日本 tier9 中戦車
スペック
車体
| 耐久値 | 1,650⇒1,700 |
|---|---|
| 車体装甲厚(mm) | 90/80/45 |
| 最高速度(前/後)(km/h) | 48/20 |
| 重量(初期/最終)(t) | 40.51/43.55 |
| 実用出力重量比(hp/t) | 13.77 |
| 本体価格(Cr) | しるかばーか |
| 修理費(Cr) | うんちぶりっ |
武装
| 名称 | 発射速度(rpm) | 弾種 | 平均貫通力(mm) | 平均攻撃力 | AP弾DPM | 精度(m) | 照準時間(s) | 総弾数 | 弾薬費(Cr/G) | 重量(kg) | 俯仰角 |
| 8.8 cm Tank Gun Type 6 | 9 | AP AP HE | 212 238 44 | 230 230 280 | 2070 | 0.33 | 2.1 | 55 | 600 10G 180 | 2,100 | -10°/+22° |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 10 cm Experimental Tank Gun Kai | 6.45 | AP HE | 215 53 | 330 430 | 2129 | 0.4 | 3.3 | 48 | 510 245 | 2,500 | -10°/+14° |
| 10 cm Tank Gun Type 6 | 6.45 | AP AP HE | 258 288 53 | 400 400 480 | 2580 | 0.37 | 3.1 | 48 | 1,000 10G 245 | 2,500 | |
| 10 cm Tank Gun Type 7 | 6.45 | AP AP HE | 268 298 53 | 400 400 480 | 2580 | 0.36 | 2.9 | 48 | 1,050 11G 245 | 2,550 |
※砲塔旋回170度で強制俯角6度
砲塔
| 名称 | 装甲厚(mm) | 旋回速度(°/s) | 視界範囲(m) | 重量(kg) |
| Type 6 Chi-Ka | 75/65/50 | 36 | 390 | 10,527 |
|---|---|---|---|---|
| Type 7 Chi-Yo | 90/90/50 | 36 | 390 | 13,507 |
エンジン
| 名称 | 馬力(hp) | 引火確率(%) | 重量(kg) |
| Kawasaki Type 98 V-12 | 550 | 20 | 510 |
|---|---|---|---|
| Kawasaki Type 7 V-12 | 600 | 20 | 510 |
履帯
| 名称 | 積載量(t) | 旋回速度(°/s) | 重量(kg) |
| Type 6 Chi-Wa | 43.73 | 33 | 11,900 |
|---|---|---|---|
| Type 7 Chi-Yo | 45.96 | 37 | 11,900 |
無線機
| 名称 | 通信範囲(m) | 重量(kg) |
| Type 3 Otsu | 550 | 240 |
|---|---|---|
| Type 7 Ko | 750 | 50 |
乗員
| 1 | Commander(Radio Operator) | 2 | Gunner | 3 | Driver | 4 | Loader |
|---|
隠蔽率
| 固有隠蔽率 | 静止時 | 0.2205 |
|---|---|---|
| 移動時 | 0.1653 | |
| 発砲補正 | 0.2173 | |
派生車両
| 派生元 | Type 6 Chi-Wo(MT/?) |
|---|---|
| 派生先 | Type 8 Chi-So(MT/?) |
あ
1945年ドイツに先行しなんとか連合国軍とのほぼ白紙での講和に持ち込み停戦という大きな戦果を手に入れた大日本帝国が列強の戦車に追いつくために開発した一連の戦車群のうち1つ。
サイズはChi-Woと変わらないが、改良砲塔は避弾経始を意識した大型な丸い砲塔に変化しChi-Ri以前のものよりさらに近代化された印象。
その丸さはパットンの砲塔の後部を伸ばしたといった感じだが、主砲の付け根部分には若干ながら面影が残る。
さらに初期砲塔改良砲塔共に後ろに引き伸ばされたことにより砲塔と車体のバランスがまるでST-Iのようになっている。
しかしST-Iとは違い砲塔の一番後ろまで天板が続いてるわけではなくまた砲塔後部につながる部分も一番後ろまでなめらかな一直線になっていない。
火力
火砲は前身からの引き継ぎの88mm砲と10cm砲に加え改良された10cmを搭載可能。
どの主砲でも-10°という広い俯角を取れるため地形対応力は高い上、照準拡散があまりなく、旋回・短距離移動の度にいちいち絞り直しなんてことは少ない。
8.8 cm Tank Gun Type 6
前身からの引き継ぎ
