男なら、誰もが一度は考えたことがあるだろう……
『もし朝起きて、自分が女になっていたら』というifを
だけど……そういうのは空想や妄想の範疇だからこそ良いのであって……
握手「……な…なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
現実のモノとなってしまうような事態は、ノーセンキューでしかない
―――ある体育教師の受難
1.
僕の名は握手。私立皐月緋想天学園のしがない体育教師だ
元女子校である緋想天学園では、貴重な男……それも男子教師だ
……だが、そんなアイデンティティも崩壊しようとしている
信じられない話だが、朝目を覚ましたら、何の前触れも無く女になっていたからだ
顔を洗いに洗面所へ立ち、鏡を見た時『この美人さんは一体誰だろう…?』などと思った
それが自分であることに気付くのに、数十秒掛かった
何せ僕は一人暮らし。嫁さんなど居ないし、昨日女性を連れ込んだ覚えも無い
まじまじと鏡を見つめ……そして、何故こんな事態になっているのか、考えを巡らせる
……思いつく理由は、たった一つ……くるる君の作ったあの怪しげな薬品の所為だ。そうとしか思えない!
昨日、当直だった僕は放課後校舎の見回りをしていた……。居残っている生徒が居ないかをチェックするために…
その途中、科学室で何やら薬の調合をしているくるる君を発見した
いつも一緒に居る相棒のさとり君は居なかった。先に帰ったのだろう
下校時刻はとっくに過ぎている。この学園の生徒なら変質者等に襲われたところで余裕で返り討ちだろうが、やはり夜道を女性一人で歩くものでは無い。暗くなる前に帰らせねば…
握手「おーい、くるる君。下校時刻は過ぎてるぞー。早く帰りなさーい」
ドアから部屋の中を窺い、声を掛けてみるものの反応は無い。…余程集中しているのだろう
だが、無視されたからといって引き下がる訳にもいかない。仕方ないので、踏み込むことにする
コソコソする理由も無いので、堂々と彼女に近づいていく
しかし、後ほんの数メートルというところまで近づいても、彼女が僕に気付く様子は無かった。名前を呼んでも、だ
握手「…くるる君……。おーい、くるる君!」
全然気付いてくれないので少し語気を強め、軽く肩を叩いてみた。その途端、
くるる「うひゃあ!!!」
素っ頓狂な声を上げて驚くくるる君。てか、マジで気付いて無かったのか……
だが……その行動が不味かった。驚いたくるる君は、その拍子に持っていた調合中の薬品を放り投げてしまったのだ
そして、宙を舞った薬品は……
僕の頭に直撃し、盛大にその中身をぶちまけた
くるる「…だ、誰っ………!!………って、握手先生!?な、何でここに……というか何でそんなにびしょ濡れなんですか…!?」
握手「…いや、今君がブン投げた薬品の所為でびしょ濡れなんだが……」
くるる「……へっ……?ブン投げ……?……ッ!!?あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
握手「な、何だ!?ど、どうしたんだ!?」
僕のびしょ濡れの原因が自分が調合していた薬品であることが解ると、くるる君はこの世の終わりみたいな声を上げる
くるる「…せ、先生!大丈夫ですか!?な、何か……体に変化は!?」
握手「……?へ、変化…?いや、特に何も……?」
くるる「……えっ……?う、嘘…?」
握手「いや、本当に何も……強いていうならびしょ濡れになったくらいで…」
くるる「……あれ……?おっかしいなぁ………?比率は完璧なハズなのに……」
先程の薬品が掛かっても何の変化も無い僕を見て、首を傾げるくるる君
握手「……参考までに聞くけど、これ…何なんだい?」
くるる「えっ……?えー、それはですね……」
握手「言えないような物なのか!?」
くるる「ま、まぁ…ある意味では……。で、でも効果無いみたいですし……失敗、かなぁ…?」
握手「…その様だが……。まぁいい、今日のところは帰りなさい。…もうすぐ日も暮れる。片付けは僕がやっておくから」
くるる「…えっ……で、でも……」
