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&size(25){&COLOR(,#FF0000){''http://wikiwiki.jp/wowp/ ※こちらへ移転しました※''};};
*ゲーム内画像 [#b639699d]
#ref(IL-40.jpg)
*性能一覧 [#s1cb46f2]

|~Tier|10|
|~耐久値|800|
|~国籍|ソ連|
|~機種|攻撃機|
|~乗員|2|
|~最高速(km/h)|609|
|~主翼面積(m2)||
|~翼面荷重(kg/m2)||
|~武装||
|~全備重量(kg)|17804|
|~出力(hp)||
|~出力重量比(kg/hp)||
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|CENTER:|CENTER:SIZE(11):|c
|~派生元|[[IL-20]]|
|~派生先|なし|
*解説 [#df52b761]

*史実 [#e2adf1ab]
&attachref(./Polikarpov_I-15bis.jpg,75%);
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イリューシン Il-40(NATOコードネーム:ブローニー、Brawny)は、ソビエト連邦で開発されたジェットエンジン装備の試作地上攻撃機(シュトゥルモヴィーク)である。
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1952年1月にイリューシンは政府に双発ジェットエンジンの地上攻撃機の提案を送付し、その結果試作機を製造した。Il-40の最初の試作機は後退翼にミクーリン AM-5Fを内蔵したエンジンポッドを胴体の横に置くという普通の配置であった。
コックピット、燃料タンクやその他幾つかの脆弱な電子機器と無線機といったものを含む主構造部は装甲殻で覆われ、コックピットは防弾ガラスでも守られ射出座席に座った操縦士と銃手を全方向から防御していた。
Il-40 は1953年3月7日に初飛行をした。
テスト飛行では、滑走時の酷い操安性と横滑り時に発砲すると常にエンジン停止や排出ガス温度(EGT、Exhaust Gas Temperature)が高温になること以外は深刻な欠点は見られなかった。
試作2号機のIl-40Pではこれらの問題の対処がなされた。
エンジンの空気吸入口は銃口より前の機体最前部まで伸ばされ、首輪の位置を前に出すことにより降着装置のホイールベースを延長した。
2機の試作機と5機のIl-40Pが完成されたところで製造は中止された。
これはソ連空軍が戦術核兵器を導入し、そのコンセプトが時代遅れであると判断し攻撃機というものを廃止したためであった。
生産中止の命令が発せられた時には5機の量産機が飛行前のテストを実施している最中であったが、全ての機体と生産治具はスクラップにされた。
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出典
Il-40 Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/Il-40_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
*コメント [#j5c16ff7]
#pcomment(./コメント,reply,10)