幽霊部員

Last-modified: 2008-10-31 (金) 21:58:13

幽霊部員(学祭七不思議シナリオ)

幽霊の正体は定期公演会の天馬シナリオで登場した「牧野 優(まきの ゆう)」。七不思議用に考えていたものを、公演会シナリオに転用したのでコチラが本筋?ただし、当初考えていたものとはかなり違っています。


パンパン。
湊「さ、始めるよ」
手を叩く湊。今日は通し稽古の日だ。
白雪先生「しっかりと観せてもらうわよ」
客席には顧問の白雪先生ただ一人。しかし「美しいもの以外は容赦しない」で有名(?)なのである意味本番より緊張するかもしれない。
観月「おぉ……」
寒河江「あれって、衣装室にあったドレスだよね」
和泉夜「うん。そうだね……」
マジマジと見つめる3人。そして一言。
3人「「「確かに似合っている」」」
天馬「…………」
黒羽「どうした?」
天馬「…………」
無言で“ドレス”のスカートをちょっと持ち上げる。頭にはティアラ、イヤリングからネックレス、トドメにハイヒール(但し踵は低め)。
見たまんま、お姫様である。
黒羽「似合ってる似合ってる。大丈夫。そのまま外に出たら、間違いなくナンパされ……うぁわぁ!!!」
天馬「うがぁぁ!!」
黒羽の言葉が続かなかったのは、天馬が腰の剣を引き抜いて斬りかかって来たからだ。
黒羽「ちょ!やめ!冗談だ!」
天馬「天誅!天罰覿面!!お命頂戴!!!」
ドタバタドタバタ。
湊「……何しているの……」
騒ぎを聞きつけ、湊がやって来た。
黒羽・天馬「ぜーはーぜーはー」
ひとしきり騒いで落ち着いたのか、剣を鞘に収めた。
湊「はぁ……何をしているのかと思えば……」
呆れるのも無理は無い。いや、当然か。
四隣「ねぇ、天馬君」
天馬「??」
四隣「今度、その格好でデートしてくれまs……うわぁぁぁ!!!ご、ごめんなさい!!」
四隣の言葉が続かなかったのは、天馬が再び腰の剣を抜いて身構えたからだ。
湊「はいはい。そこまで」
綺咲「わぁ、その姿で剣舞とは、素敵ですねっ!!」
突っ込むところ、ソコデスカ。
ドレスというのは見た目華やかではあるが、それは“生地をその分使っている”からである。つまり、その分重くなる。薄手の生地で軽くしてはいるが、強度の問題もあって限度がある。それにフリルというのは結構邪魔なものだ。
天馬「……もう、好き勝手言って……」
湊「……その役、イヤ?」
天馬「そうではなく、この役ハマリ過ぎ?」
湊「あぁ……。なるほどね」
噴出す湊。言われればその通りだ。


先日、部室で定期公演会の台本が数冊見つかった。どうやら3部構成になっているようで、第2部は公開済み。第1部は原本しかなかったので未公開。第3部は構想メモらしきものがあっただけ。それで、今回は完成している第1部を少し手直しして上演しようというのだ。


一宮「カツラ無しのロングヘアで剣豪。まぁ、確かにハマリ役といえばその通りだね」
走り回っていたのでドレスのチェックをする一宮。流石衣装担当、練習とはいえ抜かりは無い。神村もブラシで髪型を整える。
神村「しかし、ホント長いね」
膝まである超ロングヘア。街中で男女問わず振り返る姿である事は間違いない。
一宮「よし。衣装も大丈夫だ」
天馬「あ、有難うございます」
釈迦如来「こっちも確認お願いします~」
メイド服を着た釈迦如来と、その隣にはモジモジしている綺咲。
綺咲「ぼ、ぼくはだいじょうぶですからぁ~……」
声が裏返っているのは気のせいか?
一宮「いいよ。2人とも真っ直ぐ立って」
2人の衣装をチェックする。リボンが歪んでいるので締め直して、やはり神村がブラシで髪形を整える。
神村「よし。2人とも美人だ」
釈迦如来「てへ」
綺咲「はぅ……」
能登川「あのぉ~……」
湊「どうしたの?」
能登川「白雪先生が痺れを切らしかけているのですが、どうしましょうか……」
どうもこうも、早く始めないとキケンだ!
湊「それ、早く教えて~~!!始めるよ!!」


