FrontPage/Midium of Crime 第四章

Last-modified: 2010-05-16 (日) 00:19:09

 [彩華津]

そこは楽園だった。

空気は澄み渡り、遥か彼方の地平の先まで見通せた。
色とりどりの草花が咲き誇り、星が瞬き、流れ、
月は三つ、太陽は一つ。 天空には常に虹と七色のカーテンがかかっていた。
道端にある石が成長し、大地は姿を変え、木々も天高く摩天楼の如くあった。
そこに在る物は全てに意思がある。他の世界と隔絶され、創世に最も近かった世界として
魔法の力が満ちていた。
そこは密室。されども誰もそれを不自由だとは思わなかったし、むしろ満足していた。
密室といえど綻びはある。出ようとすれば出られないことはない。
この楽園は決して狭くはなかった。少なめに見積もっても地球の数倍はあるだろう。
なぜならその楽園には宇宙がない。宇宙があった余白の部分まで完全に埋まっている。
それにその楽園に住んでいるのは2億人いるかどうかの少人数。
その楽園に生まれ育った者たちは生まれながらに才能に恵まれ、
「空を飛ぶなど、鳥の所業を犯す無粋なこと」
その楽園の住人は天空を歩いていた。
「水に潜るなら泳ぐことなかれ。魚の所業を犯すは無粋なこと」
彼らはそう口ずさみ水の中を舞った。

そんな世界がかつてはあった。

そこは一つの世界が一つの国として成り立っている。
国と言っても形式上。 概要は強いものに従うという理念だけ。
法律も何もない。 生きようが殺そうが死のうが勝手。
なぜなら、そこには全てがあって、けれども人はそれに満足できない。
法律で縛ろうものならすぐにそこの人間は鬱病にでもなってしまうに違いなかった。
好きなことをして、好きなように在った。
誰もそこを出ようとはしなかった。当たり前だ。
こんな誰もが望む楽園に生まれ、ここに育ったのだ。ここで満足できないのに、他の世界に満足できるはずがない。
けれども、楽園以外の辺境世界に快楽を見出した者たちもいた。
楽園には全てがある。そして、全てが自在に姿を変える。
子供のままでいようとすればいつまでも子供のまま
そこでは全てが自在。  楽園の住民は個々の力の差で区別される。
そこの住民は原則として不老不死。楽園から出れば不死ではいられないが不老では在れる。
全ての快楽の備わる楽園の住民が強力な力を磨くのはただ人の上に立ちたいということだけ。
だが、天才の中にも天才はいた。
俗に101始星と呼ばれる彼らは、楽園の中でも最上位の力を持っていた。
いや、天才の中の天才も居るにはいたが、大体は天才の中の努力家だ。
楽園の住民は不満を抱き始めた。 自分を磨いていけば人の上に立てていた彼らは
そこで初めて抜けない存在を見てしまったのだから。
彼らは楽園から去った。行く先は辺境の世界。
不老であり、周辺の世界から見れば神に等しい力を持った彼らは様々な世界で神位に着き
全てを収め、優越感を埋めた。
楽園の住民たちは唯一絶対の神を己としたかったのだ。
全てをもって生まれた彼らには目的がそれしか残っていなかった。
だが彼らの愉悦もそこで終わる。
101始星の者たちはそれを良しとしなかったのだ。
彼らは全員が一人ひとりが世界を壊せる程の力を持つ。
本人たちもそれがわかっている為にそれまでは大きく動かなかった。
けれども、楽園の住民たちの横暴は時増すごとにひどくなっていった。
101始星は個々に動き出し、横暴を振るう住民を殺して周った。
辺境の世界を乱す悪を止める
彼らは善を掲げ、住民を、同胞を殺した。
辺境の世界からは多数の使者が訪れ彼らに感謝する。
それを見た、それまでは外に出なかった他の楽園の住民たちは快く思わなかった。
なぜならその楽園に輪廻はない。
一が全であり存在の全て。
一が失われればそれは完全に失われる。
始星達に殺された数千万の住民は未来永劫失われたのだ。
同胞を殺した同胞を恨み、それに歓喜する周辺世界の部族を恨んだ。
彼らは、101始星に刃向かった。

光景が色あせていく。
ここまで来てようやく解った。コレは夢ではないのだと。
きっとコレは過去の記憶。
遠い昔の楽園の記憶
どうしてコレを見れているのかは解らない。
人は夢の中では深く物事を考えられない。
ただ解るのは、ただ感じるのは

          その光景が、たまらなく不快だったことだけ

さぁ。目を開けよう。   自分の世界に戻るんだ

12月28日  [霊花]

