此処は廃墟街の一角、朽木に覆われた一軒の家。
一見すれば朽木に遮られ家とは思えぬ拠点、その室内では三人の男が無言で向き合っていた。
ヘレネと犬山の放送を聴き終えてから三人の間に会話は無く、ただメモと筆の擦れる音だけが響いている。
そんな状態が続く最中、不意に重い沈黙は打ち破られた。
「……願いが叶う、ねぇ……
正直俺はとっとと元の場所戻ってリチャードと決着をつけてぇんだよなぁ」
気怠げなレナートの言葉は、主催の言う”景品”についての否定だった。
願いが叶うという優勝者へ与えられる名誉と景品、それに興味がないとばかりにレナートは椅子の背に凭れかかる。
そしてそれはリチャードとカクゴも同じのようで、リチャードは静かに頷きカクゴは変わらず沈黙を保つ。
そう、今更願いが叶う等と言う妄言を吐かれたところで、運営の排除という彼らのスタンスは揺るがない。
勝手に拉致して、勝手に殺し合いを強制させて、その上で甘い誘惑……そんなもの、レナートとリチャードにとっては火に油だ。
「しかし、先程の景品とやらを真に受けてこのゲームに乗る参加者も少なくはないでしょう……
その場合は相手が例え女子供であろうと、容赦はしないつもりです」
「ま、俺ら三人と真っ向から渡り合えるやつなんざかなり限られてくるだろうけどな!」
「……慢心は身を滅ぼすぞ、レナート殿」
しかし、レナートの言葉にも一理あった。
魔王として規格外の身体能力を持つカクゴ、様々な火器兵器を創造するレナート、強力な召喚獣を駆使するリチャード。
一人一人が並大抵の能力者では相手にならぬ実力を持つ強者が、三人も揃っているのだ。
恐らくこの三人のチームは、今現在までの参加者の中で最も大きな力を兼ね備えているだろう。
それこそ、神でさえも殺しかねない程に―――。
◆◆◆◆◆
「―――この闘気…どうやら拙者は此処を訪れる宿命にあったらしい」
エヴァ、詩織との激闘を終えて、廃墟街を訪れていた刃は全身にひしひしと伝わる闘気を感じ取っていた。
武士としての勘か宿命か、刃は脳で考えるよりも早くその闘気の行き先へと向かっていた。
ザリ、ザリ
廃れたアスファルトを踏み締める音がやけに嫌に響く。
小鳥の囀りや草木の擦れる音さえもない無音の中、刃は一本の七支刀を握り締め、疾駆する。
一着の鎧を纏い、相応の重量を誇る七支刀を装備しているとは思えぬ程のスピードは喩えるならば一陣の風のよう。
黒き狼は、己の武士としての勘を頼りに強者を求めていた。
◆◆◆◆◆
「……穏やかじゃねぇな、この雰囲気」
放送の内容を纏め終え、一度外へ協力者を探しに行くことを提案したリチャード。
それに肯定した二人は、身支度を終え今まさに外へ出ようと立ち上がった瞬間、第三者の気配を感じ取った。
身を打つ闘気の膨大さからして、距離はそう離れていない。拠点を出たらすぐに遭遇しそうな勢いだ。
自然と体が強張るのを感じる。口煩いレナートさえも警戒に注意を回しているのが分かる。
だがここでジッと大人しくしている三人ではない、リチャードの目配せにレナートが応え、カクゴはそれを察する。
逃す理由はない、カクゴは勢いよく扉を開き、レナートとリチャードが続くように飛び出した。
そして目に飛び込んできたのは、自分達を見据える狼の獰猛な双眸であった。
「……拙者は犬山殿の命に従い彷徨う、謂わば運営の手の者だ」
言葉に表せぬような澄み渡った音色を奏で、来訪者刃は七支刀を三人の強者へと構える。
同時に、刃は己の血液が湧き上がり舞踊を刻むのを感じた。
「うぬらが力は既に理解している。この魔剣を戦いを加速させる者に授けるのが我が使命なり。
しかし……今この瞬間、拙者は使命よりも己の欲望に従いたくなった」
突然の来訪者にリチャードは警戒の色を全面に押し出し、レナートは脂汗を伝わせ笑みを浮かべる。
刃の首元に在るべきはずの首輪が無い事から、運営の者だという事は決定づけられていた。
ならば情報を聞き出せるチャンスだ、合わせる訳でもなくレナートとリチャードの二人はその意見にたどり着いていた。
