ミニ劇シナリオ

Last-modified: 2009-03-07 (土) 21:32:42

タイトル 『夜明けの前奏曲-prelude-』



「初めまして皆さん。本日はお集りいただきありがとうございます。
私は物語を語る者です。
どんな内容かは、聞いてからのお楽しみ。
それでは、どうぞごゆっくりとお聞き下さい。


とある時代のとある街。
ここではヴァンパイアの被害が深刻だった。
今までの被害は10件とか20件とか言われている。
そのヴァンパイアは腰までまっすぐ伸びたシルバーブロンドに、紅く光る瞳。
すらりと背が高く、綺麗な顔立ちをしていると言う。
奴は美女の生き血を好み、10代の美女ばかりを襲っていた。
血を吸われたものはヴァンパイアになるという噂までたっている。


さぁ皆さん、あそこを見て。
今宵もまた一人、ヴァンパイアの餌食になろうとしています……」



黄龍「私は奴が憎い!何故私の大事な妹が狙われなければならないのだ!」

顔を真っ赤にし、どなりちらす黄龍(ホァンロン)。

樹映「お兄様、仕方ないわ。この街にはもう10代の女性は人数が少ないんですもの」

今にも泣きそうな目で、彼をなだめているのは妹の樹映(スーヨン)。
そう、この街にはもう10代の女性はあとわずかしか残ってはいなかった。
そのため、必然的に狙われる可能性は上がってくる。


ここはとある伯爵家。
黄龍と樹映は年の離れた兄妹で12年前に事故で両親を失い家人も減ってしまったが、まだ幼かった妹を黄龍が大切に育てて来た。
近年、家督を正式に受け継ぎ落ち着いたばかりだ。
黄龍にとって樹映は、たった一人の肉親であり大切な宝物。
そんな樹映が狙われているとあっては、じっとしているわけにはいかないのである。

黄龍「あぁ樹映、お前のことは私が絶対に守ってみせる。お前のために凄腕のヴァンパイアハンターに依頼したんだ!おめおめと大事な妹を奴に渡してはならないからな!」

そう言うと、黄龍は自信ありげに笑ってみせる。

樹映「ヴァンパイアハンター?」
黄龍「そうだ。エクソシストのようなものだな。ヴァンパイアを専門に退治してくれる人だよ」

そこへ、ベルの音が聞こえる。そして扉がノックされた。
誰かが来たようだ。

黄龍「入りたまえ!」

【ガチャッ】

黄龍が扉の方へと声をかけると、紫紺の服を着た男性が入ってきた。
胸ぐらいまであるウェーブかかった黒髪を首の辺りで括っている。
首から十字架を下げ、革手袋をしていた。

黄龍「彼の名は飛麟(フェイリン)。お前をヴァンパイアから守ってくれるはずだ」
飛麟「俺が必ず奴をしとめてやりますよ。楽しくなりそうだ……」

ニヤッと笑い、腰の刀を抜く。
鋭く光り、とても切れ味のよさそうな刀の鞘には、十字架の模様がついていた。
あれがヴァンパイアを倒すための武器なのだろうか?
なんだか不安を隠せない樹映は、そのまま二人の顔を見ていることしかできなかった。


【暗転】


樹映は寝室に戻っていた。
壁を挟んだ隣の部屋にはあのハンター。
なんだか妙に落ち着かない。
守ってもらってるとは言え、あの飛麟と名のるハンター、怖い感じがした。
ヴァンパイアを倒す事にスリルを感じているというか、楽しんでいる感じがする。
不安を消し去ることができないまま、樹映は眠りに着いた。

【ボソボソ】

樹映「んん……っ」

なんだか声が聞こえる。
何を言っているか分からない。
でもなんだか悲しそうな、それでいて優しそうな声。
どこから聞こえるのだろう……?
ゆっくり目を開いてみる。

樹映「……!」

樹映は硬直した。
枕元に人影があったのだ。
そして月明かりに照らし出されたのはシルバーブロンドの髪。
もしかしてあのヴァンパイア?
彼は何をするでもなく、ただこちらをジッと見つめている。
顔は……暗くて良く見えない。

樹映(声が出せない……動けない。どうしたらいいの……)

すると、彼の顔が近づいてくる……。
首筋に息がかかるほど近づいてきた。

樹映(血を吸われる……!)

そう思った次の瞬間!

