昴 11時
昴「ほぉ。これはなかなか」
目の前には「亜千維」の表札を下げる大きな屋敷が聳え立っている。三階建てに大きな庭。横の幅も、
学校の三分の一程。こんなものならば案内などいらなかったのではないか?
優希「ぇ?こんな大きな家なの?」
沙里「?優希はもともとここを知ってたんじゃないの?」
久遠妹は少し戸惑っていて
優希「うん。一応、目的にして来た訳じゃないけど、通りかかった時に見たから」
昴「なら、なぜ今そんな顔をする?」
それが、 と
優希「前は、家の大部分を確認できなかったって言うか、この半分も見えなかったって言うか・・・」
興味深い話だ。つまりそれは
昴「決して視力が悪いわけでもない久遠妹が大きさを知覚できなかった、か」
沙里「大げさじゃないの?ただ単に見間違いかもしれないし」
昴「それはあるまい。それに、俺たちはここを知っていたか?」
沙里「え?知らないから優希に案内を頼んだんじゃない」
昴「まだ解らないか?これだけ大きな屋敷があるのに噂になる事もなく、これだけ大きな、特徴的な建物を
視界に入れて、ソレを確認しようとする欲求が沸かない。俺たちはここには幾度も脚を運んでいるが
こんな建物は知らなかった。こんなに大きな建物をだ」
委員長は首をかしげて
沙里「えっと・・・つまりどういうこと?」
優希「ここは隠されていた。ということだよお姉ちゃん。なんらかの方法によって」
沙里「はぁ~、常識を知らないのね。いいわ、入りましょう」
臆した風もなく平然と中に入っていく委員長
優希「な、ちょっと待ってよお姉ちゃん!危ないよ!」
へーきへーき と手を振っている
昴「ふぅ。常識が通用すればいいのだが」
優希「へ?ちょ、昴先輩まで!」
ひらひらと手を振り
昴「置いていかれるぞ」
もー待ってください! 後ろから駆けてくる。委員長は庭の真ん中付近で立ちすくんでおり
沙里「それにしても大きいわね~」
そう。大きすぎる。というか外から見た時よりも大きく感じる。それにこんな大きな建物の建造を許されるのか?
常識的に考えてありえない大きさだ。コレならば龍とて容易く収まってしまうだろう。
久遠妹も は~ ときょろきょろしている。
昴「観光ではないんだぞ?」
む~ と二人とも少し落ち着きを取り戻す。二人とも冷静に見えて流れやすいのだからおもしろい。
ふと、違和感を感じた。視線を向けるとそこには木が密集している。まるで何かを隠すように
優希「どうしましたか?昴先輩」
昴「さぁな。わからん。だが、隠れているものを暴くのは趣味でね」
林に向かう。しばらく進んでいくと、そこには離れの様なものがあった。
沙里「なんでこんな遠くに作るのかしら。不便で仕方ないと思わない?」
昴「実用的ではないが、隠すのにはいいだろうな」
扉は開いていて、その中には
人が倒れていた。しかもそれは
沙里「な、彩華津!?」
駆け寄ろうとするが、
優希「ちょっと待ってお姉ちゃん!もし怪我してたら動かすのは危ないよ!」
優秀な教え子だ。俺は彩華津に近づき
昴「おい、起きろ。何時だと思ってる」
反応がない。見れば服は所々裂けている。血も滲んでいるが大きな怪我ではないようだ。
しかたない、
昴「ここには委員長とその妹がいる。だから暴露しよう。お前のパソコンのIドライブの中の~」
彩華津「馬鹿野郎!!!昴!!」
必死の形相で飛び起きた。
昴「おはよう。目覚めの具合はどうだ」
彩華津「最悪だ!!で、なんだ。言ったのか?言ったのか!?」
あまりに必死すぎる形相にいささか引きながらも
昴「すまない・・・。お前が後10秒速く起きていれば、」
彩華津「沙里!優希!聞いたのか!」
沙里「ぇっと、何を?」
優希「私は何も聞いてませんけど」
昴「大丈夫だ。まだ言っていない」
彩華津「頼むから、やめてくれ・・・」
いってぇ と彩華はしゃがみこんでしまう。
昴「すまない。悪ふざけが過ぎたな。怪我は深いのか?」
彩華津「いや、外傷はさほどじゃないんだけど、」
昴「毒でも吸ったか」
