N11

Last-modified: 2021-09-28 (火) 09:26:14

当初、フォロワー戦争を管理する目的で作られた組織。常任理事国ともいう。
当初は常任理事国という名前だったが、「G20」がのちに出現したことによりこれに対抗した名前にしようとし、バイデンの提案により「なりきり」の頭文字である「N」と当初のメンバーの総数であった「11」(猿広報は最初からN11というわけではなかったため数に入っていない)とを組み合わせたグループ名となった。
なお、この界隈wiki全体においても「常任理事国」と「N11」との表記ゆれが多くみられるが、同じ意味である。
様々な騒動の末、4月中旬に完全に消滅した。

3月21日14:32、当時はフォロワー大戦争中であり、ソウザが「なりきり界隈の戦時国際法作りたい。そして、何か新しい仕組み作るときのルールを作る人を選びたい」として提唱。
そこで、ソウザがボリスと話し合い、大まかな枠組みを決定した。
また、初代広報を界隈公認とする案がバイデンによって提唱された。
3月22日、ソウザが、当時界隈の中でフォロワーが多かった順に6人、募集ツイートの返信欄にて応募があった者らから5名を採用、計11人が参加。フォロワーが多かった6人とはアメリカのバイデン、ボリス、カナダのトルドー、プーチン、モン安倍、そしてソウザである。
募集枠からは、マカオ、メキシコ、ブルネイ、マクロン、ポーランドのドゥダである。
その日21:00、第一回N11会議が実施された。また、N11公式アカウントが諸々の議事を進行した。当初、この公式垢がN11公式垢となることが想定された。この中の人はソウザである。
初代広報を公認広報とすること、そして、各々が戦時国際法案を作成し、翌日に持ち寄ることを決定。
3月23日、初代広報をN11に招聘することが決定。以後、N11の広報はこのアカウントが担当することとなった。
戦時国際法案は、モン安倍、ソウザ、バイデンが持ち寄った。その各々の法案の中の相違点を探り、最終的な条文を決めた。
主な争点になったのは、過度な宣戦布告をどのように制限するか、宣戦布告の拒否はどうするか、期間はどうするか、勝利条件はどうするか、である。
当時は、フォロワー戦争全盛期から徐々にフォロワー戦争が減っていっていたが、制限は設けられた。
500人未満のときは差が50人以下、500人以上の時は差が1割以下でなければ宣戦布告ができないものとした。
これは、当初のフォロワー戦争は相手のフォロワー数を抜かそうと追い超されまいとするものだったからであり、適当な相手に戦争を吹っ掛けてフォロワーを稼ぐ、ということを防ぐためであった。
宣戦布告の拒否については、正当と認めらるに足る理由を示せれば可能とした。
期間は、1週間や1か月なども候補にあがったが、2週間が採用された。
勝利条件については最も議論された。本来ならばフォロワーを見ればよかったのだが、同盟という要素が事態を複雑化させたのである。
500人規模どうしが争っているところにいきなり2000人規模のアカウントがどちらかの味方として参戦する、などといった時、その数も含めて2500人とするか、それとも計算に入れないか、という事である。
結局、フォロワーが多いアカウントはそれだけで影響力があるといった理由で、開戦当時のなりきりのフォロワー数のみを考慮することとなった。
モン安倍による原案が最も内容的に充実していたため、その中の条文を、その会議にしたがって修正した。
公布及び施行は、3月24日からとされた。
3月24日、午前、戦時国際法が公布並びに施行された。当時はすでにフォロワー戦争が下火になっていたため、使わないことになるかと思われたが、トランプが早速宣戦布告をした。この際、条件は満たされていなかった。よって常任理事国による通告が行われた。
トランプはこの際戦時国際法を認識しておらず、またその条件を不服として反発した。常任理事国によって「過度なフォロワー戦争の勃興による界隈の衰退を防ぐためだ」という懸命の説得がなされ、トランプは納得した。