臨戦態勢に入る二人、レナートは兵器を生成せんと刃へと指差し、リチャードはライターを着火しサラマンダーを呼び出さんとする。
だがそれを手で制したのは、意外にも協力者であるカクゴだった。
「……カクゴ、何故止めるのです?」
「そうだぜ、相手は運営……もしかしたら情報を得られるかもしれないんだぞ」
訝しげな表情を浮かべカクゴへと食いかかるレナートとリチャード。
だがカクゴの闘志に燃える瞳を見た瞬間、その気迫に押されるように何も言えなくなった。
嘗て自分達と対峙した時と同じ、”魔王”の名を乗せた瞳だ。
「――某に、いかせてはくれぬか」
二人の返答を聞く事もなく、一歩、一歩と外套を翻しながら刃の元へと歩を進める魔王。
ただ歩むだけで大地が揺れるような錯覚を覚える巨体から滲む闘気は、刃と同等かそれ以上か。
身勝手な協力者の行動にレナートは呆れたように微笑を浮かべた。
「…はぁ、どうするよリチャード?獲物、とられちまうぜ?」
「仕方がありません……それに、私としてもこの二人の闘争には興味があります」
「はっ!それは同じ意見だぜ……ま、カクゴの奴がやられたらアイツはそれまでだったって事だ」
何処までもブレぬ相方の様子に、思わず肩を竦める。
レナートとしてもカクゴと刃の決闘を邪魔する気はない、刃から情報を聞き出せぬ心配は消せないが。
因縁の対決というわけではない、出会ったばかりの闘争者なのだから因縁という言葉は似合わないだろう。
だからここは、同じ志を持った武士同士の決闘というのが的確だろうか。
膨大な闘気の波に廃墟街を包みながら、対峙する二人の武士へレナートは何処か興奮した視線を向けていた。
―――――――
「……驚いた、拙者に一対一の決闘を挑むとは……否、
うぬは拙者と同じ闘争を生き様とする武人であったか……なぁ、”魔王”よ」
「然り、某は貴殿と同じく戦に飢えた闘士なり………最早、強者かどうか問う必要もあるまい」
「クックッ…全くだ、我ら武人が出会ったのならば生まれるのは唯一つ、命を賭けた闘争のみ」
ビリビリと駆け抜ける闘気と殺気、凝縮されたそれを全身に浴びる二人の漢はしかし歓喜に打ち震えていた。
心から望んでいた強者との戦闘、立場や境遇は違えど同じ志を持った者との対峙という状況。
銀の魔王は拳を、黒き狼は魔剣を。お互いの得物を構えれば一層両者の合間に流れる闘気は勢いを増した。
「拙者の名は黒狼刃。うぬの名は既に言い与えられているが、今一度問おうぞ」
「……某はカクゴ《覚悟》、ただ一介の武人である」
「うむ、良き名だな……カクゴ殿」
名を告げた両者は、最早心残りは無かった。
敗北を恐れぬ覚悟を、二人は持っている。
ぶおんっという重厚な風切り音と共に剣火情刀の刀身には焔が宿り、紅の軌跡を描く。
魔王の拳には不可視の闘気が纏われ、万物を破壊する拳へと生まれ変わる。
互いのコンディションは最高潮。
湧き上がる高揚を存分に発揮するには、これ以上ない恵まれた状況。
魔王は狼を、狼は魔王を、互いが己の敵と認めた相手を見据える、
「いざ」
「尋常に……」
「「―――勝負ッ!!」」
瞬間、二陣の颯が衝突した。
■
音をも置き去りに迫るカクゴの拳を、刃は咄嗟に剣火情刀の刀身を盾にする事で対処する。
当然その程度で衝撃を殺す事など出来ず強制的に後退させられ、地面に足が沈むも刃とて一流の剣士。
カクゴの反撃が来るよりも早く刃は大気を払う横薙ぎを繰り出し、暴風の如く流れるような振り下ろし。
心臓と脳髄を的確に狙ったその二連の閃光を前に、カクゴは息を呑む暇もなく打ち払い、体の軸を捻り回避。
多少無茶な体勢をとっていた為生まれた刃の隙を逃す訳もなく、刃の心臓へ向けて鎧ごと貫通せんとする貫手が放たれる。
だが刃はその猛撃さえ想定内とばかりに貫手へ向けて更に無茶な体勢での焔の迎撃。
吸い込まれるように心臓へ向けられていた魔王の貫手は無理矢理に軌道を変化させられ、刃の髪を僅かに掠め取るだけに終わる。