彩華津「並みの毒なんか効かねえよ。頭が痛いだけだ。気にするな」
と、久遠妹が
優希「どうしたんですか、その怪我・・・。彩華津さんみたいな人がそんなに怪我するなんて」
沙里「そうね。喧嘩だけは強いのに」
彩華津「喧嘩じゃねぇよ。ちと、親父にやられただけだ」
昴「お前の両親は他界したんじゃないのか」
彩華津「そのかわいそうな物を見る目はやめてくれ。あの世から俺をいじめてくるんだ。並みじゃねえ」
確かにそれは並みではあるまい。しかし、ソレより気になるのは
昴「何か、気配が変わったな。お前」
彩華は驚いた顔をして、一人頷くと
彩華津「お前には隠せないな。」
昴「当たり前だ。話せるのか」
考える素振りをすると
彩華津「そのうち、話す事になると思うぜ」
そうか、ならば今は問わないでおこう。 一つ頷く、そして
彩華津「そういえば、なんでお前らここにいるんだ?そもそもここって普通は入ろうとできないはずだけど」
昴「我等が委員長様がお仕事を全うしたいらしくてね。はるばるここまで届けにきたんだが、
普通は入ろうとできないだと?興味深い。詳しく話してもらおうか」
あからさまに しまった という顔をする彩華津
彩華津「いや、まぁ、その、それもそのうち話すって」
昴「それでは俺の好奇心が納まらないな。もし話さないのであればお前のPCに隠されているあらゆる物の事を」
彩華津「待て!落ち着け!それだけは勘弁してくれよ!」
後ろから二つの好奇な視線を感じるが、どうしたものか
昴「なに、お前がおとなしく言葉を紡げばいいだけの事だ。さぁ、話してもらおうか」
ふぅ と彩華津
彩華津「あ~仕方ねえな。簡単に言うとだ。ここ一帯はここを知らない人間に意識されないようになってるんだよ」
優希「えと、それって認識できないってことですか?」
彩華津「いや、認識はできる。ここに建物があるって事も解る。けど、無意識下の暗示でここには近寄れない
ようにしてあるんだ。精神的なトリックとでも言おうかな」
理解できていない様である委員長が
沙里「ねぇ。そんなことできるの?」
昴「構造物の形や、周囲の風景などを細かくいじっていけば出来ない事も無いかもしれないが、少なくとも
俺は知らないな」
優希「私もそんな話は知らないですね~。入り口が見えないようにするとかなら解りますけど・・・」
彩華津「信じられなくても、今の状況なら信じられるだろう?ご近所付き合いもないから楽なもんだぜ」
それもそれでどうかと思うが
沙里「へぇ~。あ、そうよ。これが目的の物。」
委員長が手紙などを渡す。
彩華津「おぅ。ありがとよ。にしてもこんな物の為にわざわざ実家まで来るなんてなぁ。真似できないぜ」
沙里「引き受けた仕事は出来る限り完璧にこなすものよ」
ソレは同意見だ。俺の場合は面倒なので仕事自体を引き受けないが
その時、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
優希「!? 先輩!」
昴「あぁ。行くぞ」
二人で駆け出す。声のした方向は大まかにしかわからないが、無視できる声音ではなかった。
彩華津「ちっ、まだ体がだるいってのによ! 沙里!行くぞ!」
沙里「な、ちょっと待ってよ!待ちなさいよ!」
後ろから二人も走ってくる。屋敷の外へ出た。すると、煙が空に上がっている場所があって
そこから複数の人の悲鳴が聞こえてくる。
そこに向かい息を切らさぬ程度に疾走する。視界が開ける。とそこは公園で
昴「なんだ、アレは」
そこには口を真っ赤に濡らした、獣と言う言葉さえ生ぬるい、牡牛程の四足獣がいた。
グルルルル
その付近には真っ赤なペンキを被ったような人間が4人ほど倒れている。
咄嗟に腰に下げてあった袋から得物を引き抜く。
短刀。脇差よりも長く、打ち刀より短い中間の日本刀。化け物と呼ぶべきソレはこちらを見て
ガゥッ
走ってくる。いや、歩幅が大きすぎてソレは飛んでいると言うのに近い。
昴「っ!」
咄嗟にソレが跳ねた瞬間、体制を低くし、その下を潜り抜け、抜けざまに
ザッッ ガルルァア!
