FrontPage/Midium of Crime 第三章

Last-modified: 2010-05-19 (水) 20:15:37

[彩華津]  12月28日 

早朝5時。未だ真っ暗なこの時間帯になぜ俺は病院の裏山なんぞにいるのだろうか。
空気は冷たい。息を吸うだけで喉が痛くなってくるようだ。
風はない。しかし、前方から風ではない烈風が吹き荒れている。
目の前に、殺るき満々の新庄夜空副隊長がいる。
目の錯覚か何かなのか、新庄の周りには緑色の発光体がいくつも浮かんでいた・・・。
「さあ、はじめようか! 最初だからあま~くいくよー!」
緑色の発光体が弾けると同時に、山肌が吹き飛んだ。

さて、始まりは一時間ほど前。

目が覚めた。なぜだろう。まだ周りは暗く、とても寒い。それもここが病院の一室だということを
考えるとかなり不気味である。いつもならこんな時間には目が覚めるわけがないのだが・・・。
枕元にマナーモードで置いてあるケイタイを取る。サイドボタンを押して時間を確認。
彩華津「は!?まだ4時じゃねえか!」
昨夜最後に確認した時間は11時頃。普段ならありえない時間帯だが体が重いこともあり
すぐに寝入ってしまったのだ。だがおかしい。
なにしろ自分は、寝てていいときは夜から夕方まで軽く寝てられるのだ。
早く寝たから早く起きるなんてことはない。早く寝ても遅く寝ても休みの日は夕方までぐっすりなのだ。
そして途中何度も目が覚めるも二度寝三度寝と無限に続く。決して外的要因なしでは起きられないのだ。
そんな俺が、こんな時間に頭が冴えているのはおかしい。
無意識に布団から飛びだし、武器を探す。霊花がもって来てくれたと思わしきゲームなどと一緒に
バッグが置いてある。すぐさま飛びつき中から鋸と果物ナイフ、カッターナイフを取り出す。
なんでそんな物騒なものがバッグに入っているのかというと・・・。思春期男子の習性と思って欲しい。
何かと危ないものを持ちたがるお年頃です。
殺傷能力が期待できないことを承知でモデルガンなんかに金をつぎ込むよりはこっちのが
いいと思ったのだ。(部屋にはGL○CKなどがあったりするけどしまいっぱなし・・・
廊下から足音が聞こえる。おかしい。何がおかしいってそりゃ、
足音が一つしかないことだ。病院の4時ともあればもっと賑わっているのではないか?
病院ってのは24時間せわしないと思っていたが、間違いなのだろうか。
いや、ソレにしたっておかしい。何がおかしいって感覚が違う。
ドアの前に来たようだ。息を吸えるだけ吸いながら果物ナイフを構える。いくつも持っていては邪魔
だと思い残りの二本は床に置くことにする。
ドアに手をかける気配。それを感じたと同時にドアを思い切り蹴破った。
彩華津「っはああああぁあぁぁぁぁぁぁああ!!」
左足をドアに付け、右手にナイフを構え腰にためる。
なぜか口が笑みの形に歪んでいるがそれは気にしない。
左足に全体重をかけ、ドアを張り倒しながら一直線に腰にためていたナイフを突き出しながら
突っ走る。もちろんドアから向こうの壁までは距離として2mもない。だが、相手の気配が尋常でなかったから
ブレーキは一切なしだ。文字通り最高の手ごたえの疾風の如き突き。
ありとあらゆる感覚が最高だったのに対して、聞こえた音はあまりに虚しかった。

