1
雛「とっしー!一緒に帰ろー」
授業終了のチャイムと共に私は教室を飛び出し、二年生の教室へと駆け込む
帰り支度をしているとっしーこと、としあき先輩に呼びかける私
先輩なのに馴れ馴れしいとか思われそうだけど、本人が好きに呼んでいいと言ったから、私はこう呼んでいる
――あぁ雛ちゃんか、いいよ。今日もゲーセン行くのかい?
雛「モチのロンよ!」
サムズアップして答える私
とっしーは私のゲーセン仲間だ。度々ゲーセンへ一緒に行っては格ゲーで対戦したり、音ゲーを一緒にやったりしている
彼氏では無いけど、雛山財閥の令嬢、という立場の私にも分け隔てなく接してくれる
雛「今日も対戦でフルボッコにしてあげるわ!」
――はは……ちょっとは手加減してくれよ……
そう言って苦笑いするとっしー
こう見えて私はちょいとしたゲーマーなのだ。特に格闘ゲームには結構自信がある
とっしーもそこそこの腕前だけど、いつも私に負けてしまう
絶妙なところで手を抜いて勝たせてあげる、とか出来ればいいのだけど、ついついやりすぎてしまうのが私だ
でも、負けっぱなしでいい気分はしないだろうに、それでもとっしーは「雛ちゃんは強いなぁ」なんて言ってくれる
雛「ねぇ、とっしー」
――ん…何?
雛「えいっ!」
校門を出て暫く歩いたところで、私はおもむろにとっしーに腕を絡める
――ひ、雛ちゃん!?
本当に不意を付かれた、といった感じでドギマギするとっしー。この反応が可愛い
雛「んー、なぁにとっしー」
――いや、いきなりくっついてくるからさ……
雛「嫌?」
――そういう訳じゃないけど………胸、当たってるよ?
雛「勿論、当ててるからねー」
言いながら更に腕と腕を絡め、胸を押し付ける私。うーん、我ながら中々大胆
でも、とっしーは嫌がって振りほどこうとする訳でも無いので、私達はそのまま腕を絡めたままアーケード街に向かった
2
夕刻のアーケード街は多くの人でごった返す。私達のように学校帰りの人や仕事帰りの人、買い物客等で賑わう
人ごみを掻き分けながら一緒に進む私達。……他の人には、私達はどう見えるのだろう?
………やっぱり恋人同士に見えたりするんだろうか?まぁ、普通恋人同士でも無い男女が、腕組んだりしないしね
???「おー!としあきがデートしてる!?おーい、なのかーにイトミんに地子ちゃーん!ちょっと来てみー!」
……なんて物思いに耽っていると、いきなり不躾な叫び声が辺りに木霊した
視線を声の方に向けると、ツインテールが特徴的なちっこい少女がうおー、うおー、とか言いながら何か興奮していた
………あれは………確か天子ちゃんとかいういつもやかましい子だ。何と言うか、品が無い
イトミ「なになにー?どうしたのー?」
なのか「そーなのかー」
地子「どうかなさいましたの?」
天子ちゃん、とやらの呼びかけに応え、ぞろぞろと集まってくる少女達。皆私の同学年の娘だ。一体なんだと言うのか
天子「ほら見なよー、としあきがデートしてるよー!腕組んじゃったりして、お熱いねー。ひゅーひゅー!」
――い、いや、天子ちゃん……これは……その……ね
天子ちゃんがわざとらしく捲くし立てて、私達を冷やかす。何なんだコイツは……。いい気分が台無しじゃないか……
とっしーも上級生なんだからガツンと言ってやればいいのに……
イトミ「うわー、すごーい。放課後デートだね」
なのか「デートなのかー」
地子「……こんな公衆の面前で腕を絡めて一緒に歩くだなんて……はしたないですわ……」
どちらかと言えば、その公衆の面前でわざわざ冷やかすお前達のデリカシーの無さに私の怒りが有頂天だ
天子「よっしゃー、このネタからすなべ先輩に売り込もう!良かったなとっしー!明日の学園新聞の一面トップだぞー!」
