『小話』(前編)

Last-modified: 2015-06-27 (土) 23:06:25
451 :魔:2007/12/13(木) 23:09:33 ID:???
『小話』(前編)




街にも忘れられた、とある廃屋。
外も内も草木が己を主張し、家としての機能を奪っている。
そんな廃屋の傍、森のようになった庭に、彼等はいた。

「・・・ふぅ」

どこか寂し気な表情を浮かべながら、毛づくろいをするちびフサ。
虐殺厨から逃れ、身を隠す為にこの土地に根を降ろしている。
家の中は使い物にならないので、彼は拾ってきた段ボールで雨風をしのいでいた。

「フサタン。そんな無理しないで、僕に一言頼めばいいデチよ」

「ちびタン・・・」

と、もう一人の住人であり、相方のちびギコがちびフサの後ろに立つ。
そして、手際よくちびフサの毛を綺麗にしていった。

ちびギコが『無理』と言ったのには、訳があった。
彼、ちびフサは加虐者に襲われ、その腕を一つ失ったのだ。

※

食糧確保の為にゴミ漁りをしていた所を、あるモララーに捕獲された時の事。
抵抗虚しく、赤子の手を捻るかのように左腕はもぎ取られてしまった。

『ヒギャアアアァァァ!!』

『今回は、これだけで勘弁してやる』

凄まじい痛みに悶える自分に、モララーははっきりとそう言った。
その後は命からがら逃げてきたものの、直後に激しい喪失感に襲われる。
身体の一部がなくなったということは、どんな事よりも辛いものだった。

同じ種族からは奇形と罵られ、自分のことすら満足に行えない。
マターリとは遠く掛け離れ、その思考を捨てるまでの時間はそんなに掛からなかった。
心にぽっかりと穴が開き、生きる理由さえ己の中から消えてしまいそうだった。
そんな自分を救ってくれたのは、ちびタンだった。
死人と何等変わりない自分に声を掛けてくれた、唯一のちびギコ。

『一人でも多く、マターリできたら嬉しいデチ』

ちびタンという、ごく普通の名前を持ったちびギコだった。
既にマターリなんて信じていなかったが、その気持ちが嬉しかった。
片腕になってから友人は皆逃げ、あまつさえ石まで投げて来た。
だが、ちびタンだけは、手を差し延べてくれた。
それから、生きようという考えが戻ったのはすぐだった。




―――だが、それもほんの少しの間だけだった。
ちびタンは身体の不自由な僕を助けてきてくれたが、まだ問題は残っていた。

心に開いた、大きな穴。

ちびタンの好意は、その穴を埋めてはくれなかった。
一時的に忘れさせてくれただけで、根本的な解決になっていなかった。

「・・・」

必死に毛づくろいをしてくれているちびタン。
嬉しいのだけれども、やはり何かが足りない。
俯いての溜め息は、これで何度目なのだろうか。

452 :魔:2007/12/13(木) 23:10:24 ID:???
※

夜。
ちびタンは既に夢の世界に旅立っていた。
僕はいつものように、心の穴、このもやもやした感覚と向き合っていた。
仮説も立てられない、理由づけも出来ない問題。
頭も心もずっと唸ってばかりの平行線。
埒があかないので、気晴らしに散歩でもすることにした。




ここ最近、虐殺という行為があまり目につかなくなった。
正確に言えば、表に出る虐殺厨の数が減っていただけなのだが。
だから、日中より更に安全になった夜は、散歩するのに絶好の時間だ。

虐殺が減ったという情報は、落ちていた新聞や、ラジオを盗み聞きしてのもの。
『一匹のちびギコが、無差別殺人を繰り返している』。
普通なら考えられないが、嘘の報道などすぐに忘れ去られる筈だ。
このニュースはもう一週間前から流れ、様々な場所で耳にしている。
警察が警戒も促していたし、実際に虐殺も減っていたし、事実に間違いないだろう。

(・・・会ってみたいな)

虐殺厨を虐殺し返す。
そんなちびギコがいるのなら、一度話をしてみたい。
何故、見境なくAAを殺しているのか。
どうして、虐殺厨を殺すことができるのか。
どうせなら、弟子入りも視野に入れてみようか。
虐殺厨を殺す程強いのなら、ついていけば楽に生き延びる事が出来る。
情報を耳にしてから、僕はそのことをずっと考えていた。

