オレこれ
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朝・掲示板前にて
「お、ふまれさん。おはよう」
「ん?あ、おはようオレオ。意外と早いね…キャラ的に毎日遅刻寸前だと思ってたよ」
「そこはまあ、臨機応変にね…なに貼ってんの?」
「ふふふ…突発大会の告知だよ!」
「トッパツタイカイ?」
「うん。まあ、擬似体育祭みたいなものだよ。競技やルールは主催する人によって様々だけどね。
授業をブッチしながら点数も貰えるから結構人気のイベントなんだ。」
「生徒会役員が授業ブッチとかいうなよ…」
「あはは、感じ感じ。それだから、授業でじっとしてるのが苦手なとんでもない強豪がそろい踏み
するんだよ。あとストレスたまってる偉い人とかね」
「おお怖い怖い。俺には関係ない世界だな。オレオは静かに暮らしたい」
「うんうん。でも校内案内の延長としていい経験になると思って、オレオはエントリーぶっぱしといたから、
存分に楽しんでね」
「おまっ、何してくれてんだ!じゃあ蛙組み手だ!」
「朝から元気だねえ」
「俺が勝ったら参加取り消しで」
「うん」
「死ねーーーっ!!」
…………。
「じゃあ、朝礼が終わったら校庭集合ね」
「……はい」
1
校庭にて
「遅いよオレオ。もうみんな揃ってるよ?」
「……すいません。傷が痛んで」
ふまれさんがあたりを見回して言う。
「突発だから少ないけどこれで全員だね。じゃあ顔見知りばかりと思うけど、転校生もいるんで各自自己紹介してください」
「ゆむ。副会長だよ」
「であえー。なべなの」
うわあ。のっけからこれだ。勘弁して欲しい。
「うわあって顔してるね…最近仕事が多くてストレス溜まってるからね…解消に来たよ。
良い的もあるみたいだし」
「おお、こわいこわい」
二人とも笑顔だけど、空間が歪んどる。
「しかねえっス。バスケ部。お、転校生…その節は」
「ども」
この人は前に会ったな。正座部の人だ。
「…くたくた。一年」
『ウドンゲ ノ クタクタ デス』
ゴスゴスの服に身を包んだいかにも心と体の病んだ風のある少女がぼそりといった。
あと、さりげなくウサギのぬいぐるみが喋った。もはや大して驚くことじゃないが。
「あ、いたんスねくそうさぎ。その耳を左右に引っ張ってそのまま縦に裂いてやりたい」
「……うるさい魚類。その余裕に満ちた顔が屈辱と絶望に歪むとこを見るのが楽しみ」
なんなのこれ。なんなのこれ。みんな仲良うせんとあかんよ。
「天子ちゃん!!」
石に腰掛けていた少女が立ち上がってズバッと挙手した。
「無敵の緋想剣で全員ぶっとばしてやる!」
どっかでみたと思ったら、食堂でダブル定食君(名前忘れた)と飯食ってたり、校門の前で演説してた
騒がしい女だ。
…残ったのは俺だ。自己紹介苦手なんだよな。
俺は参加者のみなさんをくるりと見渡して
「オレオです。オッパイ大好きなので、ちょっと残念なオッパイの持ち主が散見されるのが悲s」
最後まで言えなかった。
2
「そういえばふま、掲示板にルールが書いてなかったんだけど」
ゆむ先輩がふまれさんに質問を投げる。
「はい、今回は特別ルールで戦ってもらおうと思っているので。…そろそろ起きなさいオレオ」
ふまれさんが答えて、地面に這いつくばった俺に声を掛ける。
「無理だ…なんで救急車が来てないのかが不思議でしょうがない。棄権で」
「却下します。…じゃあそのままで聴いて。今日はさっき自己紹介した順に二人づつペアを組んでもらって…」
どよっ!と参加者たちのあいだにざわめきがおこった。
馴染みの深くない俺でも最初と次の二人の仲が悪いことがはっきりとわかったというのに、ペアを組ませてどうしようというのか。
ていうか俺のパートナーは説明の途中でうとうとしてるんだけど大丈夫か。
「話は最後まで聴いてくださーい。ペアを組んでもらって………チームで料理対決をしてもらいます!」
………。
ふまれさんがどや顔で全員を見回す。
「……料理?」
「うん」
「…帰るわ」
「っスね」
「お疲れなの」
「え、えーっ!?ちょっと待ってください!あれっ?面白くないですか?」
解散していく面々をふまれさんが必死で引き止める。怪我しなくていいんじゃねえかな。
そこでうとうとしていた天子ちゃんとやらがすっくと立ち上がり