両者の一撃一撃は人を斬り払い断ち貫き、破壊するに十二分過ぎる威力。だがその一撃は未だ微塵も両者に傷を付けていない。
それも当然だろう。飛び交う剣と拳は互いに必殺を狙ったもの。傷が付いた時がこの激闘の終焉の時なのだ。
心臓を、脳髄を、喉元を、脊髄を、顔面を。
秒として掛からず数十を舞い躍る剣と拳は的確に必殺を狙い放たれ、そのどれもが対処されてゆく。
互いの表情に余裕はない、違いがあるとすれば刃の表情は喜色に彩られ、カクゴは変わらず荘厳なものという事。
唸りを上げる炎の渦を拳圧のみで打ち払い、返しの剛拳を剣士は大剣で弾き軌道をズラす事で対処。
最初から全く衰える事のない剣戟と拳撃の打ち合いに、傍観に徹していた軍服の男は思わず息を呑む。
「……こりゃすげぇ…」
「……………」
ここまで、カクゴと刃の実力は拮抗していた。
近接というにも近過ぎる距離から行われる激戦の激しさは、遠目のレナート達でも十分すぎるほど伝わっていた。
己の想像を遥かに超越した二者の闘い、似通った漆黒の外套を揺れ動かし、風を呑み込む連撃の波動が全身の毛を逆立てる。
■
「刃殿、何故その力を解放せぬ」
唸る拳と共に放たれる不意なカクゴの言葉、刃は冷静に拳を打ち払いつつ剣舞と共に応答。
「ふっ、それは其方とて同じであろうに……うぬもまだ、隠し玉を持っているのだろう?」
「如何にも、然しそれを使うは貴殿が真の力を解放した時のみ」
「……成程、全力を尽くす際はお互いに……という事か、愉快な事よ」
くっくっと笑う刃、然しその間も剣戟は一切衰える事はなく精密なマシンのように致命傷を与えんと迫る。
ほぼ零距離で迫る心臓への刺突を、カクゴは予想していたように拳の甲で上空へと弾く。
伝う信じられぬ衝撃に手を痛めながらも刃は決して得物を放さない。息を吐くように繰り出される清流の如き剣技は常人では視認する事さえ叶わない。
だが銀の魔王はそれをいなし、躱し、僅かに焼ける皮膚も無視して刃の頭頂へ向けて手刀を振り下ろす。
刃は咄嗟に大剣の腹でそれを受け止める。ずしりとこの世のものとは思えぬ重量と殺しきれぬ衝撃に体が地面に沈むのを感じた。
そのまま決死の覚悟で手刀を打ち払い、バックステップで距離を取る。一進一退の攻防には終わりが見えなかった。
「…よもやここまで拙者の剣戟を捌ききるとは……
どうやら、うぬが長けているのは単純な身体能力だけではないらしい……
故に、望み通り拙者の真の能力を解放する事にしようッ!!」
「――ぬぅっ!?」
言うがいなや、刃の手に握られた七支刀に宿る紅蓮の焔はまるで龍の如く唸り、漆黒の炎が混じる。
赤と黒の二種の爆炎が宿る剣は正しく神剣と呼応するに等しく、暗闇の廃墟街を照らし上げた。
神々しい――カクゴはそんな思いを抱くと同時、焦燥を走らせる。
巻き上げられた黒炎によりリーチが伸びた刃の神剣は、先程よりも鋭い一撃を可能とするのだ。
ヒュンッ、という音が聞こえたのは既に刃の袈裟斬りが放たれた後だった。豪炎を撒き散らす剣戟はいなす事さえ難しい。
カクゴはその猛撃を弾く事ではなく躱す事に専念し、身を捻る。僅かに掠めた外套がじわりと熱を帯び爛れるのを感じた。
灼熱と呼ぶに相応しい、勢いを増した剣戟は徐々にカクゴを追い詰めてゆき、今度はカクゴが後退する番であった。
刀身に触れれば火傷は避けられぬ、かといって躱す事に専念すれば反撃の手が防がれる。
レナートとリチャードから見ても、カクゴが押され気味となっているのは明らかだった。
「…成程、これが貴殿の実力か……見事ッ!!」
「ふっ、よもやこの剣戟が捌けぬうぬではあるまい!!」
高速で繰り出される剣舞を跳躍し、屈み、体の軸を動かす事で次々と躱しながらカクゴは賞賛を送った。
常人では剣の軌跡を追う事さえ叶わぬ清流の如き連撃を、カクゴは柔を以て剛を制す。
繰り返すが互いの攻撃は一撃必殺。故に未だ両者の肉体には目に見える傷は存在しない。
風のような、等と言う形容詞は通用しない。刃が繰り出す灼熱は正しく風の速度で迫る。