「ッキィィィィィィンンン」

一瞬耳を疑った。壁に突撃してナイフが折れてしまったのか?いやまだ距離はある。
その刹那の瞬間に、力が逆転した。
彩華津「!?」
意味が解らなかった。抗議の言葉も先の一撃に全ての空気を吐き出した肺はこれ以上無理だとばかりに
息を吸おうとする。しかし吸えない。なにしろ、今自分は飛んでいるのだから。
ゴガッ
彩華津「っかは!」
受身も何もない。硬い壁にたたきつけられる。息を吸おうと口が開いてたもんだから舌を噛んでしまう。
なにより息を吸っている間の人間は限りなく弱い。
渾身の一撃が軽く跳ね飛ばされたのだ。実力の違いは歴然。いやまだだとばかりに体が立て直しに
必要な命令を脳に要求する。打ち身だけだ。外傷はない。(嘘だ。体の包帯からは血が滲んでいる。
視覚情報隔絶。痛覚など当に無い。偽りの情報を流せ)
心臓は動いてる。(嘘だ。強い衝撃で今は止まっている。生存本能隔絶。偽りの情報を流せ)
五感満足五体満足(嘘だ。感覚がない。だが感覚なしでも動けばいい)
五臓四腑に響いた鈍い音などどうでもいい。(嘘だ。内臓に、骨にダメージが入っている。無理に動くな。
自己保身本能隔絶。問題ない)
全力を持って立ちなおす。(全ては次の一撃を入れることに集中せよ)
片目を開ける。二つに視力を分けるくらいなら一つに絞れ。
精神集中。無問題。相手を睨み返す
しかし、そこにいたのは
夜空「ちょっ!大丈夫!?お兄さん!」
力が一気に抜けてしまった。
偽りの情報は全て流される。
体の動きは止まり、床に寝そべってしまう。酸素が少しずつ肺に入ってくる。
それからまさに十数秒。完全におちていた。
目を開けたときには体はある程度の活動を開始している。
夜空「ごめん!お兄さん大丈夫?怪我開いちゃった?いや、だって突然襲い掛かってくるから
   つい反射的に全力でカウンターしちゃったよ!大丈夫かな!?」
彩華津「ごほっごほっ。あぁ~。痛ぇ。こっちも悪い新庄。寝ぼけてた。」
新庄は目を見開いて俺の前に立っている。本当に驚いているらしい。当然だが
夜空「それにしてもびっくりしたね。一応どれくらいか計るためにわざわざ力を出しながら歩いてきたけど
    いや~まいったなあ。こんな手馴れた反応を受けるなんてのは思って無かったよw。
    もう完璧だったね。」
彩華津「なにが完璧だっただ・・・。ちょっとショックだぜ。いや、新庄が怪我してないのはよかったけどさ、
     全力の行動が軽く掃われちまったよ。文句なしの手ごたえだったんだが・。にしても新庄の気配だって
     解ってたのになんでこんな行動したのかいまいちわからん。」
夜空「たぶん、君が戦ったあの魔獣に出来るだけ似せた荒い魔力を垂れ流しにしてたから
    体が反応したんだと思うよ?それにしても、ねえ。お兄さん何か格闘術やってたの?」
彩華津「いや、過去に剣道やってただけだが?それも初段でやめた。後は家に伝わる戦術だけだ」
夜空「でも、今の動きは素人なんてものじゃなかったと思うんだけど?それなりに場数踏んでる僕も
    相当びびったよ~死んだと思ったね。」
夜空は微笑んでいる。
彩華津「ああ。でもかなりショックだ。一撃で殺す気でいったのに笑われちまった。
     まあ、何を習ってたとかじゃなくて咄嗟に思いついた行動なんだけどな」
夜空「ふむ。目を覚ますとか気づいて廊下に出てくる~とかだったら予想してたけど・」
彩華津「なにもないのに俺がこんなに早く起きられるわけないからな!」
夜空「あはは。凄いねw。さて、もし気づかなかったらそこから教えないとダメだと思ってたけど
    満点超えちゃってるからこのまま次に行こうか?」
彩華津「次・・・。ってそういや、なんであんな気配垂れ流しで来たんだ?」
ニヤリと新庄が笑みを濃くする。
夜空「お兄さんは一般人として生きてきた。コレには自身があったけど、どうにも動きとか、そういうのが
    素人に見えなかったから、実際どこまでやれるのか試してみようと思ったんだよ。
    お兄さんのレベルがわからないと何を教えるにしても程度がわからないからね~」
彩華津「そうなのか?喧嘩だってそんなにするほうじゃないんだが・・・。ま、お褒めの言葉として
     受け取りましょう。で、副隊長どのの授業はもう始まっていると見ましたが、次はどうしますので?」
夜空「うん。じゃ、第二試験。今何か違和感を感じる?」