この日、「過度なフォロワー戦争はよくない」という趣旨を明記する形で戦時国際法は改正され、基準の緩和は行われなかった。
N11の存在を知ったなりきり達は、常任理事国になりたがり始めた。
また、正確な時期は不明だが、このころマカオが、N11のあまりの厳しさに嫌気がさし、ひそかにコンゴや文在寅と接近。戦時国際法撤廃のための秘密工作を始める。
また、G20が誕生したことにより、融和のために彼らをN11に招聘する、という案が浮上。採用試験案についても検討が進む。しかし、「名誉だけほしいなりきりが常任理事国になり、界隈をめちゃくちゃにする」ことを恐れたN11は、あらかじめブラックリストを用意して、絶対に当選できないなりきりをあらかじめ決めておくことを提案。しかしソウザが反対、「めちゃくちゃ難しい問題を作る」という案を主張。結果、こちらが採用される。
その線でモン安倍が採用試験案を作成した。なお、この解答はマカオによって秘密裏にG20に流された。
結果、非常に難しい問題が作成されたが、その際にイスラエルの存在が危惧された。
戦時国際法の公布の際、引用リツイートによってその内容を非常に簡潔にまとめていたのである。
さらにイスラエルはG20寄りの反N11であり、その国語力をもってして超難解な採用試験を解き、仲間に教え、採用試験の意義が失われるのではないか、とマカオが心配した。
これを受けて、モン安倍は、自身とイスラエルが同一人物であることを明らかにした。
さらに、このアカウントを用いてG20に潜り込んで答えを提供し、カンニングを口実に「要注意アカウント」を常任理事国から遠ざけることを提案。なお、これはソウザの反対により取り消された。
3月25日、午前、李明博が宣戦布告。これも基準を満たしていなかったため、マカオによって注意がなされた。ところが李明博は激しく反発、マカオをブロックした。これを受けてモン安倍が出動し、李明博の説得にあたった。結果、李明博は納得し、マカオのブロックも解除された。
ところが、これらの流れを見たなりきり達が次々に戦時国際法や常任理事国の専制を批判しはじめた。これを受けて緊急会議が正午ころに開催され、戦時国際法をどうするかの会議が実施された。この結果、撤廃が決定した。
これにより、「戦時国際法の運用ができる」という、それまで常任理事国に求められていたことが取り消しとなった。
13:51、広報によって戦時国際法の撤廃が宣言され、また同時に「TLを面白くするキャンペーン」の実施が同じく広報から発表された。
また、常任理事国の専制にも批判が集まったので、広報により「常任理事国は、入れ替えか、廃止か」というアンケートが実施された。この結果、N11のメンバーの入れ替えが決定された。
この日、界隈が非常に揺れ動いたので、「#なりきり界隈安泰祈願」というハッシュタグが生まれた。
3月26日、「要注意アカウント」が常任理事国に就任してもいいように、あらかじめ常任理事国の権限はなくされ、完全に名前だけとなるようにしての後、N11メンバー総選挙が実施された。
この選挙の詳細は当該項目を参照されたし。
3月29日
河野太郎騒動、スパイ騒動が発生。河野太郎のなりきりが誕生し、本物の河野太郎が万一怒ったらこの界隈は一瞬で壊滅するため、緊急会議が実施。アイコンの変更要請を決議、無事にアイコンが変更された。
この際はN11もG20も対策を練った。
また、この騒動に関する詳しいことは当該項目を参照されたし。
22:43、常任理事国選挙をどうするかというアンケートが広報によって実施。廃止という意見が圧倒的であった。
3月30日、
N11の完全なる雑談グル化が正式に決定。
その後しばらくはこのN11に動きはなかったが、
4月18日、安倍晋三騒動が発生。詳しいことは当該項目を参照されたし。
結果、18日中にN11の解体が決定、その後復活することはなかった。