ふと空を見上げると、満月が出ていた。
その美しさは、空っぽな自分を癒してくれる。
マターリの神様は信じないけど、お月様はいつも僕を見てくれる。

ひとつ、お月様に願いごとをしてみようか。
流れ星のそれではないが、祈る形での願いだ。
目を閉じ、胸に手を宛てる。

「お月様、願わくばその強いちびギコに逢わせて下さいデチ」

心の底から、切に願った。
―――その時だった。

「グエっ!?」

短い断末魔が近くから聞こえてきた。
声色からして、それは虐殺厨のもの。
真逆と思い、その声がした所へと走る。




恐らく日中でも人気のない、細い道。
そこに、虐殺厨は倒れていた。
ぱっくりと裂けた首が、月光に照らされている。
そして、その影にその虐殺厨を殺した者が立っていた。

考えるまでもなく、そのAAは噂になっているちびギコ。
新聞にも書かれていた通り、ラジオで聞いた通り。
少し大きな身体をしたちびギコが、虐殺厨の血をしっかりと浴びていた。

「あ・・・」

僕は歓喜すると同時に、恐怖を覚えた。
それは、ちびギコから放たれる殺気が、僕に向けられていたからだ。

453 :魔:2007/12/13(木) 23:11:06 ID:???

影から出てくるちびギコ。
ゆっくりと、その身体が月光に晒される。

真っ白なその毛並みには、べっとりと血糊が付着している。
目線を上げると、地の白に茶と黒が混じっている顔。
あまりお目にかからない毛の色に、僕は少し驚いた。
ただ、負傷か虐待かはわからないけど、左目と左耳が彼にはなかった。

そして、もう一度目線を落とすと、真っ黒な腕が握るナイフがあった。
血を吸ったまま月光を反射するそれは、恐怖を感じさせる。

話し掛けようとするも、声がでない。
彼の真っ黒な眼が、とても恐ろしく思えたから。
口を開けば、手の中にあるナイフで切り殺される。
そんな幻覚さえ見えてしまった。

「・・・何か用?」

感情のない声。
彼の問い掛けに、我に返る。

「あ、その・・・キミが、噂になってるちびギコデチか?」

咄嗟に出した言葉は、当たり前の事を問うものになった。
他にも重要な質問なんて沢山あるだろう。
僕は自分に毒づくも、彼の返答を待つことにした。

「・・・」

不快だったのか、彼は無表情のまま死体に目を遣る。
そして、その死体にナイフを力強く突き立てると、そのまま切り開いていく。
ぐちゃ、と湿った気持ち悪い音が、肉塊となっていく虐殺厨から聞こえる。
照らすものが月であるせいか、溢れた血液がコールタールのように黒く見えた。

「君、片腕なの?」

と、解体に見取れていて、質問が来たのに気付くのが一瞬遅れた。

「あ、えと・・・そう、デチ」

腕のことに触れられるのは嫌だったけど、不満を言っても何にもならない。
寧ろ、片腕ということに恥ずかしささえも感じてしまった。
彼はあんな身体になっても、一人で生きているというのに。
僕は他人の力を借りて、生きている。




「・・・君達って、面白いね」

「えっ?」

思いもしない返答に、つい聞き返す。

「今まで色んなちびギコに出会ったけど、まともに話せたちびギコは皆身体の一部がなかった」

「・・・」

「そうでない人達は全員『マターリ』とか言って話が通じなかったから」

そう言うと、彼はどこか寂し気な表情を浮かべる。
庇うように左腕を握る彼を見て、僕はやっとそれに気付いた。
真っ黒な彼の左腕は、最初は毛の色だと思っていた。
だけど、それは間違いだった。
よく目を凝らすと、彼の左腕は重度の火傷。
花火やライターくらいの火ではつかない程、酷いものだった。

使えてはいるようだけど、片腕よりかなり目立つ怪我。
もしかすると、彼は僕より沢山のちびギコに馬鹿にされたのかもしれない。
それを裏付けるかのような発言が、彼の口からぽつりと零れた。

「僕もこんな身体だし、有る者には見下されても仕方ないのかもしれないね」

「・・・」

そんなことない。
そう言いたかった。
だけど、僕が言えたことではなかった。

454 :魔:2007/12/13(木) 23:11:46 ID:???

