彩華津
今俺は意識を失っているはずだ。さすがにこの状態で暴れようとはしないだろう。
そもそも夜空が来たんだ。暴れようものならあの緑の光で吹き飛ばしてくれるはずだ。
彩華津「ここ、どこだ」
周りは真っ暗だ。しかし、強い意識に包まれている感覚。気配がないのではなく、大きすぎる気配の中に
いる為に感覚が働いていないといった感じだ。
ふと、周りが光に包まれる。感情が消える。見えるのは記憶にない光景
俺はその記憶に溶け込んだ。
霧生の苗字はただの偽名。霊花には親の代の結婚で苗字が変わったと言うことにしてあるが、事実
混血などしていない。純血の亜千維のままだ。
亜千維の血族は代々祓いを家業としてきた。それは亜千維の力に由来する。
亜千維の血族は皆、幼い頃から、自己暗示を可能とする。
意識さえあれば、体がしびれていようが、血が足りなかろうが、動かせる。
それは体内の電気信号を増幅、制御する術だ。
寒ければ電気信号を増幅し、強い電流として体内を走らせ、暖める事も出来る。面倒だから普段はやらないが。
亜千維法を修めた者ともなればその電流を外に持ち出すことも、外の電流を操ることもできる。らしい。
父さんも母さんも、一瞬でお湯を沸かしたり、風呂を暖めたり、携帯を充電したり、色々やっていた。
(くだらない事にばかり使っていた気がする・・・)
静電気程度の電流を体内で生み出し、外へ放出、反発させあい増幅する。
雷を手から撃ち出したりも出来ていた。今ならわかる。アレは魔法だったんだ。
いつもスタンガンを持っていたりして周りに気づかれないようにしていた。
冷静に考えれば、スタンガンで雷を撃てる訳がない。
この世界にも魔物という存在がある。世界の魔力総量が少ないらしいからその数はとても少ないらしい。
日本の妖怪なども、幻想ではなく、魔物なのかもしれない。
とにかく、亜千維の血族は表向きは祓いの仕事。実質は魔物退治をしていた。
時には外国の方まで行っていた。
魔物は、魔力が集合することによって形作られる。一種の精霊のようなものだ。
魔力とは白紙のようなもので、魔力が一定数集まると意思を持ち、精霊となる。
その精霊が悪意を持つとすぐに黒く染まり、凶暴化する。
魔力で作られたものは物理的な干渉が効きにくい。
戦車なんか持っていったってあまり効果はない。
故に電撃をもって退治していた。
小さい頃から修行を受ける。しかしそれは肉体での戦闘術だ。魔法に関しては一切教わらなかった。
なぜなら、俺や霊花に戦い方を教えたのは両親。両親は魔法を多用するも、快くは思っていなかった。
もとは、家もなく、旅をしながら魔物を討伐していた亜千維の血族。
家を作ったのは両親らしい。魔物退治もそんなにやらなくなっていった。
血族と言っても、小学生に上がる頃にはもう親しかいなかった。
両親は俺たちに普通の暮らしをさせたいと言っていた。けれど戦えることに損はないから
肉体的な戦闘術だけは教えると。
そして、亜千維の名を親は捨てた。霧生とは鬼流、鬼の流派つまり魔法使いや超能力者を示す言葉らしい。
加えて、亜千維の血族は「鬼」と呼ぶに相応しい力を持っていたからこの苗字にしたらしい。
名を捨て、戦いを捨てると言いつつも自らの持つ力を名に残す。ある意味矛盾だが、力を完全に捨てるには
抵抗があったのだろう。
血反吐を吐くような修練以外は普通の生活を送れた。
