開かない部室の扉

Last-modified: 2008-10-20 (月) 00:29:54

開かない部室の扉


世の中古いものには魂が宿るとか、そんな風に言われているが中には宿ってほしく無いものもある。


ガチャ。バタン。
「あれ?まだ誰も来ていないのか」
ガチャ。バタン。
「おはよう」
「おっす」
ガチャ。バタン。
「おっす」
「おはようございます」
「あ、おはよー。今日は早いね」
ガチャガチャ。バタン。
「おはよー!」
「よぅ。相変わらずだな」
ガチャガチャ。バタン。
「おはようございます」
「おはよう」
「おっす」


ガチャガチャ。ガンガン!!
桜沢「あ、あれ?」
綺咲「どうしたんですか?」
桜沢「あ、開かない……」
鍵は掛かっていないはず。しかも部室の中からは台詞練習している声が聞えるから、誰か居るのは間違いない。しかし、ノックしてもドンドン叩いても中からの反応は無い。
湊「どうしたの?」
そこへ部長の湊がやって来た。
綺咲「またドアが開かないんです。中には誰かいるのに……」
湊「えっ、中に?」
3人は改めてドアを見る。
綺咲「あ、あれ?」
桜沢「何?」
話し声が聞えなくなった。湊は鍵を取り出して開錠する。
ガチャ。
何の抵抗も無くドアは開いた。そしてその中は……。
湊「誰もいないよ」
桜沢「え?」
綺咲「えぇ!!そんな!?」
慌てて中に入る。しかし、薄暗い部室には誰もいない。湊がドア付近にあるスイッチを入れると、天井の蛍光灯がパチパチと音を立てて燈った。
綺咲「……確かに、何か台詞練習している声が聞えたのですが……」
湊「気のせいじゃない?ほら、連日練習しているから頭の中に残っているとか」
桜沢「そう……かもね。余り気にしない方が良いかも……」
綺咲「はい……」


昼休み。綺咲は部室にやって来た。公演を控えているので台詞練習や他部員との打ち合わせをする為だ。時間は限られているので、昼食もそこそこにやって来たというわけだ。
一宮「よぅ」
部室には一宮が居た。今回の公演で使う衣装を作っているようだ。テーブル半分を占拠している。綺咲は一宮の向かいに座って今朝の事を話してみた。
一宮「はぁ?誰もいない部室から、台詞?」
綺咲「と言いますか、何か練習している様だったんです…」
う~ん、と一宮は考え込む。が、
一宮「まぁ、気のせいでしょ」
綺咲「え?」
一宮「公演近いし、連日の練習で疲れてんだよ」
綺咲「……はぁ……」
そうなのだろうか?しかし、言われてみると最近、睡眠も浅い気がする。今日は早く帰ったほうがよさそうだ。
ガチャ。
そこへ誰かがやって来た。
能登川「こんにちは」
天馬「おはようございます」
一宮「よぅ。珍しい組み合わせだな」
能登川と天馬である。確かに1年生と2年生、学年違いは珍しい……のか?
能登川「一宮さん、俺ら小道具班ですよ」
一宮「それもそうか。で、どうしたの?」
気になったのは天馬が手にしている紙の束。
天馬「講堂の迫上がりの検査を業者がやっていたんですよ」
講堂舞台、中央には迫上がり式(演劇部では奈落と呼んでいる)になっている。先日、練習中にこの迫上がりが誤作動して危うく大惨事になるところだったのだ。早々に顧問の白雪先生が業者を呼んで点検してもらったのが今日の午前中。能登川と天馬は事前に予定を聞かされていたので、講堂前で待ち合わせて状況を聞いてきたのだ。
一宮「あぁ。あれ今日だっけ?」
天馬「ですよ。結構大掛かりでしたね」
テーブルに着きながら天馬は話した。
一宮「それで、検査の結果は?」
能登川「それが……“異常なし”だそうです」
一宮「はぁ?あれで?」
1m位は軽く落ち込んでいたはずだ。あれを誤動作と言わず何と言おうか?
天馬「念の為、ブレーキやらシリンダー、駆動系で怪しい部品は入替えたそうです」
手にしている紙の束を見ながら話す。どうやら検査結果のレポート(のコピー)らしい。交換した部品、検査方法などが細かく記されている。全てを理解できる人間は、今この部にはいないだろう。
一宮「確かに大掛かりだな……」
学園側としても、生徒が事故で怪我をしたら監督責任を問われる。ならば、設備をそっくり入替えてしまうほうが良い。
天馬「怪我人出るよりはマシですよ……綺咲さん?」
綺咲「え?な、なんでしょう??」
能登川「なんだか、心ココにあらず。でしたよ」
綺咲「そ、そうでしたか?」
一宮「だから、あまり気にするなって」
能登川「?何があったんですか?」
一宮は2人に綺咲から聞いた話をきかせた。
天馬「ん~……」
能登川「はぁ……」
綺咲「ほら~~!みなさん、ウソだと思っていらっしゃりますねっ!」
珍しく声を荒げる。
天馬「いや、そうではなく……」
綺咲「なんなんですか~~!!」
これには流石に驚くというより呆れた。しかし、ここまで感情的な姿も珍しい。天馬は冷静に一言こう言った。
天馬「俺も、聞いたことありますから」


