キャラクターデータ
鶴崎城(鶴崎城) CV:加隈亜衣 イラストレーター:津留崎優 | ||||||||
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レアリティ | 武器 | 属性 | ||||||
☆ | ||||||||
地域 | ||||||||
九州・沖縄 【豊後】 | ||||||||
築城時間 | ||||||||
00:30:00 | ||||||||
図鑑説明 | ||||||||
室町時代の終わりごろ、大友氏に仕えた吉岡氏によって私は築城されました。 この地には姫之宮伝説という、とあるお姫様と乳母の涙なくては語れないお話もありまして……。 あら、嫌だわ、自分のことのように思えて少し涙が……。 母乳ですか? まだ出るかしら、ほほほっ。 | ||||||||
キャラアイコン | キャラドット | |||||||
ユニットデータ
ステータス
巨大化 | 初期配置 | 1回 | 2回 | 3回 | ||||||||
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耐久 | 777() | ◯◯() | ◯◯() | 1243() | ||||||||
攻撃 | 83() | ◯◯() | ◯◯() | 122() | ||||||||
防御 | 34() | ◯◯() | ◯◯() | 44() | ||||||||
範囲 | 320() | ◯◯() | ◯◯() | 473() | ||||||||
回復 | 10() | ◯◯() | ◯◯() | 10() | ||||||||
配置気 | 12() | ◯◯() | ◯◯() | ◯◯() |
- ()内はLvMAX時の値
- 配置気の()内は巨大化時に消費する気の量
- 表示されているのは特技によるステータス上昇も含む値
特技
耐久強化【範囲】・壱 | |||||||
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範囲内の城娘の耐久が10%上昇 |
計略
【なし】 | |||||||
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なし | |||||||
使用まで | -- | 消費気 | -- |
鶴崎城について
●ゲーム内でのユニットとしての立ち位置・運用に関する短評や、史実ネタ・ゲーム内ネタ・その他小ネタ等についての記入スペースです
記入の際はこの文章を消してからお使いください
お城プロジェクト内鶴崎城ページより引用>>
- 現在の大分県大分市鶴崎にあったとされる城。大友氏家臣の吉岡氏の居城であった。
- 大友義鑑・大友義鎮(宗麟)に仕えた吉岡長増(宗歓)によって築城されたと伝えられている。ただ、細かい年代までは不明。
- 吉岡長増は臼杵鑑速と並ぶ、大友氏の内政の要だった。小早川隆景は二人に加えて名将・戸次鑑連(立花道雪)を大友三老と呼んでいた。彼らが没すると大友氏も坂を転がり落ちるように没落していった。
- 22代当主・大友義統が1593年に朝鮮出兵時の不手際を責められて改易されると、吉岡氏も浪人となり、鶴崎城も廃城となった。江戸時代には鶴崎は熊本藩の所領となる。加藤清正は修理のうえ、支城にしようとしたが頓挫した。寛永年間に細川綱利により塁壁が壊され、城跡に熊本藩鶴崎御茶屋が置かれ、豊後国内の熊本藩所領の統治の拠点となる。
- 城の歴史としてはそれほど長いものでもなく、戦国時代の終了と共に消えていったのだが……。
- 鶴崎城の知名度はある一人の女傑によるものが大きいだろう。それが、吉岡妙林尼である。成田甲斐姫などと共に(真偽が混在しているとはいえ)数少ない、実際の戦場に立った女性である。もちろん、『城プロ』の鶴崎城のモチーフになっているのが、妙林尼なのは言うまでもない。
