楽屋に戻っても湊のテンションは上がったままだった。
舞台から引き上げて来た残りのお菓子を自分の机に置いて、ドリンクを飲み一息つく。
湊「あの拍手を聞くと頑張ってよかったって思うな。一時は僕の二役もタツの役者もどうなることかと思ったけど」
綺咲「皆さん、頑張りましたよね。まだ始まったばかりですが」
湊「そう言えば僕、眼鏡忘れて出ちゃったんだよなぁ。バレてない?バレてなかったよね?」
綺咲「…………」
神村「いえ、しっかりバレてました」
湊「あ……やっぱり?一瞬だったし、外した振りをしてたんだけど」
一宮「外した振りじゃ誤魔化せないよ」
湊「ほら、出かける前だし……たまには外すかなぁと」
そう言って眼鏡を外し机の上に置く。ついでに邪魔なウィッグも外してしまう。
一宮「あぁ、そう言うことか」
湊「子の悪戯にひっかかったんだよっ。やっぱり無理?無理ある??……ごめんなさい。素直に謝っておくよ。ってコトで今日の反省終わりっ!」
湊はすっきりした顔で目に入ったチョコをひとつ取って食べる。
そこへ携帯電話が鳴る。
湊「僕のか」
着信を見て一瞬固まりつつ出る。
湊「もしもし。えっ、どこにいるって?わかった、すぐに行くから」
電話を切った湊は慌てて制服に着替える。
湊「兄さんが来てるんだ。ちょっと会って来るよ」
そうして慌てて楽屋を出て行った。
湊「講堂の入口って言ってたよな……あっ、いたいた。やっぱり二人で来たのか。何となく舞台から見えてたんだよなぁ」
同じ顔が二つ並んで立っていた。
湊の兄は双子だ。長男が葉月(はづき)次男が神月(かづき)と言う。
葉月「なんだ、もう着替えたのか」
湊「衣装のまま出歩けるわけないだろっ」
神月「残念だな。近くで見たかったのに」
湊「神月兄まで……」
神月「あ~舞台楽しかったよ。お疲れ様」
湊「ありがと。って神月兄、目が怖い……」
神月「俺のバイクをあんなにしていい度胸だとかは別に思ってないから」
湊「思ってるだろ?」
葉月「あははっ、あのセンスはいいと思ったぞ。バイクを見た時の神月の反応も面白かったしな」
神月「族仕様にされるとは思ってなかったからな。思わず固まっただけだ。誰?あれ作った奴」
湊「部員だよ。まだ楽屋にいると思うけど、呼んで来ようか?」
神月「じゃぁ行くか!ついでに睦月が世話になってる奴らに挨拶したいしな」
湊「えっ、ちょっと待ってよ」
慌てて引き留めようとするが、兄二人は歩き出してしまう。
葉月「別にいいだろ?今日はうろついたって問題ないよな。睦月がいるし」
湊「そういう問題じゃないからっ」
神月「何?会うと困ることでもあるのか?別にバイクのことをどうこう言うつもりはないから気にするな」
葉月「ほらっ。諦めてさっさと案内する」
湊「はぁ……仕方ないなぁ」
楽屋に全員いないことを祈る湊だったが、湊の思い虚しく何人かは残っていた。
湊「ただいま。ごめん、兄さんが……」
残っていた部員としばらく談笑した。
やはりバイクの話は話題になったが、作った四隣、能登川、天馬の姿は既になく桜井は挨拶だけして早々に退室した。
バイクに乗った瀬納には見込みがあるとか言って免許を取ることを勧めていた。
「俺の大事なバイクをあんなにしたのは誰だ?」と息巻いて部室に飛び込んだのは悪ふざけだったようだ。
帰る時に「いい仲間を持ったな」と言って背中を叩かれた。
それが嬉しくて誇らしげに答える。
湊「おぅ!」
湊は兄の背中を見送り、楽屋を振り返る。
そこには笑顔の仲間達がいた。
END。