『小話』(中編)

Last-modified: 2015-06-27 (土) 23:07:47
469 :魔:2008/01/29(火) 23:17:23 ID:???
>>451~より続き
『小話』(中編)




※

あれから。
ちびタンの腕を奪ってから数日。
僕は僕を馬鹿にしていた奴らを、片っ端から殺していった。
勿論、首をかっ切る心臓を貫くなんて単純な殺し方なんかじゃない。

耳を削ぎ、腕を切断し、脚を裂き、腹を捌く。
ひたすら様々な箇所から、血を肉を空気に触れさせる殺し方。
僕は、奴らをいろんな方法で『虐殺』していった。

得物を振るう度、奴らは泣き叫んだ。
刃を走らせる度、奴らは悶え苦しんだ。
その声や表情を見ていると、えもいわれぬ心地良さが僕を包み込む。
虐殺が与えてくれる爽快感は、半端なものじゃなかった。




※

薄暗い、閑散とした商店街。
そこで今、僕はある男と対峙していた。
僕を見下し、馬鹿にしていた奴らのリーダー的存在。
『レコ』という名のちびギコの前に立っている。

「・・・」

「片腕が・・・このレコ様に何の用だコゾウ」

独特な訛りと語尾のそれは、不快で堪らない。
更に長毛種でもないのに、額に前髪のような毛を持つレコ
端から見たらこいつの方が奇形だの気違いだのと罵られそうなのに。

こいつが他のちびギコから支えられているのは、腕っ節の強さから。
アフォしぃやでぃという体格差があるAAさえも、返り討ちにすることがよくある。
僕だって、ちびタンに助けられる前は何度かボコボコにされたことがあった。

だけど、ちびタンもその事ももう過去の話だ。
今の僕は、虐殺をすることができる強いちびギコだ。
『殴る』事はできないけれど『殺す』事は出来るんだから。

「精算デチ。僕が受けてきた苦痛の、ツケを払ってもらいに来たんデチ」

「寝言は永眠してから言うべきだぞコゾウ」

指の関節を器用に鳴らしながら、近付いてくるレコ。
そんな小さい身体で凄みを出そうとするなんて、間抜け過ぎる。
僕も同じちびギコだから、口には出せないけれど。

僕はあえてその場を動かず、様子を伺う。
待ちに待った復讐で我を見失わないように、心を落ち着かせる。
頭ではわかっているけれど、これがなかなか難しかった。

「それにな・・・」

「?」

不意に、レコがまた口を開く。

「俺も、沢山の仲間をお前に殺されたんだコゾウ」

「・・・」

「復讐はお前だけのものじゃねぇんだよコゾウ」




何を言い出すかと思えば、あまりにもくだらないこと。
あんなしょうもない奴らの為に、復讐を誓うなんて。
同じ種族を馬鹿にするAAなんか死んだ方がいいのに。

「寝言を言ってるのはどっちデチかね?」

「なんだと・・・」

「それに、その気持ち悪い口癖止めてほしいデチ。虫酸が走るデチ」

僕がそう挑発するや否や、レコが物凄い勢いで飛び掛かってきた。
既にレコの怒りはトサカにきていたようで、その形相は悍ましかった。

「殺すぞコゾウ!!」

470 :魔:2008/01/29(火) 23:18:11 ID:???

レコはそう叫ぶと同時に殴り掛かる。
力強く振りかぶってのそれは、なかなかに重たそうだ。
だが、

「!?」

僕はあえて防がず、そのままレコの拳を顔で受けた。
鈍い音と共に、拳が右頬に減り込むのがはっきりとわかる。
だけど、レコの一撃はそこで止まった。

歯も折れていなければ、口の中が切れた様子もない。
腕っ節は確かにあるが、僕の気持ちはそれを遥かに超える。
この頬の痛みも、腕を奪われた時に比べれば痒いもの。
気持ちだけで止められる程、レコの技はちいさなものだった。

