テケ「参ったのだ……今日からとしあきがあるじさまなのだ……」
――や、やった!とうとう勝ったんだ!
テケ「あるじさま……どうか私を大人のオンナにして欲しいのだ……」
――もちろんさ!さ、楽にして……
テケ「……恥ずかしいのだ……」
――うへ……うへへへ
ズパンッ!
――……
ドリモグ「いい夢は見られたかな?」
――……はい
ドリモグ「終わったら職員室まで来るように」
――……はい
くそ!後ちょっとだったのに……
何をやらされるんだろう……
直後に、授業の終了を告げる鐘の音が鳴り響く。
これで俺達は自由だああああぁぁぁぁぁぁぁん!
ドリモグ「はいここまでだよ。としあき意外はお疲れ様ー」
――……
ドリモグ「来たね。としあき」
――本当は来たくなかったでござる
ドリモグ「優秀な生徒会のおかげで楽させてもらってるよ。」
そうなのだ
こっそり帰ろうとしたら巫女巫女さんの陣に閉じ込められ、あるるさんの蓬莱レーザーに打ち抜かれ、
挙句の果てにゆむさんの緊急発進にズタズタにされたのだった。
――で、何でしょう?俺もう死にそうなんですけど
ドリモグ「呼び出されてる人間のセリフとは思えないね。まあいいよ。これを天子ちゃんのところに届けてくれない?」
――何です?これ
ドリモグ「プリント。あの子、しばらく風邪で休んでるからね。本当は私が行こうと思ったんだけどちょうどいいバカがいたから。」
――俺のことですか?
ドリモグ「自覚があるのは良いことだ。じゃ、頼んだよ。彼女の家はフラワーショップ『向日葵畑』と薬局『永遠亭』の間だからすぐ分かる」
――はぁ……分かりました。じゃあ行ってきます。
これ以上小言を貰うのも嫌なので早々に退散することにした。
そうか、しばらく見ないと思ったら休みか。
道理で最近静かだと思った……
――ここか
花屋と薬局の間、なるほど分かりやすい。
そうだ、せっかくだから何か見舞いの品を……
花屋の店先には色とりどりの花が並べられている。
が、普通のものでは面白くないな…よし
――すみません
??「はい?何でしょう」
――そのシクラメンの鉢植えを一つ
??「はい、950円です。」
ふふふ、どんな顔をするだろう?
シクラメンで鉢植えといえば病人に渡してはいけないアイテムNo1だ。
何しろ死に苦しむという語感と、鉢植えの根付くという二重のアンラッキーだ。
ちょっと悪ふざけが過ぎるかと思ったが、何、天子ちゃんのことだ。
もしかしたら何も知らずに笑うかな?それとも怒るかな…?
いつもうるさい天子ちゃんのめったに見られない面白い顔が見られるかもしれない。
俺はわくわくしながら天子ちゃんの家の呼び鈴を鳴らした。
……へんじがない。ただのしかばねのようだ。
天子ちゃん「……はぁい。」
と思ったらフラフラの天子ちゃんが真っ赤な顔で出てきた。
あまりの変貌に俺はしばらく声が出なかった。
――大丈夫か?
天子ちゃん「んー? あ、何だとっしーかぁ。……どうしたの?」
――いや、ドリモグ先生からプリントを……
天子ちゃん「あ、ありがとう……」
俺からプリントを受け取ろうとした天子ちゃんは、でも腕に力が入らないのかそれを落としてしまう。
天子ちゃん「あ……ごめんねとっしー。」
――いいよ、寝てろ。起きてるのも辛そうじゃないか。
天子ちゃん「うん、……ごめん、本当にごめんね。……あとはすぐ帰った方がいいよ。うつしちゃったら悪いし……」
――気にすんな。らしくないぞ。
こんなに弱弱しい天子ちゃんは初めてだ。
いつも元気な天子ちゃんもこういう顔をすることがあるんだな。
――プリントまとめておいたから。ここにおいて置くぞ。
天子ちゃん「さんきゅ……とっし……」
本当に大丈夫か?
見たところ半ば衰弱して何も食べてないように見える。
このまま放っておいてもいいものか……
天子ちゃん「ん……? とっしー……なにそれ?」
――あ……
俺が持っていた鉢植えを見て声を出す天子ちゃん
でも、いいのかな……? こんな状態であまりに不謹慎じゃないだろうか……
――いや、これは…その…
天子ちゃん「お見舞い……?さんきゅー……見せてよ……」
ふらふらした足取りでにじり寄ってくる天子ちゃん。
その姿はホラーゲームのゾンビのようでちょっと不気味だ。
――いや、ま、待て、これはその
天子ちゃん「いいよ、とっしーの選んでくれたものなら何でも嬉しいよ……」
半透明のビニール袋に包まれたそれを無理矢理奪われそうになる。
僅かに抵抗しようとするが、病人相手にそれも出来ず、ちょっとした拍子に鉢植えを床に落としてしまった。
ガチャン、と小さな音をたてて鉢植えが落下する。
ビニール袋の中から僅かに花と土と鉢の破片が床に飛び出した。
――あ……
天子ちゃん「ぁ……これ、シクラメン……?鉢植え?」
天子ちゃんの顔から僅かに残った生気がフッと消えた気がした。
絶望の底に叩き落されたような、苦しいような悲しいような表情がそのまま凍りつく。
だがそれも一瞬のことで、
天子ちゃん「ぁ、あはは……ごめん、とっしーが選んでくれたのに……」
――いや、その……すまん
天子ちゃん「ごめん、ほんとごめんね。せっかく……せっかくお見舞いに来てくれたのに……とっしーのプレゼント、壊しちゃった……」
――……
俺は何もいえなかった。
きっと天子ちゃんはシクラメンも、鉢植えの意味も分かってるに違いない。
それでも俺のために笑ってくれているんだ。
自分がこんなにボロボロなのに、俺に気を使って……
――とりあえず、寝てろよ……ちゃんとメシ食ってるのか?