握手「いいから帰りなさい。君に何かあったら、さとり君が悲しむぞ」
くるる「………分かりました。じゃあ……さようなら、先生」
握手「あぁ。気をつけて帰るんだぞ?」
正直、薬品の正体は気になったが、あのまま問い詰めても彼女は答えを渋りそうだったので早々に帰らせた
割れたフラスコと、その他の器具を片付ける頃にはもう日は完全に落ちていた
その後、見回りの残りを終え、他の先生方も全員帰った後少し遅い夕食を摂る
そして夜にまた校舎内の見回り。…もっとも、スキマシステムに護られたこの学園に物取りや不審者が入った事など一度も無いのだけど
最後に酔わない程度にビールとつまみを啄ばみ、一日を終えた
……その時点では、僕の体には何の変化も、変調も無かった
だが、次の日起きてみればご覧の有様、という訳だ
握手「……ここで落ち込んでても仕方ない……か…」
憂鬱な気分を抑え付け、職員室に向かう
…まずはこの状況を誰かに話して、相談に乗ってもらおう……。いつもの先生辺りなら、理解してくれるハズだ…
おぼつかない足取りで職員室に入ると、そこにはいつもの先生が居た
普段通りの彼女だが、今の僕には救いの女神にすら見える
握手「い…いつもの先生、おはようございます!」
いつもの「…んっ……?あ、おはよう……ございま…す……?………どなたでしょう?新任の方が来るなんて話は聞いてませんが……」
言われて、しまったと思った。そうだ、今の僕は……外見すら完全に女で、別人のそれだ。いつもの先生がこんな反応を示してもおかしく無い
握手「あ、あの……信じられないかもしれませんが…僕、握手です。体育教師の」
いつもの「………握手先生は男性の方ですよ……?冗談はよして下さい……」
やはり、というか何というか、僕の言葉にいつもの先生はあからさまな疑惑の眼差しを向ける
握手「じょ、冗談なんかじゃありません!朝起きたら突然女になっていて……信じて下さい!いつもの先生!」
必死な僕に対し、いつもの先生の目には疑念や不信に満ちていた
…まぁ、当然と言えば当然か…。いきなりこんなことを言われれ、誰だって不審に思うだろう
握手「…うぅ……そ、そうだ!IDカード!こ、これを照合してくれれば、僕が握手だってすぐ分かるハズです!」
一筋の光明を見出した僕は、いつもの先生に自分のIDカードを渡す
このIDカードは生徒の物を同じく、様々な個人情報を記録した情報端末だ
見てくれは何の変哲も無いカードだが、最新技術の粋を集めて作られているらしく、偽造は困難なのだとか
いつもの「……分かりました。照合してきますので、しばしお待ちを……」
そう言って職員室を出て行くいつもの先生
この間に他の先生方が来たりしたらどう説明しようか……などと考えている内にいつもの先生が戻ってきた
その顔からは若干ではあるが、不審が薄れているように見える
いつもの「……照合の結果、握手先生本人のものと判明しました
………一体、何がどうしたんですか……?」
握手「あ、あの……話すと長くなるんですが……」
僕は昨日起こったことをいつもの先生に話した
説明している最中にみやびん先生が出勤してきて、彼女にも説明する羽目になったので二度手間になってしまった
みやびん「…なーるほど。大変やねぇ、握手。……アレや、お湯かけたら元に戻るかもしれへんよ?」
握手「……そんな早○女○馬じゃあるまいし………」
軽い調子で言ってはいるが、この人のことだからたぶん本気だろう……
いつもの「……くるるさんの作った薬品が原因なら、くるるさんに元に戻る薬を作ってもらうのが一番の解決策ではないでしょうか?」
どこか他人事な(実際他人事だが)なみやびん先生とは違い、もっともな案を出すいつもの先生
握手「……やはりそれしか無いですかねぇ……?」
みやびん「いや、まずお湯を……」
いつもの「善は急げ、と言いますし、早速彼女のところに行きましょう」
握手「えぇ……そうですね……」
みやびん「おーい、無視せんといてぇなー」
くるる君の元へ向かうため、職員室を後にした僕達。後ろでみやびん先生が何か言ってるが、相手にしない方が良さそうだ
2.