「そ、そんなはず・・・」

「・・・馬鹿デチね」

レコの考え、いや妄想では僕は今頃後方におもいっきり吹き飛んでる筈のようだ。
でも、この程度のパンチじゃあベビしぃ位しか吹き飛ばない。
間抜けなリーダーさんの目を覚ますべく、僕は反撃に移る。

レコの拳からするりと離れ、更に距離を詰める。
眼と鼻の先まで近付けば、殴る事も蹴る事も難しい。

「こ、この奇形野郎っ!」

レコはそう吐き捨て、僕から距離を取ろうとする。
まるで気持ち悪いもの見たかのような、本当に怯えている様子。
間を置いて、心を落ち着かせてから反撃に移ろうという魂胆。
全て、手に取るようにはっきりとわかった。

だけど、もう遅い。
復讐は、既に始まっている。




「なんなんだコゾ・・・ッ!?」

レコは突然、僕の得物を見て驚く。
次いで、段々と顔が青ざめていく。
何故なら、その得物の刃に真っ赤な血が付着していたから。

誰のものかなんて僕は言わない。
その答は、自ずとやってくるから。

「テメ・・・いつの、間に・・・」

「馬鹿デチ」

もう、僕はレコにその言葉しか投げ掛けないことにした。
近付いた時に、既に刃をその腿に刺したというのに。
気付くまでの時間の掛かりっぷりに、少し笑いたくもなった。

腿を押さえ、ゆっくりと崩れ落ちるレコ。
刃は通っても、鋭くはない得物のお陰で痛みはしっかりと感じているようだ。
傷口からは血が溢れ、レコの身体を赤く汚していく。

「っぐ・・・クソ、ッ!」

痛みを堪える為か、或いは攻撃された事の否定か。
レコはその場で悶え、必死に立とうとする。
しかし、深く刻まれた傷は脚の機能を奪ったようで、なかなか上手くいかない。
顔を上げては転び、崩れ落ち、悶絶を繰り返す。
そんなレコを見て、やはり僕はこう思い、更に口にした。

「・・・馬鹿デチ」

挑発ではなく、嘲笑の意を込めた発言。
それを聞いたレコは、怒りではなく恐怖で顔を歪める。
それがどうしてなのかは、自分でもちゃんと理解していた。

471 :魔:2008/01/29(火) 23:18:48 ID:???
※

ゆっくりと、レコに近付く。
それに合わせ、レコは空いた手を使って後ずさる。
その表情は引き攣っていて、先程の強気な所は微塵にも感じ取れない。
相反して、僕の口角はじわじわと吊り上がっていく。

レコは、『虐殺される』という未来に怯えている。
僕は、『虐殺する』というシナリオに喜んでいる。
客観的に見れば、恐らくそんな感じなんだろう。
今の自分は、自分でないようにも思えたから。

「な、何する気だコゾウ!」

自分でもわかっているくせに。
認めたくないから、そんな言葉を吐くんだ。

「馬鹿デチ」

僕は身体で理解させてやろうと、得物を強く握る。
狙うのは、傷つけていない方の脚。
まだ血に塗れていない綺麗な脚だ。

予備動作もなしに、振り下ろす。
ぶつ、と湿った音と共に、刃はレコの脚に入り込んだ。

「ッ! がああっ!?」

遅れて、レコは刃から逃げるように離れる。
急に得物を抜いた事と、鋸状のそれのせいで傷口からは血が一気に噴き出る。
飛び散った血は僕の身体を汚し、染め上げていく。

両足を攻撃され、まともに立つことができなくなったレコ。
それでも、僕から逃げるように必死で手足を動かす。
真っ黒な眼もこちらを睨んではいるものの、瞳の奥は怯えていた。

まるで、昔レコにボコボコにされていた自分が乗り移ったかのよう。
あの時僕は精神的に死んでいたから、睨みつけることはしていなかったけど。

(昔の自分がそこにいる・・・それなら)

その自分ごと、虐殺しよう。
弱かった自分と別れて、強い自分に出会う為に。
だけど、そこにいる自分を虐殺してしまったら、僕は何になるのだろうか。
心の芯から、『虐殺厨』になってしまうのだろうか。
そんな考えが頭を過ぎったけど、気にしないことにした。
自分がどうあるかより、復讐の方が大事だから。