そう言いながら、いつの間にか天子ちゃんが携帯を取り出し、写メを取っていた。その行為を見た瞬間、私の中で何かが切れた
素早くとっしーから離れ、一足飛びで天子ちゃんの元へと駆け出す
天子「ぐえぇぇ!!!!」
そして天子ちゃんを手近な建物の壁に叩きつけ、左腕を捻り上げ、首を鷲掴みにして力を入れる
天子「がふっ……!!」
壁に叩きつけられ、首を絞められた天子ちゃんが小さくうめき声を上げるがそんなこと知ったことではない
イトミ「て、天子ちゃん!?」
地子「な、何するんですの!?」
雛「………黙れ………!」
後ろから講義の声を上げるイトミと地子を睨みつけ、ただ一言言い放つ
そんな私の雰囲気にたじろいだのか、二人はそれ以上言葉を紡がなかった
もう一人の……確かそーなのかー、だったか。その子は口をあんぐりと開け、ただ呆然としていた。静かで助かる
天子「……うぐっ……何………すんのさ………」
雛「携帯」
少し回復したのだろう。文句の一つでも言おうとしている天子ちゃんに、私は冷たく言い放つ
天子「……へっ……?」
雛「携帯よ、ケータイ。今写メ取ったでしょうが!!渡せって言ってんの!」
天子「ひっ……」
もう穏便に済ます気になんてなれなかった。怒気を隠そうともせず天子ちゃんに携帯を催促する
天子「……うぐっ……」
逆らっても無駄だと悟ったのか、大人しく自分の携帯を差し出す天子ちゃん
雛「……ふん……」
受け取った携帯を、本人の目の前で思い切りへし折る
天子「……っ!!!わ、私の携帯!!!」
雛「自業自得よ。ノリがいいのは結構。私も嫌いじゃないし。……でもね、やっていいことと悪いことの区別は付けなさい」
そう言って踵を返す私。すぐ様他の三人が天子ちゃんに駆け寄り、後ろですすり泣く声が聞こえてきた
………ちょっとやり過ぎた……かな?
少し居た堪れない気持ちになって、私はそそくさと彼女達から離れ、とっしーの元へと戻った
――…………
見れば、とっしーは何やら怒っている様子だった
……な、何でそんな顔するの……?悪いのはあの天子ちゃんって娘の方じゃない……
何か弁解しなければ……そう思っていた私の右頬に、不意に痛みが襲った
雛「……えっ……?」
何が起こったのか一瞬解らなかった。でも、右頬が少しずつ痛みを増していくと、漸く私はとっしーに頬を叩かれたことを理解した
雛「……な、何で……」
――雛ちゃん、天子ちゃんに謝るんだ
真剣な顔をしてそう言うとっしー。訳が解らなかった。悪いのはあの娘じゃない。何で、私が、謝るの?
――確かに天子ちゃんのしたことは褒められることじゃない。でも……だからって暴力に訴えるようなマネをしちゃダメだよ……
優しく私を諭すように言うとっしー。でも、アイツは、私達の、ことを………
考えが纏まらない。何か言葉を紡ごうとしても、口の中がカラカラに乾いて言葉が出ない。頬の痛みは増すばかりだ
――さ、天子ちゃんに謝って……
……気付けば私は、その場から逃げるように走り去っていた―――
3
ゴゴゴ「……お嬢様……お食事をお持ちしました」
雛「………いらない………」
何処をどう走ったかなんて全く覚えてなかった
肺が破裂するんじゃないかというくらい走って、駈けずりまわって、家に帰って、そのまま私はベッドで不貞寝をしていた
私専属のメイドであるゴゴゴが夕食を持ってきてくれたが、食欲なんてまるで湧かなかった
ゴゴゴ「………そうですか………。では、せめてお召し物くらいは着替えて下さいませ。皺になってしまいますわ」
雛「………ほっといてよ………」
シーツに顔を埋めながら、私はひたすら涙を堪えていた
嫌われた。確実に嫌われた
別にとっしーの言ってることが理解出来なかった訳じゃない
天子ちゃんには悪いことをしたとも思っている
