概要
フォアグリップを備える短機関銃。

↑EMP35を持つ兵士。
諸元
| 制式名称 | ErmaMaschinenPistole 35 |
| 鹵獲名称 | MaschinenPistole 740(f) |
| 鹵獲元国家 | フランス共和国 |
| 開発元 | エルマ・ヴェルケ |
| 口径 | 9×19mm |
| 重量 | 4.5kg |
| 装弾数 | 10発/20発/32発 |
| 全長 | 840mm |
解説
EMP35の起源は、銃器設計者ハインリッヒ・フォルマーが1925年に考案したVMP(Vollmer Maschinenpistole)に遡る。この初期型は1928年に少量生産されたが、フォルマーは量産化のため製造パートナーを模索した。1930年代初頭、エルマ・ベルケ社がVMPの特許を取得し、ベルトルト・ガイペルによる改良が加えられた。これにより、1934年にはVMPを基にしたMP34がエルマ社から発表された。このMP34は、穿孔付きバレルジャケットの追加やモノポッドの廃止など、いくつかの変更が施されていた。最終的な改良型であるEMP35は1935年に登場し、MP34の細部を改善し、新たな安全システムを導入したモデルである。この銃は商業的に成功を収め、フランス、メキシコ、ユーゴスラビア、南米諸国へ輸出された。特にスペイン内戦ではフランコ派によって使用され、後にスペイン軍の制式短機関銃として採用された経緯を持つ。生産は1938年に終了し、後継のMP38に道を譲った。
EMP35は、シンプル・ブローバック方式とオープンボルト撃発を採用した短機関銃である。これは当時のMP18やMP28といった先行する短機関銃の設計思想を踏襲したものであった。特筆すべきは、銃の軸線に対しわずかに前傾した角度で配置された弾倉ハウジングである。この設計は、給弾の信頼性を高めるための工夫であった。弾倉は20発または32発の箱型弾倉を使用し、初期にはMP18で使用された32連スネイル弾倉も採用されたが、後に複列式の箱型弾倉に統一された。操作系においては、安全装置の他にフルオートとセミオートを切り替えるセレクターが右側に配置されていた。また、銃後部には分解・整備を容易にするための工具が内蔵されており、前線でのメンテナンス性を考慮した設計であった。銃身は放熱用の穴が開けられたバレルジャケットで覆われ、木製銃床と一体化した木製フォアグリップが標準装備されていた。しかし、後期生産型ではフォアグリップが省略されたモデルも存在した。全長は840mm、重量は4.5kgと、当時の短機関銃としては比較的重く、堅牢な作りが特徴であった。発射速度は約500発/分、使用弾薬は9mmパラベラム弾である。EMP35は、ドイツ国防軍によって正式に採用されることはなかったが、第二次世界大戦中、ドイツとその同盟国で広く使用された。特にドイツ国内では、ゲシュタポやSSといった治安部隊に配備され、東部戦線における武装親衛隊の最前線での戦闘でもその姿が見られた。また、Kfz 13などの装甲偵察車の乗員用副武装としても使用された記録がある。ドイツの同盟国であるヴィシー・フランスやイタリア社会共和国にも供給され、これらの国の軍や警察組織で運用された。
国外では、スペイン内戦での活躍が特筆される。スペイン軍はEMP35を制式採用し、1941年から1945年にかけては、スペインのラ・コルーニャ造兵廠でMP34のコピーが生産されるなど、その信頼性と実用性が高く評価された。しかし、1938年に生産が終了したこと、そしてより簡素で大量生産に適したMP38やMP40が登場したことにより、EMP35は徐々に第一線から退いていった。その堅実な設計思想は、戦時下の大量生産体制には適さなかったが、その信頼性と性能は、多くの兵士に評価されたことは疑いない。
派生型・鹵獲
MP740(f)

↑EMP35を持つフランス兵(左端)。
フランスに輸出されていたがドイツ軍に鹵獲されたもの。
ギャラリー

↑EMP35を持つ兵士(右)。

↑EMP35を構える兵士。

↑EMP35を構える兵士。

↑EMP35を持つ兵士。

↑EMP35を持つ兵士。