概要
1935年のドイツ再軍備から第二次世界大戦を通してドイツ国防軍兵士の最も一般的な武装であったボルトアクション小銃。

↑Kar98kを携行するドイツ国防軍の擲弾兵。
諸元
| 正式名称 | Karabiner 98kurz |
| 開発元 | モーゼル |
| 口径 | 7.92×57mm |
| 重量 | 4.2kg |
| 装弾数 | 5発 |
| 全長 | 1100mm |
解説
1935年6月にドイツ国防軍が制式採用したボルトアクション式ライフル。
本銃の開発は第一次世界大戦期からの制式小銃であるGewehr98の派生型であるKar98b*1を100mm以上短縮するなどの改良を加えることで行われた。
Gewehr98から大きな変化はなかったが、当時ドイツはライフルの戦術的意義をそこまで重要視していなかった。その根底には半自動小銃開発を推し進めたアメリカなどと違いドイツ軍では歩兵火力は優れた連射力を持つ機関銃が担当するものとされていたためであった。また国内倉庫で大量に余剰弾薬として保管されていた7.92×57mm モーゼル弾と互換性があり、訓練・配備の容易さから早期に再軍備をする必要があったドイツにとって非常に有利だった。量産は制式採用の1年前からモーゼル、ザウエルら2社によってすでに開始されており、1938年から39年にかけてドイツが行った対外拡張によって占領下となったオーストリアのシュタイヤー社、チェコのブルノ造兵廠などでも行われた。
先述した通り、ドイツ国防軍・武装親衛隊において最も一般的な武装だった本銃は第二次世界大戦でドイツ軍が参戦した全ての戦線に配備され、その性能を遺憾なく発揮した。ソ連軍や米軍が装備する半自動小銃に対しては連射力で劣っていたが、精度・単発火力で勝る本銃は通常の運用はもちろんのこと、スコープを使用した狙撃銃としての運用でも猛威を振るった。
アタッチメント
ZF-39
4倍率の民間製スコープ。
ZF-41

↑ZF-41スコープを装備したKar98kを携行するドイツ兵。
1.5倍率の小型スコープ。長距離狙撃には不向きだったが、最も生産されて運用された。
GG/P40

↑GG/P40を装備したKar98kを携行するドイツ空軍兵士。1944年、フランスにて。
1940年に採用されたKar98k用の擲弾発射器。1941年のメルクール作戦で初めて実践投入されたが、発射方式に起因する命中率の低さや射程の短さから不評だった。
G.Gr.Ger

↑シースベッヒャー擲弾発射器を装備したKar98kを構えるドイツ兵。
GG/P40の問題点の多さから1942年に配備が開始された擲弾発射器。Schießbecher(直訳:撃つカップ)の愛称で知られる。
ギャラリー

↑Kar98kを構えるドイツ兵。

↑ZF-41スコープを装備したKar98kを構えるドイツ空軍兵士。

↑Kar98kを再装填するドイツ兵。