ss76359

Last-modified: 2009-03-08 (日) 06:46:44

※としあき達は進級し、無事卒業の日を迎えた、ということを前提としてお読み下さい

春―――旅立ちと別れの季節。ここ緋想天学園でも世代交代の時が再び訪れようとしていた

――今日でこの学園ともお別れか……

名残惜しさを感じながら、自分が今まで通ってきた学び舎を見上げる
卒業式も滞りなく終わり、もう学園に残ってる卒業生はまばらだ。さっさと帰って自由を満喫する者も居れば、在校生と別れを惜しんだり、記念撮影をしたりする者も居る
俺は……そのどちらでも無く、ただ何となく敷地内をブラブラ歩いていた

???「としあき!」

ボケーっと歩いていると、突然呼び止められた。声の先に視線を移すと、そこにはテケちゃんが居た

――テケちゃん……どうしたんだ?
テケ「ん……特に用事は無いのだ……。ただ、としあきの姿を見かけたから、声を掛けてみたのだ
   ……としあきは…何をしていたの?」
――俺?別に何もしてないよ。ただ―――俺、卒業するんだなぁってぼんやり考えてただけさ
テケ「としあきは相変わらずなのだ」
――……それ、俺がいつもボケーっとしてるってこと?
テケ「そうなのだ」
――ひでぇ

二人で笑い合う。もうこんなやり取りも、おいそれと出来なくなるのかと思うと少し、寂しい

――しかしテケちゃんの答辞はカッコよかったなぁ。送辞でテンパってコケそうになった天子ちゃんを支えて、宥めて……
テケ「褒めても何も出ないのだ。アレは……見てられなかったからつい手を貸してしまっただけなのだ」
――成る程ね。でもさ、あの時天子ちゃんに何か言ってたよね?何て言ったの?
テケ「………別に大したことは言ってないのだ。ただ……いつも通りにすればいいのだ、って言っただけなのだ」
――へぇ……まぁ確かにあの後いつも通りのハイテンションで突き抜けてたなぁ、天子ちゃん。そんな天子ちゃんも今や生徒会長か……大丈夫かねぇ?
テケ「きっと大丈夫なのだ。だぜだー会長も人望はあったけど全然仕事しなかったって聞いてるのだ」

でも他の人達の負担は増えるよね……まぁ、天子ちゃんなら持ち前の明るさで何とかしていくだろう

テケ「…じゃあボクはそろそろ行くのだ。主様と約束があるのだ」
――ん……そっか……。じゃあ……「またな」でいいよな?
テケ「……そうなのだ。「また」いつか会うのだ」

満面の笑みを浮かべながらそう言い残し、テケちゃんは走り去っていった
その後ろ姿を見送り、いい加減帰ろうかな、と思った矢先に携帯から着信音が鳴り響いた

――………この着信は……さとりさん……?

携帯のディスプレイには『さとり』の文字とメールのアイコンが映し出されていた
すぐに内容をチェックする。そこには―――

   話したいことがあるので、としくんの教室で待っています

                                  さとり

とだけ書かれていた
……ちょうど良かった。俺も……さとりさんに謝らなければいけないことがあったから………
俺はすぐさまさとりさんの待つ教室へと向かった

さとり「……としくん……来てくれたんだ………」

教室に現れた俺を見たさとりさんは、安堵した顔でそう言った

――えぇ……。俺もさとりさんに用があったので
さとり「用?」
――はい……。…俺、さとりさんに謝りたくて……
さとり「謝る………何を……?」

小首を傾げて、心底不思議そうに尋ねるさとりさん。……解っているハズなのに、何故とぼけようとするのか

――だって……俺がさとりさんからくるるさんを奪ったようなものじゃないですか……
さとり「……あぁ……そのこと、かぁ……。そうだね……確かにとしくんは私からくるるちゃんを奪ったよね……」
――………ッ!!!

さとりさんは俺から視線を外しながら、抑揚の無い声でそう言った
そんな感情の篭らない声が、余計に心に痛い

さとり「…としくん、私がそのことで怒ってると思ってるんだ?」
――そりゃ……俺がダメ元でくるるさんに告白して、でもOK貰ってから、さとりさん俺とくるるさんを避けるようになったから……」
さとり「………そうだね………最初は私の怒りが有頂天、って感じだったよ……
    でもね、それから一人で冷静に考えてみたの。くるるちゃんはとしくんを選んだんだから、私の我儘で二人の邪魔しちゃいけない、って……」
――……それが……俺達を避けてた理由?
さとり「それだけじゃないけど………でも、二人が仲睦まじくしてるのを見たら、歯止めが利かなくなっちゃう気がしたから……」
――は、歯止めって………?
さとり「端的に言うと、『ころしてでもうばいとる』的な」