僕が言葉を捜していると、彼は解体に勤しむ。
どうしてバラバラにするのか、ふと疑問に思う。
だけど、その答えは聞かなくても、彼から教えてくれた。

虐殺厨の腕を切り離した彼は、更に皮を剥ぐ。
そして、露になったぬらぬらと光る肉を見詰め、それに口をつけたのだ。
一つ咀嚼し飲み込んだ後、今度は力強くかじりついた。

僕はそれを見て、一瞬寒気がした。
その直後、謎が氷解し感動という気持ちが心を染めた。
何故無差別に虐殺厨を殺してきたのか。
それは、自分の力を誇示させる為ではなかった。

彼は、『食事の為に虐殺厨を殺している』。
ゴミ漁りというハイリスク、ローリターンのそれよりも遥かに効率が良い。
先に殺せば、殺される心配もないし、手に入る量も半端じゃない。

「・・・それの為に、君は虐殺厨を殺してしたんデチか」

「うん」

感動し過ぎて、ついわかりきった事を問い掛けてしまったが、満更でもないらしい。
虐殺厨だったものを食べる彼は無表情だったけど、凄く嬉しそうだった。

だから、段々羨ましく感じてきた。
僕らより遥かに強い彼に、更に憧れを抱くようになった。

「あの・・・無理を承知で頼みたい事があるデチ」

利用する、という考えはいつの間にか吹き飛んでいた。
実際に出会ってみて、彼に心の底から魅入ったからだろうか。
或いは、同じような身体を持つからだろうか。
意を決して、問い掛ける。

「何?」

「僕も、き、君についていきたいんデチ・・・」

全て話してみた。
自身の強さに惚れ込んだこと。
虐殺厨を殺す術を教えて欲しいこと。
死に怯える日々から抜け出したいこと。
嘘偽りなく、あるがままを話した。




「ごめんね」

返ってきたのは、否定だった。

「僕も、自分だけの事で手一杯なんだ」

「・・・いや、いいんデチ。赤の他人がいきなり我が儘を言って、ごめんなさいデチ」

予想はしていたけど、少し寂しく感じた。
彼なら、僕の心の穴を埋めてくれそうな気がしたのに。
だけども、やはり片腕というハンデは大きすぎるのか。

俯くと、視界がうっすらとぼやける。
いつの間にか、僕の目には涙が溜まっていたようだ。
見られまいと顔を逸らすと、血の匂いが強くなる。
顔をあげると、彼は虐殺厨のもう一つの腕を持っていた。

「代わりと言ったら難だけど・・・これ」

申し訳なさそうに、差し出してくれた。
僕は涙をこっそりと拭い、それを受け取る。

「ありがとう・・・デチ」

「いつも食べ切れないから、残しちゃうんだ」

軽い自虐を含めながら、彼は笑う。
つられて、僕も少しだけ笑った。

455 :魔:2007/12/13(木) 23:12:57 ID:???

初めて虐殺厨の肉を食べた。
火を通してないせいか、残飯よりも凄く生臭い。
だけど、一度口の中に入れれば、臭いは消えて美味しさが広がる。
新しい感覚に僕はひたすら感動し、貪るように食べた。
お腹も、何ヶ月ぶりにいっぱいにすることができたし、嬉しかった。

「虐殺厨って、こんなに美味しいんデチね」

「僕も、初めて食べた時は驚いたよ」

「それで、食べる為に殺すようになったんデチか」

「うん」

「羨ましいデチ。僕にも、そんな強さが欲しいデチ」

虐殺厨も殺す事ができて、食事にも困らない。
そんな素晴らしい生活ができる彼が、本当に羨ましくて堪らない。
夢物語なんかじゃなく、それを体言しているから、より憧れてしまう。
そんなことを思っていると、彼の口から意外な言葉が発せられた。

「僕は、強くなんかないよ」

「えっ?」

流石に、一瞬で理解できなかった。
謙遜なんかじゃなく、本当にそう思っての言葉。
どういうことか聞く前に、彼が先に答えを教えてくれた。

「僕は君達と変わらない、普通のちびギコなんだ。ただ、ナイフを持ってるだけ」

次いで、ナイフと身体の傷の事も話してくれた。
虐殺厨に捕まり、生き地獄を見たこと。

「耳をもぎ取られ、腕を焼かれた。
 それでも、絶対に生き延びる事を誓った。
 どんな小さなものでも、チャンスだけは逃さなかった。
 そして、左目を犠牲にして虐殺厨から逃げ出せる事が出来た。
 その時に、このナイフを手に入れたんだ。」