素早く詰め寄り、得物でレコの頬を叩く。

「がっ!?」

反応が遅れたレコは、成すがままそれを受ける。
続け様に僕は刃をその白い身体に走らせ、傷を付けた。
レコの腹部には赤い線が描かれ、そこからいくらかの血が溢れる。
更にその傷に交わるように、刃で赤い線をまた描く。

「ぐッ! っあ! ああッ!」

何度も刃を動かせば、同じタイミングでレコは悶える。
単純な反応ではあるけれど、この上なく楽しく感じた。

時折レコは腹やら顔やらを庇うが、それは無意味な行動でしかない。
腕であれ脚であれ、僕は今君の皮膚を切り裂く事しか考えていないから。
だから、その些細な抵抗は滑稽にしか見えないわけで。

「はははっ! 馬鹿デチ、馬鹿デチ!」

少量の返り血が僕の身体に付着していく。
僕は赤く汚れていき、レコはひたすら悶え苦しむ。
あまりの爽快感に、声をあげて笑っている事に気がつくのが遅れてしまう程。
もはや、自分の意思で得物を振るう事は止められない。
寧ろこのままずっとやっていたいという気持ちで、僕の心はいっぱいだった。

472 :魔:2008/01/29(火) 23:19:09 ID:???

しかし、その快楽も長くは続かなかった。
何度目かの振り回しで、僕はレコの耳を狙う。
振りの速さで、それは一撃で削ぐことはできた。

「ギャアアアアァァァァァぁ!!!」

唯、ぶつ、といった鈍い手応えがしたのが引っ掛かる。
レコは脚に攻撃した時とは違い、すぐに反応をしてみせた。
爆竹のそれよりも激しい叫びに、僕は驚いて手を止めてしまう。

「ああぁ!! うううあぁぁぁぁァ!!!」

耳があった所を押さえ、ひたすら転げ回るレコ。
身体中につけられた切り傷に砂利が食い込もうとも、レコは止まらない。
まるで、神経が全て耳の方に行ってしまったかのようだ。

「・・・馬鹿、デチ」

僕はいつのまにかあがりきった息を調えつつ、また呟く。
目線をずらし、血と泥で汚れたちぎれた耳を見遣る。
それを得物に突き刺し、目元に持ってきて眺めてみた。

やはり、その鈍い感触は間違いではなかった。
耳にある切り口は、途中まで真っ直ぐであり、そこからは汚くささくれていた。
恐らく、得物の鋸状の部分に引っ掛かるかどうかしたのだろう。

通らなくなった刃の代わりに、勢いだけでレコの耳をちぎったようなもの。
だからレコはひたすら叫び、のたうちまわっているようだ。
切られるよりちぎられる方の痛みが凄まじいかなんて、僕も知ってる。

「あぁ、痛い、痛い・・・耳、耳がぁぁ・・・」

暫く様子を見ていれば、レコの悶絶もおさまってきた。
唯、今度は耳をちぎられた事に対し涙を流して嘆き始めた。

(・・・こいつ)

たかが耳、こんなちっぽけな肉片を失っただけで、こんな風になるのか。
あの暴力を武器に暴れまわっていたレコが、虐められっこのように泣いている。
それはあまりにも情けなさ過ぎて、こっちが涙を流したくなる程だ。




「ぎゃっ!」

レコの頬を得物で叩き、目を覚まさせる。
耳をちぎるより前に、顔にもいくつか傷はつけていた。
面と向かってそれを見直すと、様々な液体が付着しているせいか気持ち悪い。
それでいて媚びたような潤んだ眼をこちらに向けるものだから、不快さは更に増す。

僕はレコに『馬鹿』としか言わないルールを破り、話し掛ける。

「情けない奴デチね。片腕なんかにここまでやられるなんて」

「・・・ッ」

いつものような、自虐を込めた一言を放つ。
流石にそれには頭にきたのか、レコは一瞬怒りを露にする。
が、息をつく間も与えず得物を喉元に突き付ける事で、それを抑止させる。
再び泣き顔に戻ったレコは、あの時のちびタンにそっくりだった。

大の字になり、急所である喉笛と腹部を不様に晒すレコ。
まるで好きにしてくれ、と無意識に語っているかのよう。
精神は折れずとも、その身体はとうに限界を超えていたようだ。

473 :魔:2008/01/29(火) 23:20:46 ID:???