しかし……


綺咲「…………」
天馬(?まさか台詞飛んだ?)
綺咲「あ、あ、あわ、あわわわ……」
天馬の背後にある姿見を指差した綺咲の顔が、みるみる青ざめていく。
天馬「??」
振り向く。と、そこには2人以外の“誰か”が映っていた。
綺咲・天馬「!!!!?????」


釈迦如来「うわぁぁ!!!」
能登川「えぇ!?」
四隣「なんで、奈落が開くの!?」
黒羽「だ、大丈夫かよ!?」
釈迦如来「あんまり、大丈夫じゃないかも……」


こうなっては練習どころではなかった。鏡はともかくとして、迫上がり(演劇部では“奈落”と呼んでいる)はなんとかしなければ危険だ。
能登川「何処にも異常なし……」
天馬「おかしいなぁ……」
四隣「変ですネェ。でもシ・ア・ワ・セ……あがあがあがぁぁ!!!」
“お姫様”の隣に陣取る四隣だが、そのシアワセは姫の鉄拳で打ち砕かれた。
黒羽「ホントにいじってないんだよな?」
無論、スイッチは操作していない。使わないスイッチ類はテープで止めて封印してある。こうすれば間違って操作することは無いし目印にもなる。
能登川「いじるどころか、触っていませんよ」
確かに封印はそのままだ。ということは、何らかの原因で信号が通ってしまったのかもしれない。
湊「とにかく、今日はもう終わりにしよう。白雪先生も業者に検査依頼してくれたし」
それまでは講堂練習は出来無いが。とにかく、道具は全て撤去する。何しろ本番と全く同じ状態なのでかなりの時間が掛かってしまった。


四隣「お疲れ様です」
能登川「お先です」
湊「お疲れ~」
片付けを終えた部員達は三々五々散っていく。
綺咲「はぁ~、吃驚しました……」
天馬「そりゃ、まぁ……」
釈迦如来「こ、怖かった……」
黒羽「奈落が開くのは恐怖だよな」
実際に恐怖体験をした4人はまだ部室に残っていた。
釈迦如来「2人は何を見たんです?」
天馬「何って……人?」
ちらり、綺咲を見る。そしてカバーが掛かった姿見を見る。
綺咲「人……ですよね。でも、何方なんでしょうか……」
黒羽「ま、とりあえず今日はもう帰るか」
席を立つ3人。
釈迦如来「あれ?衣装室、開けっ放しだ」
僅かに扉が開いている。閉めに行く釈迦如来。しかし……
釈迦如来「うわぁぁぁぁ~~~~~!!!」
顔を見合わせる3人、直ぐに駆けつける。そこには腰を抜かしかけた釈迦如来。
黒羽「どうしたんだ?」
釈迦如来「あ、あれ、あれ……あれ??」
綺咲「??」
黒羽「なんだ、あれ?」
恐る恐る扉を開けてみる。そこには筋肉隆々の等身大(といっても2m以上ある)人形がムキッとポーズを取って立っていた。目を細め笑う口元からこぼれた白い歯がまぶしい。
4人「「「「…………」」」」
絶句して言葉も出ない。なんで、この部はこうも変態的アイテムが多いのか。
綺咲「とりあえず、奥に片付けておきましょう」
4人がかりで移動させる。どうやらマネキンらしいが、それにしても趣味が悪い。
黒羽「はぁ。余計な時間食った」
釈迦如来「お腹空いちゃったな」
綺咲「軽く何か食べていきましょうか?」
天馬「あ、俺、電車の乗り換えで待たされるんで、もう少し時間潰していくよ」
黒羽「そっか。んじゃ、お先にー」
綺咲「では、すみませんが、戸締り、よろしくお願いいたしますね?」
釈迦如来「じゃぁね~」
3人は部室を後にする。ふぁ……急に眠気が襲ってくる。ここで熟睡したら今度はラッシュに巻き込まれる。天馬は携帯で目覚ましをセットして、少し寝る事にした。
夕日が室内を赤く染めていた……


