SS1 花火大会

Last-modified: 2013-08-14 (水) 19:03:16

男「花火大会?」

アイスコーヒーを作りながら、男は言った。作っているのは二人分。
男の後ろ姿を見ながらにんまりして座っている女の分だ。

女「おう!!!一緒に行こう!!!」
男「断る」

女のアイスコーヒーをテーブルに置いて、さも興味なさげに男は言った。
女は、そんなまさか、という表情をしている。

男「人ごみの中であんな火薬の塊を見て何が楽しい?意義が見出せん」
女「なっ!!?違うぞ、男!!!」
男「何がだ」
女「花火は夏の風物詩!!!これを男と一緒に見ずして夏は終わらないんだあああ!!!」

どすんという音が立つほど強くテーブルに片足を乗せて、拳を震わせる女。

男「じゃあそのまま終わらない夏を過ごせ。あと足をどけろ」
女「う~、せっかく男と夜店とかロマンチックな夜景とか見て回れると思ったのになぁ・・・」

女はいかにも不満げな顔をして、アホ毛とともにテーブルにしおれた。
だが同時にアイスコーヒーを飲んでいた男のメガネが、きらりと光った。

男「ゴホン、気が変わった。5時に駅前集合だ。遅刻は許さんからな」

女の不満そうな顔が、一気に喜びの表情に変わった。

時間に几帳面な男は、きっちり15分前に駅前にやって来た。女の姿は、まだ見られない。
大抵こうやって集合時間を定めると、女は10分前後は遅刻するのが当たり前だった。
それがよほど嬉しかったのだろう、今回は5分前にはやって来た。
しかも、朝顔の柄の入った浴衣姿で走って。

女「男おおおおお!!!待たせたなああああ!!!」
男「・・・他人のフリ他人のフリ、と」
女「な、ちょっと、男おおおおお!!?ま、待ってくれええええ!!!」

事を荒立てたくない男と、それを無意識で荒立てる女。
通行人が注目したのは当然の事である。

夜店への道中、男はため息をついた。

男「―――ったく、お前はもう少しおとなしく出来んのか」
女「無理だ!!!」

えっへんと胸を張り、満面の笑みで即答する。
まあ、それが女らしさではあるのだが。
男の内心は複雑だった。

夜店は神社の境内までの道の両側に、ずらりと並んでいる。
神社自体が小高い場所に立っているので、河川敷で打ち上げられる花火を見るには最適。
まだ花火大会の時間ではないが、そんな絶好の場所を見逃す人がいるわけもなく、夜店は賑わっていた。

男「なんか、どこも変わらねぇな」

男は人の多さにうんざりしながら呟いた。
女は履き慣れない草履をからん、ころんと音を立て、男の横を必死に追いかける。

女「男ぉ・・・ちょっと待ってくれぇ・・・!!」
男「なんで慣れないものを身につけてくるんだお前は」
女「男が喜ぶと思ってぇぇぇ・・・!!」

男は、仕方ない、と言う表情をしながら女の手を取った。

男「ほら、さっさと行くぞ」
女「ふぇ!?あ、わ、おお、おおおお!!!?」

男から手を繋いでくるという予想外の行動に、女は混乱した。
だが冷静に考えると嬉しい事なんだと、じわじわとだが理解したようだ。

女「男ぉぉぉおおお!!!嬉しいぞぉぉぉおおお!!!」
男「わ、バカ、くっつくな」

その後数十分の間、腕に抱きつかれたままの男であった。うらやましい。

男「ちょっといいか」
女「どうした、男っ!!?」
男「いい加減離れてくれ。ろくに夜店も楽しめん」
女「はっきり言う!!嫌だっ!!!」
男「・・・本当にはっきり言うな。いいから離れろって」
女「男っ!!!たこ焼き買ってくれ!!!」
男「人の話を聞け・・・」

そんな会話をしていた男の視界に、ある夜店が飛び込んできた。

男「お、あった。これがしたかったんだ」

店ののぼりには「かたぬき」と書いてある。

女「型抜き!?そんなちゃちなものなんかしないで他行くぞ!!?」
男「すいませーん、一回」
女「男っ!!!?」
男「俺がコレやってる間に、好きな所を回って来るといい」