こころとからだが相反しては、苦痛が更に強くなるだけ。
元々肉体が弱い種族なのに、妙に高いプライドを持つからこうなるんだ。

「無理しない方がいいデチよ。変に気張っても、苦しむだけデチ」

僕は、涙目のレコに含みを持たせない言葉を投げ掛ける。
それなのに、命乞いはおろか逃げようとすらしない。
よくわからないレコの心の内は、本人自ら答えを語った。

「馬鹿、に、するな・・・コゾウ・・・」

多少えづきながらも、言葉を返すレコ。
語尾も消え消え、涙はボロボロではあるが、どこか力強さが戻ってきた様子。
突き付けた得物を更に押し、喉元の皮に軽く刺すも、その勢いは変わらない。

「・・・」

「さっき、言った筈、だ・・・」

寧ろ、その得物を自ら押し返している。
下手をすれば、そのまま喉を突き破るかもしれないというのに。

僕は、そうやって死なれては困る、という意味合いで得物を離す。
しかし、レコはそれを『怯んだ』と解釈したようで、更に力強さが増した。
相手の勘違いだけど、余裕を持たせた事は少し不愉快だ。
レコはそんな僕の気持ちを無視し、虫の息のような演説を続ける。

「復讐は・・・お前だけ、の、ものじゃない、と・・・」

最後に『コゾウ』と聞こえなかったなんてのはどうでもいい。
気が付けば、レコはしっかりと地に足をつけ、僕はレコから数歩下がっていた。

僕は自ら、レコをたきつけてしまったようだ。
そのまま虐殺していれば、素直にカタがついたかもしれないのに。
面倒事が増え、先程の高揚感とは正反対の気持ちが心を包む。

「・・・するなと言われても、馬鹿なのは馬鹿なんデチ」




ボロボロになった身体。
どう見ても満身創痍だというのに、レコは立った。
そんな状態で、どうやれば僕に復讐が出来るのだろうか。
考えれば考える程、苛々してしまう。
それに、何故自分は後ろに下がってしまったのか。
立つのもやっとなレコに、警戒する理由なんてどこにもなかったのに。

眉をひそめる僕に対し、レコは笑う。
まるで、悪役に嬲られた後に復活しだすヒーローのよう。
それがまた不快で堪らなく、怒りの意味で歯噛みする。

殺そう。
虐殺なんて遊びは止め、殺してしまおう。
屈辱を味わわせるなんて事は、もうどうでもいい。
どうせ、僕は片腕なんだから。
殺すだけの安っぽい復讐だけを、望めばよかった。
そうすれば、こんな馬鹿げたことで心を乱されずにすんだのに。

レコはその傷痕だらけの脚を、ゆっくりと動かす。
ずる、と滑るような足音は、まさに動く死体。
どうせできたとしても、僕の頬を軽く小突くくらいだろうに。

レコの足は地面を擦り、その音は止みそうにない。
つまり、歩みを止める気はないと、僕は悟る。

ならば、目覚めさせてやるしかない。

474 :魔:2008/01/29(火) 23:21:27 ID:???
※

「・・・何、笑ってんデチか」

先に、不満を吐く。
しかし、レコはまだ口角を吊り上げたまま。
寧ろその笑みは、僕の言葉を聞いて更に上がったような気がした。
涙で潤んでいた眼も、こちらに鋭い視線を送り、無言で威圧しているかのよう。
でも、それはハッタリだとすぐにわかった。