いつもの「教室には居ませんでしたから、たぶんこちらに居ると思うのですが……」
鬱蒼とした森の入り口で、いつもの先生が呟く
科研部の別荘……通称風雲くるる城へと続く森……
あれから二年の教室に向かった僕達だったが、くるる君の姿は無かった
まだ登校してきていないか、例の別荘に居るか、そもそも休みの可能性も否定出来ない
みやびん「…つぅか、校内放送で呼び出せば良かったんとちゃう?」
…もっともな意見だ。でも彼女が校内に居るとは限らない。あの別荘ならば尚のことだ
そんなことよりこの森には侵入者撃退用の様々な罠が仕掛けられてるらしいではないか。何というか勘弁してほしい
だが、泣き言を言っても始まらない。意を決して森に踏み込もうとしたその時、
みやびん「おーい、何してんのー?こっちこっちー」
森の入り口とは逆方向の場所で、みやびん先生が僕を手招きしていた
握手「……あ、あれ?入り口は向こうじゃ…?」
いつもの「あっちは罠が仕掛けてある方じゃないですか。別にあんなところ通らなくても、こちらから行けますよ」
みやびん「そうそう。……ここ、微妙にカモフラージュされとるやろ?注意せんと気付かれへん抜け道があるんよ」
握手「……なん……だと……?」
初耳だ……何それ……?てか、みやびん先生の口振りからすると、知ってて当たり前的なニュアンスを感じる
みやびん「何や?知らへんかったんか?」
握手「えっ…?えぇ……お二人は何で知ってるんですか…?」
僕が当然の疑問を口にすると、二人は揃って『えっ!?』という表情になった
いつもの「…普通にくるるさんが教えて下さいましたが…?」
みやびん「ウチもや。ドリモグ先生や山札先生も皆知ってたさかい、てっきり教師連中はみーんな知ってるモンやと思っとったわ」
握手「……えっ……知らなかったの僕だけ……?」
アレか、僕が男だから教えてくれなかったのか…?今は女だけど………
みやびん「まぁえぇやん、そんなことは。ほな行くでー」
うな垂れる僕を尻目にドンドンと先に進むみやびん先生。いつもの先生もそれに続いていく
…深い悲しみに包まれつつ、僕も二人の後に続いた
見通しの悪い林道をひたすら進んでいき、10分程歩いて科研部別荘へと到着した
ターゲットであるくるる君は………居た
縁側でさとり君と一緒にお茶を飲んでいる。微笑ましい光景だ
くるる「……あれ?いつもの先生にみやびん先生。後………誰?
言われるだろうとは覚悟していたが、やはりくるる君は僕を見て怪訝そうに眉を顰めた
いつもの「おはようございます、くるるさんにさとりさん
……彼女……いえ、敢えて彼と言いましょう。彼は、握手先生です」
そんなくるる君に手短に挨拶し、単刀直入に事の次第を伝えるいつもの先生
そして、一瞬の静寂の後
くるる「……ぷっ……あははははは。い、いつもの先生でも冗談言うんですね……
その人、どう見ても女の人じゃないですか……。あはははは」
腹を抱えて笑い出すくるる君。…まぁ当然といえば当然の反応だ
さとり君は何の話か解らないからか、お茶を啜りながらボーっとしている
だが、笑い話で終わらせる訳にはいかない。僕は一歩前に出て、くるる君と対峙する
握手「昨日の放課後、怪しげな薬品を作っていたよね?」
くるる「……えっ?……えぇ、まぁ……。何でそれを知って………まさか本当に…?」
握手「そう。僕は正真正銘、体育教師の握手だ
何故か解らないが今朝起きたら女になっていた。思い当たる原因といえば……キミのあの薬品しかない!」
ビッと彼女を指差し、追求する
そうだ、昨日無理にでもあの薬が何なのか、聞いておくべきだったのだ
握手「さぁ説明してもらうぞ、くるる君!キミは一体何を作ったんだ!?」
語気を強め、彼女に詰め寄る。くるる君はバツが悪そうな顔をして、おもむろに口を開く
くるる「……………です」
握手「…?何だって?よく聞こえなかった……」
くるる「で、ですから!そのままズバリ、性転換薬を調合したんですよ!!!」
少し頬を赤く染め、くるる君が叫ぶ
セイテンカンヤク?性転換だとぉ!?
握手「……ななな、何て物を作ったんだ!キミは!!!」
くるる「…いやー、まさか成功するとは微塵も……」
握手「そ、そんなことはどうでもいい!ちゃんと元に戻る方法はあるんだろうね!?」
くるる「………え、えーと……」
握手「何でそこで目を逸らすかなぁ!!!?」
くるる君のその態度から察するに、元に戻る方法は……無い?そんなバカな!?