ふと目が覚めた。見慣れた天井が目に入る。
カーテンの隙間からは日光が漏れ、早く起きろと急かして来る。
いつもならそんなものは無視して二度寝三度寝に入るのだが、
なぜか、もう十分寝た気がして、頭が冴えて来る。
霊花「・・・。今日って学校よね?」
時計を手に取りながら近くにいるであろう同居人に声を飛ばす。
霊花「え?ちょっと、なによこれ」
時計の針が指すのは午前9時。遅刻なんてものじゃない
霊花「ちょっと夜空!?」
叫びながら見渡すも
霊花「あれ?」
そこには誰も居なかった。
よくよく思い出してみると昨日病院にいったっきりその後の記憶がない。
さすがに寝すぎだと思う
夜空が運んでくれたのだろうか。後で礼を言わないと
霊花「それにしても夜空、どこにいったのよ」
寝起きが一人だと妙に寂しい。
部屋の様子から見て風呂に行ったわけでもなさそうだが
突然
足音が聞こえてきた。
さっきまでずっと自分の声以外聞こえなかったからだろうか、妙に神経がとがっている。
部屋の隅に置いてある木刀を手に取る。
どうせ帰ってきた夜空だ。夜空だったら笑って止めてしまう。
それ以外の誰かだったら
霊花「ためらいはいらない。直感を信じろ」
兄の言葉だ。その通りに木刀を腰にためて突きの姿勢をとる。
部屋の前で足音が止まる。不自然だ。何が不自然かって?
霊花「普通、こんな所で足音を立てずに歩いてるのが不自然なのよ!」
私が聞いているのは布擦れの音、空気の音。呼吸の音。 それらは全て存在を語る足音
扉が開いた
その数cmの隙間に渾身の突きを放つ