レコが振りかぶった拳は、あまりにも遅くて。




勢いを殺すように、出鼻をくじくように。
僕は自分の右肩をレコの腹にこつんと宛てた。

「あ・・・?」

発射されようとしたレコのパンチは、不発に終わる。
だけど、本人はそのことを思って疑問の声をあげたわけじゃない。

手に取るようにわかる。
レコの思考が、腐りきった妄想が。
自分を正義として、主人公として見た、勧善懲悪の世界。
レコの妄想は、だいたいそんな感じ。
その妄想から目を覚まさせるには、こうすればいい。

「あ、あ・・・あああああああああ!!?」

僕はするりとレコから離れ、観察を始める。
右肩を宛てる際に、既に得物をレコの腹に刺していた。
そして、レコが疑問の声をあげる時、手首を捻ってそれを切り開いた。

粘り気の強い液体が溢れるように、レコの腹から腸が零れ落ちる。
それに合わせるように、本人もがっくりと膝をついた。
顔面蒼白で、今度は涙でなく脂汗を垂らす。
声は酷く慌てているようだったが、身体は小刻みに震えるだけ。

「お、おい・・・何、何だよ、こ、これ・・・」

レコは零れ落ちた自分の中身を見てそう言った。
血に濡れた巨大な蚯蚓は、当たり前だが何も答えない。

どうやら、レコの推進力である妄想という支柱は完全に折れたようだ。
まあ、自分の内臓を自分で見て、心が壊れないなんて奴はいないと思うけど。
僕は最後の仕上げに、もう少しだけ会話すれ事にした。




「馬鹿デチ」

先ずは、自分で作ったルールから。

「コゾ・・・お、お前、何・・・」

「復讐って、お前が考えてるような甘いものじゃないデチ」

「ふ、ふざけた事・・・言、っ」

「まさかとは思うけど、殴り合うだけで命が奪えるとでも?」

その言葉の後、レコの呻き声が消える。
どうやら、図星のようだった。
構わず、僕は話を続ける。

「お前のパンチじゃあ、どんなに強く放っても青痣しか作れないデチ」

「・・・う、嘘、だ、コゾ・・・俺の・・・力は、っ」

得物を持った、『力』を手にした今、レコへの評価は変わった。
レコに好きなように殴られてた時は、仲間もパシリも沢山いて物凄く強く見えた。
だけど、その仲間を虐殺して、段々とその考えは変わっていった。
そして今、目の前で情けない姿を、醜いはらわたを晒しているレコを見て、それは確信となった。

レコは、僕より遥かに弱い。
こいつは威圧だけでリーダーにのし上がった、ただの羊だ。

475 :魔:2008/01/29(火) 23:22:01 ID:???

おそらく、本人も死んだ取り巻きもその事には気付いていないだろう。
強い意思なんてなかったから、奴らは無意識の内に強さの基準をレコにあわせていた。

だから、得物を持った僕に対しても、皆昔のように見下してばかり。
覇気のない僕は、勿論奴らにはナメられっぱなし。
『片腕ごときが、鉄クズを持って復讐か』。
そう言われたのはほぼ必ずだったし、何より腹が立った。
だけど、その油断のお陰で楽に虐殺する事ができた。

「お、俺、俺は・・・お、ッ」

壊れたラジカセのように、様々な単語を途切れ途切れに繰り返す。
もう、その姿には沢山のちびギコを纏めていたリーダーの面影はない。
耳は欠け、そこかしこに付けられた切り傷からは血が溢れている。
あまつさえ、腹の中の物までもさらけ出し、本人はそれにまで怯えていた。

僕は、こんな奴を『強い』と思っていた事を恥じた。

※

力と気持ちだけあれば、何でも出来る。
ナイフの彼が言っていたことは、本当だった。
片腕の僕でも、ここまで来ることが出来たのだから。

(さて、どうしよう)

赤く汚れたレコを見て、僕は考える。
腹をかっ捌いてしまったから、もう先は長くないだろう。
でも、僕ら被虐者は生きる事への執着は他の追随を許さない筈。
あの時のちびタンだって、死よりも生き地獄を選んだから。