彩華津「いや、逆に何も感じない。俺と新庄以外の気配を一切感じない。どういうことだ?静か過ぎるだろう」
夜空「はいOK~パチパチパチ。いや~優秀な生徒さんをもって僕はうれしいよ~
    さてさて、ここは結界の中なんだ。外の世界とは拒絶されている。外から見たらここは
    無関心な場所になってる。」
彩華津「無関心?」
夜空「そ。他人の意識に干渉してこの病院にむけられる全ての意識をそらしてるんだ。
    つまり、存在が確認できない。もとからここにはなにもないって思われてるんだ。
    結界を解けば元通りだけどね。もとからこの病院にいた人たちは閉鎖結界っていう
    僕の魔力的な器の中に時間を凍結して閉じ込めてある。今は夢とか見ているだろうね。
    生じる矛盾は適当に埋められるから問題はないよ。矛盾許容の概念はどこの世界にも
    最初から備わってるからね」
彩華津「はぁ。よくわかんないけど五感のあらゆる認識から逃れさせてるんだな。すげえな」
夜空「うん。でも結構疲れちゃったなあ。この結界の維持だけでも結構疲れるのに、反射壁まで
    緊急発動したからね~。腕が痛いよ~。」
彩華津「反射壁?それが俺を吹っ飛ばしたやつか?」
夜空「そうだよ~。相手がこちらに加える物理的ダメージを10として、そのダメージ分、つまり10の魔力を
    消費することによって、その10のダメージを相手にそのまま返すカウンター。
    でも実際はダメージ分の魔力を取られるから、低ランクの魔獣とか普通の人間にしか使いようが
    ないんだけどね~。緊急発動ってのは自身の神経とか血管とかを回路に見立ててそこに魔力を
    流し込んであらゆる過程を省いて魔法を発動することなんだ。一瞬で使えるけど、
    あれくらいの魔法で腕がかなりしびれるし、肉体への負担が大きい、だからあくまで緊急なんだよ。」
彩華津「なるほど。さすが魔法だな。でも安心したぜ~。全力の一撃を簡単に返されたからなあ。
     確かにそれなら納得できる。うん。あの手ごたえは間違って無かったってことだ。
     対象以外は・・・。」
夜空「気づいてないみたいだけど魔力による肉体強化が上乗せされてたよ。魔法を反射的に発動
    してなかったら本当に危なかったかもね。」
彩華津「魔法?そんな覚えは無いんだが・・・。」
夜空「だろうね。きっとお兄さんの中の魔道機具が発動させたのかも。
    持ち主の危険には防御を。持ち主の攻撃には補助を。だからね」
彩華津「ほう。便利なもんだな。確かに少し速度が出すぎてびびったけどよ。」
夜空「普通はそこで怖がってブレーキを無理やりかけて足首砕いたりするんだけど、お兄さんは
    実戦に強いみたいだね。それと一つ聞きたいんだけど。」
彩華津「うん?なんだ?」
夜空「吹っ飛んだあとに、どうやって立ち上がったの?普通はしばらく動けないと思うんだけど。
    いや、僕だってあんな勢いで壁にぶつかったら気絶くらいするよ?」
彩華津「ん、ああ。自己暗示だよ。」
夜空「自己暗示?」
彩華津「そ。結構使うんだけどな。俺は運動とかしてるわけじゃないから意識で体を動かすしかないんだ。
     なにしろ自分のイメージに体が追いつかないからな。だから無理やり「無理だ」と思ってる
     脳みそに「問題ない」って偽りの情報を送ってやるんだ。そうすれば肉体への負担を省みずに
     体を動かせるだろ?例を言うなれば~ブレーカーが落ちそうになってる時に無理やり落ちないように
     抑えてる感じだ。」
夜空「普通はそんなことはできないね。それと、真剣な話、それは危ないからやめたほうがいい。
    下手したら廃人だよ?」
それは脳に受信される体のダメージ情報を聞き流すって事だ。
自身の電気信号をなんの魔法もなしに操るなんて・・・やっぱり常人じゃない
彩華津「わかってる。でも、さっきは本気でやりあおうとおもったんだからしゃあないだろう?」
夜空「まあ、ね。さて、それじゃ、結界は裏山にまで張ってあるから山にいこうか」
彩華津「は?なんで山?それと少しくらい休ませてくれたって」
夜空「これから魔法とかいろいろ教えてあげるんだからはやくする!
    一通り終わったら休ませて上げるから~。」
彩華津「魔法・・か。確かに気になるな。よし!やるか!」
いい気合だね と微笑みながら新庄はいく。俺は後についていく。 この後に地獄を見るとも知らずに・・・。