女はなぜ男が行く気が変わったのかという原因を目の当たりにして、ちょっとショックだった。
なんせ、『女<型抜き』が男の現在のステータスだからだ。

男は型抜きに集中している。少しでも気を抜けば、その型は欠けてしまう。
全身にオーラを纏っているように見えるほどほど集中するあまり、周囲は気圧されていた。
型抜きを始めて10分。それは長い長い10分だった。
男はついに最大難度の型「ドラゴン」を攻略した。同時に周囲は拍手の嵐に包まれた。

男「え、あ、どーも。あれ、あいつは・・・?」

男が一通り見渡した観衆の中に女の姿は無かった。

一方、女は男に言われた通りに一人で夜店を回っていた。
だが決して楽しそうではない。元気の源であるはずの男が傍にいないからだ。

気落ちしていると、不幸は続くもの。
女が俯いて歩いていると、向こうから歩いてきた人にぶつかった。
その拍子に女は、草履が脱げて倒れてしまった。
どうやら鼻緒が取れてしまったようだ。

女「男ぉ・・・!」

女はその場に座り込んだまま、寂しそうな声を漏らした。

女は通行の邪魔にならないように、夜店の外れへと場所を移した。
夜店の明かりを頼りに鼻緒を直そうとするが、不器用ゆえなかなか直らない。

――そうだ、昔にもこんな事があった。

ふと、女は昔の事を思い出した。

小学校ぐらいの時。夏祭りで浴衣を着てはしゃいでいて、転んで、泣いて。
そうだ、あの時手を差し述べてくれたのは――。

そんな事を思い返していると、明かりの中に一つの影が現れた。

男「ったく、帰ってこないから。やっぱりこんな事だろうと思った」
女「男ぉ・・・!!」
男「ほら、草履を貸せ。で、お前にはこれだ」

草履と交換で女の手に渡ったのは、たこ焼き。

あの時と、全く同じ出来事。

幼男「たこやきあげるから泣いちゃだめ。ぼくがなおしてあげる」
幼女「うん・・・。ありがとう」

昔と全く同じ事が今起きた。
女はちょっぴり嬉しくなった。

その時から女の恋は始まったのだから。

女「ここが私の秘密の場所だ!!!」
男「おお~」

女は神社裏の小さな道を抜けた場所へと男を連れてきた。
街一面が見渡せる絶好の場所中の場所。
予想以上にいいポイントに男は感心した。

男「お前でもこんないい場所知ってるんだな」
女「『でも』って何だ!!?『でも』って!!?」
男「いい意味で言ってるんだぞ?」
女「そうか!!ならいいや!!!」

座り込んでたわいも無い話をしていると、暗かった空が光り始めた。
その後にドーン、という音。

夜空に舞う大輪の花に女は見とれている。
男は女の横顔をしばらく見た後、ふっと微笑み、花火のほうに目をやった。
女はその後に男の横顔を見つめる。

そして、少しだけ男へくっついて、頭を男の肩に委ねた。

男は、今回は女を払いのけるような、いつものそぶりを見せなかった。

花火が上がるごとに、光は寄り添った二人を包んだ。
男「まあ、その、なんだ」
女「?」
男「悪かったな。お前を忘れてたこと」
女「気にしてないぞ!!!男が楽しそうだったからそれでいい!!!」

帰り道、女はにっこり笑った。男はわしゃわしゃと女の頭をかくようになでる。

女「でも何で型抜きがやりたかったんだ!?」
男「あー、それはだな―――」

男は雲ひとつ無い夜空を見上げた。そして少し笑った。

男「やっぱ教えない」
女「えーーーー!!?なんでだ!!?」

それはお前との思い出があるから、なんてとてもじゃないが言えない。

男はそう思いながら女の前を歩く。

男「ほら、もう暗いからとっとと帰ろうぜ」
女「ちょっと教えてくれないのか!!!?男おおおお!!!」

男にとっても、女にとっても、大事な今昔の夏の思い出がある。

その1ページが今宵、また刻まれた。

― おしまい ―