出番を待つモノ

Last-modified: 2008-10-31 (金) 22:41:06

*出番を待つモノ


『遅れた人は部室の掃除をすること!! 部長より』


演劇部の部室扉に貼られた一枚の紙。
いらなくなったメモ用紙の裏にマジックで書かれた部長からのメッセージを見て呆然と立ち尽くしているのは、新入部員の観月と寒河江だ。

観月「これってどう言う意味?」
寒河江「そのままだろ?」
観月「同じクラスの二人には確かに置いて行かれたけど……」

このまま外にいるわけにも行かず、部室に入ることにする。
貼り紙のされた扉は10㎝程隙間があいていた。
隙間があいているのが気になったけれど、そのまま勢いよく扉を開ける。
ガラッ。
電気は点いていた。
けれどやはり誰もいない。

観月「先輩達は講堂かな?」
寒河江「講堂で練習するって言ってたしな」
観月「オレ達二人で掃除!?」
寒河江「嫌がらせとかじゃない……よな?」
観月「あの先輩達に限ってそんなぁ」

二人はぶつぶつ言いながら適当な机に鞄を置く。

海城「あ~!!待ってたよ」

叫び声に驚き、振り返るとバケツを持った海城がいた。

海城「開かなくなると困るから隙間開けておいたんだけど、全開になったてたから驚いたよ」

そう言いながらバケツを部室内に運び扉を閉める。

観月「やっぱりオレ達は掃除?海城君も間に合わなかったの?」
海城「……うん」
寒河江「嫌がらせじゃないよな……」
海城「そんなことはないから!」
観月「仕方ない。やるかー」

三人は各々掃除道具を手に取り、掃除を開始した。
床を掃いて、机と棚と窓を拭いて……。

サワサワ。

観月「ん?今あっちの方から何か変な音しなかった?」
寒河江「そうか?」
海城「気づかなかったけど」
観月「オレの気のせいかなぁ」

トントン。

観月「えっ?」
寒河江「どうした?」
観月「やっぱり何か……あの扉の中っぽい」

観月が部室奥にある扉を指して言う。

寒河江「なぁ、あっちって」
海城「そこは衣装室だよ。今まで使った小道具とかもあって演劇部の倉庫らしい」
寒河江「気になるなら覗いてみるか?何か倒れたのかも」
観月「勝手に入って大丈夫かな?」
海城「”入るな”とは言われてないけど……」

ザワザワ。

観月はふいに扉に手をかける。そして開けてしまった。

観月「うわぁ~すごい」
寒河江「おいっ!」

突然の観月の行動に驚きつつも、寒河江、海城は続いて中を覗く。

寒河江「演劇部の宝物庫みたいだな」

壁側にズラリとならんだ衣装。床にも山のように積まれている。
他にも小道具や大道具も雑多に置かれた部屋。
衣装を作る為の裁縫道具や小道具・大道具を作るための工具箱も置いてある。

寒河江「倒れたものとかありそう?」

見渡してみるが、それらしいものは見つからない。
観月は衣装がある壁側に向かって歩いて行く。

観月「これみんな先輩が作ったんだよね。このドレスとかすごな。誰が着たんだろ?」

観月はそっと白のドレスに触れた。

(あれ?何か頭がクラクラする……)

観月「コレ、キテイイ?」
寒河江「おいっ観月、いきなり脱ぐなよっ」
海城「観月君?試着したいなら先輩に確認した方が……」

二人の声が聞こえていないのか、観月は気にせず着替えてしまう。
ドレスを着た自分の姿を鏡でチェックして……。

(鏡に映ってるのは……オレ?)

バタン。
観月は意識を失い倒れてしまった。

寒河江「だ、大丈夫か?」
海城「貧血!?先生呼んで来るよっ」

海城が走り出そうとした瞬間。

観月「待ちなさいっ。とっとと返しなさいよ泥棒!」

パチリと目を開けた観月が叫ぶ。
そして元気よく起き上った。

観月「あぁごめんなさい。間違えたわ。さっさと魔王を出しなさいっ!」

海城に向かって指を突き付ける観月。

寒河江「魔王って……」
海城「それだけ元気なら大丈夫っすね。試着はそれくらいにして掃除の続きしないと」
観月「この私に掃除をしろと?それよりも早く出しなさい。あっ、あっちにいるのね。どいてっ!!」