翌日、昼休みで賑わっている教室。
「知ってるか?」
「何が?」
「最近、出るんだってさ」
「何がだよ?」
「これだよ」
仕草で幽霊の真似をする。まさか、とその生徒は信じようとはしない。
「そんなの居るわけないだろう」
だが、最近学園では目撃情報も飛び交っており、なまじウソとも言い切れないのだ。
「で、その幽霊は何処に出るんだ?」
「講堂だってさ。なんでも舞台上でよく見かけるらしいぜ」
一部演劇部員達はそんな噂を耳にしていた。


能登川「あ、あれ?また開かないのか!?」
演劇部部室。相変わらず建付けの悪いドアに悪戦苦闘している。
四隣「結構古いから、呪われているのかもね~」
能登川「じょ、冗談やめてくれ」
湊「どうしたの??」
がちゃ。内側から部長の湊が開けてくれた。能登川はドアが開かないと説明する。
湊「またか。先日直したばかりなのになぁ……」
一宮「何か“憑いて”いたりな」
能登川「一宮先輩までそんなことを……」
四隣「いや、冗談では済まないかもよ?」
湊「何が?」
四隣「最近、噂になっているんですよ。講堂に幽霊が出るって……」
一宮「……マジ?」
四隣「マジです。目撃者も居るらしいですよ」
天馬「……」
湊「……何固まっているの?」
能登川達の後ろ、部室に入ろうとしていた天馬が固まっていた。
天馬「……ちょっと出掛けて来ます」
言うと脱兎のごとく駆け出す。
一宮「って、あ。行っちゃった」
四隣「足早!!」


講堂。今は予定が何も無いので無人である。しかし、あと1ヶ月位で演劇部が学祭の公演で使う事になる。今日の午前中は、業者が舞台設備の点検に来ていたので放課後の練習は中止になっていた。非常灯を頼りに電気のスイッチを探り、オンにする。足元の誘導灯が燈る。
天馬「流石に暗いな」
だが、幽霊が出てくるにはもってこいだろう。それが“演劇部員”であればなおさらだ。
深呼吸。そして思い切り叫ぶ。
天馬「まきのーーーー!居たら出て来い!!」
小道具がメインだが舞台にもあがるので、発声量は大きい。講堂内に声が反射する。しばらくすると舞台上にぼんやりと人影が浮かび上がる。
??「あれ?天馬君、どうしたの?」
やっぱり。
天馬「どうしたの、って。あのな……」
頭を抱える。クレ学の制服を着たこの幽霊、実は学祭公演の練習中に“出てきた”牧野優だった。
牧野「??」
首を傾げる。パッと見た目女の子に見えなくも無い。はぁ…これでは怒る気も失せる。天馬はその場にどっかりと腰を下ろした。
天馬「幽霊騒ぎ、知っているか?」
牧野「うん」
あっけらかんと答える。まさかわざと出てきたのか?
天馬「その幽霊は、他に居るのか?」
牧野「ん~……ボクだけかなぁ……」
だけかなぁ……って、そんなにポンポン出てこられても困る。とりあえず、幽霊騒ぎの“幽霊”はこの牧野である事に間違いは無いようだ。
天馬「……遊びに来るなとは言わないけどな……なんでまた出てきたんだ?」
牧野「ボクもわからないよ。気付いたらココに居たんだもん」
天馬「分からない?」
牧野「うん」
どういうことだ?自分の意思で出てきたということではない、としたら、何かに魅かれたか?
天馬「なぁ、牧野、出てきたのはどのくらい前からだ?」
牧野「3,4日前かな……それより!」
ビシッ!人差し指で天馬を指す。
牧野「いい加減ボクの事は“優”って呼んでよっ!」
天馬「何故に!?」
そこへ、何だか視線を感じた。
一宮「……なぁ、天馬。誰と話してんだ?」
天馬「へ?」
客席には湊、一宮、能登川の3人がいた。
湊「芝居の練習?やけに現実的というか、本当に目の前に誰かいる感じだね」
一宮「確かに。小道具から役者メインになるか?」
天馬「え?あ?えーっと……」
能登川「…………」
ひょっとして見えていない?確かに牧野は幽霊だから“普通は”見えないだろう。しかし、
湊「??駕世、どうしたの?」
能登川「あ、あ、あ……」
よく見ると、青ざめた顔をしている。
牧野「あー!ひょっとして君、僕が見えるの?やったーーー!」
目ざとい牧野。いや、見えているけど怖がっているじゃないか。そんな事お構い無しに牧野は能登川に向って駆けていく。
天馬「あ」
能登川「う、うわぁぁぁ!!!」
一宮「え?何!?どうしたの!?」
能登川「そそそそそ、そこに居るじゃないですか!!」
湊「え?誰が?何処に?」
能登川「僕の目の前に!知らない生徒が!!」
牧野「もう!そんなにどならいでよ!で、見える見えないって、何?」
黒羽「何だ何だ?何が起きた?」
綺咲「みなさん、どうしたんですか?」
能登川「え?」
綺咲、桜沢、黒羽、釈迦如来、四隣がそこへやってきた。
能登川「ゆ、ゆ、ゆーれ、いが、ががが……」
黒羽「はぁ?」
桜沢「幽霊……?」
釈迦如来「幽霊?」
綺咲・四隣「…………」
湊「幽霊がいるんだってさ……で、どうしたの?青い顔して」
四隣「ゆ、ユーレイ……」
綺咲「で、で……」
綺咲・四隣「でたぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~!!!!」
やっちまった……天馬は再び頭を抱えた。