そう言ってニッコリ笑うさとりさんだが、何故か冗談に聞こえない

――そ、そうなんだ……
さとり「でも……最後くらい……祝福したいから……ううん。しなくちゃいけないから……
    としくん、くるるちゃんを……ちゃんと幸せにしてあげてね?」

言いながら、そっと俺の手を握るさとりさんの目には、涙がうっすらと滲んでいた
本当はつらいハズなのに……。泥棒猫みたいな真似をした俺を、さとりさんは許してくれるという……

――さとりさん………
さとり「……返事は……?それとも自信無い?」
――……そんなこと無いです。俺、絶対にくるるさんに悲しい思いはさせませんから!」
さとり「…よし、その意気、その意気!さ、くるるちゃんのところに行ってあげて。いつもの場所に居るハズだから。きっととしくんを待ってるよ」
――……さとりさん……
さとり「ホラ!早く行く!女の子を待たせるなんて、サイテーだぞ!?」

軽く突き放すように俺から離れると、さとりさんは背を向けてしまう。何か掛ける言葉を探したが、何を言っていいのか分からなかった

――……ありがとう、さとりさん……

それだけ言って俺は教室を出た。そして、くるるさんの待つ科学研究部別荘へと向かった

さとり「(もう……行った……よね?)」

遠ざかるとしくんの足音を聞きながら、私は振り向いた。当然、彼の姿は無い
もう少し彼に発破を掛けるのが遅れたら、そのまま泣き出してしまいそうだった。危なかった…

さとり「……これで……いいんだ……うん……」

自分に言い聞かせるように――私は静かに頷く

さとり「…………あれ…………?」

納得した、諦めた、心残りなんて無い。そう、思ったハズなのに……

さとり「……な……ん、で………」

ぽろぽろと、涙が溢れてくる

さとり「……泣かないって……決めたのになぁ……」

でも、一度決壊したダムは止まらない。私の顔はすぐさま涙でグショグショになってしまう

誰も居ない教室で――

私は、一人静かに泣いた

科学研究部別荘――
鬱蒼とした森の中にある、科学部の技術の粋を集めて作り出された「要塞」と言っても過言では無い場所。通称風雲くるる城
実際には全く城でも何でもない広めの庭付き平屋なのだが
かつてこの森には侵入者を撃退するために過剰なまでの罠が張り巡らされていた。が、今は無い
卒業するに当たって、くるるさんが全ての罠を取り外したからだ
『新入生が知らずに来ちゃったりして、罠に掛かったら危ないしね』とは本人談
別荘自体は学校に管理を任せ、以後使いたい、という生徒が出たら自由に使ってもらうのだという
そんな場所へ向けて、俺は急ぎ足を進めていた
そういえば以前罠が張り巡らされたこの森を、オレオと巫女巫女先輩が強行突破を図ったってさとりさんが話してくれたっけ
何てことを考えながら進んでいくと、不意に視界が開けた。森を抜けたのだ
ここから別荘までは目と鼻の先。自然と俺の足取りは軽やかになっていた
そして、縁側に座ってお茶を飲んでいるくるるさんを見つける

――くるるさーん!

彼女の元へ走りながら俺はその名を呼ぶ
俺の姿を見つけると、くるるさんは微笑みながら手を振った

くるる「遅かったね。何かあった?」
――…んー、さとりさんにくるるさんを絶対泣かすなよー!、って釘刺されてきた
くるる「さとりんが?」
――うん……。何だか、俺達に遠慮してたみたいでさ……
くるる「……そう、なんだ……。やっぱり避けられてるの、気のせいじゃ無かったのね……」

言いながらくるるさんは悲しそうに俯いた

くるる「……出来れば、ちゃんと話し合いたかったんだけどなぁ……」
――……それは……俺とのことについて?
くるる「うん……。やっぱり、嫌われちゃったかな……さとりんに……」
――……そんなこと……無いですよ、きっと……。でも、このまま二人にすれ違ったままで居てほしくは無いかな…
くるる「…としあき……」
――……二人の仲を引き裂いた俺が言えることじゃないかもしれないけどさ……
くるる「……そうだねー、としあきの所為で私とさとりんの仲はボロボロよー」
――…う…ぐ……はっきり言われると……やはりキツい……
くるる「あはは、冗談だって。そんな恨み言吐くくらいなら最初からとしあきの告白にOKなんか出さないわよ」
――……うう……からかわないで下さいよ……
くるる「だらしないなぁ。シャキっとしなよ」
――シャキっと……うん、シャキっとかぁ……よし、行こう!くるるさん!
くるる「…へっ?い、行くって…何処に?」
――さとりさんのところですよ!今ならまだ教室にいるかもしれないし!
くるる「……で、でも……もう会えなくなるって訳でもないのに……」
――いえ!今じゃなきゃダメです!俺の勘がそう言ってます!だから行きましょう!えぇ、行きましょう!