坦々と話す彼。
その内容は僕が体験したものよりも遥かに辛いものだった。
ナイフを手に入れた後の話も、決してゴミ漁りより楽じゃない。

仲間も親もなく、たった一人で生き延びてきた彼。
なのに、彼自身は自分を強くないと評する。
納得がいかなくなって、僕は更に聞いてみた。

「虐殺厨を殺せるだけでも、十分に強いデチ。なのにどうして・・・」

「・・・君と、僕の違う所。わかる?」

「?」

「ナイフがあるかないか。それだけ」

ナイフという『力』。
ちびギコでも、力を持つことができる。
それを持つことができれば、後は『気持ち』次第だ。
彼はそう語ってくれた。

凄く単純なことだけど、僕はそれに心を打たれた。
『気持ち』と『力』があれば、なんでもできる。
彼だって、生き延びたいという気持ちとナイフという力だけで、虐殺厨を殺している。

段々と、僕の心の穴が埋まっていく。
高ぶる気持ちに合わせて、それは小さくなっていく。
彼についていくという事はできなかったけど、新しい道を教えてくれた。
それだけで、凄く嬉しかった。




※

暫くの間、僕等は会話と食事を楽しんだ。
二人で食べたせいか、虐殺厨は殆ど骨だけになった。
肋骨を露にした間抜けな虐殺厨を見て、一緒に笑ったりもした。

そして、彼はまた『生き延びる』為にここを離れるようだ。
僕は感謝の言葉と、また逢いたいという願いを込めて、

「またね」

と大きく手を振って言った。
名前を聞く事は、すっかり忘れてしまっていた。

456 :魔:2007/12/13(木) 23:13:33 ID:???
※

朝になった。
僕はあの後、ちゃんとちびタンの所に戻った。
興奮し過ぎていて、なかなか寝付けなかったけど。

今日は早速、あの彼に教えてもらったことを試すことにした。
先ずは、『AAを殺すことが出来る道具』を手に入れないと。

虐殺厨は、身体の丈夫さを武器にできる。
ならば、その丈夫さを超える力があればいいんだ。
ガラス片であれ、丸腰な虐殺厨なら上手くやれば殺せる。

小さな刃物でも、扱うことができれば十分。
あのナイフの彼だって、刃渡り十数センチの力で何人も殺してきたんだ。




「・・・ねぇ、何するんデチか? こんな所で」

僕が来たのは、大小様々な鉄くずを集めている広場。
どういう施設なのか、詳しいことはわからない。
けど、ここに来たら何かありそうな気がしたから。

「ちびタンには関係ないデチ。別についてこなくてもよかったのに」

「で、でも、片腕のフサタンはほっとけないし・・・危ないことは、しちゃ駄目デチ」

急に、ちびタンが欝陶しく思えるようになった。
僕の事を想い、いろいろとしてくれるのは素直に嬉しい。
だけど、四肢があるくせに纏わり付くのが、段々と不快に感じてくる。

彼に出会ったせいだろうか。
いつも傍にいるちびタンより、一夜だけ話した彼の方が、優しかった。
上からでも下からでもなく、同じ目線で僕を見てくれた。

「・・・」

そこまで考えた所で、僕は思考を止めた。
先に成すべきことを成してから、そこから次の問題に取り掛かろう。
僕は小さい鉄クズの山に手を置き、目当てのものを探した。

※

ガシャガシャと、鉄クズの山が唸る。
それを聞く度、ちびタンはオロオロと落ち着かない。
辺りを見回しては、いちいち耳打ちをしてくる。

「そ、そんなに音を立てたら、虐殺厨に見つかるデチよ」

「ちびタンは黙ってて欲しいデチ」

それに、虐殺厨はこんな所に来る筈がない。
僕等ちびギコが殆どいないのに、わざわざ歩きにくいここに足を運ぶことはない。
何度も説明したのに、ちびタンは全く聞いてくれない。

ガラクタを掻き分ける度、掌が汚れていく。
自慢の毛並みもくしゃくしゃだし、疲れも感じてきた。
だけど、僕の手はもう頭では止まらなかった。
帰巣本能のような、磁力のような感覚が僕の心を埋め尽くしている。
と、