放課後。
メインで動いている演劇部員が部室に勢ぞろいした。とはいえ、全部ではないが。
湊「さて、今日集まってもらったのはこの部室内の大捜索だ」
黒羽「ん?大掃除とかじゃないの?」
湊「ついでに掃除もするか」
黒羽「……あ、ゴメーン、俺急用を思い出した……」
出て行こうとする黒羽を部員3人が、がっしりと捕まえる。
綺咲「黒羽さん!ご協力お願いしますぅ~」
涙目になって訴える。
四隣「だめですよ~先輩泣かしたら」
一宮「いじめっこだ~」
黒羽「だぁぁ!分かった分かったよ!」
釈迦如来「それで、何を探すんですか?」
最もな質問だ。それが分からなければ探しようが無い。
湊「幽霊」
し~~~~ん……
釈迦如来「すいません。急用が……」
綺咲「ジールさんまでぇぇぇぇ!!」
黒羽「イタズラっ子に加え、いじめっ子も追加か?」
釈迦如来「そ、そんなぁ~」
湊「はいはい。つまりね……」
湊は事の発端を話して聞かせる。集めた情報では綺咲だけでなく、他の部員もその“声”聞いたことがあるというのだ。しかも時間は不規則で、朝だったり放課後だったり、時には授業の合間の休み時間だったりする。
黒羽「まさか、ジールのイタズラじゃないだろうな」
釈迦如来以外の全員がハッとする。そういうばそうだ。去年の公演会では散々周囲に迷惑をズンドコかけたのだ。容疑者としては一番近い。
神村「ま、まさか……」
桜沢「……何だか、怪しいね……」
釈迦如来「え?え?えぇぇっ!!?」
慌てふためく釈迦如来。前科があるだけに、その疑いの目は一層キツイ。
黒羽「ジール、白状するなら今のうちだぞ」
釈迦如来「やってませ~~ん!ホントに何もやってませんよぉ!!」
外れて飛んでいきそうな勢いでブンブン首を振る。
観月「え?先輩ってそういう趣味あるんですか?」
黒羽「そりゃもう。去年は散々な目に遭ったよ……」
遠い目をする黒羽。綺咲もウンウンと頷いた。
寒河江「よ、よほど凄かったんですね……」
げんなりしている先輩たちを見て1年生たちはその様子が手に取るように分かった気がした。
湊「とにかく“声”が出るものを探すんだ」
能登川「カセットデッキとか、携帯プレイヤーとか?」
天馬「トランシーバー、電話機も含まれるな」
このあたりは小道具班が強そうだ。
四隣「我らの本領発揮ですわね」
湊「そういうこと。捜索開始!!」


狭い部室ではあるが、衣裳部屋や小道具を置いておくスペースなど、探すところは意外と多い。しかも衣裳部屋ではその衣装を1枚1枚めくりながら、どかしながらの作業だ。
一宮「流石演劇部。衣装は山の様に……」
黒羽「こ、これだけのものをよくもまぁ作ったな……」
桜沢「塵も積もれば何とやら、だね……」
観月「うわっ。このドレス凄いですね。誰が着たんですか?」
一宮「あ~、それは……」
背後でゴソゴソと探し物をしている部員を見る。
観月「え?」
和泉夜「まさか?」
この部で一番髪の長い部員だった。
天馬「ん?何??」
髪をかき上げるその仕草は、観月が見たドレスを着るとマッチしそうだ。
寒河江「た、確かに似合いそうですね……」
天馬「リクエストあれば着るぞ」


探すものが多いのなら小道具系も負けてはいない。何しろ細かいものが沢山ある。それに大道具も守備範囲だから達が悪い。
四隣「そういうものなら、小道具でいくらでもありそうですけどねぇ……」
ガサゴソと探してみる。確かにそうだ。
能登川「でも、一覧表があるわけでもないし……。あぁ~!備品整理もっとやっておけば良かった~~!!」
天馬「……一覧?これでいいか?」
四隣「なんというグッドタイミング!」
天馬「備品整理は基本でしょうが……」
能登川「そうでした」


綺咲「うわ。凄い鏡……」
1枚の姿見がある。これは大きすぎて持ち運びが不便なので、部室で衣装合わせのときよく使っているものだ。公演会のとき講堂へ持っていくものはまた別にある。
??「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」
悲鳴。いや、仰天した声と言おうか。それに反応した部員達は声の主の下へ駆けつける。
湊「何!?どうしたの!?」
腰を抜かしている一宮。その視線の先には……
桜沢「……マネキン?」
釈迦如来「マネキン……だよね?」
天馬「正確には“マネ筋”では……」
マテ。
黒羽「あー……確かに“筋”ではあるな……」
何故か、見事なくらいムキムキマッチョな“マネ筋”がポーズをとっていた。それも2体。一方は右手を掲げ他方は左手を掲げている。黒く日焼けした見事なボディ、目を細めて笑っている。彼ら白い歯がまぶしい。
サムソンとアドン??
四隣「だ、誰のシュミですか??」
湊「さぁ……色んな人がいたからなぁ……」
過去を思い出すような湊の呟き。しかし、こんな物体をダブルでいきなり見たら腰を抜かすのも無理は無いか?
寒河江「い、色々あるんですね……」