【バーンッ】

飛麟「待ちやがれ!そろそろかと思って来てみれば……案の定これかぁ」

乱暴に扉が開いたかと思うと、そこにはハンターが立っていた。
手には先ほどの刀を持っている。

ヴァンパイア「……邪魔をするな」

低いトーンでヴァンパイアはハンターに答える。
先ほど聞こえた声とは違って、今はとても冷たい感じだ。

飛麟「邪魔をするなだぁ?はっ!俺はお前さんを退治するのが仕事なんでね。それは無理な相談だなぁ。……行くぞーっ!!!!!」

ハンターは刀を構えると、右へ左へと切り込んで来る。
それをスルリスルリと交わすヴァンパイア。
そして開いたままだった窓から外へ飛び出す。
ハンターも後を追って行く。

黄龍「樹映、大丈夫か!?」

大きな音を聞きつけた黄龍が心配して樹映の部屋に入って来た。

樹映「……大丈夫よ、お兄様」

樹映は声が出せるようになっているのに安心して答える。

黄龍「ここは危険だ。裏口から逃げよう」

黄龍は樹映の手を握り裏口から飛び出す。

飛麟「避けるだけしかしねぇのかぁー!?そっちからも攻撃してこいよぉ!!」

振り上げ、そのまま自然な流れで肩めがけ刀を振り下ろす。
ギリギリ交わしながらも、ヴァンパイアからは決して攻撃はしてこない。
右へ避けるヴァンパイアの脇腹めがけ、蹴りが入れられる。

ヴァンパイア「うっ」

もろに受けてしまったヴァンパイアはよろめき、倒れそうになる。
これはチャンスとばかりにハンターは襲い掛かる。

樹映「危ないっ!」

逃げたつもりの黄龍と樹映だったが、動いている戦闘にまで気が回っていなかった。
目に映った光景に樹映はびっくりして叫ぶ。
まるで風にでもなったかのような動きで、気がつけばヴァンパイアはハンターの後ろに立っていたのだ。
そして二人の目の前に飛び込んで来たのはヴァンパイアの背中だった。
何も見えなかった。
ハンターも目の前からいなくなったヴァンパイアに驚いている。

ヴァンパイア「お前の動きは遅い……」
飛麟「何っ!?ぐぁっ!!なんて鳴き声だ!!!!」

超音波が周囲に響き渡り、思わず耳を塞ぐ。
耳が痛い。
頭が割れてしまいそうだ。
周りのものが共鳴して窓ガラスが粉々に割れてしまった。
ガラスの破片が近くにいた樹映の頭の上に降って来る。

黄龍「樹映ー!」

黄龍は咄嗟に樹映に覆い被さる。そして樹映の耳を塞ぐようにして気を失った。

ヴァンパイア「お前達人間にはこの音は苦痛だろう」
飛麟「うぅ……この音……平衡感覚を狂わせる……っ」
ヴァンパイア「とどめだ」

ヴァンパイアはハンターの首筋めがけて噛み付いた。

飛麟「うぅ……」

血を吸われたハンターは、気を失ったのか、膝から崩れるように倒れてしまった。

ヴァンパイア「ペッ。不味い血だ……」

血を吐き、口元をぬぐうと、ヴァンパイアは樹映の方へと向き直す。
ガタガタと震える樹映は、黄龍に庇われながら動く事もできず、声を出す事もできない。

樹映(怖い……怖い……どうしよう、お兄様……!)

ギュッと目をつぶる。
すると想像していた事とは違う展開が待っていた。

ヴァンパイア「怖がらなくてもいい。私はお前を殺したりはしない」
樹映「えっ……?」

予想外な言葉に、思わず閉じていた目を開ける。
ヴァンパイアはそっと黄龍の体をどける。
目の前には片膝を付き、樹映と同じ目線のヴァンパイアの顔があった。
優しげで、でも悲しげな顔だった。

樹映「私を……どうしようと言うの……?」

恐る恐る尋ねてみる。

ヴァンパイア「お前は……似ている………に……探していた」
樹映「え?」

あまりにも小さな声だったのでよく聞き取れなかった。
もう一度聞こうと口を開くと、太陽の光が差し込んできた。
どうやらもう朝らしい。

ヴァンパイア「ぐぁあああ!!」

それと同時にヴァンパイアは激しく苦しみ始めた。
光から遠ざかり、日の当たらない場所へフラフラと歩き始める。

樹映「どうしたの?大丈夫!?」

樹映は肩へ手を添えようとする。

ヴァンパイア「触るなっ!!!」

ヴァンパイアはその手を振り払う。
息も絶え絶えで、相当苦しそうだ。

樹映「でも、あなた苦しそうだわ。今医者を……」
ヴァンパイア「私に構うなっ。……私は……お前のこ……す……うぅっ…………」

途切れ途切れに言葉を発する。
苦しそうだが、何か大事なものを見つめるかのような目をしている。
なんだか……放っておけない。

樹映「何?私に何か言いたいの?」

そう優しく問いかける。

ヴァンパイア「ああああぁっ!!!!!」

急に叫んだと思うと、ヴァンパイアはいきなり立ち上がり、風の様に姿を消し去ってしまった。
太陽が登りきったところだった。
そう、ヴァンパイアは太陽の光が苦手なのである。
光が苦痛で、逃げ去ってしまったのだろうか?