病院の裏から出るとすぐに山だ。簡単に山道も整えられており、リハビリなどにも使われるらしい。
ここもやはり生き物の気配がない。植物からも、なんていうかそこに在るというのが疑わしくなるくらい
静かだ。聞いた話によると病院の人たちや、この山の動物たちを取り入れているという閉鎖結界とやらは
存在軸をずらす~とかなんとか言っていたが、一つ一つ取り込んでいるわけではないらしい。
Aという人がいてその人が結界を発動。その結界に取り込む者を決める。
そうすると自動的に取り込まないとした存在を格納するための閉鎖結界が出来るんだそうだ。
これは全ての世界が持っているとされる矛盾許容の概念が、「在るのに無い」とするこの結界などの
矛盾を強制的に抑えてくれるんだそうだ。いくら優れたウィザードでも右から左へどんどん
人が流れていく中、いちいち個々を特定して効果の適用の有無を決めるのでは面倒だ。
そこで世界の力を使うわけだ。世界が持っている概念というのは世界ごとに多少違うらしいのだが
どこの世界にも備わっている概念があって、それが「矛盾許容」「存在の消耗」などらしい。
存在の消耗というのはどんなものをどんなに厳重に保存したって永久にそのまま留めてはいられない
というものらしい。ガラスケースに仕舞い込んだ宝石も一秒ごとに確実に計測できないくらいの
小ささでどんどん消耗していくというものだ。「いわゆる世界に溶ける」という表現らしい。
人の命もそうで、どんな魔法でもどんな概念でも不老不死は無理らしい。(数千年を生きている人
もいないことはないらしいのだがやはりそこらじゅうにガタがきてしまうらしい)
10という容量の世界で1を消費して宝石が作られる。世界の容量は9に減ってしまう。
けれど、長い時間を持って宝石は9に少しずつ足されていき、最後には10に戻る。らしい。
ちなみに全ての世界は薄~く繋がりを持っていて、他世界の物が他の世界に
入っても多少は大丈夫らしい。でも戦争とかで入りすぎると矛盾許容が働いて
世界が膨張したり、E=MC^2で周囲がいきなり木っ端微塵になったり、少しでも物を減らそうとして
攻撃関係などが強くなってしまうらしい。よって双方の被害が増えすぎて戦争どころじゃなくなってしまうし
世界が膨張しすぎて爆発してしまうことから他世界同士での戦争はかなり少なかったらしい。
今はかなり大規模な戦争中だから、少数で戦闘にあたることが多いということだ。