綺咲(あ……)
ふと自分のロッカー見ると衣装に止めてあったリボン付きクリップが外れていた。
演劇部のジンクス。衣装に止めてあるクリップが勝手に外れていると、その公演会は大成功するという。
綺咲(……気のせいだったのでしょうか。いいえ、大丈夫です。今回もきっと上手く行きますよね)
能登川「あーーーー!あったーーー!!」
綺咲「え?」
その声に皆が振り返る。バタバタととって返す部員達。能登川は部員達の荷物を入れておくロッカーの前に居た。手にはスピーカー付きのプレイヤー。
黒羽「また古いものを……」
確かにその通りだった。今ではMP3やらUSBに取って代わられたカセットテープ式というのは珍しい。しかも150分テープがセットされていた。しかし、疑問は残る。
桜沢「誰がセットしたの……?」
その視線の先には……
黒羽「ジール……」
釈迦如来「やっていませんってば~~~!!」
外れて飛んでいきそうな勢いでブンブン首を振る。ネジがあったとしたら、確実に2,3本は飛んでいるに違いない。
観月「せ、先輩、間近で大声出さないで下さい……」
よほど耳がキーンとなっているのだろう。役者で発声練習しているとその声量は普通の人より大きいものだ。
釈迦如来「あ、ごめんごめん」
湊「とにかく、原因はこれなのか?」
能登川が再生ボタンを押す。するといつの頃のか分からないが、台詞を練習する声がスピーカーから流れてきた。
綺咲「あぁ!!これです!この声です!!」
天馬「間違いないな。俺が聞いたののもこんな感じだった。問題は……」
能登川「誰が仕掛けたか?ですね」
当然、鍵を持っている部員なら出入は自由だ。しかし、卒業生も持っている可能性もある。更にそのプレイヤーは備品の1つだった。内部に詳しい人間の可能性が高い。それともプレイヤーが勝手に動き出して、再生していたというのか?
ありえない。


湊「纏めると……」
扉が開きにくいのは、単に建付けが悪いか老朽化しているためであって、何かが取り憑いているとかそういうオカルトの類ではないということだ。
一宮「防犯も兼ねて、扉取替えたほうが良いね」
この意見にその場に居た全員が賛成した。早速顧問の白雪先生に相談するべきだ。いくらなんでも現役演劇部員以外が自由に出入りされるとトラブルの元になりかねない。今回の様に。
こうして意外な結末となったが、部員達も胸のつっかえが取れた。


綺咲(はぁ……。今日もハードでした……)
台詞練習で1人残っていた綺咲。講堂から部室へ戻ってきた。
和泉夜「じゃ、あのドレス着たのって」
天馬「俺だよ」
一宮「体形合わせて作ったから、今は着れるのかな?」
天馬「あまり背丈変わってませんからね。いけますよ」
寒河江「み、見たいかも……」
一宮「ははは。時間があったら、ね」
肩をすくめる天馬。
綺咲(あれ?まだ何方か残っていらっしゃるのでしょうか?)
先日、取り替えたばかりの扉と錠は左右の壁と比べたらまるで別の世界に繋がっているようだ。
目の前まで来ると扉が勝手に開いた。
一宮「お?やっと帰ってきたか」
観月「先輩お疲れ様です」
綺咲「お疲れ様です。帰るところですか?」
和泉夜「はい」
一宮「そうだ。今度、以前の衣装引っ張り出して舞台やるから、綺咲君も覚悟しておいてね」
綺咲「はひ??」
天馬「一宮さん、それって俺はまさか……」
一宮「うん、お姫様よろしく」
やっぱり。という感じで肩を落としうな垂れる。
寒河江「はいはい~、ではお先です~」
寒河江が脱力している2年生を背中から押して歩いていく。居残りは綺咲だけになった。改めて部室へ足を踏み入れる。
その先は……
綺咲(まるで別世界ですね)
夕日が室内を赤く染めていた。しばらくその赤い世界を眺めていたが、電灯のスイッチを入れる。天井の蛍光灯がパチパチと音を立てて燈った。
綺咲(さて、早く帰ってお風呂に入りましょう……)
そそくさと着替えを済ませて、荷物を纏める。他に忘れ物が無いか手探りでロッカーを調べる。
問題なし。
綺咲「今日もお疲れ様でした」
声に出して扉を閉める。そして、鍵を掛けようとした時だった。




<……まだ……閉め……ない……で…………>




誰かが呟いた…………




END
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