演劇部部室。相変わらず開けづらい扉の向こう、つまり室内では“緊急会議”が開かれていた。
湊「えーっと、僕には見えないんだけど、そこに居るんだよね?」
天馬「居ますよ。しっかり椅子に座って」
釈迦如来「僕、見えない……」
四隣「きっと、心が綺麗な人しか見えないn……イデデデ!!!ゴメンナサイ!!」
四隣の言葉が続かなかったのは、黒羽が拳でこめかみをギリギリと締め上げていたからだ。
黒羽「一言多いんじゃ!」
湊「はいはい……で、その幽霊君の名前は?」
牧野「牧野優でーす!」
しかし、その声も姿が見えている人しか聞き取れない。
能登川「まきのゆう、だそうです」
湊「まきの・ゆう……と」
桜沢「あの、何で名簿に名前書いてるの?」
湊「ん?折角だから部員にしておこうと思って」
全員、いや3人除いて呆れる。1人は湊本人、1人は加えられた牧野、最後の1人は天馬。
天馬「や、牧野は演劇部員だったらしいからぁがあがあが!!」
牧野「だーかーらー!“優”て呼んでって言ってるでしょ~~」
天馬の首を絞めながらブンブン前後に振る。見える人には見えているが、見えない人には……1人芝居?
黒羽「あのさ、何やってんの?」
綺咲「牧野さんが、天馬さんの首絞めてブンブン振ってます……」
四隣「はぁ。あの強力凶暴無比な天馬君を手玉に取るなんて……」
天馬「四隣君、手打ちと半殺しどっちがいい?選択の自由は残してあげるよ」
立てかけてあった箒を構える。
四隣「ごごご、ごめんなさい~~!!」
湊「はいはい!それで、一番事情を知っている人に、色々聞きたいんだけど」
順を追って説明すると。牧野は昨年入学した時、演劇部にも入部届けを出していた。しかし、間もなく交通事故に遭い入院。8月末には息を引き取った。しかし、何故か学祭間近の学園に突如現れた。理由は本人も分からないらしい。そして去年の公演練習から本番前日まで講堂を中心に出没していた(定期公演会参照)。
桜沢「ということは、去年の名簿見れば名前載ってるね」
一宮「これか?」
タイミング良く、名簿を持ってくる。部員一覧を見ると確かに名前が載っている。1-H牧野優4月12日入部。しかしその脇には“除籍”の二文字。理由は<5月1日入院の為>とある。
一宮「は?H組?」
天馬「……同じクラスだったのか」
がちゃ。
観月「ただいまです」
和泉夜「道に迷うなんて……」
寒河江「遅くなりましたー」
買出しに出ていた3人が戻ってきた。
湊「お帰り。お疲れ様」
寒河江「あれ?新入部員ですか?」
観月「この時期に珍しいですね」
釈迦如来「え?見えるの?」
寒河江「は?」
和泉夜「見えます……けど?」