「なんだー!?私にぶっとばされるのが怖くて全員リタイアか!さすが可愛くて強い天人、
料理をやらせても最強なのが、私だ!」
とはじけんばかりの笑顔で叫んだ。
ぴたりと全員の動きが止まる。
「と、思ったけど、挑まれた勝負を避けて通るなんて生徒会の名折れね。
ああ、新聞部は帰っていいわよ。そして自分の臆病さを面白おかしく記事にしなさいな。
そしたらあたしも一部買わせて頂くわ」
「なにをおっしゃる。真実の報道こそが我々新聞部の使命なの。生徒会副会長様の雄姿をファインダーに
収めずに帰った日には、二度とジャーナリストは名乗れないの」
「ああ、たまには兎鍋もいいかも知れないっスね。ミンチ団子にして煮込んだら、
さぞ甘露の味がするんじゃないかな。主に調理過程で」
「……魚類は水炊きに限る。素材がこれじゃ、臭みを消すのに相当薬漬けにしてから刻まないといけないけど」
うん、順調に嫌な予感がしてきたぞ。
「……天子ちゃんだっけ?」
とりあえずパートナーの事は知っておかねばなるまい。話しかける。
「うん、よろしくなリッツ!」
右手を差し出してくる。
「オレオだ。よろしく。…天子ちゃんは料理できるのか?」
それを握り返して尋ねる。
「任せろ!私の家には、オーマイコンブが、全部ある!!」
その手をぶんかぶんかと振りながら天子ちゃんが胸を張る。…本当に残念なおっぱいだ。
じゃなくて、オーマイコンブっつったか今。
「天子ちゃん…まさかリトルグルメで戦うつもりか?」
「うん!ドンパチふりかけごはんは、うまいぞ!…チップスターは、おっぱいプリプリ~ンの方が好きかな?」
…こいつ早く何とかしないと…
「オレオだ。おっぱいプリプリ~ンはリトルグルメの中じゃ大分おいしそうな部類に入るが、試したことはないな」
「けっこうおいしかった!しかし、ピコラはおっぱいがないな!」
「オレオだ。こっちの台詞だよ絶壁が。ちょっと揉ませろ」
「いいぞ!揉みっこな!」
あれっ!?今俺地雷踏んだろ?
「てやっ!」
と思ってる間に、天子ちゃんが俺にパイタッチを敢行する。
「お、意外とカタいな!ふむふむ、これはなかなか…」
これは結構、あや、あやや。いかん。
「で、では俺も……」
「うん、ドンと来い!」
さらば、俺のおっぱい童貞。…これおっぱいにカウントしていいのか?
俺の手が、天子ちゃんの胸にゆっくりと近づき………
「オ・レ・オ・くん?」
「やあふまれさん。…安心して欲しい。
ふまれさんのおっぱいは大きさこそそれほどでもないものの形もよくバランスのとれた美」
うむ、地雷センサーは正常なようだ。
3
「と、いうわけで食材の調達は各自でしてください。制限は時間だけ。お昼休みに間に合うように」
「ふまれさん。もしかして昼食費浮かしたいから主催した?」
「お黙りなさい。……では、開始!!」
その声を合図に、ゆむ先輩となべ先輩は、なにやら思いつめた顔で校舎の方に。
しかねえさんは商店街のほうに歩いていき、くたくたちゃんは部室棟のほうへふらふらと消えていった。
俺たち?俺たちは今……
鶏の大群に追いかけられている。
「あはは!やっちゃったねウェハース!」
「オレオだ!お前が鶏つついてっから飛んできたんだろうが!ゼルダの伝説やってねーのか!
無敵の緋想剣とやらでなんとかしてくださいよォーッ!!」
「その手があった!とおっ!」
言うが早いが天子ちゃんが剣を掲げ、前方へバヒーンとふっ飛んでいった。
「あっ、ズリー!天子ちゃんこの野郎!」
「がんばれエクセレントクッキーアーモンドバター!気合いとガッツと、根性だぁぁ~…!」
ドップラー効果で声が遠ざかっていく。行き先には、巨木。
なんでもあの木の下で告白すると、どんなカップルもまじ許されるといういわくつきの樹だ。
「オレオだー!天子ちゃーん!前!前!」
「ん?聴こえないぞー!」
ドーン!!
巨木に側頭部から衝突して、天子ちゃんが樹の表面を顔面でなぞるように滑り落ちていく。
鶏たちがそちらに殺到していくのをみて、俺は天子ちゃんの五体満足を神に祈った。
俺は試合会場へ向わねば。苦労してこれを手に入れたというのに、時間オーバーで敗退などという結末を
彼女は望まないはずだ。きっとそうだ。ウヒョーラッキー無傷で逃げ切ったぜー。
本音と建前をないまぜにして、俺は会場へと走った。
天子ちゃん…大会終わって一眠りして気が向いたら助けに行くから……!!
