彩華津 12月29日 7時
・・・いつの間に朝になったのだろうか。まったく記憶がない。
窓からは太陽系のサドっぽさが窺えるような、俺を叩き起こす為だけのような日差しが
外からはチュンチュンと小鳥のさえずり、に混じって野太い鴉の嫌みったらしい鳴き声が
彩華津「少し眠らせてくれ」
布団を被りなおすも、暑苦しくて、横によける
外は快晴。暖冬とは言うもので、それはもはや春のソレだった。空は遥かに、雲もない。
所々に花々が咲き誇り朝露に濡れるその姿は甘美なものだ。けれど、
頭を抱える。抱く問題がその風景を壊すようだ。
二人曰く、俺は間違っているらしい。一晩中考えてみるも、結局はわからずじまいだ。
世切の意識っていう奴に言われた事を思い出す。
「敵がいない世界で普通に生きるなど今は叶わぬだろう。もはや、敵はいるのだから」
そう。敵はいる。明確に対峙したわけではないが、第一王位推薦派とやらが俺の敵だろう。
いくら好きじゃないとはいえ、自分の世界を蹂躙しようとする輩が敵じゃなくて何が敵だというんだ。
彩華津「なら、どうすればいい」
敵がいない世界で普通に暮らす。だが、敵はいる。
いや、そもそもどうして俺は親の言葉に従おうとするんだ。
彩華津「その言葉を忘れたら、本当にいなくなってしまうから・・・。くだらねぇ
この年にもなって、まだ親離れが出来てないのか俺は」
尊敬する師であり、厳しくも好ましかった両親。ソレの損失を俺は恐れている。
人の思いの中に対象が刻まれていれば、対象が無となる事は無い。
彩華津「だけど、それはおかしいだろ?彩華津。お前は自分で両親を焼き払ったんだから」
意図的ではないとは言え、確かに両親の肉体を焼却したのは俺自身だ。
両親を燃やさないようにする なんて考えは無かった。
もし、
彩華津「もし、あと時点でまだ生きていたら?」
俺が、殺した事になる。
吐き気がする。
そうか。俺はあの化け物を燃やす為に制御の利かない力を使った。
その際に親を焼き殺してしまったかもしれない。
彩華津「俺が、親の言葉を貫こうとするのは、せめてもの罪滅ぼし。記憶を閉ざしたのは
親を殺してしまったかもしれないという事実を忘れる為に」
そう。世切の言うとおり、俺は、両親の言葉を隠れ蓑に過去から逃げていただけ。
彩華津「そういえば、答えって?」
その親の残した言葉の意味?
彩華津「自分の視点から・・・」
「体は正直みたいだよ?約束を果たそうとする行為にね!」
夜空の言葉を思い出す。体は正直ってなんだ?
ここ最近で、自分の意識していない体の動き
それは
彩華津「俺は、戦いのとき、危険な時に、いつも、笑ってた?」
敵のいない世界で普通に暮らせという言葉と、戦場の笑み
なにかがひっかかっている。あと少しがわからない。
親の言葉のヒントは、きっと親の言葉の中に
彩華津「とりあえず、物置で親父達の日記でも探してみるか?」
動いていないと、どうにかなってしまいそうだったから。
家に、行こう。封印されている物置にならなにかあるだろう。
沙里 朝9時
沙里「え、霧生さんいらっしゃらないんですか?」
そこは深奥大学付属高校の男子寮。休校中の生活と校舎の復旧工事を来週から始めるとか、
休校中の学費と修理費用とか、そういう内容の書かれた手紙を持ってきたのだけど、あいにく留守にしてるらしい。
妹ちゃんの方もいないみたいだったし
寮母「そうねぇ。高校のガス爆発事故が発見されてから帰ってないわねぇ」
つまり三日も帰ってないということだ。
寮母「なんなら、昴くんに話聞いてみたら?彼なら部屋にいるはずだけど」
沙里「わかりました。そうします。ありがとうございました」
お辞儀をして、彩華津と昴の部屋に行く。サボる度に注意と課題を届けに来るから足取りは慣れたものだ。
コンコン