それを前にカクゴは遂にバックステップで距離を取り、僅かな時間の中で息を整える。
「……そろそろ、某の”隠し玉”も見せようか…」
「ふむ、奇遇だな。拙者も今しがた決着を付けようと思っていたところだ」
「…奇妙な者よ、然し、それもまた一興ぞ」
一瞬の会話を終えれば、二者は同時に必殺の構えを取る。
刃は剣火情刀を垂直に柳のように構え、二色の爆炎を巻き上げ瞳を瞑ってみせる。
カクゴは剛弓の弦を引き絞るかのように、両腕を後ろへと引き闘気を放出する。
コンマの静寂、不意に鳴る風の囁き。
合図として決めたわけでもない、しかしそれを耳にした刹那二者は全く同時に疾走した。
「覇砕―――」
「爆怒―――」
互いの必殺の間合いへ肉薄する二体の武人。
その構えも必殺、猛る思いは魂を波打ち、至高の一撃を齎らす。
「―――双剛掌ッ!!」
「―――炎怒ォッ!!」
瞬間、信じられぬ轟音と共に廃墟街は爆発に包まれた。
■
「…ゲホッ、ゲホッ……!ど、どうなったんだ!?」
「ぐっ……煙が邪魔で、見えませんね……」
爆煙をモロに吸い込み咳き込むレナートに、顰めっ面で返すリチャード。
予め距離を取っていたお陰で爆発そのものに呑み込まれる事はなかったが、その爆風に数m吹き飛ばされていた。
いや、寧ろ爆風で距離を取ったことで炎に呑まれる事がなかったので、幸いというべきか。
それよりも二人が気に掛けていたのはあの爆発を起こした張本人の事。
果たして勝利を手にしたのはどちらなのか、モクモクと立上がる煙は段々と大気に溶け込み晴れてゆく。
終焉の名を掲げる爆炎と、覇王の名を持つ拳の衝突が終わり、その場は恐ろしいほどに静まり返っていた。
鳥や虫の奏でる声も、澄んだ風のそよぐ音も無い。ただ二人を包むように淡い月光が照らすだけ。
煙が晴れたその場には、両足で大地をしっかりと踏み締める黒狼刃の姿。
そしてその目前に……黒銀の魔王は静かに歩を進めた。
「――――見事」
その声は果たしてどちらのものだったか。
澄んだ声色が木霊すると共に、刃は膝を折り力なく地へと倒れ伏す。
同時に刀身が粉々に砕け散った剣火情刀がカラリと音を立て、地に転がった。
魔王の亜音速の連撃を受けて尚、刃の肉体には殆ど傷はない。
ただ申し分程度に、それでもしっかりと胸元にぽっかりと拳一つ分の穴が穿たれているだけ。
そして不幸にもそれは――致命傷であった。
「ふ……拙者の、負けか…」
確かめるように、刃が呟く。
そしてそのままごろりと寝転がり、仰向けになった。
その間も刃に穿たれた風穴からはどくどくと鮮血が溢れ出し、瞳からは生気が失われていく。
だというのに、刃の瞳はただ一点を、空に咲く月を眺めるために動かない。
「……覇砕双剛掌を”殺した”者が何を言う。
誇れ、刃殿。貴殿は最期まで武人であったぞ」
静かに瞳を瞑るカクゴは、本心からの賞賛を刃へと送った。
そう、彼は幾百をも超える亜音速のカクゴの拳を、全て殺しきってみせたのだ。
或いは弾き、或いは躱し、或いは防ぎ――遂に焔の神剣は限界を迎え、最後の一撃を受け粉砕されたのだ。
殺しきれぬ最後の一撃は吸い込まれるように刃の胸部へと突き刺さり、勝敗が決す。
もしも七支刀が最後の一撃に耐えていたのならば、恐らく勝敗は覆されていたであろう。
剣が折れる時、剣士の命は尽きる。その諺を現実にした結果だ。
倒れ伏す刃を中心として抉られた大地は、その必殺の激突の激しさを静かに物語っている。
「……くくっ、全く、満足のゆく死合であった…
剣は破壊され、拙者の使命は果たせなくなったが……もう、思い残す事はない」
「……そうか」
それでも尚、刃は笑っていた。
満足だったと、まるで子供のような笑顔を浮かべて語る刃。
その姿にカクゴは何処か呆れたように声を返す。しかし、同様にカクゴの表情も笑顔であった。
好敵手を称える、一人の武人として。
「素晴らしい決闘でした、カクゴ、そして刃」
「おう!傍から見てても、すっげぇぶつかり合いだったぜ」
不意に響く声、頃合を測ったリチャードは淡白な拍手を奏でながら二人の元へ近寄る。
