ss80177

Last-modified: 2009-05-01 (金) 07:45:40

(放課後:校庭)

――うーん、なんか調子でないなぁ…カードもうまく、回せないし…
いつもの「どうしたのとしちゃん?」
――緋想天バトルで調子悪いんですよ、俺の実力はあんなもんじゃないんだ、きっとインターフェイスのせいなんだっ!
いつもの「どこかの誰かみたいに言い訳しないのっ!」
――でも、ちょっとおかしいんですよ、見ていて下さい…俺の、変身…
 
デッキにカードを差し込むと一瞬世界がズレて緋想天ファイトモードが展開される
体を動かすとまるで寝起きのように上手く体が動かない…さっきと同じ症状だ
俺はモードを解除する
 
いつもの「確かにちょっと変ね」
――パッと見で分かるとは…やはり、天才……
いつもの「はいはい、馬鹿言ってないで何とかする手段を考えなさい」
――やっぱり原因は俺のデッキでしょうかね?
いつもの「システムに何か問題でもあるのかもしれないわね、この時間なら婚約さんもいるでしょうから相談に行くといいわね」
――そうかやっぱりシステムのせいだったんだ!
いつもの「でも、多分…としちゃんが勝てないのは実力不足だと思うわよ…」
――(そんなマジレス聞きたくなかった…)
 
 
(研究室)
 
――婚約さーんいますかー?
 
なんだかよく分からないものばかりの研究室に足を踏み入れる
研究室というよりはもう研究所って言うくらい広い
そもそもは研究室の一室だったんだけど、それを拡張しているうちに膨らみすぎたとか
もう建物かって言うくらいはみ出てるんだけど…これって許されるのか?
……深く考えるのはやめよう、どうせ「まじ許す!」の一声で終わった問題だろうし
 
???「・・・・・」 

そう自分の中で何かを納得させていると奥から声が聞こえた……気がした
返答にしては声が遠いというか、弱々しいというか
 
――入りますよ、もう入ってますけど
 
言って歩を進める
とりあえず声の主を探そう
いつもの先生の言葉を信じれば婚約先生がいるはずだ
とにかくごちゃごちゃした部屋だ、足元に気をつけよう
 
???「むぎゅ」
 
いきなり何か踏んだ…
視線を下に動かすと瓦礫の中に白衣が落ちていた
そうだ、これは踏むと音が出る白衣だ、そうに違いない
まさか人がこんなところに倒れてるわけないよね?
 
???「いいから足を退けて、色々退けて、起こしてください~」
 
現実は非常である、やはり人だった…
そして多分これから俺が頭を垂れるべき人だ
いいか頭を下げる回数が一回減っただけだ、前向きに考えようじゃないか
・・・・・・
 
――ごめんなさいっ! すぐに起こします!!
 
何故か瓦礫の中に埋まっていた先生を起こす
 
???「ありがとう、えーっと」
――としあきです、婚約さん
婚約「何故私の名前を~? ハッ! まさか、個人情報流出でしょうか~!?」
――いえ、教員達の名前くらい生徒なら覚えていて当然ですよ
  しかし婚約さんは何故瓦礫の海にダイブしてたんですか?
婚約「ふっふっふー、いい質問です、誤解を招くことを承知であえてここで公言致しましょ~」
――そんな檻の中の花な前置きとかいいですから
婚約「…、万年筆拾おうと屈んだらお尻がぶっついて色々崩れたのです~」
 
うわ、ドジだ…本当にそんな人いたんだ……しかもいい年してるのに
埃を払う婚約さんを何ともいえない気持ちで見ていると足元に転がってきた何かぶつかった
黒い万年筆だ
何か名前が書いてある…? G…
 
婚約「あ、それです~」
――良かった、危うく踏むところでした
婚約「そんなことしたら、としあき君をスキマ送りにしなければなりませんでしたよ~、よかった~」
――よく分からないけど、絶対に許されざる行為ということは理解できました
婚約「それで、こんなところまで何のご用でしょうか~?」
――そうだった、ちょっと緋想天バトルで調子が悪くて見てもらえます?
 
デッキを出すと婚約さんの雰囲気が変わる
先ほどのおっとりしたオーラではなく、所謂デキル女スタイルのオーラだ
やったー、かっこいー!
とかテンプレを思い出しているうちに診断は終了したようだ
 
婚約「同期ズレですね、ちょっとデフラグをかけますよ~」
――え、どうなるんです?
婚約「累積したデータを少し整理するんです~、ちょっと色々無茶をさせすぎたみたいですね~」
――確かに色々とした気もするなぁ…中のデータは平気なんですか?
婚約「一応バックアップはとりますよ~、いいですか~?」
――え、はい…なんで許可を求められてるんですか?
婚約「プライバシーも含まれますので~、問題なければ消去しますので安心してくださいませ~」
――ならばよし!
婚約「ではしばしお待ちを~」
 
言うなり婚約さんは俺のデッキをケースごと怪しげな装置に入れなにやら作業を開始する
 
――できれば何かチートなスキルもお願いしますね…
(ゴスッ!)
 
Q:急に頭を叩かれた?
A:急や
振り返ると傘を持ったちょっとキツめの美人が立っていた
てか、傘で殴ったのか!? 親父にも傘でぶたれたことないのに!!
 