- そういうわけで、戦国時代を舞台にしたゲームでは女性枠の一人としてわりとよく顔を出す。中には宿敵・島津義弘の参謀になるという不可思議なものもあるが。
- 生没年不詳。当時の女性としては珍しくないが、本名も不明。吉岡長増の息子・鑑興(のち鎮興)と結婚するも1578年に、鎮興が耳川の戦いで戦死したため、夫を弔うために出家し、妙林尼と称した。その後、大友氏は一気に衰退。島津氏による豊後侵攻を受ける。
- 沖田畷の戦いで龍造寺氏も下して日の出の勢いとなった島津軍は1586年に大友領へ侵攻する。島津軍は大友の援軍にやってきた羽柴勢と交戦しつつも、大友氏の本拠地・豊後に手を伸ばす。豊後の城は次々と落城。吉岡氏の居城・鶴崎城も包囲されてしまった。
- このときの吉岡氏の当主はまだ年若い吉岡紀増(妙林尼との関係は後述)。しかも、彼は本拠地・臼杵城の防衛に召集されていた。そのせいで、鶴崎城に残されていたのは女子どもと避難民のみ。
- そんな中で、妙林尼は事実上の城主として、身には鉢金に陣羽織、手には長刀を持って、徹底抗戦の構えを見せる。城の回りに張りめぐらされた堀をさらに深く掘りなおし、堀と掘の間に張りめぐらした柵の周囲には落とし穴を多数掘り、その上を平地に見えるようにカモフラージュし、そのすぐ先にはありったけの銃兵を配置できるようにするという、準備を周到に行う。
- 一方の島津軍は3000。伊集院久宣・野村文綱・白浜重政といった歴戦の将が指揮していた。鶴崎城はと言えば、ほとんど戦力外な避難民に女子ども。はじめから勝負は見えているはず……だった。
- 直ぐに片が付くと考えた島津軍は特別な作戦を立てることもなく、城攻めを開始。しかし、周到に張り巡らされた罠の前に大苦戦。16回攻めるも落城しなかった。慢心、ダメ、絶対
- とはいうものの、鶴崎城もそれほど大きな城ではなかったため、兵糧・武器弾薬もつきかけていた。一方の島津軍も本隊との合流ができずに焦っていた。そこで全員の助命を条件に和睦を提示。妙林尼も受け入れ、鶴崎城は開城する。妙林尼は捕虜として鶴崎城の一角に幽閉された。
- が、まだ話は終わらない。妙林尼は幽閉されていた屋敷に伊集院・野村・白浜をはじめとした島津軍幹部を招待。美しく着飾った侍女たちに相手をさせて、飲めや唄えの大宴会を度々催すのであった。時には
カラオケ大会当時の流行歌・今様のデュエットをやったり、滑稽な(そしてちょっとエッチな)踊りまで披露した。- もちろん、これは妙林尼の時間稼ぎ策。そして……その時が来た。
- 翌1587年、豊臣秀吉が自ら20万の大軍を率いて島津討伐へ向かうとの知らせが入ったため、豊後にいる島津軍に撤退命令が出る。この情報をキャッチした妙林尼は野村文綱の屋敷を訪れて「私は島津軍と厚く交流してしまったため、大友家には残れないから家臣共々一緒に薩摩に連れて行って欲しい」と頼み込み、また祝賀と称して宴会を開いた。
- そして、「後から追いかける」という妙林尼の口車に完全に乗せられた島津軍はのんびりと撤退を開始した。そして、乙津川辺りで奇襲攻撃を仕掛け、白浜重政・伊集院久宣ら大勢を討ち取った。将の中では野村文綱だけが命からがら脱出するが、このときに矢傷を受けており、結局、日向国でその傷が下で死去した。
- 戦いの翌日、妙林尼は63もの島津軍の首級を臼杵城の宗麟に送った。その武勲を聞いた秀吉は感心し、是非会いたいと申し出たが、彼女はそれを断わったという。
- 上記のように妙林尼の生没年は不詳。で、城主・吉岡紀増が、この頃10代後半から20歳過ぎくらいと推測されている。さらに、妙林尼は吉岡紀増の母とも祖母とも考えられている。母だとすれば、若く見積もっても30代前半、祖母だとすれば少なくともごじゅうドキューーーーーン!(ドタッ!)???「殿、女性に歳のことなど失礼ではありませんか?(ニッコリ)」