神父「大丈夫ですかっ!?」

そこへ十字架を手にした神父が走って来た。

神父「お怪我はありませんか?不穏な気配は去ったようですが」

神父はそこに座り込んでいた樹映に手を差し伸べる。

樹映「あっ……神父様。私は大丈夫です……でも、お兄様とハンターさんが……」

神父は樹映に怪我がないことを確認すると、隣で倒れている黄龍を診る。

神父「彼は気を失っているだけのようですね」

神父はほっと一息付くと、飛麟の方へ歩いて行った。
樹映は、ぼっーと神父の背を見ながら考えていた。
襲われそうになったのに、何故か怖さからではなくヴァンパイアの事が気になっていたのだ。


【暗転】


あの日から一週間が過ぎた。
屋敷は元通りになり、あれからヴァンパイアが現れた話は聞いていない。
それでも樹映はヴァンパイアの事が忘れられなかった。

樹映(彼は私のことを誰かに似ていると言っていた。それにあの表情……。なんだか気になるわ)

あの日から四六時中ヴァンパイアの事を考えるようになっていた。
どこへ行けば彼にまた会えるのか、そして話をする事ができるのか、そんなことを思っていると、コンコンと、部屋をノックする音が聞こえた。

黄龍「樹映、入るよ?」

入ってきたのは黄龍だった。

黄龍「また奴の事を考えていたのか……?」
樹映「……はい」
黄龍「そうか……」

黄龍は食事もろくに取らず、何か物思いにふけってばかりの妹の身を案じていた。
日に日にやせ細り、元気のない樹映を見ているのが辛いのであろう。

黄龍「だが、少しは何かを食べなければ……これでは衰弱してしまう」
樹映「でも、彼のことで胸が一杯で……」

黄龍は複雑そうな顔をする。
どこか辛そうだ。

黄龍「奴はお前には何もしなかった様だしな。それでもホントは……教えたくないんだが……」
樹映「何?」

黄龍は複雑そうな表情のまま、話し始める。

黄龍「街外れの林を抜けた先に、古い小さな城があるのは知っているか?」
樹映「えぇ、知っているわ」

街外れには小さな葉っぱの生い茂った古い城が存在する。
昔に捨て去られ、今は誰も住んではいないはずの城だ。
街の人達は気味悪がって誰も近づかない。

黄龍「奴はそこに住んでいるという噂を耳にした。真実かどうかは知らないが……」
樹映「それ、本当?」

先ほどとは打って変わってキラキラとした目になる。
その城へ行けば彼に会えるかもしれない!!

黄龍「だが、決して行かないと誓ってくれ!!殺されてしまうかもしれない……!!」

すがるように黄龍は力一杯樹映を抱き締めた。
だが樹映は、そんな黄龍を優しく引き剥がす。

樹映「ごめんなさいお兄様、それでも私は彼に会いたいの。どうしても、彼に」

まっすぐな迷いのない目に、黄龍は何も言えなくなってしまっていた。
どうしても行って欲しくはないのに。

黄龍「……そうか。それなら行くがいい。だが、絶対に戻ってくると誓ってくれ」
樹映「ありがとう、お兄様!大好きよ」

樹映は黄龍の頬にキスをすると、一目散に家を飛び出して行った。
髪がボサボサになるのも気にせず、ただただ城へ向かって走り続けた。
自分のこの気持ちの意味を確かめたくて。



「みなさんどうでしたか?
この話はこれでお終いです。
ハッピーエンドで終わったのか、はたまたバッドエンドで終わってしまったのか……続きはあなた方のご想像にお任せします。
私は続きを知っていますが……あなた方に自由に想像させるのもおもしろいでしょう?
これは私のイタズラです。
もし続きが知りたくなったら……またここへいらしてください。
その時は私が、この話の続きを話して差し上げましょう。
それでは、またお会いしましょう」