ただ毎日の日課はあった。
自己暗示で自身の魂のようなものを抑えるのだ。難しい事はない。
親が「これをしていれば普通に生きていける」と言い刻んだ刻印に力を集中するだけ。
両親は俺に魔法の類は自己暗示以外教えなかった。けれど、
俺は小さい頃に、爺さんに力の使い方を教えてもらっていた。
親にばれないようにとひそかに教わっていたのだ。
それを魔法と言う事は知らなかった。ただ、「亜千維を亜千維たらしめる力」と教わっていた。
爺さんは魔法を積極的に使っていたから、魔法を教えようとしない父さんや母さんに隠れ、
俺に教えたんだろう。俺は静かに教わっていた。いつか、父さんや母さんを驚かすために。
その力を親から隠す為にも刻印に力を注ぎ続けて、力を抑えていった。
いつの日か、驚かしてやろうなんて思わなくなった。なにしろ亜千維が数千年と渡り歩いたこの世界に
魔物はもういなかったのだ。使う必要がなくなった。平和だった。けれどそれは間違いだった。
過去はどうか知らないが、今閉鎖されているこの世界は蓋の閉まった箱。密室の中では
ものがなくなるなんて事はないのだ。
10才の誕生日。世界は変わった。
覚えているのは血の臭いと、目を焼く雷。そして、巨大な龍。
そう。亜千維が渡り歩いたこの世界に魔物はもう一匹しかいなかった。
世界中の魔物を殺していくうちに、魔物となる精霊は知恵をつけた。
数千匹分の魔力を一つに集めたのだ。故に、両親も、もう魔物はいないと思っていた。
完全な不意打ち。家は一瞬で燃え上がった。
目に焼きついた光景。
両手を広げ、俺と霊花を背中にかばい、一心不乱に障壁を張り続ける母さんと
全身に眩い閃光を纏い、蒼い劫火で龍と退治する父さん。
雷撃の力は、次の段階に上がると、蒼い炎となる。それは爺さんに教わっていた。
けれど、見たのは初めてだった。強直過ぎるが故に、使う機会もなかったのだ。
しかし、その力を持ってしても、数千匹分の力を持った龍には勝てなかった。
父さんは赤い炎に焼かれ、母さんはその牙で引き裂かれた。
どうして
霊花は泣き叫び、
なんで思い出してる
俺は泣きながら、龍を睨みつけた
やめろ
いかな魔法を持ってしても魔力を完全に消すことは出来ない。霧散させるか、抑えるかだけ。
消滅の概念でもない限りは魔力は消せない。
忘れなきゃいけないのに
両親に刻まれた刻印。十年分の魔力。霊花は一切魔法を教わらなかったから、刻印無しでも
九年分の魔力を。
俺は胸に刻まれた刻印を近くに落ちていた燃えている木で
焼きつぶした。
正気ではいられなかった。膨大な魔力の逆流。
しかし、足りない。コレでも龍は殺せない。
思い出したら普通の生活なんておくれない。
後ろで泣いている霊花に俺は向き直ると
彩華津「霊花ぁ!俺に全てを任せろ!」
霊花は意味が解らなかったろうに、泣きながらも集中して魂の壁と言えるものを崩してくれた。
俺は集中する。
霊花「おにいちゃん・・?」
俺は霊花の中の魔力を根こそぎ引き抜いた
彩華津「っありがとう。後は、安心して眠っていてくれ。俺は敵討ちだ。目が覚めたら、ケーキ、食おうな」
引き抜くと同時に、霊花にこの光景を忘れる暗示をかけて、両親の真似で刻印を刻む。
ドサッ
霊花が倒れる。振り向いてる余裕はない。龍がくる
ぐぉぉおおぉおおぉおぁぁぁあーーーーー!!!