「痛っ!」

指が何かに刺さったようで、咄嗟に腕を引っ込める。
ふと、痛みを感じた指を見ると、ちょっとした量の血。
それは小さな膨らみになった後、つう、と掌へと滑り落ちた。

「大丈夫デチか!?」

怪我をした僕を見て、酷く慌てるちびタン。
手を見せるよう言われたが、僕はそれを無言であしらう。

ちびタンの不快な思いやりよりも、それが気になる。
ガラクタを掻き出し、僕の手に傷をつけたものを、取り出した。

457 :魔:2007/12/13(木) 23:14:20 ID:???
※

それは、単なる金属片だった。
多分、何か大きな鉄の塊の一部分だろう。
金属片は引きちぎられたように伸び、そこが刃の役割をしている。
都合よく柄のような形をした部分もあり、そこを握ってみる。

翳してみると、なかなかかっこよく見えた。
ギザギザの刃は銀色に光り、他は錆で被われ、僕の毛色みたいだ。

(・・・これデチ)

求めていたものは、あっさりと見つかった。
切れ味は、どう考えてもまともではなさそう。
だけど、この金属片はどの刃物よりも僕に馴染みそうな気がした。




力を手に入れた。
まだ試してすらいないのに、漠然とそう頭の中に言葉が浮かぶ。

後は、『気持ち』。
それは既に用意してある。
僕の中で、燻っていた念い。
片腕だからという理由で、諦めていた。
だけど、これを見付けた途端、その念いは燃え盛る。

―――僕を馬鹿にした奴らへの、復讐。

好きでこんな身体になったわけじゃないのに。
僕を見る度嘲笑い、暴言や石を投げて来た奴ら。
あの時は本当に何もできなかったから、成すがままだった。
ちびタンはそんな僕を支えてくれたけど、それも今日でおしまいだ。
今の僕は、何もできないわけじゃない。

心を真っ黒な炎が包み、激しく、それでいて静かに燃え盛る。
その炎が消えてしまう前に、奴らを焼き殺してしまおう。
そう決意し、ガラクタの山から離れようとした。
その時だった。

「フサタン!」

ちびタンが、僕を呼び止めた。
その声は少し掠れていて、本人も息があがっている。
どうやら僕が物思いに耽っている間も、喚いていたようだ。
振り向き、聞き返す。

「何デチか?・・・僕は今から、することがあるデチ」

「そんな危ない物使って、何する気デチか!」

半ばヒステリックに叫ぶちびタン。
その顔は少し青ざめ、どこか怯えているように見える。
僕は包み隠さず、胸中の事を伝える。

「復讐デチよ。僕はもう、何もできないわけじゃない」

「復讐って・・・まさか!?」

「そんなに驚かなくてもいいデチ。まあ、そのまさかなんデチが」

金属片を見詰めながら、呟く。
くい、と角度を変えて刃に光を当ててみると、僕の顔が映った。
それは刃の形に沿って歪み、僕の顔そっくりな悪魔が笑っているかのよう。
暫く眺めていたかったが、ちびタンの言葉でそれは叶わなかった。
それは、あまりにも心ない言葉だった。




「はぁ、全く。何を言い出すかと思えば・・・」

「・・・ちびタン?」

「いつも僕に助けられてるフサタンが、そんなこと出来る筈ないデチ」

「・・・」

「片腕のくせに、そんなガラクタ持っただけで復讐なんて無理デチよ」

458 :魔:2007/12/13(木) 23:15:10 ID:???
※

最も聞きたくなかった言葉。
それは、いつも傍にいたちびタンの口から、放たれた。

「いやはや、まさか自殺するんじゃないかってヒヤヒヤしてたけど、杞憂だったデチ」

「・・・」

「下手に引き止めたりしたら、フサタンが暴れて山が崩れて生き埋めだとか、考え過ぎてたデチ」

頭の中が真っ白になった。
でも、ちびタンは構わず喋り続ける。

ちびタンは僕の為にいろいろしてくれた。
だけど、心の中では片腕の事を馬鹿にしていた。
信じたくないけれど、本人が目の前でそう言った。

片腕のくせに―――。

そこに嘲けりがなくても、僕の心は酷く傷つく。
そして、その傷から激しく炎が顔を出す。




「ちびタン・・・」

「ん、何デチか?」

「僕にやさしくしておいて・・・本当は、影で馬鹿にしていたんデチね・・・」

「馬鹿も何も、片腕を擁護する奴なんているわけないデチよ」

話を全て聞けば、ちびタンは自分の為に僕を手助けしていたとのこと。
表面上では優しくしておいて、裏で僕を見下す。
『キケイを介護してやるなんて、僕はなんて慈悲深いんだろう』と。
そこに罪の意識なんてなかったかのように、ちびタンは面白おかしく喋る。