一宮「まー、いいんじゃない?」
黒羽「いいって……どんな根拠で……」
一宮「根拠なんかないよ。ただ、このままにしておいても、騒ぎが大きくなるだけだって」
それは一理ある。それならいっそ、部員として動いてもらった方が都合が良いかもしれない。授業は出れないのでその時間は部室に居てもらうことになるが。
和泉夜「でも、何するんですか?幽霊じゃ物掴んだり出来無いと思いますけど……」
掴まれているヒトも居ますけど……
湊「えーっと。牧野君は何をやりたいとか希望はあるのかな?」
誰も座っていない椅子に向って問いかける湊。しかし、そこには牧野が居る。見えないだけだ。
牧野「役者希望でーす。でも、衣装着れませんね……」
天馬「役者希望だそうですが、幽霊では衣装着れないので落ち込んでいます」
通訳する天馬。牧野本人は全員の会話が聞えるのだが、声は姿が見える人にしか聞こえないというのが少々厄介か。
綺咲「舞台監修でもやって頂くのは如何でしょうか?僕達の演技は見たことあるようですし」
湊「あぁ。それいいかもね」
通訳は必要だが。
湊「それじゃ、今日は講堂使えないんだよね。ココで立ち稽古しよう」
その場に居いる全員で椅子とテーブルを端に寄せる。舞台のような立ち回りはあまり出来無いが、台詞練習ならこれで十分だ。
能登川「あ、あれ??」
綺咲「どうしたんですか?」
部室の片隅で転がっているカナヅチを見つけ拾い上げる能登川。
能登川「何でこんな所に?」
一宮「四隣君が片付け忘れたのか?」
四隣「呼びましたか~??」
能登川はカナヅチを渡す。
四隣「あれ?無い無いと思っていたら、駕世たん使っていたんですね」
能登川「違うよ。そこに落ちていたんだ」
四隣「えぇ!?」
一宮「ちゃんと片付けておいてくれよ。鈍器だから危ない」