最低音域から最高音域までを一声に放った龍は朱い炎を纏って突進してくる
俺は、全ての魔力を集中して、
彩華津「っはああぁぁぁぁああああああああああ!!」
両親が使った魔力の残滓。両親が張った結界の中の電気をすべてかき集めて増幅する。
生まれるのは蒼い朧火。全てを蒼一色に染める地獄の炎。
幼い体で扱えるものではない。それは不完全で、親が使ったものと比べれば見劣りする。
けれど、何より強い憎しみと破壊のイメージののった膨大な魔力は、それだけで強い力を持つ
精一杯の力を使って纏め上げ
その朧火で突進してくる龍を、殴り飛ばした
ゴッガァァアアアアアアア
燃え残った家も何もかもを吹き飛ばした。結界が張ってあるのは母屋と前庭
結界の中のものはすべて消し飛ばす。いや、消し飛ばすしかなかった。なぜならそれは限界を超えた攻撃。
制御なんてしようがない。悲しむべき感情をもつ暇さえない。隙を見せれば自分が爆発してしまう。
もちろん、親の体も。全部、全部。完全に、燃やし尽くしてしまう。
体を張って、霊花だけは守り通した。自分の体はぼろぼろだ。
両親の言葉を思い出す。
「お前達には、敵のいない世界で、普通の生活をしてほしい」
歩き出す。おおよそ、親を火葬した場所へとたどり着くと
彩華津「父さん。母さん。俺はこの光景を忘れます。初めて魔法を使ったことを。この世界に魔物がいたことを。
けれど、コレだけは覚えておきます。あんた達が尊敬するに値する師匠であり、親であったと。
そして、言うとおりに、普通の生活をすることにするよ」
もうできっこない。
俺は焼きつぶれた胸に手を当てて刻印を再び刻む。そして、この光景を忘れるように暗示をかける。
覚えていたら、きっと普通の生活はできないから。
思い出してしまった。
結界が解ける。空間がひび割れるように解けたその結界は、吹き飛んだ家や庭を直してくれた。
けれど、死人が戻ってくることはなかった。
俺はすぐにこの光景を忘れるだろう。けど、願わくば、魂にこの光景を焼き付けよう。
・・・・・
俺は中庭にいた。
彩華津「あれ?なんで外にいるんだ。って霊花?ったく中で寝ないと風邪ひくぞ?」
霊花を抱えて家に入る。
どうしてこんなに汚れているんだろう。どうして父さんや母さんは死んだんだろう。
どうして、俺は泣いているんだろう。
その時だけは、涙を拭くことなく、すぐには着替えたりもせずに、ただ、悲しい気持ちを胸に刻みつけた。
なぜだか、忘れてはいけない気がして・・・
彩華津「霊花、ケーキ買ってくるな」
光景が消える。
感情が戻ってくる。そして、思い出してしまった。
親の言いつけどおり、普通の生活を送るために忘れていた過去。
それを思い出してしまった。
???「思い出したか。お前が忘れたくも忘れたくなく魂に刻んだ忌まわしい間違いの記憶を」
彩華津「な、誰だ!」
相変わらず周囲は真っ暗。けれど、目の前に微かな揺らぎが見えたかと思うと、
そこは真っ白な世界に変わった。
目の前にあるのは、圧倒的な力を持つ、漆黒の影。
???「ここはお前の中だ。お前の中にはお前と俺しかいないだろう」
彩華津「世切、か」
???「そう。正確にはそれは俺の名前じゃないが、お前がそう呼ぶものの意思とでも思ってくれ。」
彩華津「は?どういうことだ。もう少し解りやすく話してくれ」
???「世切とはナイフ型のルーツ、あの漆黒のナイフの名前だ。そして、俺とアレは別物だ。」
彩華津「じゃぁ、お前は誰なんだ?ルーツの意思ってのはルーツ自体の意思じゃないのか?」
???「世切は未完成だ。故に固有の意思はない。」
彩華津「だったらお前はなんなんだよ。解りやすく話せって言っただろう」
???「世切を作った者だ。いや、作りかけた者だ。」
彩華津「は?つまり、101始星なのか?」
???「101始星の一人だった者だ。世切を器としてそこに魂を宿らせてある。本来、世切の意志を入れるところにな」
彩華津「なんでそんなことを。ルーツに入ってれば不老不死だからか?」
???「楽園の住民は皆不老不死だ。楽園の中だけだがな。体を失った際に世切という入れ物があったから
消えないために入っただけだ。」
彩華津「本当にめちゃくちゃなんだな・・・101始星ってのは。で、どうして俺にアレを思い出させた。
忘れたくないけど、忘れなければならなかったアレをどうして思い出させた!」
???「忘れなければならなかっただと?そんな事はない。その記憶を貴様が封印したのは、ただ単に
親の死が受け入れられなかったからだろう。親の言葉に従うなど、ただの隠れ蓑だ。」
彩華津「な!」
???「俺はお前と繋がっている。だが別物だ。一つでありながら、意見は別にある。
お前の記憶を持ち、なおかつ客観的に見れば、お前はただ逃げただけだという結論が見える。」
彩華津「そんなわけあるか!俺は、俺は父さんと母さんの言葉通り、敵のいない世界で、普通の生活を
する為に余計な知識を封印しただけだ!」
???「ならなぜ完全に消さなかった。お前ならば、電流を操る亜千維ならば完全にその事を忘れられただろう。
なぜ消さなかった?それは迷ったからだろう。親の死を、自分の知識を簡単に捨てていいのかと!