扉の前にいた海城を突き飛ばすようにして、ドレスを着たまま観月は部室の方へ出て行く。
残された二人は……。

寒河江「なぁ、ちょっとおかしくないか?わがままな姫か何かの演技をして俺らをからかってるんだと思ったけど」
海城「うん……。女王様とかなりきってるのかと思った」
寒河江「でもさ、あの行動はないだろ?」

ガラッ。
部室扉の開く音がして顔を見合わせる。

寒河江「やばいっ。行くぞ!」

二人が部室に顔を出した時には、既に観月の姿はなかった。
慌てて廊下に飛び出す。

観月「全く、どこに行ったのよ~!!」

幸い、すぐ出たところで叫んでいるのを見つけた。
走って行って捕まえる。

寒河江「おいっ、何やってるんだよ。ひとまず部室に戻るぞ」
観月「アンタ誰よ!離しなさいっ、この人さらいっ!!」

手に負えない……。

神村「おーい」
神護「何をしておいでですか?」

そこに現れたのは、お菓子がいっぱい入ってそうなコンビニの袋を持った部員だった。
後ろには部長達もいるようだ。

観月「ちょっと、いつまで触ってるつもり?」
神村「何!?どうしたんだ?」
観月「また変な人が増えたぁ~!!」
海城「あっ、部長~大変です。言われた通り、掃除してたんですけど……」

ドレスを着ている観月は目立つ。
慌てて湊が走って来る。

湊「何があったの?ひとまず部室に連行して。ここは目立ち過ぎるし、荷物もあるからさ」

確かに目立つし、コンビニの袋を持っていたのは神村と葉月だけではない。
寒河江はそれに気づいて観月の腕を引く。

観月「アンタ、どこ触ってんのよっ」
黒羽「おっし、手伝うよ」

キッと睨む観月を無視して黒羽は背中を押す。
そして部室に押し込んだ。

一宮「なぁ睦月。あのドレスってさぁ……王女のじゃない?」
湊「えっ!?あ……言われてみればそうかも。見覚えあるなって思ってたんだ」
天馬「ラストで使ったドレスですね。演技としては、まぁ、アレですが、面白いことになってますねぇ」
湊「……みんな部室に入って。話を聞こうか」


―数分後―


(部室前方)
湊「じゃぁ衣装室に入って、観月君がドレスに触れた後に突然着替え出して意識を失った。起きた後からおかしくなったってこと?」
寒河江「そうです」
湊「最初のセリフが『とっとと返しなさいよ泥棒』か。聞いたことあるセリフだな」
天馬「ナンノコトデショウ」
一宮「あの衣装は間違いないよ」
湊「王女か~。でもどうして観月君が?」
天馬「呪いとか?」
一宮「誰の?」
湊「天馬君……まさかっ」
天馬「ボクシラナイヨ」
寒河江「何か心当たりあるんですか?」
湊「そういえば”衣装にも心が宿る”って聞いたことがあるなぁ」
天馬「マ王サマの呪いですかね」
湊「でも天馬君は無事だったよね?」
一宮「じゃぁやっぱり?」
天馬「それはもう、こっちは本家ですから」
海城「幽霊じゃないですよね?」
湊「幽霊ってやめてよ……」
天馬「では、精霊とか」
湊「まだその方がいいな。王女の台本持って来るよ。何かわかるかも知れない」


(部室後方)
観月「アンタ達っ、いい加減にしなさいよ。こんなお菓子で騙されないんだからっ!」

観月はお菓子を食べながら喚いている。
騒ぐ観月を落ち着かせる為に、お菓子を与えてみたがあまり変わらないかも知れない。

釈迦如来「だったら食べるなー」
神村「そうそう。持って来たのは僕たちなんだから」
綺咲「観月君の分も含まれてますけどね」
観月「さっきから言ってるの、私のこと?私はそんな名前じゃないわ。私にはシルビアっていう可愛い名前があるのよ」
釈迦如来「……やっぱり誰か乗り移ってる」
神護「普通では……ないみたいですが」

カシャ。

四隣「記念写真~。これ、本人覚えてるんですかねぇ」
黒羽「どうだろうな?」
桜沢「二重人格とかじゃないんだよね?」
黒羽「湊達が心当たりありそうだから、待つしかないんじゃないか」
桜沢「……そうだね」


(部室前方)
台本を見ながら考えていた。

湊「”永遠の謎”か……。このラストが心残りとか」
天馬「でも一応はハッピーエンドですよ」
一宮「この役が強烈過ぎて宿ったとか……」
天馬「確かに強烈でした」
寒河江「面白い話ですね」
海城「もう一度演じてみるとか?」
湊「えっこれを?」
一宮「やってみる価値はあるんじゃない?」
湊「それなら寒河江君、魔王やらない?」
寒河江「えっ……」
湊「せっかくだし……ね。灰~衣装用意して」
一宮「おっけ」

