広義
現実には存在しない空間で営まれる社会。
狭義
理工学的に現実の空間と感じられる装置を用い、現実には存在しない空間で営まれる社会。
この定義では仮想現実社会は存在し得ないのではないだろうか?
現実と区別が付かないならば、それは現実であるからだ。あくまで途上における名称になってしまうのだ。
そこまで究極でないとしても、「感じられる」は個人毎にあいまいであり、客観的な現実の再現性を問うことはできない。よって広義に帰着してしまう。
テキストレベルのコミュニティも、現実と区別が付かないと主張されればそれを否定できないし、そういう可能性も充分にありうるからだ。
そういう人にとっては、ディスプレイもキーボードも「理工学的に現実の空間と感じられる装置」なのだ。
よって狭義には「表現がリッチであるコミュニケーションシステム」というつまらないものになってしまうのだ。