あやちさ

Last-modified: 2024-04-26 (金) 01:04:32

Pastel✽Palettes。一時代を築いたアイドルグループ。そして,私の青春。
パスパレは私たちが高校を卒業した頃から人気に拍車がかかり、その3年後には武道館でのライブ、さらにその2年後には紅白に出場するまでになった。
CDの売り上げでも出せば一位になり,イヴちゃんの宣言通り,日本一も遠くなかった。

しかも?私たちは個人でも活躍が目覚ましく評価されていた。
 麻弥ちゃんはドラマーとして日本だけでなく,世界にまで名を轟かせている。
 イヴちゃんはモデルとして絶大な人気を誇っており,SNSのフォロワー数は世界でもトップクラスだ。
 日菜ちゃんは……,もう本当にすごい。ギタリストとしての評価も高いし,日本で一番とされる大学の最も難しいと言われる学部に入学。最近は女優としても名前を上げてきた。
 そして彩ちゃんは"主演"女優賞。パスパレのために他のことをやっていられないという彼女だったが、私が1人でも稼げないと将来的に困ると何とか説得して出た映画が素晴らしく評価された結果だ。
そして私は,"助演"女優賞。

「今日も頑張った~」

 練習が終わり,彩ちゃんがそんな声をあげながら倒れ込む。

「彩ちゃん,最近特に忙しそうだもんね」

 日菜ちゃんがギターを降ろしながら彼女を労う。

「忙しいよ~って言いたいところだけど、みんなに比べれば全然だからもっと頑張らないと」

「はっ」

「千聖さん,どうしたんですか? 少し顔が怖いようですが」

「そんな顔をしていたかしら? 私も少し疲れてしまったのかもしれないわね」

 私はいつもと変わらない表情を心がけ,麻弥ちゃんの問いかけに答える。

「アヤさんは主演女優賞を取ってから本当にお忙しそうです」

「えっ」

「すごいありがたいことだし,仕事もいっぱい貰えそうなんだけどね。でも,パスパレの時間を大切にしたいなって」

「悪いけれど,私は明日も早いから失礼するわね」

 私は一人,早々に楽屋を出ることにする。

「千聖ちゃんお疲れ様~」

「千聖さんお疲れ様です」

「チサトさんお疲れ様です!」

「お疲れ様! 千聖ちゃん!」

 振り返ることなく、扉を閉めて出て行った。

 ……今日は良くなかった。どうも表情にも出てしまっていたようだ。最後は隠すことすらなく、さっさと出てきてしまった。

「何やってるのよ……」

 私の独り言は夜空に消えて行った。

 それからも私は女優の方もパスパレの方も、全力で仕事に取り組んだ。大学の方は私の事情を汲んでくれており、融通を利かせてくれている。ありがたい限りだ。

 私も頑張らないといけない。
 頑張って、頑張って、頑張ってーーーーー。

『今日、少しだけ時間作ってもらえないかな?』

 撮影を終え、スマホを確認するとそんなメッセージが入っていた。彩ちゃんからだった。
 前までは嬉しかったはずの彼女からのメッセージが、今は少しだけ嫌なものだと思ってしまった。
 けれど、メンバーとの交流も仕事のうち。私は了承の旨を返事すると彼女と会うために、パスパレの事務所へと向かうのだった。