続くようにレナートは歯を見せて笑い、今しがた衝突を終えた二人の武人へ賞賛を向けた。
それに呼応するかのように、刃は視線だけを月から移す。
「レナート殿に、リチャード殿…であったか……
ふっ、意外だな……うぬらは、真っ先に遊戯に乗る性だと思ったのだがな」
「はっ、舐めんじゃねぇよ。俺らの目的は戦争の決着を付ける事だぜ?」
「ええ……その為にも、あの運営共のいいなりになるつもりはありません。
だから、知り得る限りの情報を与えてはくれませんか?」
「……いいだろう、武士の最期の戯言と聞き逃してくれても構わぬ」
喉奥からこみ上げる血液を強引に飲み干し、刃は言葉を紡いでゆく。
体は動かない、それでも自分が最後にこの者達に託せるのならば。
死に体だというのに不思議と湧き上がる思いに耽りながら、刃は視線を月へ移した。
「……拙者は、元々この遊戯には…反対だ、った。
力無き者や、罪なき女子供をも巻き込んだ、悪夢のような遊戯……
しかし、あの犬山は…拙者のような”駒”となる存在を従え、この遊戯を、開いた」
「…それはつまり、運営は犬山以外にも複数存在するという事でしょうか?」
「如何にも…それよか、拙者は見ておらぬが、犬山以上の力を持った者も存在する……
そして、既に知っているかもしれぬが、うぬらは違う”世界”から呼び集められた住人だ……
”境界線”と呼ばれる異世界へ渡るゲートと、次元湾曲装置という装置を使ってな」
「……違う、世界だとッ!?」
衝撃の事実を告げられ、リチャードは頭を抱えレナートは驚愕を示す。
運営が複数存在するという情報も大きいが、それ以上に二つ目の情報は衝撃だった。
傍らに立つカクゴでさえ、驚愕の表情を浮かべている。
大した情報は期待していなかったが為に、刃の遺した言葉は膨大過ぎた。
同時に、刃は己の死期を悟る。
負けたことに心残りなど無い。逝く事に後悔もない。
正真正銘の死闘を心ゆくまで愉しんだ。それで十分すぎる。
だが、最後に長く疑問に思っていた事を、明らかにしたい。
だから、刃は。
「……カクゴ殿、一つ問おう…」
上げられた声に、カクゴが振り返る。
月のように澄み渡った紅蓮の双眸が、刃を映した。
「……王とは、なにか」
彼は、生前からのたった一つの疑問を口にした。
幾千の国に存在する”王”という存在、果たして真たる王とは、どのようなものか、と。
”魔王”の名を翻すカクゴならば答えてくれるかも知れないと、そう思ったからだ。
刃の言葉にカクゴは目を瞑る。
考え込むように、或いは惜しむように。
やがてその重い口はゆっくりと開かれた。
「民を支え、民を導き、常に一重に道を開く存在である」
そう、真たる王は告げる。それは奇しくもかつて刃自身が謳った言葉と重なっていた。
その言葉に返事はない。刃は満足気に笑い、自分が間違っていなかったことに安堵した。
――嗚呼、良かった……本当に、良かった。
不意に、ぷつりと刃の意識は途切れ眠るように瞳が閉じられる。
それっきり刃の体は動かなくなり、胸から溢れる流血の勢いも弱まった。
黒狼刃は己の生涯の尽きるその時まで、武人であった―――
■
「………ぐッ…!」
漆黒の剣士が尽きたのを理解したカクゴは、静かに膝を付いた。
見れば、全身の至る所には爆発による火傷が刻まれ酷い箇所は一部焼け爛れている。
特に刃の猛撃とぶつかり合った拳が酷い。素人目から見ても、拳を振るう事は難しい事が察せるだろう。
然しカクゴは”王”だった。拳を地面に打ち付け、強引に立上がろうとする。
しかし突然その肩にぽん、と手を置かれ、それ以上の行動は制された。
「…おいカクゴ、無茶すんじゃねぇよ」
振り返ればそこには軍服に身を包み、痛々しい視線を向けるレナート。
その後ろではリチャードも考え込むように顎に手を当て、カクゴの傷を観察するように眺めている。
「……今のカクゴは、行動できる状態ではありませんね。
仕方ない、戦力が削れるのは惜しいですが協力者の搜索には私たちだけで行きましょう」