沙里「昴?いる~?沙里だけど」
数秒でドアが開く
昴「あぁ、委員長。手紙の類なら郵便箱に入れておいてくれればいいんだが」
沙里「昴の分は郵便受けに入れてあるから後で確認してちょうだい。私は彩華がどこにいるか聞きに
きたんだけど、心当たりある?」
昴「あぁ、彩華なら少し実家に戻るって先ほど電話があったな、まぁ数日もすれば帰ってくるだろう」
そういえば彩華の実家は電車で30分程のところだったか。なら妹ちゃんも一緒に帰省しているのだろう
沙里「アレの実家の場所ってわかるかしら」
昴「さすがの俺も駅の先にある友人の実家にまでお邪魔したことは無いな。相当でかい屋敷らしいから
すぐにわかるとは思うが」
沙里「へぇ、以外ねぇ。お金持ちだったんだ」
昴「家がでかければ金持ちという訳でもないだろう。事実、俺はあいつに貸しがある」
沙里「それもそうね。けど、一応仕事だからさ、実家の方まで行こうかしら」
昴「相変わらずだ損な性分だ。疲れはしないか?」
沙里「自分からやっている事だもの。疲れた~なんて言ってられないわ」
ふむ と昴は考える素振りをすると
昴「なら俺も行こう。一度奴の屋敷を見てみたいしな。場所に関しては、確か
彩華の屋敷のあるあたりと委員長の両親の勤務先は被っていたはずだな。久遠妹にでも頼らせてもらおうか」
あ、そういえば家の両親の勤め先はその辺りの警察署だった、けれど
沙里「・・・どうしてあんたがそんなこと知ってるのよ」
昴「身近な人物の事に関してはある程度調べが済んでいる。いずれも情報だけだが」
どこでそんな事を調べているのだろうかこの男は
沙里「まぁ、警察署の辺りなら優希が案内してくれるかな。じゃぁ行きましょ」
昴「まぁ待て。久遠妹は家にいるのか?確認くらいとったらどうだ」
変なところで殊勝なのだから、コレはコレで食えない。故に彩華とのコンビなのだろうが
沙里「優希なら家を出たときに訓練場に行くって言ってたから途中で拾っていけば大丈夫よ」
昴「射撃訓練場、か。教え甲斐がある生徒だが、有能すぎて、いつ追い抜かれるか気が気ではないな」
沙里「あなた達が変な事を吹き込んだりしなければあんなに物騒な子にはならなかったでしょうにね・・・」
妹の久遠優希とこの昴と彩華津は師弟の関係なのだそうだ。昴はある種の天才だ。興味のないいつもの授業なら
さほど頭がいいようには見えないが、興味を覚えたこととなると異常な事になる。科学の実験中に故意に薬物を
爆発させたりして笑っているのは昴と彩華の二人組み。成績順位も三桁の時もあればいきなり上位に入ることもある
為に、先生方も進路指導が大変なのだそうだ。
そして、二人が意気投合したのはある事件がきっかけだったらしい。大学の付属高校という事で
この辺りでは指折りの進学校であるうちに、からかいを入れてくるガラの悪い連中がいる。いや、正確には「いた」
いつものようにバイクで校内を爆走していたその不良達を先生方が追い払おうと外に出た時、二人の青年がいたらしい。
どちらも当時一年の新入生。普通なら怯える所を一人は笑い、一人はあくび。おかしなくらいのん気な光景。
予鈴の鳴り響く校門を走って駆け抜けた二人は爆走していたバイクを目に留める。その時は二人とも特別気に留めず、
そのまま、素通りして校舎に入ろうとしたらしい。ソレを見た不良は声を上げて二人を囲んでしまった。
確かに目に付く光景だったから私も見てはいたけど、そんなに近くでは見てなかったからコレは友人の話。
囲まれた二人の第一声は、「うるさいな」だったそうだ。たまらず殴りかかってきた不良を数分とかからず
文字通り血祭りにしてしまった二人はこう呼ばれている。気まぐれな天才、と。彩華に関しては昴ほど頭がいいわけでは