???「何バカなこと言ってるのよ」
――心を読まれたっ!?
???「ハァ? さっきチート云々言ってたでしょうに」
――あ、ああ、そっちね…
婚約「あら~、ぐるぐるちゃん来てたの~?」
ぐるぐる「最初ッからいたわよ!!」
――えーっと、こちらはどちら様ですか?
婚約「ぐるぐるちゃんですよ~、スキマシステムの共同開発者ですよ~?」
――あの婚約さんと旦那を取り合ったぐるぐるさんっ!?
ぐるぐる「なんか引っかかる言い方ね…てかなんで共同開発の方で喰いつかないのかしら?」
――すみませんでした、出来心です
婚約「ぐるぐるちゃんとも古い付き合いですから~、色々ありますよ~」
ぐるぐる「ハイスクールの時は確かに色々したものね」
婚約「よくお弁当を作ってあげたんですよね~」
ぐるぐる「おかげでいっつも遅刻しそうになったわね」
――……
婚約「間に合わない時はランチ奢ってあげたこともありましたっけ~?」
ぐるぐる「私は13回奢らさせられたっ! サイフ忘れるとか多すぎよっ!!」
――………
婚約「でも今じゃ立派な助教授ですもんね~、ぐるぐるちゃんも偉くなったわね~」
ぐるぐる「誰かさんが教授の椅子空けないせいで未だに助教授よっ!!」
――………仲、いいんですね
婚約「でしょ~?」
ぐるぐる「ふん(プイッ)」
 
屈託のない笑みを浮かべる婚約さんに、頬を染めてそっぽを向くぐるぐるさん
本当に仲がいいんだなぁ…
きっと旦那さんをめぐった諍いも今じゃいい思い出なんだろうな
 
婚約「そうそう、これこれ、覚えてます~?」
 
そう言うと婚約さんはさっき拾ってあげた万年筆を取り出す
 
ぐるぐる「アンタ、まだこんなもの持ってたのっ!?」
婚約「いまだ現役ですよ~、使う機会がめっきり減って寂しいですけど~」
――一体なんなんです、それは?
ぐるぐる「卒業の記念品よ、それぞれに自分の名前が彫ってあるただの万年筆よ」
婚約「これはね~、ぐるぐるちゃんと私がお互いのを交換したんですよ~、お互い仲良しさんでいられるように~
   ほら、ここに“ぐるぐる”って書いてあるでしょ~?」
――友情の記念品ですね、ぐるぐるさんもいまだに大事にしてるんですか?
ぐるぐる「…さぁね?」
 
そう言ってぐるぐるさんは向こうへ行ってしまった
 
――何しにきたんだろう?
婚約「きっとさっきの私の悲鳴を聞きつけて飛んできたんですよ~」
――え? あの蚊の鳴くような声を聞いてですか?
婚約「だってほら~」
 
婚約さんはぐるぐるさんの足元を指差す
ぐるぐるさんの履いたスリッパは色が揃ってはいなかった
ああいったオシャレ…ではないよな、流石に…完璧主義者っぽい人だったからなぁ
慌てて履いてきたのか、流石に素足で来るには足元危険だよなぁ
…って、素足でいたのか!?
 
婚約「慌てんぼさんでしょ、うふふ~」
――婚約さんに言われると微妙な気分になります
婚約「昔からそう、ぐるぐるちゃんは私のピンチには駆けつけてくれるの~
   だからいっぱいいっぱい損してるのよ~」
――それは旦那さんのことも?
婚約「ふふふふ~、さぁ?」
 
婚約さんは悪戯っぽく笑うと踵を返し機械に向かっていってしまった
どうやら作業が完了したらしい
デフラグで色々問題が解決されてるといいけど
ここに来た当初の目的を思い出す
もう少し二人のことも聞きたかったけどまたの機会にしよう
 
婚約「さぁ、出来ましたよ~、システムもきちんと起動しますね~」
――よし、これでまた緋想天ファイトで勝ちのロードに戻れるっ!
くろれら「婚約さん、カードの絵柄を差し替えたいんですけど出来ますかね」
婚約「あらあら~、お安い御用よ~」
 
婚約さんは後から来たくろれら先輩のカードを受け取るとものの30秒で作業を完了させた
なんてスピードだ…レンタルボディガードもビックリだぜ
 
婚約「でもテストはしてないので不具合でたら教えてくださいね~」
――よし、ここで試そう、くろれら先輩にファイトを申し込むっ!!
くろれら「よーし、遊ぼうか」
 
くろれら先輩はひゅんひゅんとサイドステップをしながら距離をとり、構える
その身のこなしから相当な手練と聞くが、今の俺は負ける気がしない
調整がすんだ今のこのデッキに敵うものなどないだろう、くろれら先輩も運が悪い
 
「「バトル!!!」」
 
戦いのゴングは鳴らされた
 
 
 

3分後、そこには無残に倒れている俺の姿があった
惨敗だった…
 
――これ、きっとカードの…
ぐるぐる「それは実力だな、少年」
 
顔をあげるとぐるぐるさんが見下ろしていた
今度はブーツだった、履き替えてきたのかな…
しかし、きわどい角度だ、と思ったらしゃがみこまれた
むぅ、残念…
しかし、今度は胸元が際どいぞっ…この女誘っているのか?
と煩悩をめぐらせているとワイシャツの胸ポケットに黒光りする物体が見えた
 
ぐるぐる「どこを見ている、助平」
 
チョップされた
ダウン追い討ちだ、こうかは ばつぐんだ
 
――大事、なんですね
ぐるぐる「ん? ああ…そうだな」
 
またそっぽを向いてしまう
初めてぐるぐるさんの笑った顔を見た気がした
やっぱりこの人も優しい人なんだなぁ
 
――それでですね、優しく起こしてはもらえませんかね
ぐるぐる「それくらい自分でやれ」
 
でも今の俺には厳しかった
 
 
(おしまい)