でも、会場についてしばらしくてたら、羽毛まみれで帰ってきた。
お互いの無事をハイタッチで喜んだ。
普通ここでも殴られるんだけどな。
4
「全員揃ったようですね…では、調理開始!」
ふまれさんの号令を合図に、調理を開始したらしき音が聴こえる。
ちなみに、相手が何を作っているのかは見えない仕組みになっている。
「ここで審査員を紹介しておきましょう。えーと、まずちーすけ」
「女の子の手料理が食べられると聞いて。ついでに女の子も食べて帰りたいですね。よろしく」
「次に巫女巫女先輩」
「同上」
なんだこの人選は。危険すぎる。
「そして料理研究会から特別審査員として、三年のぎせい先輩に来ていただいています」
「よろしくお願いします。みなさんの料理、とっても楽しみです!」
よかった。まともそうな人が出てきた。
「そして最後にこの私、風見ふまれが担当いたします!どうぞよろしく!」
嬉しそうだなあ、ふまれさん。俺たちが何を作るかも知らずに。
「できたわ」
「であえー」
とか思っていると、早速ゆむ先輩となべ先輩が出てきた。早いな。
「おあがんなさい」
「めしあがれーなの」
ごとり、と四人の前に大皿が置かれる。
…………。
紅い。
真っ赤な何かが、皿の上に置かれていた。
「こ、これは…?」
ふまれさんが、二人に尋ねる。
「鮭よ」
「鮭なの」
鮭……?
その場にいる全員に、妙な空気が流れる。
「鮭って……鮭ですよね?」
ぎせい先輩がおずおずと尋ねる。
「他になにがあるの」
「この赤いのは…?」
「調味料よ」
「な、なるほど…では、頂きます」
「いやー、なべ先輩もゆむ先輩もレイプ難しいからなー!こうして手料理が頂けるのは幸せだ」
「ああ。料理とか作ってるの見たことないしな」
「いただきまーす!」
ぎせい先輩はおそるおそる、他の三人は喜んで食べ始めた。
恐らくぎせい先輩は本能的に長寿タイプ。
「!!」
四人の動きがぴたりと止まる。
「……!!」
ぎせい先輩の体がぶるぶると震えたかと思うと、顔面からガーンとテーブルに落下していった。
ふまれさんも涙目で椅子から滑り落ちてしりもちを付く。
ちーすけは歯を食いしばりながら脂汗を流し、
巫女巫女先輩は頭を抱えて蹲った。
「…そんなにおいしかったかしら」
「リアクションでかいの」
二人が首を傾げる。
「こ、これ…味付けは…?」
なんとかテーブルから顔だけ上げたぎせい先輩が声を絞り出した。
「まず塩なの」
「こいつが塩をいれれば砂糖で返す。それがスカーレット流よ」
「みりんなの」
「酢ね」
「醤油」
「ソースだわ」
「愛」
「憎しみ」
その声を聴きながら、ぎせい先輩はこんどこそ完全に崩れ落ちた。
よかった。この人たちにもできないことがあったんだ。
ぎせい先輩は担架で保健室まで運ばれていった。犠牲になったのだ……。
料理への冒涜、その犠牲にな……。
巫女巫女先輩の「霧雨ブレスタ食らったときと同じだ…だったらイケるぜ」の一言で
競技が再開された。
ぎせい先輩の椅子には、くまのぬいぐるみが置かれた。
5
「できたっス!」
「……完成」
今度はしかねえさんとくたくたちゃんが出てきた。
「うまいよ!」
「……栄養もある」
ごとり、と三人の前に鍋が置かれる。
………。
なないろだ。
虹のように光る液体が、鍋の中を満たしていた。
「こ、これは…?」
ふまれさんが尋ねる。
「……心霊研究部と科研部の奇跡のコラボレーションによって作られた栄養剤をふんだんに使った」
「その名も、ドーピングモツリョ鍋っス!」
おい、ドーピングって言ったぞ今。栄養剤って、嘘をつくなムスビ。
「……まあ、モツ鍋は大好きだし。いただきまーす!」
「逆にくたくたちゃんを屈服させて悔しがる表情をみるのも興奮しそうだよな!」
「ああ。しかし、しかねえの健康的な肢体も捨てがたい」
前向きだなあこの人たち。
「!!」
三人の動きがぴたりと止まる。
三人の体がぶるりと震えたかと思うと……
「う…ぐ…ご…ごあああああAAA!!」
巫女巫女先輩が巨大な怪物になってしまった。え?
「味王並みのリアクションだね!」
横で天子ちゃんがはしゃいでいる。リアクション?あれリアクションでいいのか?