どれくらい歩いただろうか。辺りは薄暗く空気は冷たい。なにより山道ということと傷が痛む
ことで結構な距離を歩いた気がする。
ふいに先を歩いていた新庄が立ち止まった。
夜空「よし、ここら辺でいいかな」
そして寒気がするくらいの飛び切りの笑顔でこちらを向くとこう告げた。
夜空「それじゃあこれからお兄さんは僕と戦います」
俺は意味もなく空を見上げた。落ち着いて深呼吸しよう。はぁ~ふぅ~。さあ質問だ
彩華津「は?」
あまりの事に質問の形にならなかった。
夜空「は?じゃないよ~。魔法を教えるっていったじゃない」
彩華津「いやいやだからなんでそれでいきなり戦うんだよおかしいだろ?」
俺はてっきり使い方とかを教えてくれるのかと思っていたら確かに変だった。
なんで山まできたんだ?そうか戦うのか。って納得できるか!
夜空「あ~。お兄さんはなにか勘違いしてるみたいだけどね。
    魔法は体に教え込むしかないんだよ?そりゃ、回路の組み方とか
    マイナーな魔法形式とか相性とかの勉強もするけど
    最初は体が慣れないと知識だけ詰め込んでも実戦ではなんの役にも立たないんだよ。
    心配しなくても家庭教師はお姉さんがやるよ?」
彩華津「お姉さんて俺のが年上だと思うんだけどそれは置いといて。
     それで、どんなふうに戦うんだ?まさかガチで実戦とかじゃないんだろ?さすがに」
新庄は俺の血が滲んだ包帯などを見ると
夜空「そうだね。まだお兄さんの怪我も治ってないみたいだし。今日は防御魔法を試そうか」
よかった。新庄の事だからいきなり撃ち合いとかかと思ってたけどよかった。
常識は持っていたみたい
夜空「僕が撃ちまくるからお兄さんは防御してね?」
そう言うと新庄の周りに緑色の発光体が浮かんでくる。
前言撤回。普通何も解らない新兵を撃ちまくったりはしないと思います。
彩華津「まてまて!せめて防御魔法とやらの使い方を教えてくれよ!」
夜空「魔法はイメージだから先入観は持たないほうがいいんだよ。
    だからイメージして?全てを防ぐ飛びっきりの守りを」
発光体の光が強くなってくる。
風はないのに空気が流れる。
俺は魔法を知らない。だが、新庄からイメージが流れてくる。
ただ一色。敵意のない破壊のイメージが。
魔力が風となって吹き荒れる。
ふいに、新庄が左腕を上げた。
そして、今に至る

一つの発光体が弾けただけで山肌がきれいにえぐられた。こちらに向けられたものではなかったが
次はこちらに向けられる。その後の惨状を思い描くと頭から血が引いていく。
この感覚を知っているだろうか?頭から血が下がるというのはまさに言葉の通り。
本当に痛いくらいに冷たくなって、まるで血管に冷水が流れているような感覚。
昔に一度だけ感じた。親の財布から数枚抜き取って漫画を大人買いしたあの時、
ばれた時に感じたのがこの感覚だ。原因はレシートの捨て忘れ
夜空「解ってると思うけど。当たったら死ぬからね?」
止めだった。俺は新庄に背を向けずに走り出す。
すぐに新庄は追ってくる。微かに、新庄の足が淡い緑色を放っている気がする
異常な速さだ。きっと魔法だろう。
あの学校での獣との戦いが頭によぎる。 追いつかれる。
緑色の発光体も付いてきている。 逃げられない。
一つが弾けた。 すぐそばがえぐられる。
また一つ 土をかぶった。
一気に二つ。 まるで地震。いや戦争だ。
俺を飛び越えて進行方向で弾ける。 俺は吹き飛んだ。
彩華津「ぐぁ!」
転がりながら後ろを見る。
新庄がこちらに向けて手を上げた。 死ぬ。
光が弾ける。 死ぬ。
光が迫る。 死ぬ。
その瞬間に目に映ったのは新庄の驚いた顔。 俺は避けない。
俺が逃げないからだろうか。 俺は死なない。
直撃コースだからだろうか。 このまま当たる。
そのどれでもない。
だが、本当に驚いているのは、誰でもない俺自身だった。