「やっぱそうなるよなぁ……おいカクゴ、俺たちが戻るまで此処に居ろよ」
「……承知した」
申し訳無さそうにカクゴは顔を伏せて返す。
傷自体は辛うじて行動はできる、しかし問題なのはカクゴ自身に溜められた疲労。
燃費の悪い覇砕双剛掌を既に二度放った肉体、最早立ち上がることさえ危うい程に体が休息を求めている。
それを察する事が出来たのは、リチャードとレナートの優れた観察眼故か。
「じゃあ行ってくる、お前も俺たちが戻るまで休んで備えておけよ」
「……忝けない…」
じゃっ、とどこか気楽な挨拶を残しレナートの背中は段々と遠ざかっていく。
リチャードはそんな相方の様子に呆れたような溜息を一つ吐けば、同じく立ち去っていった。
ざっ、ざっと響いていた足音はやがて聞こえなくなり、その場には静寂が訪れる。
「………」
一人、残された魔王はその場で胡坐をかき、瞳を瞑り瞑想を行う。
ただひたすらに静かだった、時折体をなぞる風だけが音を鳴らし、他の音が一切無い。
無音と共に迫り来る睡魔に身を委ね、カクゴはそのまま意識を閉ざした。
【廃墟街:一軒家付近/夜中】
【カクゴ@俺能】
[状態]:疲労(極大) 全身の至る所に火傷痕 両拳に火傷(大) 満足感 睡眠中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品(食糧二食分消費) 追加食料3日分
[思考・状況]
基本行動方針:リチャード、レナート達と共に殺し合いを破壊する
1.この場に留まり、レナート達が戻るまで待機
2.リチャード、レナートと共にこの殺し合いを破壊する
3.あの少女(ラスボス少女)は追わない、しかし次に会ったら……
4.刃のような強者が居るのならば戦いたい
※参戦時期は本スレで死を迎えた直後です。
※奥義の使用は制限されています
※参加者がそれぞれ違う世界から集められたという情報を得ました
【廃墟街/夜中】
【媒介召喚】【リチャード・ロウ@厨二能力スレ】
[状態]:健康 疲労(小)
[装備]:白銀のオイルライター@学園都市
[道具]:基本支給品(食糧一食分消費) 革手袋@学園都市
[思考・状況]
基本行動方針:聖王復活の為、元の世界に帰還する
1.首輪について専門的な知識を持ち、脱出の鍵となる人物を探す
2.運営も参加者も邪魔をする者は全て排除する
3.レナート、カクゴとは同盟を組み、戦いの決着は元の世界に戻ってから
※王国・教団戦争直後からの参戦です
※本来の能力が制限されており、一度に召喚できる限界は下級でも10体、中級は5体、上級は1体です。
※参加者がそれぞれ違う世界から集められたという情報を得ました
【殲滅指揮】【レナート・コンスタンチノヴィチ・アスカロノフ@厨二能力スレ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品(食糧一食分消費) ウサギのぬいぐるみ@学園都市
[思考・状況]
基本行動方針:この殺し合いを破壊し、元の世界に帰還し、戦争を続ける
1.首輪について専門的な知識を持ち、脱出の鍵となる人物を探す
2.運営も参加者も邪魔をする者は全て排除する
3.リチャード、カクゴとは同盟を組み、戦いの決着は元の世界に戻ってから
※王国・教団戦争直後からの参戦です
※本来の能力が制限されており、一度に召喚できる兵器は最大二つまでで、兵器が存在できる時間は凡そ20秒程です。
※参加者がそれぞれ違う世界から集められたという情報を得ました
■
ただ剣のみを求め、剣に生き、王を知った剣士。
その穿たれた胸元には、月光を反射する一つの魔石が漆黒の輝きを魅せていた。
主を失った魔石は新たな主を求め、静かに光り続ける。
奇しくもその光は―――彼の操る焔と全く同じ色をしていた。
【黒狼刃@魔禁世界 死亡確認】
※黒狼刃の遺体は、廃墟街一軒家付近にデイパックと共に放置されています
※遺体の傍に転がる剣火情刀の刀身は粉々に砕け散りました
※刃の持つ魔石は遺体と共に放置されています