無いが、感は鋭く、戦闘技術に関しては昴より上ということだ。それ以来二人は寮で隣部屋になるくらいの悪友っぷりを
振りまいている。確かに、隣国がいつ攻めてくるかわからない物騒な時代。それなのに火器の携帯を許可されていない
この国では格闘技術を高めるのが唯一の自己保身。故に心得をもつ人は多いが、その中でも二人は異常なレベルだ。
私たちの親は警察官だ。ソレも結構上の所にいるらしい。だから帰ってくるのは稀だけど、その分優しいから
私も妹もさして不満はもっていない。昔、両親が私たち二人を連れて署内の射撃訓練場に連れて行ってくれた。
一般人にも公開されているが、いくら訓練しても銃がもてないのだから意味は無いのだけど・・・。
そこで親が的をどんどん落としていくのを見て、私はすごいと思ったけれど、パンという乾いた音が苦手だった。
けれど妹は目を輝かせて見ていて、やりたいやりたいとせがんでいたものだ。今では銃を握れる年齢になったので
週末や休みは、特別予定が無い場合大体訓練場に行っている。それだけなら問題は無かった。
両親も将来有望だと警官職についてよく教えているし、進路もその道だろう。将来の為と思えばいいことだ。
ただ、その訓練場には昴が通っていて、たまに彩華も行っていたのだ。妹は射撃が得意だったが、二人はそんな
レベルじゃなかったらしい。目を瞑っていても、話しながらでも、音だけで的を落としたそうだ。一体どこの軍人なのかという
話だが、そんな物騒な才能に見とれてしまった優希はそれ以来色々教わっているということだ。主に昴に
戦争論だとか射撃だとかそこらへんを。彩華は格闘術の手合わせをしているらしい(どういうわけか教えては
くれないらしいが)
昴「いや、俺たちが何も教えなくてもアレはすぐに身に付けただろう。才能があるということはそういうことだ」
沙里「難儀だわ・・・。まぁ行きましょう」
すると昴は不意に空を睨んだかと思うと部屋に戻っていく
沙里「ん、どうしたの?」
昴「・・・。いや、空気が張っていると思ってな。少し準備をするから待ってくれ」
雨でも降るのだろうか。いやに感が鋭いこの男が言うと洒落にならない。
こんな晴天なのだから、降るはずがないのだけど、なぜか、昴の言葉は的を射ている気がした。
そんなこんなで昴が「待たせたな」と言って出てきた時、彼の荷物は腰に付いている細長い袋と肩から
下げている、これまた竹刀袋のようなものだった。
沙里「なに?それ。傘?」
昴「傘に見えるならそう思っていてくれ。気軽に表に出せるものじゃない」
その言葉で気が付いた。危ないものなのだと。
沙里「こんな風に話してたりしたら、将来共犯者ということになっちゃうんじゃないかしら・・・」
昴「安心しろ。俺は捕まらん」
沙里「余計安心できないわ!世の為に捕まりなさい!」
薄情なやつめ と昴。歩く度にカチャカチャと音がしているんだ。これくらい言わせて欲しい。
と、駅に着いて改札を通る。すると昴が手を当てると道が開いて
沙里「え?ちょ、なにしたのよ!」
昴「安心しろ。お前も通れる」
あ、ほんとだ
沙里「じゃなくて!切符は!」
昴「しばらく買っていないな。今はコレがあるからな」
と、言って、手のひらに収まっている携帯を見せてくれた。
ふぅ
沙里「なんだ。壊したわけじゃなかったのね?よかったわ」
昴「・・・お前は俺をなんだと思っているんだ?」
沙里「危険人物」
昴「ふぅ。あまりに高い評価だ」
丁度列車が止まっている。待つ必要がないのはありがたい。
と私の後に昴も付いてきて列車に乗る。今の時間帯は空いている様で、普通に座れた。
乗って30分程で目的地に着く。ここで乗る人は多いらしく、人波に飲まれそうになって、
突然道が開いて、先に進めるようになる。ふと後ろを見ると人波を片手で制する昴が
昴「早く行け。邪魔になる」
