踊るカナヅチ

Last-modified: 2008-10-18 (土) 21:41:02

 
演劇部の作業室では、裏方担当の部員が集まって打ち合わせをしていた。
次の公演に向けた準備作業の大部分が終わり、通し稽古前の転換確認である。
裏方各班それぞれの演出や効果、道具や衣装替えのタイミングをまず台本に沿って確認していく。

今回の公演が初めての部員も多く、通常よりも念入りに話し合いが行われている。
その中で新たに用意するものも既に何点か出ていた。

打ち合わせの締めとして、劇中に使用するBGMをCDラジカセで流しながら裏方全体の事前確認を終えた。



翌日、大道具担当の部員達は追加された作業に取り掛かる。
早速おこされた図面を見ながら、木材に線を引き鋸や小型のチェーンソーなどで切っていく。
四隣は、それらを打ち付け固定をする為に手許の工具箱を開けた。
が、肝心のカナヅチが一本も見当たらない。

辺りを見渡すものの、今現在、大道具班では誰もカナヅチを使っている者は居ない。
作業室を後にし、他の班へ探しに向かった。


まずは衣装・メイク班の所へ。

四隣「灰センパーイ。カナヅチ持ってってませんかー?」
一宮「いや?流石に今回は使ってないよ」

次に音響・照明班。

四隣「駕世たーん!そちらでカナヅチ使ってませんかー?」
能登川「えっ、何に?!」
四隣「ですよネー」

最後は立ち稽古中の役者担当の所へ。

四隣「失礼します、先パイ方カナヅチ仕込んでませんかッ?」
湊「真顔で物騒だよ、十字」
黒羽「俺は今んとこ見て無いけどなぁ」
桜沢「作業室に無かったんですか?」
四隣「ええ。一昨日マデは確かに工具箱の中に有ったんですが……」
釈迦如来「僕も仕掛けて無いよー」
綺咲「演劇部用のって全部で幾つ有りましたっけ?」
四隣「えぇと……ひのー、ふのー……??」
天馬「基本だろ、ちゃんと把握しておかないと。しょうがない、俺の貸してやるよ」
一同「ぎゃ━━━━━━━」

天馬が何処からともなくカナヅチを取り出し、四隣に手渡した。


次の日。
四隣「天馬センパイ、昨日は有難う御座いました!」
天馬「で、見付かったのか?」
四隣「はい、お陰様で。他の備品も確認しリストアップ済みです」
湊「良かったぁ。ちゃんと管理しないと危ないぞ、鈍器なんだし」
黒羽「何処にあったんだー?作業室っつったら怒るぞ?」
四隣「えへッ」
桜沢「えぇと、片付け忘れってこと……?」
四隣「うーん……それが妙なんです」


カナヅチを借りた後、早々に作業を済ませた大道具・小道具班。
残量調べと片付けを兼ねて、裏方総出で備品の種類や数・具合などをリストアップし、おおまかな置き場所の再確認も行った。
その中でなんとか発見できた、作業室用のカナヅチ。

能登川「元々工具箱の有った棚とは全然違う棚……ちょーどラジカセの有る棚の下の方、ちょっち影になった所に落ちてたんです」
一宮「ってオイ。早速ラジカセが元の場所からズレてるじゃねーか」
四隣「アレは前々日から、音響班より拝借中なんです♪」
釈迦如来「なんかカナヅチが移動したみたいだねー」
能登川「夜な夜な踊ってるんじゃ?!説がマイブームでっす」
四隣「ぃやーだー、お二人ともメルヒェンですわ~」

一宮「……睦月、何かあの話みたいだな」
睦月「…………」
天馬「ん?あの話??」
綺咲「ほ、ほら、よく学校の怪談とかでー」
黒羽「あぁ、確かに。あるある」
天馬「?」
能登川「夜、張り込んで激写!大冒険だっ!ね!」
四隣「夜の学校怖いですぅ」
天馬「そして学園の警備員に捕まるんですね、わかります」

部長の湊がいつになく、真剣な声音で言い聞かせる。

湊「それは本当に危ないからやめて……いい?他のおかしなコトも続くようなら、そろそろ頃合なんだろうな。念の為、各持ち場の使用後点検はしっかり確認して帰るようにね」


更に次の日。

能登川「朝練の時さぁ、野球部の先輩から聞いたんだけどさぁ昨夜、劇部の部室で誰かが懐中電灯か何かを点けて作業してたんだってー」
四隣「おぉう……私の方でも、いつもお世話になっている合唱部の先輩から似た様な話を聞きましたよ」
能登川「最近ヘンだよなぁ」
四隣「なんなんでしょうねェ」

いつも通りの部室にいつも通り入る。だが様子がおかしい。
作業室には異様な光景が広がっていた。ある一角を囲んで部員が集まっている。

「ラジカセだよな、あれ」
「誰がこんな事を」
「不審者の出入りなんて有り得ないだろ」
「なんでカナヅチが……」

綺咲「み、皆さん落ち着いて下さーい」 
一宮「静かに。今、睦月が報告に行ってるから」
桜沢「一応、練習は明日にして今日は解散した方が良いかもしれないね」

3年生が後輩たちを現場に近づけさせない様に宥めている。

散乱した一角、作業室の隅にはラジカセが有った。
あの打ち合わせの日から、大道具班が音響班より拝借中の物である。
だが修理が不可能な程に破損している。
その異様な光景に拍車をかけているのは、室内に無造作に置いてある、劇部用の全カナヅチ。

天馬「先輩方……もしかして以前にもコレと似た様な事が有ったんじゃないですか?」

ざわついていた辺りが、一気に静まる。
ちょうど部長も戻って来た。

湊「そうみたい。伝え聞いた話によると前の時は、軽傷を負った部員もいたらしい。でも外部からの侵入者では無いことは確かだよ。とりあえず、片付けようか」
桜沢「え、良いの?」
湊「ラジカセは学園側で弁償してくれるって」
綺咲「はぁ……」

部員の一人がおもむろに、カナヅチの一本をラジカセの破損部分、へこんでヒビの入った再生ボタンに当て呟いた。

「ぴったりだ。」