相手の後ろ足を切る。手ごたえは、硬すぎた。
昴「なんだと?」
接近戦闘において最強とされる日本刀。しかも一世紀の時を超えた業物が一撃で刃をこぼした。
斬鉄の心得をもって振ったソレがこぼれたという事実は
昴「骨の強度が鉄以上、ということか」
まずい。相手は既にこちらに飛び掛ってくる体制だ。さっきの様な闇雲な突進ではない。
こちらが武器を構えた事を認めた戦闘態勢。背中にある長刀ならばあるいは斬れるかも知れないが
抜く暇が無い。この敵はこちらが背に手を伸ばす瞬間に俺の体を八つ裂きにするだろう。
骨が鉄以上ならば、その爪や牙も同等以上。いかに守りに適する短刀と言えど防げるものではない。
来る。 グガァアア! とっさに横に跳ぶ。 そして
パン! パンパン!
後方から乾いた音が響く。音の発生源は後ろで久遠妹の構えるリボルバーだ。
しかし、
優希「うそ・・・。マグナム弾三発確実に急所を狙ったはずなのに」
ソレはびくともしなかった。それどころか標的を久遠妹に変えたようで
昴「ちっ」
視線をそらされた瞬間、背中の長刀を引き抜き、抜刀の勢いをそのままに背中に切りかかる。
ガィィイイン くそ。刀が歪んだ。
しかしこの程度では注意をそらす事はできず、そのまま久遠妹に襲い掛かる。
対する久遠妹は
優希「この!この、この、この」
パン!パンパン! ガチッ
六発打ち終えて空しい音が響く。依然として獣の勢いは止まらず
彩華津「おらぁあぁぁぁああああああ!!!!」
久遠妹の前に遅れていた彩華津がたどり着き、獣の突進の軌道を脇腹付近に蹴りを放ち、
無理やり曲げる。
ドドォォ
倒れるまでは行かないものの、確かに体制を崩した。
俺は歪んだ長刀を捨て、短刀を腰に構え、一直線に突く。
久遠妹は背中に下げてあったウィンチェスターをダダン!と連射
彩華津はスタンガンでも持っているのか淡い電流を帯びた拳で殴り飛ばす。
ズガアアァア!! 完全な連激。どれも急所を狙ったものだ。
俺は脊髄を突いたし、久遠妹は頭を撃った。彩華は脇の下辺りを殴る。
グルルガアアァアア!!
