概要
偏旁冠脚すなわち漢字の各パーツの配置を入れ替えても同じ関係になる漢字のこと。異体字?の一種で、同字異構、異構字などの別称がある。
動用字という言葉が文献で初めて確認できるのは、江戸時代中期の漢学者である仲道斎(田中道斎)が著した漢字の形音義に関する入門書『道斎随筆』(1755ごろ)とされている。
(※以下に掲載する漢字には、端末によって表示されないものもあります。)
実例
配置の変化の仕方についてはいくつかの種類が存在する。それぞれのパターンに分けて主な例をあげる。なお、動用字には配置を変化させるとともに一部の形状も変化するものがある。
左右交換
秋 ─ 秌 シュ・シュウ あき・とき(𤇫"⿱禾火"もある)
隣 ─ 鄰 リン とな-る・となり
蘇 ─ 蘓 ス・ソ よみがえ-る
※「上下交換」例は確認できず。
偏冠配置
松 ─ 枩 シュ・ショウ まつ
峰 ─ 峯 フ・ホウ・ブ みね
略 ─ 畧 ラク・リャク ほぼ・おか-す・おさ-める・はかりごと・はか-る・はぶ-く
偏脚配置
島 ─ 嶋 トウ しま (㠀や嶌もある)
海 ─ 𣴴"⿱每水" カイ・ハイ・ハ・ア あま・うみ・わた
鑑 ─ 鑒 ケン・カン かんが-みる・かがみ
その他
讐 ─ 讎 ジュ・ズ・シュウ あだ・むく-いる
呪 ─ 咒 シュ・シュウ・ジュ のろ-う まじな-う
野 ─ 㙒 ヤ の
「我+鳥」は、上下左右いずれの配置も存在する非常に珍しい動用字となっている。前述した『道斎随筆』にも、触れられている。
鵝 ─ 鵞 ─ 䳘 ─ 䳗 ガ がちょう
動用字ではないもの
動用字はその定義上、"等価の異体字関係"すなわち同じ漢字扱いのものを指す。そのため、パーツの配置が異なっているのと同時に意味が異なっているものは全くの別字と扱われ、動用字とみなされない。以下は、主な例。
細 サイ・セイ ほそ-い・ほそ-る・こま-か・こま-かい
累 ルイ かさ-ねる・かさ-なる・しき-りに・わずら-わす
招 ショウ まね-く
拐 ゲ・カイ かた-る・かどわ-かす
犬 ケン いぬ
太 タイ・タ・ダ ふと-い・ふと-る・はなは-だ・いた-く
棗 ソウ なつめ
棘 コク・キョク いばら・とげ・ほこ・おどろ
晏 アン・エン おそ-い
宴 エン うたげ・やす・たの-しむ
杏 ギョウ・コウ・アン・キョウ りょう・からもも・あんず
呆 ホ・ガイ・ホウ・ボウ・タイ ほけ-る・ぼ-ける・あき-れる・おろ-か
㕲 カツ・ゲチ・ヨウ
𪱳 むく (⿰木口)
束 ソク・ショク たば・たば-ねる・つか・つか-ねる
田 デン・テン た・か-り・か-る
曱 コウ・オウ (この字のみ部首は「曰」。曱甴でゴキブリの意味を持つ熟語)
甲 キョウ・コウ・カン かぶと・きのえ・つめ・よろい
申 シン さる・ま-す・まお-す・もう-す
由 ユ・ユウ・ユイ よし・よ-る
甴 エチ・ユ・アツ・サツ・ユウ (由の異体字である場合もある)
かつては動用字だったもの、他
元は同字起源だったが、後世に使い分けがなされて別字扱いになった例もある(参考)。
裏 ─ 裡
ともに「里」と「衣」のパーツからなる動用字であるが、裡が「秘密裡(り)」や「心の裡(うち)」といった用途や人名用漢字への採用もあり、裏と入れ換えることは難しくなっている。
脇 ─ 脅
最古の漢字字典『説文解字』には脅に「わき」の意味が当てられている。この字と同音の「怯(おびえる)」「劫(おびやかす)」などに通用して「おどす」の意味を持つようになり、脅がその意味を引き受けるようになったのではないかと考えられている。
ちなみに、動用字であったかすら現在も不明な例がある(参考)。
忘 ─ 忙
どちらも「心を亡くす」ということから自己啓発の定番字謎?としてもお馴染みの「わすれる」「いそがしい」両人。心(忙は立心偏)と亡、そして「ボウ」の音で共通することから動用字であるように見えるが、確証が得られていない。忙は『説文解字』に掲載されておらず、そもそもこの字形がいつごろ登場したのかはわかっていないという。忙はもともと「間の抜けた様子」を表し、唐・宋時代になってから字書に「いそがしい」の意味がみられるようになったようである。
応用
意味は違うもののパーツは同じ、という前述にあった特性を利用してエセ動用字を見出すことができる。
東と果。「木」の軸に突き刺さる「曰」の字の位置が異なる。
四と兄。「儿(ひとあし)」が「口」の中にあるか、外にあるかの違い。
罠と眠。「罒(あみめ)」が90度傾いて「目」になる。このような例は区・凶・(冈:岡の異体字)にも言える。
司と后。タレ部分が左右反転したような形状となっている。実際に、この二字は左右反転された字ではないかとする説もあるが否定的となっている。反転の例では干と士、共と并(並の異体字)もある。
里と靑(青)。ほとんど、合体漢字?の要領である。
備考
- 「ピンポン」の語でしられる乒と乓も、点の位置からするとエセ動用字に見える。「乒乓」などのように、互いに画数が欠けている漢字同士で熟語になっているものは、欠画連綿字?と呼ばれている。
参考・引用
沖森卓也、笹原宏之監修『日本語ライブラリー 漢字』
笹原宏之、横山詔一、エリク・ロング『現代日本の異体字』