そもそもお前は親の言葉に素直に従うような殊勝な人間ではないだろう!」
彩華津「そ、それは」
???「俺は世切の意志としてお前を主に決めた。しかし、お前はまだ弱い。俺はお前を知るものとして、
お前に一番近いものとして、お前を弱さから解き放たねばならん。」
彩華津「なんで、なんでお前にそんな権利がある!確かに俺は弱いかもしれない。けど、
お前にそんな事を言われる筋合いはない!」
???「お前の夢はなんだ。」
彩華津「な、なんでそんなこと」
???「答えろ。お前の夢はなんだ!」
彩華津「・・・全てが思い通りになる事。自由になる事だ」
???「その夢を抱く貴様が、どうして自分を縛った。解き放たれる事を願う者が自分を縛ってどうするつもりだ!」
彩華津「くっ」
???「お前は選択を間違えた。お前の弱さはそれ一つではない。だが、これは大きな一つだ。
コレを克服することができなければ、お前は戦うことなどできまい。なぜ「普通に生きたい」
と思っている奴が戦場に立てる?今のお前は限りなく無力だ。地を這いずり回る羽虫と同等だ!」
彩華津「なら、ならどうすればよかったんだよ!どうすればいいんだよ!俺は、俺は」
???「甘ったれるな。答えは自分で見つけなければ意味がない。ここに我が身を汝が剣と成す為の
条件を出す。その弱さを克服しろ。それまでは俺は力を貸さん。」
彩華津「な」
???「新庄夜空、と言ったかあの娘は。アレも頭がいいようだが、お前の事は知らない。
もしアレがお前のこの記憶を知ったならば、力を貸せなどと言わなかったはずだ。」
彩華津「そんなに違うのかよ」
???「あぁ違うとも。戦いの理由を持たぬ者は戦えぬ。普通に生きたいだなどと戦いと正反対の、
それも偽りの想いなどを抱いていたのでは話にならん。貴様の両親とて、こうして
お前を縛る為にその言葉を送ったのではあるまい。その言葉に対し、自分の視点から
答えを見つけるがいい。それまでは、我に立ち入ることは許さん。」
唐突に意識が薄れていく
彩華津「ま、待てよ!好き勝手言いやがって!」
???「時間はないぞ。覚悟を決めなければ、答えを早く見つけなければ、死ぬだろう。
敵がいない世界で普通に生きるなど今は叶わぬだろう。もはや、敵はいるのだから」
待て! もう、声は出なかった。世界が薄れる。そして、意識が完全におちた。
意識が戻ると、そこは病室だった。
霊花「兄さん!」
いきなり妹に突撃される。
彩華津「霊花。俺は今は生きてるがそんなに押されたらベッドから落ちて頭を打って死ぬかもしれないぞ?」
慌てて霊花は離れていく。
霊花「それにしてもよかったぁ。兄さんもう大丈夫?あ、周りの事は気にしないで?夜空が
壊したものは直してくれたし、結界ってのを張ってくれてるから」
彩華津「そうか・・・。あいつに任せておけば大事無い、って結界?」
霊花「え?えぇ。そうだと言っていたけど」
彩華津「お前は、どこまで知った」
真面目な顔で聞く
霊花「全部、教えてもらったわ。夜空にね。」
彩華津「そうか。それで?」
霊花「当たり前でしょう?付いていきます」
彩華津「駄目だ」
霊花「どうしてですか!?自分の住んでる世界が危ないんでしょう?そんなすぐに信じられる話じゃないけど、
現に夜空は魔法を使って見せたし、何より兄さんを一人で行かせるわけないでしょう!」