湊「それじゃ、シーン5の頭から行くよ。用意、スタート!」
一宮「え?睦月、そのシーンって……」
寒河江「確か……」
天馬(そこからですか!?)
って、いきなりアクションシーン!?一応、小道具は身に付けていたので問題は無いが。
黒羽「ちょ、いきなり過ぎ!」
桜沢「全然台詞練習じゃないし」
苦笑する2人。無理も無いが次の瞬間、ドン!部室の床を思い切り蹴って天馬が突っ込んできた。
黒羽「早っ!!」
構える黒羽。しかし、天馬は既に腰の剣(室内なのでスポンジで出来ている)を引き抜いて黒羽の右手にヒットさせている。
黒羽「ぐはっ!」
痛くは無いが練習。剣(コレもスポンジ製)を取り落とした黒羽は一歩下がって膝を付く。
桜沢「おのれ!!」
背後から襲い掛かるが、天馬は片足を軸にして反転。下から振り上げて右手にヒットさせる。
桜沢「くっ!!」
湊「はい、カット」
黒羽「台詞練習じゃなかったのかよ」
湊「台本開けたらこのシーンだったから」
そんな決め方しないで下さい。
その後も、アクションシーンを交えた“台詞練習”は続いた。牧野は所々で感想を(通訳を通じて)湊に伝えて一宮・桜沢と共に修正を加えていった。舞台役者はそれを演じて、更に修正を加えたり場合によっては元に戻していく。四隣・能登川は必要な小道具を確認しつつ、舞台上に置き去りにされた道具を回収するタイミングを見計らっていた。
桜沢「結構、良くなってきたね」
湊「うん」
流石に驚いている。もし、生きていたら良い演出家になっていたのではなかろうか?
和泉夜「でも、牧野君はよく見ているよね。同じ1年生とは……あ」
そこまで言って気付いた。生きていれば彼は今2年生。今回の公演のメインとして舞台に立っているかも知れなかったのだ。
牧野「人が演じているのを見ると、凄く勉強になるんだよ」
和泉夜「そ、そうなんだ……」
寒河江「僕はまだよく分からないよ」
そう言いつつ、2、3年生の様子を見てみる。台本を確認する者も居れば演技を見ている者も居る。だが、殆どは立ち稽古を見ていた。
湊「はい、もう1回!」
いや、ただ見ているだけではない。良いところは盗んで自分のものにしようと必死だ。
桜沢「一宮君、前に出すぎ。天馬君はタイミング早いよ」
一宮「またやっちまったか」
天馬「申し訳ない。もう1回!」
黒羽「とことん付き合ってやろうじゃないの」
上級生・下級生は関係なかった。
観月「気合入っているというか……入りすぎじゃ……」
綺咲「そう?まだ半分くらいだよ」
観月「あれで、ですか!?」
牧野「そうだね~。ゲネプロ直前になると、自分忘れて役になりきっているしね~」
寒河江「なんか、自信無くなってきた……」
湊「今からそうなると、舞台上がった時固まるよ~」
軽い口調だが、内容は固めるのに十分だった。ますます硬くなる寒河江。その背後から、
釈迦如来「そうそう。もっと気楽に~……あ、出番だ」
こちらも軽い口調の釈迦如来。しかし、練習からは耳と目を放さない。さっと脇をすり抜けていく。そして床に線が引いてあるかのように、ある地点を越えると役者になっていた。
天馬「もう少しアクション減らせませんか……」
練習から抜けてきて開口一番。いつの間にか汗だくになっている。今回、一番体力を使う役らしい。上着とベストを脱いで背もたれにかける。
神村「はいタオル」
お礼を言って受け取る。テーブルに置いてあるペットボトルのスポーツドリンクを一口飲む。
湊「ダメ。舞台は制服じゃないでしょ?」
天馬「いや、その衣装が汗で凄い事になりそうで……」
桜沢「それなら問題ないよ。公演ごとに変えれば良い事だし」
つまり、全く同じ衣装を着る必要は無いということだ。ただし、シーンによっては統一しなければならないが、今練習したシーンはその必要は無い。
湊「お客様にサービスしないとね」
四隣「おお!1粒で3倍オイシイ演劇部公演。ドレスは多数取り揃えております」
どこかの展示即売会のコスプレじゃないんだから……。
その後も演技を交えた稽古を続けて、最後は本読みで終わった。


そんなこんなで、数日経った放課後。
湊「はい、今日はココまで!明日は日曜日だけど通し稽古するからね!気合入れて行こう!」
いつもの土曜日。午前中で授業は終わって午後はずっと講堂で練習。点検修理した迫上がり(奈落)は異常なし。鏡もこれといって変なモノは映らなかった。しかし、違和感が1つ。
天馬(急に優の姿が見えなくなったな……)
それだけではない。他の部員も、アレだけ騒いだのにまるで何事も無かったかのような様子。いや、それどころではないのか?
部室に引き上げてきて、何気なく切り出してみた。
天馬「そういえば、講堂の幽霊騒ぎって知ってます?」
四隣「いや~ん、メルヘンですね~」
一宮「何処がメルヘンなんだよ……」
綺咲「幽霊だとホラーですね。噂は聞きましたけど、それが何か?」
やはり。
天馬「いえ。目撃者でも居るかなって」
寒河江「そんな。明日はゲネプロなのに、出てこられたら困りますよ」
湊「まぁ、確かにね。そういうわけで、今日はみんな早く寝るように。解散!」
三々五々散っていく部員達。
天馬「あ、俺、電車の乗り換えで待たされるんで……」
黒羽「それ、以前もあったな」
綺咲「戸締り、お願いしますね」
了解。と、返事をして携帯電話の目覚ましをセットする。夕日は既に沈もうとしていた……