俺は、死が追いかけてくるこの状況を楽しんでいた。

夜空

お兄さんは予想に反した動きをした。
こちらに背を向けるまではしないものの逃げ出したのだ。
少し失望の念がよぎる。でも追いかける。
なぜなら病院でも学校でも彼は逃げなかった。
学校では得体の知れない化け物を相手に怪我を負いながらも冷静さを失わなかった。
病院でも冷静に状況を把握して攻撃に移った。あれは僕も本当に死ぬかと思った。
だから今回もこちらの予想を覆してくれるはず。
期待を抱きながら彼を追う。
光が二度、三度と弾ける。
彼は宙を舞った。
けれども僕は光に攻撃のイメージを送る。お兄さんなら大丈夫だと信じながら。
そのとき僕は背筋が凍った。 彼は確かに予想を裏切ってくれた。
普通なら恐怖におびえるところを。     彼は

笑っていたのだから

時間が止まっている。 緑色の光は溢れかえる瞬間で止まっている。
死ぬ瞬間が緩やかだってのはうそじゃないみたいだ。
だけど少なくとも確認はできない。だって俺は死なないんだから。
緩やかじゃない。止まってる。
俺は笑いをこらえずににやけたまま目を閉じる。
ドクン ドクン ドクン ドクン
心臓の音とは違う脈動が聞こえる。
血とは違う何かが体を流れる音がする。
ドッドッドッドッドッドッドッド
心臓じゃないほうの脈動は暴れている。
早く外に出せと。
早く戦わせろと。
早くこの狭苦しいところから解き放てと。
彩華津「 そう焦るなよ。今出してやるから。」
そう言ってから俺は立ち上がる。
深呼吸をして恐怖を味わう。死が限りなく近い恐怖。 笑いが止まらない。
あの光が見えた夜。地震のあった夜。つまり門が開いた時の夜。
どうして俺は笑っていたのか。ようやくわかった。
俺は平穏すぎるこの世界に飽きていたんだ。
だからゲームは好きだし、本も好きだ。
そして今、俺は平穏じゃないこの非日常を楽しんでいる。
彩華津「まったく。狂ってやがる」
軽い自己嫌悪を感じながらも笑みは消えない。
さあ。もう十分だろう?夜空を脅かしに行こう
口にするのは学校の屋上で口にした言葉
乗せるイメージは切断。
腕を前に上げ、
彩華津「無切 現象断絶 」

       世界が動き出した

破壊の光が迫る。 怖くない。
地面がえぐられていく。 むしろ楽しい。
服が焦げた。 ゆっくりと右手に収まっている刃物を振り上げ
目が焼ける瞬間。 俺は世界を切った