しかし、俺の短刀は砕け、久遠妹の弾丸はさした効力も見せず、
なぜか彩華の拳だけは届き、奴を吹き飛ばした。
ズズゥゥン
地響きがなる。しかし致命傷には至っていないようですぐに起き上がってくる。
咄嗟に問う。
昴「彩華!なになら通じる!」
彩華津「お前や優希の武器じゃ無理だ!」
言うが早いか、目標に駆け出す彩華津。
どういうことだ。電撃しか効かない?そんなはずはないだろう。最初に放たれた彩華の蹴りは
電流を帯びていなかった。かといって日本刀を砕く強靭な肉体に素手が通じるはずもない。
優希「彩華先輩はどうやって攻撃を通してるんでしょうか?」
昴「恐らく亜千維法なのだろうが、原理が理解できないな」
彩華津
昴を追いかけて公園に出ると、そこには学校で襲われ、俺が屋上から落としたあの化物がいた。
周りには人が倒れ、昴と優希が戦っている。
しかし、通じるはずもない。そうだ、アレは魔物の類。それもそれなりに強い部類だ。
思えばアレに物理的ダメージは通りにくい。それなのに俺は屋上からアレを落としただけで
倒した気になっていた。化け物の話も聞かなかったから忘れていたが、
アレの足ならば隣町くらい簡単に行けてしまうのだろう。
優希にアレが襲い掛かる。電撃を練る暇もない。微かな魔力を足に通して、
彩華津「おらぁあぁぁぁああああああ!!!!」
跳び蹴りを食らわす。なんとかよろめかす程度はできたようだ。
その後、連激を食らわしていくもやはり通らない。
なんとか隙を見て電流を溜めて殴ると、吹き飛ばせた。やはり、魔法攻撃ならば通るらしい。
しかし外傷らしいものは見えない。俺じゃぁまだ力不足なのか。
昴「彩華!なになら通じる!」
昴に聞かれる。が、咄嗟に答えられるものではない。こんな状況で魔法について教えることなんて
出来やしない。とりあえず
彩華津「お前や優希の武器じゃ無理だ!」
と返し、疾走する。なんとかアレを仕留めないと、このままじゃ大騒ぎどころではない。
はっと思いつく。夜空ならば簡単に倒してくれる。
彩華津「優希!夜空に連絡を!化物がいると伝えてくれ!」
走りながらだから声が届いたか心配になったが、
優希「わ、わかりました!」
返事が返ってきたので一安心。とにかくコレで時間稼ぎだけしてれば大丈夫だ。
一瞬体に取り込まれた水晶の剣を思い出すが、
彩華津「駄目だ。また制御の利かない力を使って人を焼いちまったらどうするんだ」
微かな恐れを抱く。あぁ、俺は本当に身内を傷つけるのが怖いんだ。
それに普通に暮らすなんていいながら、コレのどこが普通だ。
結局、どれもが中途半端。身内を傷つけたくないと言いながら夜空に連絡を
頼むなんてどういうことだ。全力を出す前から助けを求めていたんじゃ戦いを放棄しているのと
同じじゃないか。そうだ。全力を出せばいい。あの時からどれだけの時間がたった。
俺も成長してるんだ。きっと、もうあんなことにはならない。
彩華津「だ、駄目だ。不確定要素が多すぎる」
俺は、本気を出して、自分が抑えられなくなるのが怖い。今度は昴や優希、沙里を燃やしてしまう
かもしれない。 そう思ったら、途端に腕が震えだす。 敵はもう目の前に
彩華津「ぁぁあああああ!」
無理やり大声をだして震えを止める。ただ力ずくに電流を溜めて
バチリイリイイィィイイィ!!
雷撃と呼べる程ではないが、確かな電撃。
グゴォォォ!
直撃。確かな手ごたえだ。奴の片目は沸騰して潰れた。しかし
飛び掛ってくる。あぁ、そうだ。こんな巨体の二つ目の一つを潰したところで、なんになるっていうんだ。
昴「彩華津!」
優希「先輩!」
沙里「彩華!?」
その爪で、胸を抉られる。死にたくない。
腕が千切れる。死にたくない。
傷口は熱いなんてものじゃない。死にたくない。
今までいつ死んだっていいと、思ってたのに。死にたくない。
「敵のいない世界で普通に生きろ」じゃぁ敵がいたらどうすればいい。死にたくない。