ボッ 


夜空「うぉわ!!」
力が抜けた。全快に抜けた。
霊花「なんだ。やっぱり夜空だったのねってどこ行ってたのよ!」
夜空はぽかーんと口を開けていて木刀を手に持っている。あんなほうけた顔で渾身の攻撃を
取られていたのでは釈然としない。
夜空「な、なにするんだよ!?いきなり!?もう一体なんなのさ!君達兄弟は殺し屋か何かなの!?」
怒鳴られた
霊花「い、いえ、その、悪かったわ。なんか知らない人みたいな空気があって・・・」
夜空「そんな曖昧な感覚で木刀突きつけられたらたまんないよ!
    もし寮母さんとかだったらどうしたつもりなのさ」
それはそうだ。だけど
霊花「寮母さんは気配を殺して部屋に来たりしないわ。夜空こそどうしてそんなひっそりと来たのよ。
    耳に響いたわ」
夜空「どうしてひっそりとしてるのが耳に響くんだよ。どこの戦士だよ!
    寝てると思って面白半分にやってたのに当たっちゃうなんて・・・」
夜空は打って変わって真剣な口調で言葉を濁す
霊花「よ、夜空?」
鋭い感覚。私の知らない夜空の空気
夜空「霊花?最近なにか変なもの拾わなかった?」
ずっこけた
霊花「な、なによ変なものって・・・。ガラクタの収集癖なんてないわよ?」
夜空「武器とか拾わなかった?」
今度は武器と来た。何を読んだのだろう
霊花「夜空?私は何も拾ってないわよ?何の漫画読んだのか知らないけど、現実との区別はつけなさい?
    武器なんてそこらへんにおちてないわ」
夜空が落ちてたら拾っちゃうんだなぁなんてことを口ずさむ
夜空「まぁ何も拾ってないなら、やっぱり才能の問題なのかなぁ。
    いっか。後で調べれば。それと霊花おはよ~」
霊花「遅いわ!?なんで今更!? まぁ おはよう夜空」
夜空「それでも律儀に返してくれる霊花が好きだ。愛してるよ」
霊花「なんか告白されたわ!?なんかもう朝から疲れた・・・。
    それはそうとどこ行ってたのよ。起きたらいないんだもの」
夜空「お兄さんのところにね~。不自由がないか聞いてきたんだよ」
霊花「そうだったの。でもだったら私も行ったのに」
夜空「寝てたじゃない。完全に。何をしても起きないくらいに」
何をされたのかしら・・・すごく気になるわ
霊花「まぁ、いいわ。よくないけどいいわ。それはそうと今日は学校ないの?」
夜空「休校になったらしいよ~。昨日郵便受けに手紙と宿題が入ってたからね」
それはよかった。少なくとも遅刻ではないということだ
霊花「そう。ならよかったわ~。あ~じゃぁ早く起きすぎたわね。それじゃ、おやすみ夜空」
夜空「ちょ、ちょっと待ってよ!まだ寝るの!?どんだけ寝る気なのさ!」
霊花「晩御飯までかしらね」
夜空「・・・休校中毎日晩御飯まで寝る気なの?」
霊花「幸せで充実した毎日だと思うわ。」
夜空「・・・体育館借りて来ようか。たまには本気で組み手するのもいいかもね」
霊花「! ま、待って?ね?落ち着きましょう夜空。あ、私も兄さんのお見舞いに行かなきゃ!」
夜空は怖い。数ヶ月前に告白してきた三年の空手部の部長を「崩拳」とやらで数m吹き飛ばしたのは
とても有名な話だ。そんな彼女と組み手だなんて自殺にも程がある
ふぅ と夜空
夜空「まぁ、収穫はあったしいっか。とりあえず食堂に行こうよ~
    お腹へっちゃった」
霊花「何も食べないで行ったの?私に隠してなにかしてたんでしょう?」
ビクッ
わかりやすい反応
もし普通に見舞いにいくのなら夜空は私を絶対に起こす。
学校の時も初詣の時も、お祭りのときも、どこかに出かけるときはいつも私の睡眠を壊してしまう。
そんな夜空が私を置いていったのは
夜空「な、何を言ってるんだよ。ただお兄さんの寝起きは大丈夫かな~って
    ほら、男の人の朝は色々大変で・・・」
ふぅ と今度は霊花
霊花「ま、いいわ。そのうち気が向いたら話して頂戴。そう簡単な話でもないのでしょう?」
なんとなく、そんな気がした
きっと、とても危険な話なのだと
夜空「あはは。助かるよ。きっと、そう遠くない未来に話すと思う。」
笑っているのに暗い表情
霊花「なら問題ないわね。それと私の事運んでくれてありがとう^ 夜空」
お互いにそれを隠すための会話
夜空「どういたしまして。それともう一つ聞きたいんだけど、いい?」
霊花「なに?改まって」
夜空「不快にさせたらごめんね」
真面目な顔つきになって彼女は言った
夜空「もし、大切な人が目の前から姿を消したら、霊花はどうする?」
答えの決まっている、なによりも簡単な問いを彼女は言った。
私は答える、かつても口にした答えを
霊花「その人を追いかけて、納得のいく理由を聞いて、その後にどうするかを決めるわ」
ふと思いだす。昔の記憶を
それと同時に、自分の予感が当たっていたことも知った。
あまりの即答に夜空は驚いたみたいだ
夜空「そ、そっか。これ、前に誰かに聞かれたことあったの?すごい答えが速かったけど」
霊花「何年も前に。親にね」
ぁ、と夜空
夜空「! そっか。ご、ごめんね。知らなくて・・・。でも!他意はないからね?誰も!誰も」
彼女は口を濁した。それだけで十分
霊花「いいわ。断言できないでしょう?しかたないわ。だけど、コレだけは約束して」
彼女は嘘を簡単にはつけない。それだけで十分
真剣に断言した
霊花「危ないときに、私を仲間はずれにしないで。ちゃんと、話をして?
    私は全力で、助けるから」
夜空「え?」
戸惑いの表情
霊花「夜空はまっすぐな人だから、嘘は簡単にはつけない。そして私は嘘が嫌い。
    私は嘘はつかないわ。だから、私を除け者にしないで。これだけは約束して。
    してくれないなら、事情はわからないけれど、あなた達を止めるわ。」
そう。もう失わないと決めたのだから
夜空「約束するよ。そんな日が来ないことを願ってるけど、もし来ちゃったら全てを話すよ」
彼女は答えてくれた。もう満足
霊花「うん。それじゃあ食堂に行って、総合運動場でもいきましょうか」
そう言いながら私は着替えはじめる。運動場にいくならジャージで行こう。
向こうで胴着は借りるけど
夜空「え?ちょっとまってよ。話がいきなり曲がったよね。お兄さんのお見舞いにいくんじゃないの?
    それに体育館は行かないってさっき」
霊花「なんだか、少しでも鍛えておきたくなっちゃって。不安な時はとりあえず動いておくものよ。
    それに夜空はさっき行ってきたんでしょう?なら夕方でいいわ」
夜空も着替え始める
霊花「とことん打ちのめしてね。夜空先生?」
夜空「じゃあ、手加減はなしでいいんだね?でもだったらなんでさっきは断ったのさ~
    結構本気だったのに」
霊花「話をして気が変わったのよ。それに体育館じゃ痛いじゃない?」
やわらかい地面では踏み込みや体重移動が硬い地面とは違う。
だから本気をだしても怪我は少ない。
夜空「それじゃあ朝食は少し軽めにしようか?」
霊花「そうね。そうしましょう。」
夜空は形意拳、五行十二形全てを自在とする達人
それに対して私は我流も同然の亜千維法
勝負になんてならないけれど、打たれなければ我流は育たない
決して無駄にはならないはず
歩みは重い。けれど、少しでも動けるようにしないと、少しでも自分をいじめないと
この予感は振り切れない。