Last-modified: 2016-04-03 (日) 19:51:41
 
 
 
 

◆◇◆◇◆

 
 
 

がらり。

 

瓦礫の山が一つ揺れる。
病院の倒壊から何分、あるいは何十分経過した頃だろうか。
それを皮切りにがらがらと煩い音を鳴らしながら、幾つもの瓦礫が退かされる。
天井が消えて、蛍光が消えて、差し込む月明かりがそれを映し出す。

 

それは、生きていた。
今にも崩れ落ちて、絶命してしまう程にか細く儚いものであったけれど。
それでも確かに、蒼色の双眸に”生”の輝きを灯して。
男は、確りと瓦礫まみれの大地に足を付けた。

 
 

「……決着を、つけようぜ……」

 
 

男は……狂っていた。
戦争の魅力に取り憑かれ、血沸き肉躍る闘争を求めて。
戦争がしたいという理由だけで生き延び、その為ならば全てを投げ捨てられる。

 

そんな狂った男は、自分の最期を悟っていた。
もう自分は長くない、それを理解しているからこそ、彼は狂気じみた笑顔を貼り付ける。

 

常人では理解しがたい戦争狂にして戦闘狂。
そんな狂った男が、自分の死を受け容れただ静かに待つだろうか?
その答えは――――断じて否!

 
 
 

「――リチャァァァドォォォオオオオ!!!」

 
 
 

ありったけの力を振り絞った絶叫に応えるように、瓦礫の山から人影が飛び出した。
全身はズタボロ、顔面は蒼白、膝はガクガクと笑っている。
このまま崩れ落ちてしまえばどんなに楽か、しかし男はそれを選ばない。
彼もまた狂っていたからだ。戦争とはまた別のものに惹かれ、この世を地獄に変えようとした。
自らの目的のためならば人が、仲間が死ぬことさえもどうとも思わないような。
むしろ己の生き甲斐が人の命を奪うという、クレイジーな男。

 
 

だからこそ、だろう。

 
 

方向性は違えど、根本が似た者同士である二人が。
こうして最期の時間を共に過ごす事を選んだのは。

 

それはまるで引力に引き寄せられたように―――不思議なお話。

 
 

 
 

「…へへ、…随分な、ザマ…じゃねぇ、か…」
「……それは、こち…らの、台詞です…」

 

互いの言葉は不明瞭。疲労も傷もとうに限界。
それでも二人は降参など選択肢には入れておらず、対峙する。
能力は使えない、この場に一台の戦車も、一匹の召喚獣も現れる事はない。
だからこそ、レナートは震える足で歩き出した。本人は走ってるつもりなのだろう。
しかし実際のそれは子供の足よりも遅く、隙だらけだ。
それでも、レナートはリチャードへと近寄り拳を振り上げる。
軍で培った格闘術や技法、そんなものは一切ない街の喧嘩でよく見るようなデタラメな拳。
そんな何の変哲もない拳を、リチャードは避けることが出来ずに顔面で受けた。

 

「……っああ!!」

 

僅かな気力を振り絞り、リチャードが拳を返す。
明らかに弱く鈍い攻撃。それこそその辺の男子校生が殴ったものよりも劣るだろう。
しかしそんな攻撃をレナートは抵抗できずに顔面に受け、大きくふらついた。
痛む体を動かし、ぼやける視界の中震える足を振り上げる。
レナートのハイキック、と言えるかも怪しいような攻撃はリチャードに直撃。
体勢を大きく崩しながらも、リチャードはその足を掴み、力任せに投げ飛ばした。
受け身を取ることも出来ず、瓦礫の山にレナートは顔面から飛び込む。
リチャードはそれを追いかけ……途中で転んだ。
痛みに顔を歪ませながら、それでも立ち上がり倒れ込むレナートの腹に足から着地した。
ごふっ、と口の中から血を吐き出し、肺の空気を漏らす。

 

「……ご、のやろぉ!」
「ぐっ……!?」

 

体中を痙攣させながら、レナートは咄嗟に握り締めた砂を投げつける。
目潰しとして放たれたそれは見事にリチャードをふらつかせ、その隙にレナートは起き上がり肘を胸へ叩きつけた。
今度はリチャードが血を吐く番だ。だがレナートは止まらずに頭突きをかまし、タックルを仕掛けた。
共に倒れ込む二人、レナートはリチャードに馬乗りになろうとして、股間を蹴り上げられ悶絶する。
その隙にリチャードは地面を這いながら距離をとり、再び対峙した。

 

「が…く、あぁぁぁ!」
「はぁ…は、ごほっ…はぁ……!」

 

二人の姿は見るからに満身創痍だった。
着衣はボロボロ、体は生傷だらけ、立ち上がるという行為にさえ時間が必要。
これがボクシングという競技だったらとっくの昔にタオルが投入され、審判が止めに入るだろう。
でも、それでも、二人は何とか立ち上がる。
この”戦争”の勝利を収めるために。