「お待たせ、彩ちゃん」

「ううん、急に呼び出しちゃってごめんね」

 待っていたのは彩ちゃん一人であった。

「それでどうかしたのかしら? 何か相談事?」

 彼女の要件を問いながら、彩ちゃんの向かい側に腰を下ろす。

「今日はそういうのじゃなくて,最近千聖ちゃん元気ないから大丈夫かなって」

「……大丈夫よ」

 ……誰のせいだと。

「私なんかじゃ頼り無いのはわかってる。だけど、私は千聖ちゃんが何か思い悩んでるように見えちゃって、力になれるかわからないけど話して欲しいなって」

「だから、大丈夫って言ってるでしょ!」

「……千聖ちゃん?」

 彼女の困ったような声で、自分がやらかしてしまったことに気づく。
 でも、もういいか。ここまで我慢してきたんだ。もう。

「あなたに話して何が変わるって言うのよ!」

「…………」

 彼女が怯えているのを初めて見た。私がこんな顔をさせてしまっているのか。

「あなたが私の何が理解できるって言うのよ!」

「ご、ごめん。私なんかじゃ努力が足りなくて、頑張ってる千聖ちゃんのことわかるわけないよね」

 ーーーそれだ、それが許せないのだ。

「何もわかってないじゃない……」

「え?」

「あなたはもう、私を追い抜いてるじゃないの!」

「そんなことはないよ! 千聖ちゃんは今でも私の先輩でーーー」

「あなたは主演女優賞を貰っているのよ!」

「千聖ちゃんだって、助演女優賞じゃん!」

「主演と助演が同じだと思っているの?」

「たまたま評価された映画の配役がそうだっただけでーーー」

「私はあなたの10倍は主演として映画に出ているのよ!」

「…………」

 彼女が言葉を失っても、私は止まらない。

「なんであなたばかりが評価されるのよ!」

「私の頑張りが足りないから千聖ちゃんにそう思わせちゃうんだよね……」

「違うわよ! あなたのその態度が一番私を苦しめてるのよ!」

「私の態度……?」

 彼女は本当に何もわかってないような目で私を見てくる。大好きだったはずの彼女の瞳が今は許せなかった。

「彩ちゃんが頑張らなきゃ頑張らなきゃって言うたびに私がどんな思いをしているかわかる!? 今私より進んでいるあなたが頑張らなきゃって言ってたら、私が頑張ってないみたいじゃない!」

「そんなつもりはーーー」

「しかも! あなたがこれ以上頑張ったら、私はどうやってあなたに追いつけばいいのよ! 私だって頑張ってるのよ! 努力をしているの! それなのに! それなのに……」

「千聖ちゃん……」

「私はどうしたらいいのよぉ……」

 両の目から我慢していたものが溢れてきてしまう。
 今までずっと溜めてきた彼女への感情が溢れていくのを感じた。

 それから数分して私は涙を止めて立ち上がった。

「ごめんね、彩ちゃん。明日からはちゃんとするから」

 私はそう言って事務所を出ようときた時だった。

「待って、千聖ちゃん」

 彼女が私を呼び止める。

「何かしら?」

 私はいつもと変わらない笑顔を意識して、振り返る。目元が赤くなっているだろうことは自分でもわかっていた。けれど、強がっていないとまたすぐに崩れてしまいそうだったから。

「千聖ちゃんは私のことを憎く思っているかもしれない。でも、私にとって千聖ちゃんはパスパレのメンバーで、芸能界の先輩で……私にとって大切な人だから」

 彩ちゃんの瞳は真っ直ぐと私を見つめていた。
 今の私はそれに応えることはできなかった。

 空はもう真っ暗になっており、一日の終わりが近いことを告げていた。

「……何をやっているのかしら」

 らしくなかった。
 今までだって他人の才能に嫉妬することなんて何度もあった。
 身近なところで言えば日菜ちゃんなんて才能の塊すぎて泣けてくるくらいだ。
 けれど、日菜ちゃんに対して彩ちゃんほどの嫉妬を抱いたことはなかった。
 なぜだろうか、日菜ちゃんの方が嫉妬する点だって多いはずなのに。
 私がどこか彩ちゃんのことを私が導いてあげなければいけない存在、自分より下だと、無意識に思っていたのだろうか。
 いや,そんなことはない。そんな想いはあの雨の日に捨てたのだから。
 あの日から彼女の才能を認めざるを得なかったのだから。

 彼女を見ていると私の全てが小さく、弱く見える。

 私は何を成したかったのだろうか。
 日本一の女優になりたかったのだろうか。世界一の女優になりたかったのだろうか。
 それとも、パスパレを日本一のアイドルにしたかったのだろうか。世界一のアイドルにしたかったのだろうか。
 わからない、白鷺千聖はなんのためにこの世に生を受けてきたのだろうか。

 スマホが震えていることに気づく。
 仕事をする気分ではなかったが、連絡を無視するわけにもいかない。

 けれど、画面に映し出されたのは彼女からのメッセージだった。

『千聖ちゃんごめんね。でも、最後の言葉だけは取り消さない。私の本心だから』
 
 最後の言葉……。

 彼女は私のことをパスパレのメンバーで、芸能界の先輩で、そして大切な人と言ってくれた。

「あ…………」

 そうか。

「あはは」

 そういうことか。

「あはははははははははは」

 周りの人に見られている気がするが、笑いが止まらない。
 だって、そんな初歩的なことだとは思わなかったから。
 まさか、私が、みんなの特別になって女優として成功したいと思っていた私が。

 彼女を特別に、大切だと思っていたのだから。
 私は彼女を特別に想い、そして特別に想われたかったのか。

「おはよう、彩ちゃん」

 翌日、スタジオで最初に出会った彼女に私は声をかける。

「お、おはよう、千聖ちゃん」

 彼女も返事を返してくれるが、どこかいつも通りではない。昨日のことを気にしているのだろうか。

「昨日のことはごめんなさいね。もう、大丈夫だから」

「私こそ、ごめんね」

 私が一方的に感情的になってしまったのに、謝ってくれるなんて彩ちゃんはやっぱりいい子だ。
 自分のことしか考えない、私とは違って。

 彼女にとっての『大切』は特別な意味を持っているわけではないのかもしれない。

 それでも、私にとっての『大切』は特別で、彼女にしか向かない感情だから。

「もう、あなた以上に頑張って、あなたに負けないから」

 だから、私もあなたにとっての特別になってみせる。