彩華津「駄目だ。お前は普通に暮らせ。戦いとは無縁に生きていけばいい。お前の分も俺が戦うから」
俺は既に思い出してしまった。もう普通の暮らしは絶対にできない。だから、せめて霊花だけは
普通に暮らしてもらいたいと
霊花「私の普通は兄さんと一緒にいることです!兄さんも、私を置いていくんですか?」
ふいに悲しげに声のトーンが下がる
彩華津「いつ終わるかはわからないけど、ちゃんと戻ってくるよ」
霊花「信じられません。それに、夜空は私に魔法の素質があると言ってたわよ?だったら
私だって戦えるわ!それに私にだって亜千維があるんだから!」
魔法の素質があるのは当たり前だ。亜千維の血が流れているのだからそこは疑いようがない。
もとより、俺のかけた刻印のおかげで今まで魔法が発現しなかっただけにすぎない。
霊花「それに、私には封印がかかっているんでしょう?封印っていうくらいなんだから
それを解いたらきっと兄さんの手助けもでき」
彩華津「ふざけるな!」
ビクッ 突然大声をあげたから霊花が驚いている
彩華津「刻印は消すな。絶対に。お前は今のままでいいんだ。そこに在るものには一つ一つに
必ず意味がある。むやみに消すな。在るものが壊れればもう後戻りはできなくなる」
彩華津「この話は終わりだ。もし、どうしても付いてくるというなら、俺はお前を動けなくするしかない」
待って! 声がかかるが俺は無視していく。病室からでて屋上へ。
夜空「こんにちわ。お兄さん。体の調子はどう?」
屋上にでると、月明かりに照らされた夜空がいた。
彩華津「体はどうもないさ。傷、塞いでくれたんだろ?ありがとな」
夜空「体は、か。集中しないとわからないくらいに巧みに隠してあった封印も、もうないみたいだね。
魔法の力を抑えていると思ったけど、違ったんだ。」
やっぱり夜空から隠し通すのは無理だったみたいだ。
彩華津「・・・俺の力で亜千維に流れる魔法を抑えることなんてできやしない。出来たのは
電気信号を刻印によって変則させて一部の記憶の「銘記」「保存」「再生」「再認」の内の
「再生」を出来なくしただけだ。」
夜空「知識を封じた。って事か。それよりも驚いたね。お兄さんがあの封印を刻んだなんて。」
彩華津「親の言葉でな。普通に生きろって言われたんだ。その為にはいらない事を忘れる
必要があった。覚えていたら、とてもじゃないけど普通になんて生きられなかっただろうからな」
夜空「そうなんだ、ルーツからの反発の原因はわかった?」
彩華津「あぁ。過去の選択からの弱さを克服しろってよ」
夜空「過去の選択?」
彩華津「記憶を封印した時のことだ。世切は封印したことが弱さだって言うんだ。意味がわからない」
夜空「親からの言葉で封印したんだよね?その言葉、教えてくれる?」
いつになく、真剣な目で問われる。病院で俺に話をした時と同じ顔。
彩華津「お前達には、敵のいない世界で、普通の生活をしてほしいって」
そう、と夜空
夜空「お兄さんが弱さを、甘えを見せた、という事もあるけれど。御両親も随分悩んでたんだろうね。
その矛盾な言葉は」
彩華津「ぇ?どういう意味だ?」
夜空「その答えをみつけるまでは力は貸さない。って?」
正解だった
彩華津「あ、あぁ。そう言ってた。今のまま戦ったら死ぬからって」
夜空「僕もそれに賛成だね」
なんだって?