沙里「ありがと」
昴「俺も通る道だからな」
迷惑な奴だが、気が効くところもあるのでどうにも憎めない。
昴「む」
駅から出たところで昴が空を睨む。そこにはなにもなくて
沙里「あなたは突然空を見る癖でもあるの?」
昴「いや、雲が無いのと、静か過ぎるのが気になってな。どうやら近づいてしまったらしい」
沙里「何に近づいたの?」
昴「悪い予感にだ。先を急ごう」
とたんに早歩きになった昴に付いていく。確かに静かだけど、それはそれでいいのではないか。少なくとも
騒々しいよりはいいと思う。
駅から10分程で警察署につく。射撃場はこの裏側だ。
射撃場の入り口でイヤーマスクを貰い、中に入る。
沙里「優希はどこかし」
昴「あそこだ」
この男は本当に同じ人間なのだろうか。思考速度がおかしいとおもう。
向かう先には確かに長髪の妹がいて
昴「久遠妹!」
一休み中なのかジュースを飲んでいる優希に声をかけた。この銃声の嵐の中
優希「ぁ、昴先輩!それに、お姉ちゃん?」
よく気づくものだ。私だったら絶対に気づかないと確信が持てる。手を振っている妹に振り返すと
沙里「調子はどう?」
優希「今日はイマイチかな。なんだか空気がおかしくて」
沙里「空気?空調でも壊れたの?」
優希「ううん。そういうのじゃなくて・・・」
スコア板には他のスコア板の二倍あたりの数字が書いてあるのだが・・・
昴「空がおかしいと感じたのか」
優希「あ、はい。勘違いじゃなかったんですね」
なんだか二人で話がまとまっていておもしろいものではない。
沙里「一体なんなのかしら」
昴「なに、ただの悪寒だ。良くないことが起きる気がする。というだけだ。久遠妹、ここらの地理には
詳しかったな?」
優希「はい。ある程度は」
昴「この近くに彩華の実家があるらしいのだが、場所はわかるか?良ければ案内をお願いしたい」
えっと と考える仕草を見せて
昴「でかい屋敷だと聞いているんだが」
優希「大きなお屋敷は一つしかないんですが、そこの表札は霧生ではなくて」
昴「亜千維、か?」
優希「あ、はい。ご存知なんですか?」
昴「彩華の旧姓だ。そこに案内してもらいたい。いいか」
優希「大丈夫です。一応今日の目安は終わりましたから」
昴はスコア板を一瞥すると
昴「次の週末あたりに、見てやろう。」
ぱあっ と顔をわかりやすく輝かせて
優希「ありがとうございます!それではすぐに準備しちゃいますね」
昴「念のために得物を一つ持っていくといい」
優希「はい」
沙里「得物って、また物騒な」
昴がこちらに向きなおすと
昴「用意するにこしたことはない。使わなければそれでいい」
一応銃刀法という物がですね?あるんですよ? どうせ言っても聞かないだろうから言わないでおく。
優希「はい。終わりました。行きましょうか昴先輩、お姉ちゃん」
沙里「あぁ優希。お願いだからこんなのにはならないでね」
優希「?」
姉の心配も知らずにのん気な事だ。それも可愛いときた。
沙里「ま、いきましょ」
昴「そんなに妹の行く先が心配なら今度お前にも戦い方を教えてやろう。」
沙里「ちょ、誰がそんなことたのんで」
昴「遠慮するな、物事を主観で捉えるのは大切な事だ。次の週末だな」
と先に行ってしまう。・・・とりあえず、予定は空けておこうと思ってしまう自分が嫌だ。
すごく流されている気がする。優希はというと
沙里「・・・優希?なにかしらそれは」
竹刀袋というのだろうか。昴のソレと同じような物を背中に下げている。しかもこちらもガシャガシャと物騒な音が
優希「あ~えっと、護身用だよ?」
相手側が確実に死ぬと思う。本当にどうして私の周りに普通の人はいないのかしら
すごく憂鬱になりながら、私も何か使えたほうがいいのかしらと思ってしまう。伝染するのだろう
三人は、彩華津の家に出発した。