「…………」
ごくりと息を呑む初音の視線はただ一点に、ハーベストに注がれている。
ハベ子の人生相談教室と名を打つそれが始まってから凡そ数分、現場は緊張に包まれていた。
とはいえ重圧なものではなく、初音の腕の中ではマウがもぞもぞと眠りこけている。
何よりハーベスト自身がそんな雰囲気を嫌っているのか、第一声はハーベストのものだった。
<まずさぁ☆初音チャンは自分がなんで落ち込んでるか知ってんの?☆>
明るい調子は崩さずに、飄々とした口調で語りかけるハーベスト。
打ち破られる静寂にマウはピクリと体を起こし、初音はそんなマウの頭をそっと撫でる。
マウの瞳に映る初音の表情は――あまりにも暗い。
「私は……強くなりたい」
ぼそりと溢れた言葉には、拭えきれない震えが伴われている。
抑えようと必死に歯を噛み合わせるが、それでも嫌というほどに自分が震えているのが分かってしまう。
初音の気持ちを察してかジッと見つめるマウを少しだけ強めに抱きしめて、激情をハーベストへ撒き散らした。
「私は!…皆のような強さもないし、心も強くないっ!!
……もう、足手纏いになりたく、…ない…、……誰かの役に立ちたいんですっ!!」
先程よりも震えを強め頬に涙を伝わせる初音の姿は、マウから見ても悲痛なものだった。
そしてこの激昂はハーベストに向けられたものではない――他でもない自分自身へ向けられたもの。
ゲーム開始からずっと共にしてきた高天原いずもは、まるで自分とは相反するような近くとも遠い存在だ。
能力的な強さもそうだが、何よりいずもの強さはその精神力。彼女の強さに何度助けられたかわからない。
しかし初音は文字通り一般人だ、Levelも低ければ足も動かず、精神も強いとは言えない。
そんな自分が誰の役に立つこともできずのうのうと生きていることが、何よりも許せなかった。
強くありたいと、弱い自分を克服したいと、数え切れない程思った理想は叶えられない。
言葉をもたないが故に、震える初音にマウが出来るのは溢れる涙を舐めてやることだけだ。
ハーベストも元の原型を留めていたのならば、その肩を叩き慰めの言葉でもかけていただろう。
――だが、それはあくまで原型を留めていたらの話だ。
<――バァァア~ッカ☆>
呆気にとられた表情を見せるマウ、そして初音。
それも当然だろう、初音の決死の思いを語った叫びを”バカ”の一言で済ましてしまったのだから。
シャー!と威嚇するように鳴き声を上げるマウを無視して、ハーベストはぴょこんと初音の元へ近寄る。
ハッと意識を戻したのか、初音の表情は複雑なものだった。
<足手纏いとか役に立ちたいとかさぁ☆何かと思えばそんな下らねェ~事かよ☆>
「な……く、くだらなくなんかありませんっ!!」
<い~やいや初音チャン、ハベ子さんから言わせてもらうとメッチャ下らないゾ☆
ちょっとでも心配しちゃってマジ大損こいたわハベ子ちゃん☆>
「…っ…、…貴方に何がっ!!」
怒鳴り声に近い絶叫を上げる初音は、怒りに震えていた。
下らないと言うハーベストへの怒りもそうだが、何よりハーベストに怒りを覚えている自分が憎い。
向かう先はやはり自己嫌悪。このゲームが開始してからずっと、初音の怒りは自分へと向けられていた。
もういいです、その言葉を投げて人生相談教室を終了させようとしたその時――。
<じゃあ聞くけどさ☆アンタを助けた奴ってのはアンタが役に立つと思ったから助けたわけ?☆>
唐突に、初音の体から一瞬時間が停止した。
初音の脳裏を過るのはマグニの勇姿。彼が最後に見せたあの表情を、どうすれば忘れられようか。
マグニが何故自分たちを逃がしたのか、思えばその理由を考えたことはなかった。
しかしそれでも、断言できる。彼は自分たちが役に立つからといった理由で逃がしたわけではないと。
利益や理屈の問題じゃない。
それは、その理由は――
<他にもあるゾ☆アンタのお仲間ってのも、アンタが強いからここに置いてるわけ?☆>
「……違う、…違う…!」
<自分たちの役に立つから仕方なく置いてるだけ☆それ以外はいらねェ~☆
そんなんだったら絆とか友情とか、んなもんお笑い種だっつーの☆>
「違う!!…あの人たちは、そんな人じゃ――!」
<そーいう事☆あいつらはアンタに生きて欲しいのよ☆
なにかして欲しいわけじゃないって事だわさ☆>