結局、ちびタンは奴らと同じだった。
こんな奴に心を開いた自分が情けない。
得物を握る手に、力が入る。
炎が、そいつも殺してしまえと命令する。

味わわせてやる。
僕の苦しみを。
切り刻んでやる。
僕の力で。

得物を逆手に持ち直し、ちびタンに迫る。
まだへらへらと喋るちびタンは、僕の殺気に気付いていない。
目と鼻の先まで近付いて、得物を振り上げる。
そこでやっと、ちびタンは口を動かす事をやめた。

「・・・へっ?」

刃物が、自分の肩口に突き刺さっていたからだ。
僕も、いつ振り下ろし、刺したのかわからなかった程。
そのくらい、ちびタンの肉が脆いのか、得物の切れ味が凄まじかったのか。

「ひ、ヒギャアアアァァァァア!!?」

ちびタンは刃から離れるように倒れ、その場を転げ回る。
真っ赤に染まった金属片は、ぬらぬらと光る血を滴らす。

刺してしまった。
虐殺厨なんかじゃなく、同じ種族をだ。
だけど、罪悪感なんてこれっぽっちも生まれない。
生臭さと肉を裂く感触に、ちびタンの慟哭から感じるもの。
それは、他人を見下す時に得られる『幸福』だった。

459 :魔:2007/12/13(木) 23:16:23 ID:???

『見下す』。
その行為は、あまりした覚えはなかった。
見下されたことなら、不本意だけど腐る程あった。
沢山のちびギコが、それをしてきた訳が今理解できた。

誰かを見下す事は、この上なく気持ち良い。

僕は暴れるちびタンを止める為、脚でそのお腹を踏み付ける。
呻きが聞こえると同時に馬乗りになり、刃を首に宛てがった。

「ひい・・・っ!」

怯え、涙目でこちらを見遣るちびタン。
完全に恐怖に呑まれているようで、身体の震えが嫌というほど伝わってくる。
肩口を傷付けただけだというのに、先程の態度とは全く違っていた。

「どうしたんデチ? そんなに怯えて・・・」

「いや、やめて、デチ。こっ、殺さない、でえっ」

と、ちびタンが嗚咽を漏らしながら懇願する。
そこで、どうしてそこまで恐怖に苛まれているのかがわかった。

ちびタンの真っ黒な瞳に、僕の顔が映ったから。
それは、自分さえも竦み上がる程酷いものだった。
憎しみがそこから駄々漏れているのも、はっきりとわかる。
憎悪という化け物に睨まれて、ちびタンはこうなったんだろう。

「・・・」

だからといって、気持ちがわかったからって、手を止める理由にはならない。
寧ろ怯えてくれて好都合。ここから、ちびタンを僕の好きなように扱えるわけで。
手は傷口を押さえてて、自ら抵抗しないようにしてるのと同じ。
脚はもちろん、僕が馬乗りになっているせいで使えるわけない。
今から、得物という力を使って、ちびタンを十二分に弄んでやれる。

「殺すか殺さないかは・・・僕が受けた苦痛の大きさで決まるデチ」

刃を反し、付着していた血をちびタンの頬になすりつける。
自分の血だというのに、ちびタンは悲鳴を押し殺して顔を逸らす。
嫌がるくせに、傷口を押さえる手は動かそうとしない。
しかも、そのくらいの傷で痛がるなんて、もぎ取られた僕はどうなるのだろう。

「ご、ごめ・・・ごめんなさ・・・い」

「謝るデチか。さっきはやって当然といった物言いだったくせに」

「あ、ああぅ・・・」

「片腕に命乞いなんて、ちびタンは馬鹿デチねー」

眼はそのまま、刃を向けて嘲笑う。
すると、ちびタンにもプライドはあるのか、涙目で睨み返してきた。
倫理感に欠けるその意地は、少し不愉快ではあったけれど。

ただ殺すだけじゃあ、僕の怒りはおさまりそうにない。
だから、ちびタンにこれとない苦痛を与えるべきだ。

そこで、僕はある事を思い付いた。
恐らくそれはちびタンにとって、究極の二択かもしれない。
天秤にかける、一つの要素は命。
そして、もう一つは―――。

「ちびタン」

「え・・・?」

僕は問い掛ける。
囁くように、脅すように。




「片腕になるのと、死ぬのと。どっちがいいデチか?」

460 :魔:2007/12/13(木) 23:17:05 ID:???