ああ、そうか。家にとって、亜千維にとっての普通って
彩華津「戦う事じゃないか」
そう。コレは問題だった。親の迷いの言葉だった。日常をとるか、亜千維として生きるか。
敵のいない世界で普通に生きる。 それはつまり
彩華津「敵なんかいない程に強い亜千維の力で、普通に生きろ。戦っていけってことか」
この言葉に対する答えは二つだった。どちらを取るか。ここまで来たんだ。もう、いいじゃないか。
親の言葉による呪縛は解けた。でも全力を出すのが怖いのはまだある。
足が切り裂かれる。血が抜けて、頭が冴えてくる。
その時
霊花「兄さん!」
なんで、霊花の声が・・・。 巨体は霊花に向き直り、飛び掛っていく。
怖いなんて言ってられない。このままじゃ霊花が、でも本気をだしたら霊花まで死んでしまうかもしれない。
俺は、俺はどうすれば
夜空「お兄さん!戦って!僕が抑えて見せるから!」
夜空の声。あぁそうか、お見通しなんだな。後輩に恥ずかしい事を知られている。
大丈夫だ。ブレーカーを外しても、ヒューズがあるなら
もう、恐怖はない
開いた胸。取れかけた左腕。ずたずたな左足。潰れた右目。
視界は赤い。視界は黒い。もはや痛みは無く、恐怖も無い。
そこには恐れはもうない。全てを戦うことだけに費やす。
アレがここに在ることが許せない。アレを俺は無くしたい。
俺は、紋様を呼び出す。簡単だ。コレを中に封印している鎖を外せばいいだけのこと。
それと一緒に、深い、深いところの鎖を緩めてやればいいだけのこと。
ズズズズズズズッ 体中から中を食い破って黒い奇怪な紋様が浮かび上がる。
しかし、痛みに慣れすぎた体は簡単に受諾する。恐怖無き精神はソレを簡単に許容する。
具現はできない。まだ、本気を出しても俺の力じゃ足りない。だから、せめて片鱗を。
その水晶の宝剣の力の片鱗だけでも、全力で具現する。紋様は徐々に体から離れ、空中に浮かぶ。
夜空「な、それは」
あぁ、これが今の俺の限界。全体の紋様のうちのほんの5割も引き出せない。けれど十分。
グ・・・グゥ
獣は怯えている。脳裏にとてつもない過去の記憶が微かに浮かぶ。微か過ぎてよくわからないけれど
彩華津「俺は昔も今も、ただ在るものを無くしてきた」
恐怖にとらわれた獲物は恐怖を隠す為に飛び掛ってくる。避ける。
昴「な、」
ほんの一足。ほんの気軽さで紋様の一つを使って空間を切る。いや、門を作る。出口は獲物の真後ろ。
周りには瞬間移動したようにしか見えないだろう。だがそんなことは関係ない。
今はコレを、在る物を無くさないといけない。紋様を右の人差し指にのせて、獲物の背中をなぞる。
ズバッッ ブッシュウゥゥゥ
優希「ぇ?」
まるで紙を切ったかのように、簡単に。背中が割れて、血が噴出す。そのまま流れるように四肢を消す。
紋様の力の余波が通った地面は消滅する。いや、正確には消滅ではない。ただ空間を 繋げる門の
生成に伴い、そこに在った物が原子レベルにまで分解されただけ。それはまるで原子の海。
目に見えない小さな粒子は集い、見えるように集まって、波の様になっていく。それは綺麗な波紋の様に。
ソレは獲物も同じ。なぞられた所はキレイに砂の様に消えていく。驚愕に開かれるその目に門を作り
目を消しとばす。体の8割を失った獲物は、そのまま倒れ、血も流すことなく、断末魔を放つことも無く
ただただ、動かなくなった。別になんでもない。ただ、在ったものが無くなっただけ。それは当たり前のこと。
霊花「ぇ、え?」
物にして10秒も無かった。獲物を狩りに来たその獣は、獲物に成り果て、消え去った。
残った二割ほどの肉体も朽ち果てる。だがまずい。少し、鎖を緩めすぎた。
体の傷は一瞬で治る。胸は閉じ、左腕はくっついて、足も治って、右目も治る。
夜空「そんな、一体なにが」
体に這う紋様は既に水晶の宝剣の物ではない。紋様とさえ呼べない闇。
「現時間内における部位時間逆行」
それが俺自身の魔法。爺さん曰く、俺の属性は「時」というものらしい。