天子ちゃん「あ……うん、そうする……ご飯は……しばらく何も食べてないや……」
――とりあえずこれ片付けるから……
天子ちゃん「ダメ、そのままにしておいて。とっしーが私のために選んでくれたんだもん。私が全部やるよ。」
――……すまん
しばらくして、ベッドの中から規則正しい寝息が聞こえてきた。
額に手を当ててみると相当熱があるようだ。
――待ってろ。
そっと部屋を出て買い物に向かう。
薬局で効きそうな風邪薬と栄養剤を、少し足を伸ばし簡単に食べられそうな食料とレトルトの粥を買い込む。
戻る時に花屋の店先でしっかりした花を買おうと思った。
――すいません
??「あら?何か忘れ物ですか?」
覚えていてくれたようだ。
だが今度はさっきとは目的が違う。
――お見舞い用の花を探してるんですが。そうですね、そこの椿を……
??「それはちょっと……椿は首がぽとんと落ちるので見舞いには向きませんよ。」
――げ
??「何なら予算内で見繕ってさしあげましょうか?」
――すいません、じゃあお願いします
しばらくして割合豪華な花束が出てきた。
??「お待たせしました。もうお見舞いにシクラメンの鉢植えなんて持って行っちゃダメですよ。」
――はは……肝に銘じておきます
意外に鋭い店員だった。
天子ちゃんはまだ寝ているようだ。
どうせやることも無いので粥を器に取り出し温めておく。
ついでに花束を洗面器に水を満たし、そこにぶち込む。
――そうだ
すっかり忘れていたがタオルを水にぬらして天子ちゃんの額に乗せておいた。
天子ちゃん「……ん?」
――あ、悪い、起こしちまったか。
天子ちゃん「あれ…?とっし……何……で?」
――気にするな。今お粥作ってるから。
天子ちゃん「え……?」
それからすぐに温まったお粥を持ってくる。
ちょっと熱すぎないだろうか
――ほれ。起きられるか?
天子ちゃん「ん……きついかも……食べさせて。」
こ、こいつ……!
――し、しかたないな……
天子ちゃん「熱いとやだな……ふーふーして、ふーふー」
――……(ふー、ふー)
天子ちゃん「あは、ありがと……本当にやってくれると思わなかった……」
――か、勘違いするなよ!べ、別にお前のためじゃないんだ!
天子ちゃん「うん……それでも嬉しいよ。あーん」
――ぐぬぬ
天子ちゃん「むぐむぐ……お、おいしい……何これ、すっげぇ」
――……
あまりの喜びように俺はちょっと引く
今まで何も食ってないからかな。
天子ちゃんの喜びようは尋常じゃなかった。
天子ちゃん「ふぅ……ありがと。」
――ほら、薬も買ってきたから飲めよ。
天子ちゃん「え……どうして……はっ!?分かった!さては私に恋しちゃったのか!?」
――……もうそれでいいや。元気が出てきたみたいだな。俺はそろそろ帰るわ。
天子ちゃん「あ……ちょ、ちょっと待って。」
無理矢理体を起こそうとする天子ちゃん。
――おい、無理すんな。
天子ちゃんの体を支えてやる。
ほっそりして、頼りない、女の子の体だった。
天子ちゃん「私、何か……お礼しなきゃ」
――……いいよ、そんなの。まずは元気になってから……!?
ぐいっと顔を引き寄せられる。
何が起こってるのかすぐには理解できなかった。
――!?
天子ちゃん「ん……」
唇が重なっていた。
すぐには何が起こっているのか理解できず、目を白黒させているだけだった。
が、その直後、唐突に理解した。
キスしていた。
触れるだけの、まだ子供らしい優しいキスだった。
――……何で……?
天子ちゃん「そ、その……私のファーストキスをお礼に……とか?」
――……
天子ちゃん「い、いらなかったとかゆーなよ!乙女の唇だぞ!頑張ったんだぞ!」
――あ、ああ、あり…がとう?
何だか分からないがとりあえず礼を言う。
指で唇の下を撫でたら、まだ僅かに柔らかい唇の感触があった。
天子ちゃん「……え、えへへ……」
恥ずかしそうに笑う天子ちゃん。
さっきよりもさらに顔が赤くなっている。
多分それは俺も同じだと思う。
天子ちゃん「え、えっと、おやすみ! 寝る! また来てね!」
――あ、ああ、おやすみ
ばふっと布団をかぶる天子ちゃん。
俺も帰ることにした。
外に出ると空気が妙にひんやりした感じがする。
ぶるっと身を震わせると俺は足早に帰路についた。
翌日、俺も風邪を引いて休んだ。