- 大分市鶴崎地区に伝わる盆踊り・鶴崎踊は、島津軍を骨抜きにしたときの妙林尼たちの酒宴での踊りを再現したものという説がある。
- 2009年には、大分市鶴崎商店街連合会から、地域興しのマスコットとして「妙林ちゃん」人形が発表された。
- 鶴崎城の言う、「姫之宮伝説」とは、今のJR鶴崎駅の北にある姫之宮春日社という神社にまつわる伝説。
- 今は昔、この地を治める殿が戦に敗れた。殿のお姫様の乳母は敵の手に落ちるよりはと、お姫様をたくさんのおもちゃや、お菓子と一緒に姫之宮春日社に生き埋めにした。そして目印に楠をさした。
- お姫様を埋めた乳母は、お姫様のよく見える九六位山で自害したと伝えられている。お姫様を埋めた日には今でもお祭りをしているが、その日には九六位山に火があらわれて姫之宮の楠の木にとまるという。
- この伝説の源になったのは大友氏9代目当主・大友氏継の姫だと言われている。氏継は南北朝の動乱の中で、南朝に味方し、北朝に残った弟の大友親世(後に10代当主)と争うことになったという。
鶴崎城色々
セリフ | |
入手 | 私は鶴崎城。仏門に入った身ながら、世の平和のため戦わせていただいております。 |
ログイン | あら、戻られたのですね。おかえりなさい、城主様。 |
本城 / クリック | 鹿児島城は嫌いか、ですか? うふ、うふふ……急に何をおっしゃいますのやら? そうですね……好きといったら嘘になりますねぇ。 |
城主様、軍議を行いましょうか。勝利の為には日々知略を蓄えておくのが肝要です。さ、筆をお取りになってください。 | |
宇土城様から頂いた香り高くて美味しいお茶が入りましたよ。一時の休憩に、城主様もご一緒にいかがですか? | |
変身 | 平和の為、変身しましょう! |
帰還 | ただいま戻りました。 |
編成 | それではこれより、鉄砲の使い方をお教えします。 |
戦場に必要なのは、武器と知謀。そしてわずかの信心です。 | |
所領確認 | 願わくば殿が天下をお納められることを。 |
出陣 | 戦うほかありませんね。弱者の戦い方をお教えしましょう。 |
部隊選択 | |
合戦 | 見つけました、外しませんよ。 |
油断させておいて、奇襲です! | |
スキル | 妙林砲、加減はできませんよ。 |
落とし穴に落ちて、それまでです! | |
論功行賞 | |
全壊 | |
敗北 | |
装備 | 殺生の為の力は求めておりませんが……。 |
増築 | あら、もっと落とし穴を作ってもいいのですか? |
築城 | うふ、どんな子と出逢えるか、楽しみです! |
築城完了 | 新たな出会いの時がきたようです。 |
修繕 | |
探索 | 私が不在の間、色々と大丈夫でしょうか…? |
探索終了 | 帰還いたしました。 |
道具 | さあ、何をお使いになりますか? |
商人 | 無駄遣いをする悪い子は、お仕置きですよ? |
しんがり任命 | |
しんがり失敗 | |
捕虜 | 私は……これ以上の殺生を望みません。城主様は我が道をお進みください。 |
解放 | こうして再び殿にお会いできる日がくるなんて。……あら、嫌だわ。嬉しくて、涙が……。 |
別離(反転) | 私の役目は終わりのようですね……。悲しくはありません……。 願わくば、少しでも平和な世に近づけたら……。 |
放置 | 大坂城殿が、私の武功を聞きたいと? ふふっ、私は戦は嫌いです。皆を守りたいだけですゆえ、お断り致します。 |
※旧御城プロジェクトから引用
コメント
- アイコンを120*120のものに差し替えました -- 2016-04-09 (土) 03:07:54