『小話』(後編)

Last-modified: 2015-06-27 (土) 23:08:30
480 :魔:2008/02/29(金) 23:36:49 ID:???
>>469~より続き
『小話』(後編)




※

命は、命と出会うことで成長する。
ちびフサも、ナイフの彼と出会う事によって復讐を誓えた。
友の腕を奪い、憎い者は次々に殺していった。

しかし、その出会いというものは所詮はきっかけ。
人生の新たなレールを見付ける為の、ほんの小さな要素に過ぎない。
成長というのも、種が芽吹くくらいのちっぽけな成長。
価値観は大幅に変わるかもしれないが、本質は変わりはしない。

それをしっかりと理解していれば、或いは―――。




※

「殺す・・・殺してやるデチ・・・」

「・・・テメェ」

奴らを殺しても、僕の心は晴れなかった。
レコを虐殺しても、黒い炎は消えなかった。
復讐は復讐なんかじゃなくて、唯の憂さ晴らしだった。

モララーに再会し、溜まっていた『怒り』が燃え盛る。
心の奥底で眠っていた怒りは、僕を黒く奮い立たせる。

何も、考えることができない。
いや、考える必要なんてない。
唯、目の前にいるこの虐殺厨を殺したい。
この力と気持ちで、絶対に殺す。

「あああああああぁぁぁぁァァ!!!」

僕は怒りを得物に乗せ、モララーに向かって跳んだ。
爆ぜるようにして蹴った地面は、一瞬で遠くなる。
同時に、モララーとの距離も簡単に、素早く縮まった。

やはり、先程と同じで狙いは首。
その黄色い喉笛を、一思いにかっ切ってやりたいから。
自分の身体を自分の血で汚させてやりたいから。

(お前の死に化粧は、自身の体液デチ!)

空中で得物を振りかぶる。
モララーはこちらを睨んだままで、動こうとしない。
それが罠なのかどうかなんて、どうでもいい。
僕は、モララーの喉笛を切り裂く事だけを考えればいい。




頭に血がのぼっていたから、僕の思考は一方通行だった。
思い付く全ての結果は、とにもかくにもモララーの死。
相手の行動の予測なんて、微塵にもしていなかった。

「馬鹿か?」

「ッ!?」

渾身の一撃を回避されて、僕はようやっと我に返る。
力である刃は首でなく空を切り、乗せた感情も消え失せた。

と、身体が引力に引っ張られるより前に、空中で停止する。
同時に後方に強く戻され、モララーの眼が大きく映った。

「っ、は・・・離せッ!」

いつの間にか、僕はモララーに捕まっていた。
攻撃を避けた直後、素早く僕の腕を掴んだようだ。

ばたばたと脚を動かして抵抗するも、全く効果がない。
更に、手首のあたりを握られているから、どうすることもできない。
無理して暴れても、得物を落としてしまうかもしれない。

「ちびギコの癖に、調子に乗ンなよ」

僕の心を覆い尽くしていた黒い炎が、少しずつ消えていく。
それに相反するように、『虐殺』の不安と焦りがじわじわと滲み出す。
このままでは、モララーに殺される。

481 :魔:2008/02/29(金) 23:37:45 ID:???

ほんの一瞬の間に、形勢逆転されてしまった。
いや、その前に僕の方が有利だったかすら怪しい。
唯単にモララーに出会い、憤慨していただけだ。
たった薄皮一枚切り裂いただけで、殺せると思った僕が馬鹿だった。

それでも、復讐はしたい。殺したい。
動きは止められても、憎悪という感情は消える訳がない。
確かに、目の前にいるモララーの形相は恐ろしい。
だけど、睨まれるだけで畏縮するような気持ちではない。
そうでなければ、レコやその仲間を殺した意味がなくなる。
カタワにしてやった、ちびタンの事も―――。

「おい」

「!?」

唐突に、モララーが話し掛けてくる。
不安と焦りが物凄い勢いで膨れ上がり、僕を苛む。

「お前、こんな鉄クズでよく仲間を殺せたな」

「・・・っ」

「しかもその眼、俺から逃げた後に何があったのか気になる位酷ェな」

モララーは黙り込む僕を無視し、話し続ける。
時折嘲笑を混ぜたり、自問自答をしたりとせわしない。
だけど、その悍ましい表情は全くかわらなかった。

このモララーから逃げたいという気持ち。
逆に、殺してやりたいという気持ち。
虐殺されたくないという願い。
復讐を果たしたいという念い。
全てがごちゃまぜになり、僕の心を苛む。