それでも、………それでも認めたくなかった。だから逃げ出してしまった
私の涙腺は決壊寸前だ。泣いて全てが無に帰すなら、幾らでも泣きたい。でもそんなことには絶対ならない
……もう、死にたい気分だ………
ゴゴゴ「………お嬢様………」
そんな私に、ゴゴゴが心配そうに顔を覗き込む
ゴゴゴ「学校で、何か嫌なことでもありましたか?」
確信を突く一言を言い放った。この人が私のことで知らないことなんて無い
私がこうやって不貞寝する時は、どういう時か理解しているのだ
ゴゴゴ「私めでは何の力にもなれません。………ですが、お話を聞くことは出来ます
辛いこと、悲しいこと、何でも構いません。……話して楽になることもあるでしょう
どうぞ私めに、愚痴を溢し下さい」
あぁ、やっぱりこの人には敵わない。私が今一番望んでいることを、常に実行しようとする……。メイドの鑑みたいな人だ
雛「………聞いてくれるの………?」
ゴゴゴ「勿論でございますわ、お嬢様」
そう言って聖母のように微笑む彼女の胸に飛び込んで、私は溜め込んだ物全てを解き放つように、涙で顔を泣き腫らした
そして、放課後何があったのかを、嘘偽り無く彼女に伝えた
彼女は何も言わずただ私の話に耳を傾けてくれた
雛「………って、いう訳なの。………もう私、とっしーに会わす顔が無いわ………」
ゴゴゴ「そうでしょうか?」
雛「そうよ!絶対……嫌われたわ………ハァ………」
ゴゴゴ「ですが私には、その殿方がお嬢様を嫌いになったとはとても思えません」
雛「………何でそんなことが解るのよ………会ったことも無いのに」
ゴゴゴ「そうですね……確かにそのとしあき様のことを、私は何も知りません
ですが、お嬢様のことを大事に思って下さっているのだということは、お嬢様の話から解りました」
雛「……?どういうこと?」
ゴゴゴ「……何故、としあき様は怒ったのだと思いますか?何に対して、怒っていたのでしょう?」
雛「……それは……私が……天子ちゃんに暴力を振るったから……」
ゴゴゴ「それもあるでしょう。ですが、それだけでは無いでしょう」
雛「………意味が解んない……」
ゴゴゴ「そうでしょうね。私も、それをお教えすることは出来ません」
雛「はぁ?何よそれ………。私にどうしろって言うの……?」
ゴゴゴ「……もし、お嬢様がとしあき様と仲直りしたいのであれば………キチンと自分の非を認めることから始めるべきです」
雛「……とっしーと天子ちゃんに謝れって言うの?………どのツラ下げて会えばいいのよ………」
ゴゴゴ「その泣きじゃくって無様にくしゃくしゃになった顔で結構です
……もしお嬢様が今回の件をうやむやに終わらせようとするなら、きっととしあき様は貴女に幻滅することでしょう」
雛「うぐ……」
ゴゴゴ「私に言えることはここまでです。後は………お嬢様次第、ですわ」
そう言うとゴゴゴは立ち上がり、そそくさと部屋を後にした
雛「……何よそれ……。全く、肝心なところははぐらかすんだから………」
私は再びシーツに顔を埋める。でも、今度は不貞寝じゃない
雛「(ありがとう、ゴゴゴ……。まだモヤモヤするけれど、話せて良かった……)」
自分の理解者へ心の中で感謝した。明日、ちゃんと話そう。そして二人に謝ろう
そう決意した私は、散々泣いて疲れていたのか、そのまま眠りに落ちてしまった
4
雛「(さて、そうは言うけどねぇ大佐………)」
翌日、やけに早く目が覚めた私は取り合えずシャワーを浴びてさっぱりして、しっかりと朝食を取って決意を胸に登校した
……のだが、いざとなるとやっぱり尻込みしてしまう
雛「(うぅ……今更ながら自己嫌悪……何であんなことしちゃったかなぁ………)」
何というかどっちにも顔を合わせ辛い。こういうの四面楚歌っていうんだっけ?あぁ、考えが纏まらーん!