 

「たの、しい、なぁ……!」

 

そのさなか、突然レナートが声を上げた。
度重なる疲労とダメージによりその声は小さく、意識は朦朧としていたが。
それでも、今の自分の感情を殺しさぬように。

 

「……………」

 

対するリチャードは、無言だった。
しかし傷と痣だらけの顔にはしっかりと、笑顔が刻まれていた。
まるでそれは、遊びに熱中する子供のように。

 

二人にとってこれは、紛れもなく”戦争”だった。
戦車から砲弾が飛び交い、地獄の業火が大地を灼くような、そんな戦争と何ら変わり無い。
例えどんなに泥臭くとも、例えどんなに醜くとも。
これが命の奪い合いという事には変わりないのだから。

 
 

「――たのしい、じゃ…ねぇか!!」

 
 

そう吐き捨てて、レナートは拳を握りリチャードを殴りつけた。
ゴッという鈍い音がして、リチャードの顔の向きが強引に横を向かされる。
ふらつきながらもリチャードは歯を食いしばり、レナートの顔を殴り返した。
僅かに後退するレナートを追おうとして……リチャードは数秒掛けて、一歩を踏み出す。
そうして繰り出したリチャードの次の拳は、レナートのエルボーブロックに阻まれた。
リチャードの拳からめきりと嫌な音がし、たまらず後退した。
しかしレナートもブロック越しの衝撃にふらついて、数歩分後退する。
なんとか二人が体勢を立て直して、ただ静かに佇むこと数秒。

 

両者の頬を、柔らかな風が撫でた。

 

それを合図にするように、レナートは小石を握り締める。
ぐっ、と握られた拳はほんの少しだけ硬さが増して、力を込められた。
そしてリチャードは、瓦礫の山から一つの破片を手にした。
まるで小さなナイフのように尖ったそれを精一杯握り締め、前を睨む。

 

「てめ、えの……」
「私、の――」

 

そうして、二人は目を見開いた。
最後の力を振り絞って、腕を振り上げて駆け出す。
普段のそれよりはずっと遅いけれど……これが、今の二人の全力だ。

 
 

「負けだあああああああああああああああああああ!」
「――勝ちだァァァァァァァァァァッ!!!」

 
 

そのまま振り下ろされた、二つのそれは。
綺麗に、まるで吸い込まれるように。
互いの心臓へと――到達した。

 
 

 
 

音はない、ただ二人の間を風が舞う。
まるで時が止まったかのように、二人は動かない。
ただ静かに、自分の得物を相手に突き付けたまま。

 

そうして、暫くしてついに動き出す。

 

狂人と狂人という、カテゴリに限らず。
戦争と地獄という、目的の区別もなく。
それぞれの意思の、相違もなく。

 

ただ二人は――何も言わず、何もせずに倒れ伏す。
その表情はまるで、夢を見ているようで――…

 
 

二人は動かない。
風が頬を撫でても、動かない。
瓦礫が転がって音を立てていっても、動かない。
淡い月光に照らされ、ただ寝転んだまま――

 
 

 
 

そうして両者が倒れ伏し、たっぷり一分が経った頃。
突如、月光を背にゆっくりと立ち上がる姿があった。
その影は、たった一つだけだった。
もがく様に、痙攣するように動き、それでもしっかりと起き上がって。
たっぷり数分の時間を掛けて、立ち上がった。
月光の黒い影で顔を隠したそれは。

 

「……どう、だ…」

 

高々と天へ、自分の力を誇示するかのように拳を掲げた。
木々がまたもざわめく。柔らかな風が、髪を吹き上げる。
月の光が、ほんの少しだけ角度を変えその顔を照らし出す。

 

その顔は――…

 
 

「俺、の…勝ち、だぜ……リチャード」

 
 

――レナートのものだった。

 

その顔は、どうにも表現しづらい表情だ。
痛みに歪んでいるのか。
勝利の実感に喜んでいるのか。
最後の戦争に寂寥感を味わっているのか。
自分の強さに感嘆しているのか。
傷だらけ、痣だらけの顔では、判別しようがない。
ただ鮮血で赤く染まり、何らかの表情を取っているということが分かるだけ。

 

「……ねみぃ、な……
 ……ゆめ、でも…見るかな……」

 

そうして、自分の勝利を、しっかりと見届けて。
レナートは、どさりと音を立てて倒れこんだ。
正真正銘、力尽きて。自分の因縁に、ケリを付けて。
ゆっくりとその意識を、暗闇へと預けた。

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

夢を、夢を見ていたんです。

 

とても烈しく、荒々しく、雄雄しい夢を。
ああ――私達は見続けていたんです。

 
 

――ひたすらに!

 
 
 
 
 
 
 
 

【レナート・コンスタンチノヴィチ・アスカロノフ@厨二能力スレ 死亡確認】
【リチャード・ロウ@厨二能力スレ 死亡確認】
【残り20名】