「な、なん・・・っ!」

ちびタンが喚くより先に、得物の刃を頬に押し付ける。
そこから新しく血が流れた所で、ちびタンは喋るのをぴたりと止めた。

「文句でもあるんデチか? 断るなら、殺すかわりに『虐殺』してあげるデチ」

使う事はないと思っていた単語が、あっさりと言葉になる。
力を手に入れてからは、それが簡単に熟せそうな気もしている。

いや、今の僕は絶対に熟せる。
自分が片腕でも、ちびギコという弱い種族でも。
気持ちと力があれば、なんだってできる。
ナイフの彼が言っていた事は、本当なんだ。

「さあ、早く決めるデチ」

「うぅ・・・っく・・・」

涙をボロボロと零しながら、葛藤するちびタン。
十秒か、多分そのくらいの時間が経ってから、ちびタンは動いた。
傷口を押さえていた手を退かし、こう答えた。

「せめて・・・こっち・・・」

プライドよりも、命を選んだ。
死ぬことよりも、生き地獄を選んだ。
ただ、それは僅かな差での答だったようで、ちびタンは更に涙を流す。
身体の震えは、既に恐怖のものではなくなっていた。




「わかったデチ」

僕は、あまり間をあけずに言葉を返した。
そして、あえてゆっくりと刃を傷口に持っていく。
刃先で軽く傷口をつつくと、あわせるようにちびタンの身体は小さく跳ねた。
何度かそれを行った後、僕は囁く。

「叫んだりしたら、殺すデチ」

釘を打ったのは、決して他のAAに見つかる恐れをなくす為ではない。
単純に、ちびタンの行動を制限させる為だけのもの。
これとない激痛の上、叫ぶことができないのは、かなりの苦痛だろう。
だけど、僕はそれ以上に苦しんだわけで。

ちびタンは歯を食いしばり、右手は身体でなく地面を掴む。
どうやら、僕の言葉を綺麗に飲み込んでくれたようだ。
反論も罵倒もなく、怯えながら従うちびタンは見ていて面白い。

得物を強く握り、刃を進ませる。
先程刺した時よりも、更に深く、遅く入れていく。
ずぶずぶと入り込む感触は心地よく、肉を切断しているというのがよくわかる。
当の本人は瞼を強く閉じ、必死で痛みに堪えていた。

「よく我慢できるデチね・・・ちびタンは強いデチ」

「~~~っ!!」

手応えがきつくなれば、一度引き抜いてまた入れる。
乱暴に突き刺すなんて事はせず、あえてゆっくりと行う。
長い間僕を苛んできた苦痛は、そうしないとわからないから。

また深くに刃を入れていくと、ちびタンは眼を見開いて堪える。
それでも、決して叫ぶことはなかった。
涙を零しながら、激痛に静かにかつ激しく悶えるちびタン。
その表情を見れば、絶景を眺めるより心が洗われる。
僕は網膜に嫌というほど焼き付ける為に、刃を動かす速度を更に緩めた。

461 :魔:2007/12/13(木) 23:17:57 ID:???

暫くして、ごつ、と鈍い手応えがあった。
一応意識しながら行ってきたけれど、こんなに硬いとは思っていなかった。
くすんだ赤や黄に塗れた肉の芯を成す、骨にぶつかったのだ。

果物を食べていて、偶然にも種を噛んでしまったような感触。
故意に邪魔されたような気がして、この上なく不快に感じた。

こんなに硬いものがあれば、出来るものも出来なくなる。
もっと、肉を切断することに浸っていたかったけれど。
僕は覚悟を促す為、口を開いた。

「ちびタン」

「っ・・・?」

「ちょっと乱暴にするけれど、大丈夫デチね?」

「・・・」

ちびタンは僕の言葉に頷く。
直後、地面を握っていた右手を口に持って行き、そのまま塞ぐ。
血や涙で汚れた顔に土だらけの掌が被さると、土埃は泥になり更に汚れる。
あまりにも汚いちびタンの顔に、僕はほんの少しだけ吐き気を催した。