「嘘、嘘、だ・・・こんな、事、あ、ありえな・・・」

ふと見遣ると、まだレコは現状を受け入れず、ひたすら怯えている。
どうやら目が覚めたのはほんの一瞬のようで、また妄想の世界に入り込んだ様子。
その虚ろな眼が見るのは、くすんでいながらぬらぬらと光る自分の中身。

「・・・」

僕はそれを見て、すぐに思い付いた。
復讐は、虐殺へと再度切り替わる。




先ずは空いた手が僕にはないから、得物を口にくわえる。
次に一気にレコとの距離を詰め、目と鼻の先まで近付く。
そして、そのはみ出た腸をおもむろにひっ掴んだ。

「!? ぎゃっ!!」

レコは短く叫び、肩をびくんと跳ねさせる。
だけど、僕はそれを無視して次の行動に移った。
掴んだ腸を、そのままずるずると引っ張り出していく。

「ッあ!! あ、い、痛い! 痛い! 痛いぃぃぃぃっ!!!」

凄まじい激痛がレコを苛んでいるようで、その叫び声はかなり大きい。
思わず耳を塞ぎたくなったが、出来るわけがないので我慢する。

と、少しでも痛みを和らげようとしての行動か、レコがこちらに歩きだした。
身体は既にボロボロにしてあるから、その速度はカメよりも遅い。
それに、痛みに堪えながらのものだから、ふらふらと覚束ない足取りでもある。
本人は必死なのだろうけれど、稚拙な歩き方は酷く滑稽だ。

(こてっちゃん晒してよたよた歩く・・・本当に馬鹿デチね)

476 :魔:2008/01/29(火) 23:22:35 ID:???

脱腸が嫌なら、掴み返せばいいのに。
そう思ったけれど、もしかしたら触るだけでも相当の痛みを感じるのかも。
あるいは、無闇に抵抗したら腸を潰されてしまうと思っている可能性もある。

「痛い痛い痛い痛い!! 痛、やッ、やめ、やめてええぇぇぇェ!!!」

大粒の涙を零し、顔を振って抑止を乞うレコ。
勿論、そんな願いなんて受け入れる筈もなく、僕はそのまま腸を引きずり出す。

レコと僕との距離はじわじわと広がり、互いを内臓が結ぶ。
想像以上に長いレコの小腸は、自重で逆さに弧を描く。
その最も沈んだ所では、腹から伝う血が雫となり、ぽたぽたと地に落ちていた。

試しに腸を軽く揺らしてみると、それにあわせてレコは叫ぶ。
まるで、触ると反応して動き出すおもちゃのようで、なかなかに面白い。

「これで、縄跳びでもしたら楽しいかもしれないデチね」

「あ、だ、駄目! やだ、やだ!! やだああぁぁぁッ!!」

冗談を本気になって止めようとする所をみると、心に余裕は無い様子。
だけど、そこまで叫ぶ気力はあるようだから、まだ精神は焼き切れていないようだ。

どうせだから、レコの限界を見てみようか。
肉体も精神も全ておかしくしてから、殺すのも悪くはない。

「ほら、ほら!」

緩い掛け声と共に、腸を強く振り回す。
肉の紐が地にたたき付けられ、暴れ狂う。

「ああぎゃ!! ああ! ヒギャあああアァァァァぁぁああ!!」

同じように、レコも激しく暴れだした。
先程まで腸を慎重に扱っていたのが嘘のように、その場でのたうちまわる。
もはや、それは自分で肉の紐をちぎってしまってもおかしくはない程だ。

何度も何度も腸を地面に打ち付け、レコの反応を楽しむ。
もし得物をくわえていなかったら、先程のようにひたすら笑っていたかもしれない。
自我を簡単に保つことが出来、少し嬉しい誤算となった。

「痛、っああぁァ! うあ・・・ぁぁぁああ!」

暫くすると、レコの暴れ方も弱くなってきた。
痛みを感じ過ぎて、いくらか麻痺してしまったのかも。

僕は一旦腕を止め、レコの様子を見る。
その場をのたうちまわったせいで、全身は砂埃に塗れていた。
腹部の穴も、暴れた反動で更に広がっていた。
傷口には砂粒が入り込んでいて、でぃのそれよりも汚く見える。