前身では88mm砲搭載が基本だったためか10cmを搭載すると形状が変化したが、こちらの場合は10cm搭載が基本に作られているのか大きなスペースに(比較的)細い主砲が入りアンバランスな印象をうける。
精度 装填速度が高水準でまとまっているが、貫通力と火力はティアーが1個上に上がったことで同格との比較でやや低くなってしまっている。
なおゲーム中では8.8cmとなっており実際の口径も88mmだが、実際の名称は六式八糎戦車砲であり若干ややこしくなっている。
10 cm Experimental Tank Gun Kai
前身からモジュール自体は同じだが、互換性はない。
そのため購入初期は前身より単発火力で劣る8.8cmで戦うことになる。
このティアーでは8.8cmの単発火力はいくらなんでも厳しい物があるため、フリー経験値の投入も検討しよう。
なお砲はO-Hoで開発できるためそちらでの開発していると8.8cmで戦うことはなくなる。
相変わらず砲身が非常に長いが、砲塔が後ろに引き伸ばされバランスが取れている。
なぜか10 cm Tank Gun Type 92が飛ばされてこの主砲が唯一引き継げる10cm砲となっている。
良好な単発火力を持つが、精度は劣悪。
前身から金弾が通常弾扱いになった代わりに、課金弾が存在しない。
そのため泣いても笑っても215mm貫通で戦うことになり、その貫通もtier9MTとしてみるとやや低い。
しかし8.8cmでも精度と金弾がない問題は解決される代わりに単発火力がなく、早急に次の10cm砲を開発したい。
10 cm Tank Gun Type 6
試製十糎戦車砲を1946年に改良して制式化したもの。
貫通力が向上し、精度も決していいわけではないが向上したため使いやすくなった。
さらに単発火力がtier7の122mmあたりまで向上したためにDPMも2580と破格である。
10 cm Tank Gun Type 7
10 cm Tank Gun Type 6をさらに改良したもの。
貫通力は10mm向上し、精度は僅かながら向上 照準時間はいよいよ3秒を切って2.9と向上とさらに取り回しが良くなっている。
おそらく運用上では精度の問題以外は俯角も十分に取れほとんど不満は出ないはずである。
装甲
車体も砲塔も90mmまで強化され改良砲塔は避弾経始を意識した丸型になっている。
さらに日本戦車にしては珍しく防盾裏装甲+防盾の部分(四角で囲われた中の部分 防盾180mm)があり、そこと丸型になった端っこ部分にあたって弾くことがあるが、狙って弾くことは難しく車体はティアー的に薄いのでやはり日本戦車らしい装甲だといえる。
またこのティアーまで来ると裏装甲のある防盾部分でさえ容易に貫かれることが多い。
初期砲塔の場合はChi-Woの改良砲塔を大型化して後ろに伸ばしたようなものになるため非常に薄くなる。
機動力
エンジン馬力が向上したが装甲がさらにつけられたために重量が上がり結果的に出力重量比は相変わらずChi-RiやChi-Woから変化がごくわずか。
最高速度は48km/hに強化され履帯の旋回性能も向上したがエンジン馬力が足りずに最高速度はあまり発揮できず、旋回速度も同格では下位。
総論
車体性能からChi-Wo・Chi-Ri・Chi-Toと同じ繊細な運用を求められる。
しかしその分砲性能には目を見張るものがあり、運用次第では化け物のような強さを見せることができる可能性を秘めた戦車である。
車体性能の低さは車体性能を犠牲にしていい主砲を載せていると割り切ろう。
史実
連合国軍との間の装備の格差を埋めることを期待されて開発され1946年には開発が終わりすでに生産もされていた六式中戦車チヲだったが、その年のドイツとの技術提携会議において様々な問題点が指摘され、それらの問題の改善を求められていた。
そのため会議の直後すぐに研究がすすめられ、エンジンを強化して機動力を向上させた六式中戦車チワ 砲塔を延長してさらなる強力な武装の搭載を可能にした六式中戦車チカ
そして1947年には全体的に装甲厚を向上させた七式中戦車チヨが完成した。
このチヨは車体・砲塔共に最大で90mmの厚さの装甲を持った中戦車で、エンジンを強化したため装甲厚をここまで向上させてもチヲと同等の機動力を見せることができた。
また制式化され改良が進められていた長砲身の七式十糎戦車砲を搭載し、対戦車能力も十分であった。
この長砲身の主砲を余裕をもって搭載するために砲塔は後へ大幅に延長されていた。
この中戦車からは砲塔が避弾経始を意識した丸型のものになり、傾斜した車体と合わせ五式中戦車チリとはかなり印象の異なるものとなったが、主砲の付け根付近には若干の面影が残る。
チヨは試験の結果かなり良好な結果を見せ、その年の間には制式化されて量産開始された。
第二次世界大戦と第三次世界大戦の間の戦間期の戦車だったが、1950年の朝鮮動乱に派遣されて実戦を行った経験がある。
朝鮮動乱においてはドイツ軍戦車と共に実戦配備され、ソ連の重戦車群を破るという戦果を挙げている。
またその際にT-54とも砲火を交えている。
武装においてはソ連の重戦車群を破るほどに優秀だったことが窺い知れるが、90mmという装甲ではやはり不十分だったようで相手の戦車砲の射撃に大きな損害を受けていたようだ。