「……効きすぎたかな」
くたくたちゃんが怪物をみあげて呟く。お前何入れた。
「……はっ!あぶねえ所だった!…巫女巫女!」
「先輩!?」
ちーすけとふまれさんはどうやら怪物化を免れたらしく、正気に戻って(元)巫女巫女先輩をみあげた。
「ぎゃおー!」
巫女巫女先輩が暴れ始める。見境無しだ。
「止むを得ないな…全員戦闘準備…」
「待った」
ゆむ先輩が全員に号令を出そうとした瞬間、ちーすけがその前に立ちふさがる。
「ちーすけ…気持ちはわかるが、巫女巫女はもう…」
「わかってるさ。だからあいつは……俺が止める」
ちーすけが、巫女巫女先輩に向き直る。
なにこの展開。料理大会じゃなかったの?
「行くぜええ!」
戦闘が始まった。
ちーすけもスピードで撹乱するが、もとから強い巫女巫女先輩がマックシングをおこした怪物だ。
一人で敵う相手ではない。やがて壁際まで追い詰められて、もはやこれまでという状況になってしまった。
怪物が手を振り上げる…が、そこで動きが止まる。
「お前……」
怪物が泣いていた。いや…泣いているのは…巫女巫女先輩なのか…
「こ、コ…ロ…シテ…くれ…」
「………オッケー」
ちーすけが立ち上がり、巫女巫女先輩に寄りかかるようにして、胸に拳を添える。
「あばよ、巫女巫女」
閃光が迸った。
目のくらむような光の中で、俺たちは巫女巫女先輩が笑うのを、確かに見た。
耳を劈く轟音の中で、俺たちは巫女巫女先輩の声を、確かに聴いた。
次に生まれてくる時も、桜の花咲く緋想天学園の校庭で逢おうぜ。
……ありがとな。
――――――――相棒。
「……うおおおおおおおおぉぉぉおお!!」
ちーすけが空に向かって慟哭する。
「最後まで…かっこつけやがって…馬鹿野郎…ッ!」
「…校歌、斉唱」
ゆむ先輩の号令で一人、また一人と胸に手をそえて、いつしか俺たちは歌いだしていた。
あいつに届けと、響かせた。
緋想天児の生き様は
台風 川霧 まじ許す
タイトル曲は 聴き飽きた
代わりにラジオで 暇潰し
嗚呼緋想学 有頂天
己の道を魁よ
生まれ変わったグラフィック
パッチまだかな まじ許す
思えば今日は 偶数日
パッチが来るまで 大会だ
嗚呼緋想学 有頂天
己の道を魁よ
6
「さて、最後の1チームだね」
「あれっ、軽くね?」
ちーすけは歌い終わった瞬間に倒れてしまったため、最後に残ったふまれさんが俺たちを見る。
「いや、私も正直もう限界なんだけど、決着はつけなきゃ。主催だし……食べられるの作ってね」
「お任せあれ…やるぞ天子ちゃん」
「おう!あっちぇんでれ!」
カチッ
コンコン
じゅわー
……………。
コトッ
「目玉焼きです」
結局オーマイコンブネタだったという。
最初はこれで「なんじゃこりゃー!」ってうまく爆発オチをとって、円枠がどんどん俺の顔に狭まってきて
「もう料理はこりごりナリー…」ちゃんちゃん!といく予定だったのだが
ふまれさんがおいしいおいしいと泣きながら食べたので、俺もなんだか泣けてきた。
「食の原点に気づかされたよ」
ゆっくりと完食したふまれさんが、俺たちの手をとって高々と掲げる。
「優勝は、オレオ・天子ちゃんチーム!!」
「ふん、負けたよ。まさかお前たちがここまでやるとはね」
「とりあえずインタビューなの。初出場にして優勝…ルーキー先生なの」
「センセーションっスよ先輩。いや、あと一歩のところでやられたね!」
「…つぎは負けない。捕まえた後、指を一本ずつへし折っていく」
あまり嬉しくない言葉と共に、拍手が送られる。…いいの?これで。
困惑する俺を他所に、天子ちゃんは嬉しそうに笑う。
「優勝だって、やったねオレオ!」
「オレオだよ。………ん?」
「オレオでしょ?」
「……ああ……呼び捨てすんな、先輩だぞ」
「どうでもいいじゃんそんなの」
「そうだな」
どうでもいいや。帰って寝たい。
やがて拍手が止み、ゆむ先輩がにこやかな笑顔で
「さて…二次会といこうかしら?」
と、拳を見せて仰った。
え?
「待ってましたなの」
「いやー!慣れないことはするもんじゃないっスね!」
「……さっそくリベンジ」
……まあ、この俺がハッピーエンドで終わるとは思ってなかったよ。
言ってしまうね、こんな台詞。
そうこなくっちゃ。
―――ちなみに、巫女巫女先輩は、次の日普通に登校してきた。ひどい話だ。
ぎせい先輩は、学校を三日休んだ。
………俺は、その後一週間動けなかった。
人間ってのは、本当に平等にできてない。
おわし