目線を腸に戻すと、これもまた酷くなっていた。
地面に打ち付け過ぎたのか、至る所が破裂したかのように裂けている。
その裂けた部分からはどろりとした何かが漏れ、辺りに飛び散っていた。

(少し、遊びすぎたデチかね)

なかなかに凄まじい状態となった空間を眺め、僕は思った。
勿論、レコにではなくこの薄暗い商店街の事を想っての事だ。

477 :魔:2008/01/29(火) 23:23:43 ID:???
※

レコから奪ったのは、せいぜい仲間とプライドと片耳か。
できれば、もっと四肢や歯、眼などを破壊したかった。
だけど、片腕じゃあ出来ることに限りがあるし、余裕もない。
それに当の本人も、とっくに限界にきている筈。

そろそろ決着をつけるべきだろう。
僕自身がとどめをさす前に旅立たれては、意味がないから。

「・・・」

握っていた腸をその場に落とし、大の字になって寝ているレコに近付く。
血と泥まみれの身体は、とっくに満身創痍になっていたようだ。
口にくわえていた得物も手の中におさめ、切っ先を向ける。

「ああ、痛い、痛い・・・痛いぃぃぃ」

至近距離まで近付いても、レコは僕を無視して歎いていた。
あまりの情けなさに、僕は大きく溜め息をつく。
そして、得物をその場に落として腸を乱暴に掴んだ。

「うぎゃッ!?」

と、レコは身体を強く跳ねさせる。
僕はそれを無視するように、腸をおもいっきり引っ張った。

「ヒギャああああぁぁぁぁァァ!!!」

勢いよく肉の紐がレコの腹から出ていく。
それとほぼ同時に、ぶちんと不快な音がして、腸が腹からちぎれ飛んだ。
巨大な蚯蚓は空中で少し踊った後、湿った音をたてて地面にたたき付けられる。

レコは新しい激痛に跳ね起き、再度暴れ狂う。
腹部にはぽっかりと開いた空間ができていて、そこからは新たに血が溢れている。
皮膚を切り裂いた時よりも、耳を削いだ時よりも量が多い。
その大量の出血は、身体の中を逆流して口から流れ出す。

「ぅあ、ガフぅあ!! いだ、痛い、痛いぃぃぃぃ!!」

ひたすら腹の痛みに悶絶し、のたうちまわるレコ。
逃げる事も、自殺する事もなく、ひたすら激痛に嘆いている。




僕はそれがおさまるまで、ひたすら眺めていた。
数十回目の『痛い』の言葉の後、レコは仰向けになり、腹を押さえつつ肩で呼吸をし始めた。
それでもまだ、呻きながら痛い痛いと弱く叫ぶけれど。

僕はレコの顔の横に立ち、見下ろす。

「・・・」

「痛い・・・痛・・・」

荒い息遣いが、耳をすまさなくてもよく聞こえる。
赤く腫れた瞼の中、涙で濡れた瞳に光は見えない。
何もしなくても、ほうっておけば死んでしまうだろう。

肉体も、精神も、十二分に痛め付けてやった。
殆どアドリブのような虐殺だったけど、片腕でここまでやれたから、良しとしよう。
後は、自らの手で息の根を止めてやれば、全ては終わる。

「・・・レコ、さよならデチ。次は地獄で苦しむといいデチ」

恐らく聞いていないであろうレコに、僕はささやく。
そして、得物を逆手に持ち天に掲げる。

狙うのは、心臓。
とどめとはいえ、一撃で楽にさせる気は毛頭ない。
ほんの数秒でも、最大限の苦痛を味わわせるつもりだから。

478 :魔:2008/01/29(火) 23:24:30 ID:???