一宮は魔王の衣装一式を素早く持って来ると、寒河江に着せる。

湊「はい、台本。この辺りからやってみて」

湊は笑顔で開いた台本を寒河江に渡す。
魔王に変身した寒河江は仕方なく台本を受け取り、観月に近づく。

寒河江「シルビア姫様。わざわざご足労頂くとは……光栄の至りでございます」

若干棒読みな気がするが構ってはいられない。

釈迦如来「えっー!?」
湊「しっ!ちょっと静かにしてて」

一人を除いて、全員に緊張が走る。

観月「やっと出たわね」
寒河江「シルビア姫様、姫らしくとは申しませんが、せめてもう少し……女性らしくですね」
観月「手紙にあった通り来てあげたんだから文句はないでしょ!?さあとっとと返しなさいよ泥棒!」

一宮「おっ、会話になってるな」
湊「上手く行くかなぁ」

二人の会話は台本通り続いている。
そして二人以外のセリフは湊と一宮が絶妙なタイミングで入れていた。

観月「その代わり、大きなお屋敷を建てて下さいませ。 衣装が5……いえ、10万着は入るくらいの大きなのを!」
寒河江「わかりました。だからもう私の所に帰って来て下さい」
観月「……はい」

一瞬、風がふわりと舞い上がったように感じられた。
そして観月が寒河江に倒れかかる。
意識がないようだ。

湊「終わった……かな」
綺咲「観月君は大丈夫でしょうか?」
黒羽「ドレスが原因なら今のうちに脱がせればいいんじゃないか?」

寒河江が支えながらドレスのファスナーを下げる。
そして椅子に座らせた。

観月「ん……」

『大丈夫ー??』

全員で覗き込む。
ゆっくりと観月の意識が覚醒する。

観月「……あれ?おはようございます」
寒河江「寝ぼけてるよ……」
観月「オレ、どうしてこんな格好を。寒河江君も」
四隣「やっぱり覚えてないんだ」
釈迦如来「面白いことになってたんだよ。ビデオ撮っておけばよかったー」
観月「あの、すみません」
湊「あぁ気にしなくていいよ。無事に戻れたんだし」
観月「はい……着替えます」
寒河江「俺も」

パンパン。
湊は着替えに行く二人を見送ると手を叩く。

湊「さぁ、二人が着替えに行ってる間に準備するよ」
黒羽「結局何がどうなってたんだ?」
湊「後で説明するよ」

それに答えるように、散らかったお菓子を集め、机を並べて置く。
床に置いたままだったペットボトルと紙コップを出したところで、着替えた二人が戻って来た。

観月「あっ~!!掃除、途中でしたっ」
湊「この貼り紙のこと?」

湊は部室扉に貼ってあった紙をヒラヒラさせながら言う。

寒河江「すみません。俺からも謝ります」
湊「あーいいの、いいの。あれはこの為の悪戯だから」

湊がホワイトボードに『新入部員歓迎会』と書く。

神村「俺達もやられたんだ」
海城「僕達も共犯者」

観月と寒河江はまだ状況が掴めていないようだ。

湊「ほら座って。観月君の事件で時間なくなっちゃったけど、それも一環と言うことで」


『演劇部へようこそ~!!』


そこには部員達の笑顔があった。

和泉夜「すみませ~ん」

ガラッ。

湊「ん?初めまして……かな」
釈迦如来「一度で開けるなんて、すごーい」
和泉夜「あの……取り込み中でしたか?入部したいんですが」
湊「そうなの!?ちょうどよかったよ。いらっしゃぁい」
和泉夜「は、はい。和泉夜と申します。宜しくお願致します!」

そうして新たな部員を一人加えて、この日の演劇部の活動は歓迎会と言う名の座談会になった。






湊「そう言えば最後のセリフって違ったよね?」
寒河江「えっあ……何か頭に浮かんで」
観月「そう言われると、何か温かい気持ちになったような」
一宮「不思議なこともあるんだな」
湊「”衣装にも心が宿る”か……」
一宮「歴代衣装班が心を込めて作ってるから」
湊「あはっ、そうかも。でもあの衣装、何がしたかったんだろうな」
一宮「んー、それは永遠の謎ってことで」




(一応完成)