ギャギギイィィィィィ

夜空「!?」
発泡スチロールをこすり合わせた音をでかくしたような音が響いた。
緑色の光は真っ二つ。残りの光も全部吹き飛んで
山肌をえぐるなんてものじゃなかった。ソレは山をぶった切った。
ズズゥゥゥゥゥ
地響きがおきて右足と左足の高さが変わる。
数秒続いた後にようやくそれは収まった。
夜空は口を開けたまま直立不動。 脅かすのには成功したらしい。
ふいに ぽたり と夜空の頬から血が滴る。
彩華津「って!? 夜空! だいじょうぶか!?」
すぐに駆け寄って傷を見る。
彩華津「ふぅ。よかった。かすっただけみたいだな。 ったく脅かすなよ」
もしこのまま夜空の首が落ちたらどうしようかと思った。
夜空「え?あ、うん。えっと~ありがと」
彩華津「なにがありがとなんだ?」
笑いながら聞く
夜空「ふぇ!? えっと、その、えと、あれ?」
どうも夜空は状況が飲み込めてない様子。
夜空「あ!そうだよ!どうして、いったい何をしたの!?お兄さん!」
今度はこっちが驚いた。いきなりつかみかかられて真剣な形相で問いかけられる。
彩華津「何をしたって・・・。夜空の光を消したんだけど・・・。」
ほら、と夜空に右手のナイフを見せる。
一瞬すごく驚いた顔をさらに驚いた顔にした後
夜空「それって、魔導機具?えっと、お兄さん話聞いてた?」
彩華津「うん?」
夜空「うん?じゃなくて!僕は守りをイメージして攻撃を受け止めるように言ったんだよ!
    それがどうして魔導機具を顕現させて山を切っちゃってるのさ!
    飛躍しすぎだよ!」
彩華津「あ?あ、ああ。いや、守りをイメージしろって言われても思いつかなくてさ?
      だからといっても逃げ切れるわけないし、でもどうにかしないと俺が危ないし、
      だから咄嗟に思いついたようにやってみたんだけど・・・ほら、攻撃は最大の防御なり?」
はぁ~~。と夜空
夜空「お兄さんは天才なのか向いてないのかわかんないね~。これから大変だ~。
    少なくとも、防御魔法と比べたら魔導機具の顕現とその力の解放なんて
    数百倍は難しいんだけど・・・。防御魔法は一般兵士でも使えても
    ルーツの開放とその制御なんてほんの数人しか使えないよ?」
彩華津「だろうな。なんか頭の中に色々浮かんできてめんどくさかったよ。
     だけど、なんかさ。こいつに言われた気がしたんだ。俺を使えって。」
夜空「ふぅ。まあ、相性の問題なのかな・・。にしても僕の力を全部消し飛ばしながらよく僕を
    切らなかったね。さっきは完全に死んだと思ったけど。」
彩華津「俺だって夜空相手にそんな闇雲に切りつけたりしないさ!
     それに魔法がどうとかそんなややこしいことはしてないんだ。
     ただ、一直線に世界を切っただけだ。そのときに軌道に入ってなかった光も
     消えたのは世界を切ったときに周囲のマナの流れがせき止められたからだ、と思う。」
夜空「へぇ・・・。って世界を切ったって?意味解ってる?いくら絶対切断の概念をもってるとされてる
    そのルーツだってまだわかってないことが多いんだからそんな無理をしたら」
彩華津「世切だ。こいつの名前は世切。世界を切るから世切。」
夜空「え?」
彩華津「なんか色々わかったんだ。なんかマナの流れとか魔力の生成とか、
     こいつの力とか、色々。知識が流れてくるっていうか・・・。」
夜空「へぇ。つまりもう完全に繋がってるんだ。すごい、ていうか異常だね・・・。
    でもこれは結構短縮できるかな~。でも、今日はここまでだね」
彩華津「あ?なんでだよ。今はかなり調子いいぜ?あの合一だっけ?
     体がすごい調子いいんだ。」
夜空「負担がかかる。って言わなかったっけ?それに力をすごく消耗する。
    お兄さんの魔力総量が100だとすると僕が使ってみてって言った防御魔法が10
    その世切の顕現と概念開放はその数十倍。ざっと300って言ったところかな。
    お腹見てみると解るけど。真っ赤だよ?」
ふと腹を見てみる。その瞬間めまいがして、世切が消えた。体も立っていられなくなる。
血が滲むなんてものじゃなかった。あふれ出てた。俺は、倒れる。
夜空「おやすみなさい。霊花と一緒に午後にまたくるからそれまで休んでて。
    結構深く開いちゃったみたいだからね~。僕の魔法で傷をある程度塞いで、
    部屋に運んでおくから、気にせず寝ちゃってね。それと、危ないから僕がいないときは
    魔法を絶対に使おうとしないこと。魔導機具はまだ早いから下手したら死んじゃうよ?
    それと最後に。僕のこと、これからも夜空って呼んでくれていいからね?」
最後に見えたのは夜空の笑顔と、傷をふさぐ緑の光。
最後に聞こえたのは子守唄のような心地よい空気の振動だった。