明けて日曜日。09:00講堂。
パンパン。
湊「さ、始めるよ」
手を叩く湊。今日は延期されていた通し稽古の日。
白雪先生「しっかりと観せてもらうわよ」
客席には顧問の白雪先生ただ一人。
しかし「美しいもの以外は容赦しない」で有名なのである意味本番より緊張するかもしれない。
観月「うっとり……」
寒河江「いやいや……」
和泉夜「いつ見ても……」
マジマジと見つめる3人。そして一言。
3人「「「確かに似合っている」」」
天馬「…………」
デジャヴ??
黒羽「おぉ。相変わらず外に出たら男から……そ、そこで剣を構えないでくれ!!本気で怖いから!」
一宮「その手の台詞は禁句だね。命の保障無いよ」
衣装の最終チェックをする一宮。
神村「こっちは問題なし」
全く相変わらずだ。ふと襟元にてを当てる。
天馬「あ、ネックレス忘れた……取ってきます」
能登川「あぁ!それなら僕が……行っちゃった」
湊「そろそろ、白雪先生がしびれ切らすから、危険なんだけどなぁ」
苦笑する湊。


天馬「あ、あった」
舞台袖の奥。ちょっとした控え室(というより空間)にあるテーブルの上にネックレスを入れてある箱があった。開けて取り出し、その場で身につける。コレで良し。
天馬「!」
背後に奇妙な気配。片足を軸にして振り返り様剣を抜く。
牧野「流石だね~」
天馬「優……今まで何処行っていたんだ?」
案の定、といった感じで剣を鞘に戻す。
牧野「ん~……良くわかんない」
天馬「はぁ?」
牧野「なんかね、神出鬼没?ってやつなのかなぁ~」
そんな事、さもあっけらかんと言わないでくれ。幽霊なんだから神出鬼没に違いは無いのだろうけど。
天馬「他のみんなは、優の事はすっかり忘れているみたいだし、どうなっているんだ?」
牧野「それはね……」
どうやら、一定期間関わりがなくなると、その人の記憶から忘れ去られてしまうらしい。しかし、起きた事象はそのまま残っており(この場合は脚本の監修)、それが記憶の混乱を呼ぶらしい。それでも、思い出されるのは極稀。
天馬「しかし、俺は忘れていないけど、どういうことなんだ?」
牧野「それは僕にも分からない。だけどね」
一旦言葉を切る。
牧野「だからこそ、僕はまたココに来る事ができたんだよ」
ニコニコ笑う牧野。しかし、天馬が彼の事を忘れたら二度とこの場に姿を現す事が出来無いという事でもある。気になるので、そのまま尋ねる。しかし、
牧野「そうかもね」
なんだこのお気楽さは?
天馬「あのな……俺が忘れない保障は無いんだぞ」
牧野「ん?そうだね、でも、何となく分かるよ。天馬君は忘れないって」
やれやれ。買いかぶられたものだ。苦笑して肩をすくめる。
天馬「取り憑くのも程々にな……」
「何処まで取りに行ったんだ~??」
「お姫様~、どこですか~?」
マズイ。かなり話し込んでしまったようだ。その前に「お姫様」と呼んだ人は手打ちだな。
天馬「さて、行ってくるか……」
牧野「頑張ってね。シルビア姫」
見送られ、新たな舞台へと向う。途中振り返って、


天馬「“私に惚れると、火傷するわよ”」




<END>
(08/08/31)
加筆
(08/09/21)
(08/09/23)
(08/09/29)
(08/10/01)
(08/10/18)