彩華津「は?」
どうして、夜空まであいつと同じことを言う
夜空「お兄さんの過去を僕は知らない。それ故に僕は間違ったんだね。お兄さんを連れて行くのは
今は、やめにするよ。」
彩華津「な、なにいってんだよ!意味がわからねぇぞおい!」
とたんに夜空は冷たい顔になり
夜空「そのまま戦場に出たら死んじゃうからね。あくまで「今」はだよ。答えが見つかれば
ちゃんと連れて行くから。そんなに時間はないかもしれないけれど、ね」
夜空「霊花は寮に連れて帰るから。真剣に悩むといいよ?その言葉の意味を。そして
自分の視点から見て、どうとらえるか。」
彩華津「意味がわからない。けど、考えてみるよ。ヒントはないのか?」
屋上の出口に向かっていた夜空が振り返り、笑顔で人差し指を立て、
夜空「体は正直みたいだよ?」
ビクッ として思わず自分の下半身を見つめてしまう。が、変わったところはなく
夜空「その約束を果たそうとする行為にね!」
あはは と笑いながら出て行く。
毒気を抜かれたが、助言は覚えておく。
夜空には感謝しないといけない。熱が抜けたみたいだ。
なにより、最後の夜空がいつもどおりで、安心した。
夜空
まったく、想像もしていない事実だった。まさか、お兄さんが世切と合一する前から魔法使いだったなんて。
事を知ったのは、お兄さんが自身を傷つけ、自ら意識を閉じた後。
泣き叫ぶ霊花を落ち着けながら、治癒を使いお兄さんの傷を癒していた時。
さすがと言うべきか、腕一本とは言え、ルーツから操作を奪うなんて普通は無理だ。
しかも、致命傷にならないように、内臓を傷つけないように、けれど意識を失うほどの痛みを伴う場所を
確実に突き刺していた。生粋の殺人術使いとはここまでの物なのか。
傷を完全に治すことは無理だった。表面を塞ぎ、筋肉繊維は繋げたが、いささか損傷が残っている。
とても強い魔力を乗せての刺突だ。攻撃性の強いお兄さんの魔力はこっちの治癒を弾いてしまう。
傷を治療している際に、問題はないと思ったけど、念の為に精神を軽くつないだ。お兄さんの精神状態を
見るためだ。普通に気絶しているならさして緊張している事ないだろうけど。
しかし、そこで見えたのは驚くべきものだった。自身の承諾していない精神リンクは強い拒絶を伴う。
こちら側から一方的に繋げば強い拒絶が生まれてしまう。だから深くは見えなかったけれど
そこに見えたのは、幼い日のお兄さんと思われる人が、竜を焼き滅ぼした瞬間。
竜種とは、数ある魔物の中でも最上位種と呼ばれるものだ。この竜は、たぶんSSをくだらないレベルのはず。
一部の世界では神聖なる物として崇められるし、事実、人とは比べることの出来ない知能を持ち、
未来を読み当て、人々を守っている竜もいる。この竜は闇精霊の集合体のようだから、そこまでの
知能は持ち合わせてなかった様だけど、それでもその絶大な力には代わりがない。
本来なら一匹を殺すために軍を動かすほどのレベル。決して個人で立ち会えるものではない。
それに、朧化とはいえ、確かに蒼い炎を使っていた。アレは確か、古代の三大魔法、
「紅雷」「紫氷」に続く、「蒼炎」ではなかったか。101始星の中でも十数人しか扱えなかったと言う大魔法。
いかに修練を積んでも、いかに力があっても、生まれながらのその属性を兼ねる者にしか扱えないと
言われる幻級の魔法。確認されている各世界の中でも使えるものは数人いても、戦闘に使える
レベルのものはセラの「紫氷」だけだ。そんなものを二桁になったばかりの子供が使っただなんて
信じられない。それを言えばお兄さんのお父さんのような人が使っていたのは完全な蒼炎
ウィザードランクにして、あの人はSSS以上。僕より上だ。
それよりも信じられないのが、ここまでの大魔法使いの家系がこんな辺境世界にあったって事だ。
通常、この手の名家は帝国を中心としたマナの密度の高い世界に生まれる。