得物を勢いよく振り下ろし、レコの胸元に突き立てる。

「―――!!!??」

ごぼ、と濁った音が、レコの喉から聞こえた。
構わず、僕は得物を引き抜いてまた突き立てる。

血が噴水のように噴き出て、身体を汚していく。
レコの悲鳴は血となって口から溢れ、辺りに飛び散る。
肋骨の砕ける音、肉が裂ける音、内臓が潰れる音、そして感触。
それら全てを無視して、僕は何度も得物を振り下ろす。

何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返した。
視界がうっすらぼやけたけれど、それも無視した。

※

「・・・」

気がつくと、レコは肉塊になっていた。
赤黒いどろどろとしたそれは、元々が何だったかわからない程。
僕はいつの間にか、我を忘れる程腕を動かしていた。

これで、僕を馬鹿にした奴らは全員殺した。
復讐は完璧に終わった。




筈なのに。
自分の心は、何も変わっていない。
まだ何かしこりが残っているかのような、違和感。
終えたはずなのに、終わっていない。
そう考える、頭がある。

(じゃあ、誰か・・・)

殺し損ねていたのだろうか。
いや、それは有り得ない。
奴らの事は全員把握していた。
誰ひとりも、漏らすことなく殺した。

ちびタンは生きているけど、心が違うと告げる。
同じ片腕にしてやったから、もう復讐の念なんて持っていない。
一体、この感覚は―――。




※

不意に、パチパチと何処からか手を叩く音が聞こえる。
一定のリズムから成るそれは、拍手だと理解した。
僕は、その乾いた音がする方を向く。
それと同時に、身体が凍り付いた。

「っ!?」

―――そこには、モララーがいた。
しかも、見知らぬAAというわけではない。
身体的特徴なんてなかったけど、はっきりと覚えている。
あの時、あの場所で、僕の腕を奪ったモララー。
そいつが今、僕の目の前に立ち、拍手を送ってきていた。

「・・・やぁ、これは驚いたな」

手を止め、モララーは話す。

「あの時、躾る意味で腕をもいでやったちびギコが、同族殺しをしてるなんて」

「・・・」

単純なことだったけど、僕はようやっと理解した。
レコを殺しただけじゃあ、復讐は終わっていない事を。
片腕になったその元凶を殺さないと、僕の心は晴れない事を。

だけど、相手は虐殺厨だ。
体格差だってかなりあるし、力も強い。
片腕である僕が、勝てるのだろうか。

「大方、片腕だって事を馬鹿にされたから、殺したんだろ?」

「・・・」

479 :魔:2008/01/29(火) 23:25:27 ID:???

いや、殺そう。
相手がモララーだからって、関係ない。
僕を馬鹿にする奴は、皆殺す。
そう念って、得物という『力』を求め、得たんだから。

「短気な奴だなあ。お前がそうなったのは自業自得だろうに」

モララーはまだ言葉を紡ぐ。
時折嫌らしく笑い、眼を細めてこちらを睨む。
その都度、僕の心の中で何かが燃え広がる。
ちびタンに裏切られた時のような、どす黒い感情が。

「同族に馬鹿にされて、当たり前だと思うんだがな」

気が付くと、僕は既にモララーに飛び掛かっていた。




「うあああああああああッ!!!」

怒りという感情が身を包み、身体を動かす。
空中で得物を振りかぶり、モララーの首目掛け刃を走らせた。

「ッ!?」

が、不意打ちとは言い難い攻撃はしっかりと防がれてしまう。
それでも、相手は生身だったから、防御にまわした腕の皮を切る事ができた。

地面に着地し、モララーの方に素早く向き直る。
心の中で燃え盛る怒りの炎は、おさまるどころか更に酷くなっていく。
僕は低く重く唸りながら、モララーを強く睨む。

「殺す・・・殺してやるデチ・・・」

「・・・テメェ」

腕に赤い線を作ったモララー。
その形相にも、悍ましいものがある。
だけど、その程度で動けなくなる僕じゃない。

ナイフの彼だって言っていた。
『気持ち』と『力』があれば、何でもできると。
僕にだって、復讐という大きな気持ちがある。
得物も、元はただの金属片だけど、力であることに変わりはない。

逃げる事はできない。
僕は、この虐殺厨を殺して、復讐を終わらせるんだ。



続く