握手「な、何とかしてくれ!頼む!!!」
くるる「そ、そんなこと言われても……」
握手「後生だから!!!頼むよ!!!」
みやびん「あー、もうえぇやん握手先生。たかが女になってもうくらいで大げさな……」
握手「大げさにもなりますよ!!!親や友人になんて言えばいいんですか!?
気立てのいいお嫁さんを貰って、幸せな家庭を築く僕の夢はどうなるんです!?」
みやびん「……何やそれ…?今時の小学生かてそんな甘っちょろい夢みぃへんで?」
握手「べ、別にいいでしょう!!!てか、そんな話をしてる場合じゃ……!」
あぁ、どんどん流れが悪い方に行ってる気がする……このまま女として残りの人生を過ごせと…?
いつもの「くるるさん、何とかなりませんか?このままだと握手先生、自殺とかしかねません」
物騒なことを言いながら再度くるる君に交渉するいつもの先生
自殺かぁ……そうだね、今のままだと勢いで屋上に駆け上がって飛び降りしかねない精神状態ですよ、正直!
くるる「…うーん………まぁ、善処はしてみます。私が悪い訳ですし……」
頭を掻きながら困惑気味に言うくるる君。僕の命運、彼女のやる気次第ですか?
みやびん「決まりやな。まぁ女の体もそんな悪いモンやあらへんで?」
握手「……うぅ……慰めになってないです………」
うな垂れる僕の背中をばんばん叩くみやびん先生。うん、痛いです
そして……そんな僕に追い討ちを掛けるように、目の前の茂みがガサガサと蠢き、幾つかのシャッター音が鳴り響いた
いつもの「…ッ?誰ですか!?」
いつもの先生が蠢く影の気配を察知し、攻撃を仕掛ける
だが影はいつもの先生の攻撃をひらりと躰し、難を逃れた
……影の正体、それは……
なべ「スクープ、ゲットなの」
新聞部のからすなべ君だった。…まずい、彼女に僕のことが知れたら…!
なべ「『握手先生、くるる嬢の作った怪しげな薬品でまさかの女体化!』今日はこのネタでレッツ号外なの」
やはり……そのつもりか…!だが、そうはさせない!その号外を阻止するため、僕は一足飛びで彼女に向かっていく
なべ「よいネタを提供していただき感謝感激なの。では早速記事にするの。であえー」
だが、そんな僕よりも更に速く彼女は逃げていった。……流石緋想天学園でもトップクラスの駿足…
みやびん「あーあ、なべに見つかっちゃお終いやねぇ。お昼休みには号外配られて、全校に知れ渡るわ」
いつもの「……時々行き過ぎた行動もありますが、彼女のやっていることはあくまで『部活動』ですからね……無理に止めることは出来ません…」
握手「……じゃ、じゃあ……」
みやびん「諦めが肝心、っちゅうことや。まぁえぇやん。遅かれ早かれ、皆に知られることなんやから」
握手「で、でも……」
みやびん「あーあー、男……いや、今は女やったな……。と、とにかく大の大人がめそめそするんやない!もっと前向きに考えなアカンで!」
いつもの「そ、そうですよ!望みが完全に絶たれた訳では無いんですから。ねっ?くるるさん」
くるる「………あんまり期待はしないで下さいね……?」
……からすなべ君に知られ、元に戻る目処はつかず……前途多難だなぁ……ダレカタスケテ
その後、お昼休みに新聞部総出で全校生徒に号外が配られ、僕の女体化は広く知られることとなった
……僕の名は握手。私立皐月緋想天学園のしがない体育教師……
ひょんなことから女になってしまった僕の受難は、暫くの間続きそうである………
了
次回予告!
(勇者王誕生! -PREVIEW-をBGMに)
君達に、最新情報を公開しよう!
くるるの作った性転換薬によって女性となってしまった体育教師握手!
いつまでも落ち込んでばかりはいられない、と普段通りの生活を始める彼……いや、彼女!
同僚の教師や彼女を気遣う生徒の助けもあって徐々にではあるが今の生活に慣れていく握手!
しかし……そんな彼女にレイパーと淫乱兎の魔の手が忍び寄る!!!
果たして、握手は二人の魔の手から逃れられるのか!?
はたまた女としての悦びに目覚めてしまうのか!?
次回、ホスクラメモリアルNEXT!『ある体育教師の災難』に……ファイナルフォームライド承認!!!
続く………?