なのにこんなにマナの薄い世界で数千年を繋げているなんて・・・
考えられるのはやはり楽園の住民ということ。それも101の賢者達。
「蒼炎」使えたのは101始星の一握りだけ。つまり、お兄さんは101始星の純血の末裔ということになる。
101始星の末裔は今までに確認されていない。なぜなら彼らは不老不死であった為に、
子孫を残すなどという考えはなかったのだ。実質、魔導機具のルーツを作り、楽園が崩壊するまで
不老不死だった。他の世界に出てもその絶対な力を持つ彼らは不老であった。
今現在でも、101始星は存在する。大抵が、魂を別の器に移し替えて生きているが(肉体が保たない為)
前代未門の101始星の末裔。お兄さんが過去を克服したら、この戦いの流れを変える存在になるかも
しれない。しかしソレは良き事なのか
夜空「強い力を持つ者は戦場に導かれる。その人の意思に関係なく、周りがソレを求めるから。
普通に生きたいとお兄さんは言っていた。ソレが本心かはまだわからないけど」
病院の廊下、結界の中で気配のないその場所で、ふと窓から遥かな空を見上げる
夜空「よく、考えてね。お兄さんの選択には、霊花も付いて行くんだから。」
お兄さんは、きっと戦う事を受け入れる。彼は敵を前に笑ったのだから。けど、
お兄さんは霊花を戦わせたくはない。けど、妹の霊花も、同等に強い力を持っているはず。
夜空「お兄さんが、自分に気づいて、言葉に気づけば、ソレは二人にとっていい事だよ。
けどね、ソレは命を危うくするんだ」
霊花
霊花「馬鹿」
兄さんが出て行った病室で一人つぶやく。
付いていくと言えば絶対に駄目と言われることは解りきっていた。
兄さんは私が傷つくことや、危ない目にあうことを極端に嫌うから、けれど
霊花「そうやって、付いてくるなと言われる方が、なにより傷つくのよ・・・」
兄さんの言うこともわかる。元から強い兄さんが、強い力を手に入れたなら、私なんて足手まとい。
けれど、一人になる事は、置いていかれるのは、絶対に嫌だ。
甘いと思うけど、正直兄さんがいなかったら生きていける自身が無い。
私にとって、たった一人の頼れる人なんだから。
兄さんを納得させる為には、付いていける力がなくちゃいけない。
そして、ソレは一人で見つけないといけない。一人で電車に初めて乗った時も、絶対に駄目だと言われたけど
霊花「一人で切符を買って見せたら最後には納得してくれたもの」
夜空達とちょっと買い物に行くのに兄同伴なのはさすがに恥ずかしい。
霊花「けれど、どうすればいいのかしら」
コレは切符なんかとは次元が違う。どうやって強い魔法の力を手に入れればいいんだろう。検討もつかない。
魔法、魔法?
霊花「っつ~!」
いきなり頭痛がする。一瞬何かの光景が見えた気もした。ソレはきっと過去の記憶の曖昧な所。
ソレが魔法に関係するのだろうか。けれど思い出せない事を無理に思い出すのはとても辛く、成果が出ない
事はすでにわかっている。何度試したことか。
そういえば、ふと思い出す。
ソレは昔、兄さんと遊んでいた時のこと。まだ両親がいた時のこと。
かくれんぼをしていて、確か物置に隠れようとしたんだ。そこで、何かすごく怖いものを見て
親に見つかって、怒られて
霊花「なにがあったんだっけ?」
すごく怖かった事は覚えてるけど、何だったのかがわからない。
今家には誰もいない。私も兄さんも寮にいるから、週末に帰るだけ。
霊花「行ってみましょうか。過去を探しに」
過去あっての現在であり、未来
先を歩むのに必要な力は、過去にヒントがあるのが常道
学校で見た様な、あんな化け物と戦っていかなければならなくなる。
一人ならば絶対に嫌だけど、兄さんが行くなら、私も行く。
だって、たった一人の血縁で、兄と妹なんだから。
霊花「絶対に、見失わない」
病室を後にした。寮の部屋には、夜空宛に書置きでも残しておこう。