綺咲に会いに行く

Last-modified: 2008-05-20 (火) 22:51:57

拍手と歓声が幕を降りた後も舞台上に響く。
皆と一緒に楽屋に一度戻ったものの、再び、幕の降りた舞台に一人戻り、立ち尽くす。


まだ、明日もあるんです……今日の緊張感を忘れず、頑張らなくては……。


思わず泣きそうになる自分に、決意を込めて両頬をパンパンっと叩く。


桜井「小鳥サン」


ふと、突然後ろから声をかけられ、振り向く。


桜井「親御さんが来てるぞ」
綺咲「えっ!?ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!」


大慌てで桜井に一礼し、楽屋の方へ走っていく。
途中の廊下で見覚えのある姿を見つける。
綺咲「父上っ!兄上っ!!」
思わぬ来客に頬が紅潮する。
綺咲「あのっ、……お仕事は?」
兄「何を心配しているんだい?可愛い小鳥の初舞台を見逃すはずないじゃないですか」
兄の大きな手が小鳥の頭を撫でる。
それに、嬉しそうに目を細める。
父「司、いつまでも小鳥を子供扱いするな」
綺咲「あ……すみません、僕が、甘えてしまいましたから……」
兄「いいじゃないですか……お父さんも素直になったらどうですか?」
くすくすと笑いながら父を見つめる兄。
その様子に小鳥は首をかしげた。
兄「父上はね?小鳥の舞台を見ながら……」
兄の言葉を遮る様に父が口を開く。
父「私はまだ約束があるから、先に車に戻っている……」
そう言い、背を向ける父のスーツの袖を小鳥は慌てて掴んだ。
父「何だ……」
厳しい眼差しに一瞬ビクッとし、掴んだ袖を離した。
父「何も無いのなら……」
綺咲「ち、父上っ……見に来てくださり、ありがとうございました!!」
深くお辞儀をする。
父の顔を見るのが怖いのか、なかなか顔を上げられず、そのまま、頭を下げた状態でいると、そっと、頭上に触れる温かさがあった。
父「綺咲の者として、恥ずかしい真似だけはするな。
自分が出来ると思った事を、しっかりとやり遂げなさい。
良い仲間に出会ったのだから、大切にし、迷惑をかけない様に……」
言葉が終わると同時に、その温もりも消える。
綺咲「はいっ!!」
慌てて頭を上げると、もう既に父の後ろ姿が見えた。
心配そうにそれを見つめる小鳥に、兄は小鳥の目の高さまで屈み、
兄「あの人は、素直じゃないですからね…。
小鳥が舞台でがんばっている姿を見て、少し涙ぐんでましたよ」
綺咲「父上が、ですかっ!?」
吃驚した表情の小鳥に、兄は微笑み頷くと
兄「あんなに弱くて大人しい子が、元気に舞台を走りまわって…ちゃんと、声も大きくはっきり聞こえる……なんてね?」
綺咲「……」
兄「貴方が、人並みに健康な身体になって、しっかりと強くなっている姿を見て、嬉しそうでしたよ」
綺咲「そうですか……良かった……です」
兄はまた微笑み、小鳥の頭を優しく撫でる。
兄「ただ……」
急に撫でる手を止め、神妙な面持ちで……。
綺咲「ただ?」
首をかしげ見上げる綺咲に、少し苦笑いし……。
兄「その衣装……とてもイイのですが、少し心配ですね」
綺咲「……心配?」
何ででしょう?とクエスチョンマークを浮かべる綺咲に微笑み、もう一度頭を撫でると
兄「あの人がうるさいからね、行くよ。
あ、……楽屋で桐集院くんが待っているよ」
綺咲「零さんがっ!?わっ…わかりました!」
綺咲は兄を見送ると、すぐに楽屋へ向かう。
綺咲「零さんっ!!」
慌てて入ると、桜井と桐集院が話している最中だった。
綺咲「あっ……す、すみません……」
桐集院「小鳥さん、お疲れ様」
桜井「じゃ、オレは行くな?」
桜井はそういうと、ドアの前にいる綺咲の方へ進み、そのまま背中をぐっと楽屋へ押し込み、ドアを閉めた。
綺咲「あ、……あの、見に来て下さっていたんですね……」
あはは、と照れながら言う。
桐集院「初舞台でしょう?……あぁ、そうです、お父様に先ほどお会いしましたよ」
綺咲「え?……父に?……あの、何か言われましたか?」
桐集院「いつも息子が世話になってすまないって、甘やかして育てたから、迷惑をかけてるんじゃないかって……」
綺咲「そうですか……」
少し悲しそうな顔をする綺咲に桐集院は続ける。
桐集院「でも、小鳥さんが、元気になったのは、私やここでの友人のおかげだろうって、これからも仲良くして欲しいと、頭まで下げて頂きましたよ」
綺咲「本当ですかっ!?」
桐集院「ええ、良いお父様ですね……」
綺咲「……ふぇ……零さん……」
桐集院「おやおや、……こんなところで泣いては、何方かに見られてしまいますよ?」
慌てて涙を拭く綺咲に、桐集院は微笑むと、そっと頭を撫でる。
桐集院「舞台も、とてもよかったですよ……ただ……」
綺咲「……ただ?」
桐集院「その衣装とても似合っていてイイのですが、……心配、ですね」
綺咲「はぁ?」
再び兄から言われた事と同じような事を言われ、首をかしげる小鳥。
その様子にくすくすと笑い、
桐集院「その衣装のまま、学祭、一緒にまわりますか?」
綺咲「えっ!?いえ!!着替えます!!すぐに着替えますから、待ってて下さいね?」




まだ、確か一宮さんが残っているはずですから、鍵とかは、イイですよね?


と、思いつつ楽屋を後にする。
内心、部員の殆どが既に楽屋にいない事にほっとしながら……。