――生きて欲しいから、護る。
そんな簡単で、そんな明確な理由が何故思いつかなかったのか。
誰かの役に立ちたたなくちゃいけないという、呪いじみた正義感に囚われた結果盲目になっていた。
初音自身が人を助けることに理由がないのと同じで、他の皆も一々利益などは気にしていない。
考えてみれば当たり前のことだ――ふわりと、重りが外れたように体が軽くなる。
怨念の如くまとわりついていた重圧な”何か”はごっそりと、いとも容易く剥がれ落ちてしまった。
「……でも、それじゃあ私はただ生きてるだけ……」
<だーかーらー☆それでいいんだってぇのぉ☆
なんとしても生き残ったる☆…それが初音チャンに出来る最大の恩返しって事じゃねぇ?☆>
ああ、まただ――また、気付けなかった。
生きて欲しいと願う仲間へ出来ることは、”生き残る”ことだ。
強大な殺人鬼から身を挺して守るような、ゲームに乗った人たちを更生させるような大それた事じゃない。
死なない、それが無力な自分に出来る最大の”恩返し”だ。
何もできない?違う、無力な自分から逃れようと無理に何かをしようとしていただけ。
確かに自分に出来ることは積極的にやるべきだろうが、出来ないことを出来ないと悔やむ事を望む人などいない。
十数時間ものの間晴れることのなかった心は、今この瞬間だけ晴天の如く晴れ渡った気がした。
<それで、初音チャンはハベ子ちゃんのありがたぁ~い言葉を聞いてどうなん?☆>
何時も通りの、なんら変わらない風のように掴み所のないハーベスト。
ずるい――パクパクと何かを言おうとして、初音は諦める。
代わりに初音は頬を緩ませて、ハーベストを強い眼差しで見据えた。
「生きます、私は……絶対に生き延びます。
この先どんな苦難があろうとも、……生き残りますっ!」
蛍光灯の光に濡れる初音の笑顔は、今にも潰れそうな程儚い。
だがその儚さの奥底に眠る”強さ”は、埋もれることなく確かに光を灯している。
百点満点の笑顔だ。ハーベストは勝手に初音を採点しては、ぴょんぴょんと燥ぎ出す。
それでいいとか、流石ハベ子ちゃん!だとか、とにかく出てくるのは曇り色の雰囲気を弾く言葉ばかり。
裏表のないハーベストの性格に、初音は心底救われたのを今になって感じた。
「ありがとう…ハーベストさん。
貴方のおかげで……吹っ切れられたような気がします」
<礼なんて気持ち悪いからやめちくり☆ま、悩みぐらいは無料で聞いちゃるゾ☆>
「…ふふ、……面白い人ですね、ハーベストさんって」
一体何時ぶりだろうか、ここでまで素直に笑えたのは。
この笑顔を、この決意を忘れたくはない。
そんな初音の気持ちを後押しするかのように、マウが初音へと体を擦り寄せる。
小さな欠伸を零すその姿はここが殺戮ゲームの会場だということを忘れてしまう程に、穏やかなものだった。
自分よりもずっと小さなその体を持ち上げて、腕の中に転がす。
余程初音の腕が気に入ったのか、マウが眠りに就くのにそう時間はかからなかった。
「……本当の私の気持ち、見つけられたよ―――」
誰に言うわけでもない、強いて言うならば地上を見下ろす星空へ。
心機一転した初音の表情は、これまでにないほどに穏やかな微笑みを浮かべていた。
自分を苦しめていた自分自身の苦痛も、ハーベストとマウという仲間は簡単に取り除いてしまう。
それこそが仲間の強さだ。力も、知恵も、精神力とも異なる特別な強さ。
今まで知り得なかったそれを知った初音は――――強い。
【雨宮初音@学園都市】
[状態]:疲労(中) 精神疲労(大) 悲しみ 決意
[装備]:車椅子@現実 マウ@境界線(平行世界)
[道具]:基本支給品(食糧一食分消費) 魔剣血奪醒@俺能 牛糞(ハーベスト)@魔法少女
[思考・状況]
基本行動方針:生存第一
1.放送までこの場で休む。
2.自分に出来る事をして、後悔はしない。
3.ハーベストさんって一体……
4.いずもへの大きな信頼。若干依存気味。
※初音の足は「デフォルト」の状態なので、星のかけら等の回復アイテムを使用しても治りません。
※山本有香をマーダー側の存在だと認識しました。
※旧学園都市と学園都市の世界を同じだと思っています。
※魔術師について若干の知識を得ました。
※高校、境界線の世界の情報をある程度入手しました。
※首輪についてかなりの情報を入手しました。