取り合えず二年の教室の前でうろうろしてしまう私。道行く上級生に奇異な目で見られるが、今の私はそれどころじゃない
――雛ちゃん?そんなところで何してるの?
傍から見たら悶えたり頭抱えたりで物凄い怪しいであろう私に、突然背後から声が掛けられた
その声の主は、忘れるハズも無い、とっしーの声だ
雛「と、とっしー………」
――おはよう。雛ちゃん
雛「おおおおはよう…。…………え、えーと……その、ね、とっしー、私……」
――ちょうど良かった。雛ちゃんを探してたんだ
雛「…へっ?探すって……私を?」
――うん。ちょっと一緒に来て
雛「えっ……?ちょ、ちょっと!?」
いきなり手を引っ張られ、連行される私
そして連れて来られたのは講堂裏。そこには、天子ちゃんを初めとした昨日の四人組が居た
心無しかイトミと地子が私を睨んでる気がする。そーなのかーって子は……何か良く分からん
しかしこのシチュエーションは………そうか、とっしーが私が謝れるようにセッティングしてくれたのか……
って自分本位で考え過ぎだけど、この状況を利用しない手は無い
私はスッと天子ちゃんの前に立ち―――
雛「……あ、あの……昨日は………」
天子「ごめんなさい!」
話を切り出そうとした瞬間、いきなり天子ちゃんが深々と頭を下げた
雛「……へっ……?」
いきなり面喰らったのは私だ。あれ?何この展開
天子「わ、私ってばさ!すぐ悪ノリするクセがあって……だからとしあきと雛っちの気持ちとか、全然考えて無くて!だからゴメンなのさ!」
しどろもどろで謝罪の意を示す天子ちゃん。……何だ、あれこれ考えてた自分がバカみたいだ
自分の今の気持ちを、ストレートにぶつければいいのだ。天子ちゃんのように
雛「わ、私も……その……やり過ぎたかな……って。だ、だから……その……ごめんなさい……」
最後の方がちょっと掠れた声になってしまったけど、でも言えた。ちゃんと、言えた。今の自分の正直な気持ちだ
互いが互いの非を認め、改めて向き直る。……ちょっと気まずい
――よし、これでお互い後腐れなしだ。これでいいかい?地子ちゃん、イトミちゃん
地子「…ま、まぁ雛さんもちゃんと悪いと思って下さっているみたいですし……私からこれ以上言うことはありませんわ!」
イトミ「私は、二人が仲直りしてくれるなら別に……」
なのか「そーなのかー」
気恥ずかしそうにそう言う地子とイトミ
……あぁ、この場を設けようを提案したのは彼女達なのか……。詳しい事情は解らないけど、私が逃げ去った後、何事か話合いがされたのだろう
天子「うーし!何かすっきりした!じゃあ私達は教室に戻るのさ!雛っちととしあきはゆっくり愛を語り合うといい!じゃあね!総員退避ー!」
突然いつものテンションに戻った天子ちゃんがそう宣言して、他の三人にもその場を去るよう促す
雛「っ!!!ななな………!」
愛を語り合うとか……何言ってるんだアイツは!もう、まず空気を読む勉強からしろっての!
天子「あー!それと、私の携帯ちゃんと弁償しろよー!」
途中で振り向いて、ちゃっかり弁償の催促までしやがった!えぇ、えぇ!弁償しますとも。させていただきますとも!
………ハァ、何もしてないのに、何か疲れた………
――雛ちゃん……
雛「……ぅ……と、とっしー……あ、あのね……」
――うん…
雛「き、昨日は……その……何で私が責められるんだー、みたいなこと思っちゃって……
で、でも、ゴゴゴとその事を話して、色々考えたの……。そ、それで……その……」
――天子ちゃんに謝ろうって思った?
雛「……う、うん……まぁ……私にも…非はあるし……」
――雛ちゃんなら、きっと解ってくれると思ってた
雛「と、とっしー……」
――もうあんなことしちゃダメだよ?
雛「う、うん……」
優しく私を諭してくれるとっしー
その顔を、私はまともに見れなくて――
ちょっとだけ、彼を意識しちゃっている自分に気付いて、それがもう顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった
了