だけど、ちびタンは僕の無茶苦茶な行動言動に素直に応じている。
そこだけは評価してやらないといけないかな。と僕は思った。

「・・・まあ、それが賢明デチ」

わざと口角を吊り上げながら、囁く。
ちびタンはもう、痛みを堪えるのに必死なようで、何も反応を示さなかった。
少しばかり生意気に感じたが、見方を変えたら余裕がないのと同じ。
ちびタンが壊れるのも、もう目の前かもしれない。




※

今から、ちびタンの腕を殺す。
骨はいわゆる、腕の命に等しいものだ。
それを砕けば、ちびタンの腕は死ぬ。
あの時の僕みたいに、激しい絶望感と喪失感に苛まれるだろう。

ちびタンが悪いんだ。
僕の事を影で嘲笑っていたから。
ただ馬鹿にし、石を投げるだけならここまでしなかった。
だけど、ちびタンは僕にやさしくしてくれた。
やさしくしてくれたから、『裏切り』なんてものが生まれたんだ。

※

得物を大きく振り上げる。
唯の金属片であるそれは、今だけギロチンの刃のように思えた。
罪人とも取れるちびタン専用の、断頭台でなく断腕台。

僕はそれ以上何も考えず、一気に振り下ろした。
途中、憎しみという感情が僕の腕を強く押したような気さえした。

「―――ッッ!!!!」

ばき、と凄まじい音がして、ちびタンの腕の骨が砕ける。
想像を絶する激痛だったのか、僕を振り落としそうな程ちびタンは身体を大きく跳ねさせた。
その後も、首やら脚やらをばたばたさせて酷く悶絶するちびタン。
叫ぶことができないぶん、苦しさは半端でない様子。
だけど、約束はしっかり守っていることから、まだ精神は壊れてないようだ。

こんな目にあっても、必死で自我を保とうとするちびタン。
捩曲がったその根性は何処からくるのかと、僕は心の中で毒づく。
肝心の骨は、どうやら上半分だけが割れただけのようで、完全に切断できていない。
骨の破片を刃先で取り除くと、骨髄らしきものがどろりと流れ出た。

462 :魔:2007/12/13(木) 23:18:18 ID:???

血が溢れ、肉が顔を出し、骨が露になっているちびタンの腕。
汚いそれが身体と離れるのは、もうすぐそこ。
もっと痛め付けてあげたかったけど、これ以上長引くと気絶させてしまいそう。
意識のないちびタンを虐めても、僕の心は晴れたりはしない。

「ちびタン、もう少しで終わるデチ。頑張るデチよ」

「・・・!!・・・!」

口を押さえて悶えるばかりのちびタン。
僕はそれを無視し、得物を振り上げ―――。




ばきん。
と、乾いた音が辺りに響き、ちびタンの骨は見事に割れた。
勢い余って、そのまま骨の下の肉も切断してしまったようだ。

「・・・やったデチ」

ちょっとした達成感に、僕はうっかり感嘆の声を漏らす。
ちびタンは眼を見開いたまま、涙をひたすら流している。
小刻みに震え、腹は上下動している所から、気絶はしていない様子。

ちびタンは今、何を考え何を想っているのだろう。
恐らくその心は僕と同じように、絶望と激痛でズタズタな筈だ。
しかも、これからちびタンは仲間と思っていたAAに見放されていく。
僕が見て来た地獄を、そっくりそのまま見てもらうんだ。

僕は立ち上がり、ちびタンから離れる。
もう、裏切り者には用はない。

「お疲れ様デチ。もう喋ってもいいデチよ」

「・・・ぅ・・・ぅあ」

何か恨み言の一つでも喋るかと思えば、それではなかった。
ただ、流す涙に合わせてえづき、鳴咽を漏らすだけ。
その様子から、十二分にちびタンの精神は傷ついたようだ。

僕は最後の仕上げに、ちびタンの耳にこう囁いた。

「ようこそデチ・・・僕が体験した『地獄』へ」




※

最初の復讐は、満足のいくものとなった。
これから、僕は更にAAを殺すだろう。
この得物を使って、僕を馬鹿にした者を片っ端から殺す。
虐殺厨と同類になっても、別に構わない。
力を手に入れた今、気持ちで突き進むだけ。

「ぁ、ぁ・・・うわあああああああああああ!!!」

広場を離れる途中、後方からちびタンの慟哭が聞こえた。
それは身体の芯にまで染み渡る程、良い声だった。



続く