渋るくるるさんの腕を強引に引いて、駆け出す。思い立ったが吉日ってヤツだ

くるる「もう……変なところで強引なんだから……」

俺に腕を引かれながら、呆れたようにくるるさんはそう呟いた

くるるさんと一緒に先程さとりさんと会った教室まで行くと、さとりさんはまだ残っていた

――さとりさん!
さとり「……えっ……?としくん……?それにくるるちゃんまで……」

何だか今にも窓を開けて飛び降りそうなさとりさんに、俺は声を掛ける
振り向いたさとりさんの目元には泣き腫らした後があった。…俺と別れた後、ずっと泣いていたのだろうか……?

さとり「ふ、二人共どうしたの……?」

まさか俺がくるるさんを連れて来るとは思っていなかったのだろう。動揺を隠そうと振舞ってはいるが、うろたえているのが誰の目にも明らかだ
そんなしどろもどろになっているさとりさんの前に、くるるさんがそっと立つ

くるる「……さとりん……」
さとり「……くるるちゃん……」

何ともなしにお互いの名前を呟く二人。しばしの沈黙の後、その沈黙を破るようにくるるさんがさとりさんの頬をそっと撫でた

くるる「……泣いてたの…?さとりん……」
さとり「………別に……泣いてなんて………」
くるる「嘘。………でも、その原因を作ったのは私だよね……。ゴメンね、さとりん……」
さとり「……くるるちゃん……」
くるる「ずっとさとりんと話したかった。……でも、さとりん私のこと避けてるみたいだったから、中々切り出せなかった……」
さとり「…それは……ごめん……なさい……くるるちゃん……。でも……二人の邪魔を、したくなかったから……」
くるる「どうして?今までだって何度も三人一緒で過ごしたこと、あったじゃない…」
さとり「……だって……私はもう、くるるちゃんにとっての一番じゃないから……だから……」

搾り出すように言葉を紡ぐさとりさん。そんな彼女を、くるるさんはそっと抱きしめた

くるる「バカだなぁ、さとりんは……。私にとっての一番は、今もさとりんよ?………でもね、私気付いたの。としあきのことも、さとりんと同じくらい大事だって
    さとりんも一番だけど、としあきも私にとっての一番なの。……ふふ、欲張りよね、私……」
さとり「……くるるちゃん……」
くるる「これからも……三人一緒じゃ……ダメかな?」
さとり「……わ、私は……いいけど……。でも、としくんは………?」

言いながらくるるさんと俺を交互に目配せするさとりさん。その瞳には若干の不安が混じっている

くるる「……ふむ……。………ねぇとしあき、貴方さとりんのこと、嫌い?」

事の成り行きを見守っている俺に、くるるさんが突然振り向いて聞く

――えっ………?い、いえ……嫌いなんかじゃないですよ?むしろ好きです
くるる「ラブ?ライク?」
――そ、そんなこと突然言われても………
くるる「……ふぅん……。……まぁ、その辺の意識は少しづつ変えていけばいいよね…?」
――………?

くるるさんは一体何を言っているんだろう……?
さとりさんはくるるさんの言葉の意図を理解したのか、顔を真っ赤に染めて俯いている。何だ?この期待と嫌な予感が入り乱れる感覚……?
きっと頭の上に「?」マークを幾つも浮かべているであろう俺を尻目に、くるるさんはさとりさんに何事かを囁いた。囁かれたさとりさんは、更に茹蛸のように顔を紅く染める
そしてお互い離れると、くるるさんは俺の右腕に、さとりさんは俺の左腕にそれぞれ腕を絡めた

――……!?なななっ!?
くるる「うん、初めからこうすれば良かったのよねぇ。なーんで思いつかなかったかなぁ?私」
――い、一体何を……?
くるる「だから、いっそのこととしあきは私とさとりんの両方と付き合っちゃえば良かったってこと」
――そ、そんな無茶苦茶な……
くるる「えー、満更でもないんでしょ?」
――そ、それは………。さ、さとりさんはそれでいいんですか!?
さとり「……私は……別にいいよ?
    ねぇ、としくん………私のことも、愛してくれる……?」

言いながらうっとりとした表情で更に腕をギュっと絡めるさとりさん。あれー、何この予想の斜め上を行く展開

くるる「ふふ……という訳でとしあき……。これからも――」
さとり「よろしくね…?」

そう言って、俺の両手の華達は満面の笑みを浮かべた
はははー、もうどうにでもなーれ

二人の笑顔を見ながら、覚悟完了するしかない俺だった……