゃって…」
なるほど、コッコイーっていうのは、たぶんその噛んだ台詞なんだろうな……なんて言おうとしたんだ?
「なるほど……訊いてからなんだけど、そんなの俺に話しちゃっていいの?
その台詞聞いただけであんなに怒るようなのに」
そう尋ねると上海ちゃんは笑って
「どうなんでしょうね? 私は、実はもうあんまり気にしてないんじゃないかなって思います。
ともあれ、あれ以上暴れるとさすがにちょっと迷惑ですね…」
「槍なんか捨てて、かかってこいよベネット!」という野菜さんの一言が発端となり、
二人の戦いは取っ組み合いに発展。最高さん以下演劇部のメンバーが徹底的なアジテートを施すことで
もはや廊下は一つのステージと化していた。盛り上げすぎだろ。SKILL歌うな。
そこへ上海ちゃんはつかつかと歩いて入ってゆき、
「こらーーーーーーーっ!!」
と吼えた。
ぴたりと全員の動きが止まる。
「廊下で騒いだらみんなに迷惑でしょう!?アベサンも!野菜さんも!部長も!
もうそこまでにしなさい!」
…………。
『はい』
きれいな三重奏だった。
2
少し後、廊下にて
「いや、結局手伝わせて悪かったな」
上海ちゃんの号令により、みんなで廊下の掃除をしている最中に、アベサンが肩に皮袋を担ぎなおして笑った。
「別に俺は…そういえばその袋の」
「うん?」
アベサンの槍袋の先っちょには、雀のマスコットがぶら下がっている。
「それって…みすちーの?」
「おっ、わかるかい」
みすちーとは、最近人気の四人組アイドルグループ「Bカルテット」のメンバー、ミスティアちゃんのことだ。
幸薄そうな面持ちが印象的な子である。
「俺はりぐるん派だけどね」
「りぐるんもいいよな…付いてそうな所が」
「ついてねーよ!ぶっ殺すぞ!!」
「さぼらなーい!!」
『ウース』
怒られたので、こそこそと話を続ける。
「そのマスコットどこに売ってた?出来がいいから俺も欲しいな」
「これか。上海に作ってもらった。小道具もやってるからか、人形とか上手く作るんだよあいつ」
「……そうかい」
きいた俺がパルパルだった。死ねばいいのに。
3
「いやー終わった終わった」
掃除が完了して、みんなが伸びをする。
「さて、俺はもうちょっと勧誘してくかな。オレオも考えといてくれよ?」
アベサンがにやりと笑ってこっちを見る。
「頑張るね…まあ、気が向いたら」
「私たちも練習再開よ!とりあえず部室までダッシュ!ビリは全員にアイス!」
最高さんと演劇部の愉快な仲間たちがグッグッとアップを始めた。
「わたしもバイト行かなきゃ!」
野菜さんも身を翻す。
「バイトなんかやってたのか?」
アベサンが意外そうに尋ねる。
「うん、神社で。手伝いみたいなもんだけどね」
「ふーん」
「一回遊びにきなよ。おみくじサービスするよ?」
「いらねえ」
戦いが終われば、なるほど仲は悪くなさそうだ。
「じゃあ俺は行くよ。後でな、上海」
「うん」
「ひゅーひゅーだねー!」
「ウザッ」
「よーし私たちも!せーのっ!」
『ヒューヒュー!!』
「わかったよお前ら。そこ動くなよ」
「おー!投げるぞー!!投げる気満々だー!総員ダッシュ開始!!じゃあねオレオくん!次は部室で会おう!」
「ソーッ!」
「エイ!」「オウ!」「エイ!」「オウ!」
…………。
叫喚と爆音が次第に遠ざかっていき、先ほどまでお祭りの会場のようだったベンチ前が
夕刻の静けさを取り戻す。
…さて…俺も帰るかな。
なんとなく胸に空白を感じながら帰路へつくことにした。
「あーっ!こんなところにいた!オレオ!」
「ふまれさん?なんで…」
「探したよ!最近校内めぐり行ってないからね!今日は付き合ってもらうよー?」
「これから!?」
「もちろん。今日も奇人変人てんこもりなんだから」
「うぇぇ……」
そんなわけで、ふまれさんの後ろについて歩き出した。
今日はただでさえ疲れたのに、これからどんな厄介が待っているのやら。
でも。
「ふまれさん」
「何?」
「あれがいいベンチって言われてる理由、わかった」
「……でしょ?」
ふまれさんが笑う。
不思議と、胸の空白は感じなくなっていた。
おわし