ソレは各部位における記憶を辿り、時間を逆行させ、失った目も、腕も、足も、時間を戻して治せてしまう力。
しかし、俺の属性は「起源」に近すぎて使うと俺の中の最深部、俺の原点と呼べる物を縛る鎖が少し
緩んでしまうらしい。ソレが解けたら、俺は俺でなくなってしまう。起源に支配されないように、
通常は自身の属性の魔法を習うのに、亜千維の血族全般に相性のいい「電撃」の魔法を教わった。
まずい。起源は強すぎる。起源の上に俺は在る。故に起源が動いたら俺なんて容易く崩れさってしまう。
もう目も見えない。夜空もさすがに戸惑っているだろう。なにしろ、「輪廻転生」の概念を持つ世界は
とても少なく、しかもソレをもつ世界に限って他世界との交流がない。なにしろ蓋が閉まっていなければ
「輪廻転生」が成り立たなくなってしまうからだ。「輪廻転生」の概念がある世界は、世界創造と同時に
そこにある魂と呼べる物の総数が決まっていて、それぞれが転生しあい、時を進んでいく。
器は進化と共に形を変えるが、魂は変わらない。転生するごとに記憶は抹消されるが、時折記憶が
残ることがある。そして、世界創造時の魂の最初の形、器を「起源」という。それはいかに転生を繰り返そうと
絶対に消えることがない。俺の「時」の属性を持って生まれた亜千維の血族は数千年の中で十人といなかったそうだ。
そして、その誰もが起源に支配され、同じ亜千維に滅ぼされた。時の属性を持つからといって起源が同じとは
限らない。だから俺の起源が何かはわからないけれど、起源を支配できる程の力は俺にはまだない。
もしここで鎖が解けたら、俺は間違いなく消える。せっかく、覚悟が出来てきたって言うのに
それはあんまりじゃないか。結局は、頼るしかない。
彩華津「無切 現象断絶」
もはや肉体の感覚はない。だから、ただ世切の中に引き込まれる。そこはいつかの真っ白い世界。
そして黒い圧倒的な存在。
???「遅かったな。お前が答えを出した時に、呼ばれれば助けてやろうと思っていたのだが」
ふっははは なぜか笑われた。
???「ふふふ、まさか起源を紐解くとはな。ここまでは予想していなかった。しかも起源に身を任せながらも
自我を保っていられるとは、コレはまた驚いた」
彩華津「いつまで笑ってやがる。俺はもう疲れてるんだ。力を貸すのか、貸さないのか」
???「貸すも何も。お前が答えを出すことが条件だったのだ。もはや「世切」はお前の意のままだ。」
彩華津「お前は俺を認めてくれないのか」
???「いや、俺はお前の物にはならない。誰かの下につくのは性にあわないからな。」
だったら、
彩華津「だったら、俺の横にいてくれ。それくらいならいいだろ?」
ふふふ ったくいつまで笑ってやがるんだこいつは
???「いいだろう。気に入った。俺は101始星のOuterHandoletto自由者ディストラクショナーだ。」
彩華津「霧生、いや亜千維彩華津だ。よろしくな、あ~長いからディストな」
ディスト「人の名前を最初から端折るとはいい度胸だ。まぁ時間もない。とっとと起源を宥めるとしよう。」
彩華津「どうすればいいんだ?」
ディスト「鎖を引き絞ればいい・・・んだがお前じゃまだ手綱は握れまい。お前の起源は相当強いからな。
開門鍵でお前の中に門を開いて、お前の更に奥の階層に閉じ込めれば制御も大分楽になるはずだ」
彩華津「起源があるのが最下層じゃないのか?」
ディスト「基本はそうだが、お前の器は広い。一つくらい階層を増やしても問題あるまい」
なんかとんでも無いことを言われた。
彩華津「な!お前そんなこと」
ディスト「失敗したら廃人だが、俺は仮にも賢者って呼ばれてたんだ。大丈夫だ。おとなしく寝ておけ
体の制御を少し借りるぞ。自分の体を切るのは不快だろうからな。俺がやってやる」
ちょ、ま 意識が閉ざされる。 あぁ、「自由者」とは言ったものだ。俺の夢があんなのなのか・・・・
半ば無理やり、意識は閉ざされた。