相反する気持ち達が、全身をぐるぐると駆け巡る。
強い吐き気を催すも、歯をくいしばって押さえ込む。

「マターリとかほざく奴よりは面白いが、あまり血の気が多いのもアレだな・・・っと!」

「ヒギャッ!?」

と、突如腹部に激痛が走る。
精神を落ち着かせるのに集中し過ぎて、何が怒ったのかわからなかった。

一手遅れて、僕は地面にたたき付けられたのだと理解した。
左脇から落とされたので、衝撃はかなりのもの。
肺の中の空気と、胃液が一緒に逆流してくる。

「ぐうぇっ! ゲホっ!!」

不快感も相俟って、酷く濁った咳が漏れる。
激しい腹部の痛みもあり、僕は手の中の得物を捨てて腹を押さえる。
更に何度か咳込むと、酸っぱいものが口の中に広がった。

「おおっと、流石にキツかったかな?」

苦しむ僕を尻目に、モララーは嘲る。
今すぐ罵倒してやりたいが、痛みのせいで呻くことしかできない。

殺してやりたいと、頭は叫んでいる。
だけど、身体は逆に悲鳴をあげている。
様々な感情の渦に更に要素が加わり、肥大していく。
それらは僕の中の容量を易々と超え、暴れていた。

一旦全てを整理しようとしても、その余裕すら全くない。
何もかもが手付かずで、好き放題に自己主張する。
その間、モララーは二手も三手も先に進んでいた。

視界の隅にあった得物が、黄色い手に掴まれ宙に浮く。
必死でそれを眼で追うと、モララーの眼前で得物は止まる。

「・・・ふぅん」

482 :魔:2008/02/29(金) 23:38:22 ID:???

得物を手の中で回し、物色するモララー。
途中、得物と僕を交互に見遣ったりもした。

何がしたいのかは、よくわからない。
いや、考える余裕がないといった方が正しい。
いくらか痛みは治まったものの、まだ精神は苛まれている。

どうにかして、体制を立て直そうとした矢先の事だった。

「なあ、このガラクタ、試させてくれないか?」

俯せる僕に対し、モララーがそう質問する。
その直後、不快な音と共に足首に鋭い痛みが走った。




「ヒぎゃああぁァァッ!!」

堪らず、僕は叫ぶ。
全身を強い電流が駆け巡るような感覚。
脚の部分は更に強いそれを感じ、意識が飛びそうになる。

滲む視界を無視しながら、何が起きたのか確認する。
上半身をあげ、首を後ろに向けてようやく理解した。

得物が、僕の脚を穿ち、地面に磔けていたのだ。

深さもかなりのもので、柄と脚との距離は殆どない。
動かそうにも、想像以上の激痛が下半身を麻痺させる。
恐らく、得物が骨を通過した時、縦にヒビが入ったのかもしれない。

「・・・なるほど、ねぇ」

視界の端で、モララーが喉を鳴らして笑う。
片膝をつきながら、僕を観察しているようだ。
先程の悍ましさはないが、その眼はどこと無く嫌らしい。

「いい、いっ!・・・痛あああぁッ!!」

だけど、今はそんな小さな挑発にも反応できない。
ただでさえ酷く混乱しているというのに、新たな激痛が追い打ちをかける。
まるで、気持ちと力が僕に反旗を翻したかのような気分だ。

「ちびギコ達は元々が脆いから、こんなガラクタでも簡単に刺せるんだな。手応えは最悪だが」

殆ど無意識で叫んでいる僕を無視し、モララーは語る。
それらを耳にする事くらいはできたけれど、意味や言葉の裏側まで読み取るのは無理だった。

「まるで原始人が扱う石器みてーなモノなのに、お前はたいしたヤツだよ」




どれくらいの時が経ったのだろうか。
実際に流れた時間は短いかもしれないが、感覚では恐ろしく長かった。
死ぬ間際に、世界がスローモーに見えるのとは少し違うけれど。

「くぅぅ・・・っあ、ぐ」

とにかく、その精神を苛む激痛は少しだけ緩くなった。
モララーが何もせず、唯ずっと僕を見詰めていたのが、不幸中の幸いかもしれない。
もしそのまま続けられていたら、先に心が死んでしまっている。

「どうした? 叫ぶのに疲れたのか?」

と、モララーは口を開くや否や、挑発を吐き出す。
同時にその黄色い腕が頭上に伸び、視界を遮る。
何をするのかと眼で追えば、突き立てられた得物にデコピンをかました。

「ぎゃあっ!!」

その振動は骨に伝わり、痛覚神経を刺激する。
刺された時のほどではないが、やはりその痛みはなかなかにきつい。
折角落ち着いたものが、ゆっくりと振り返す。

「おお、まだ元気じゃあないか」

僕が苦痛に悶える度、モララーは笑いながら得物を小突く。
段々とそれはエスカレートし、仕舞いには脚で踏み付けてもきた。

483 :魔:2008/02/29(金) 23:38:42 ID:???

がつん、と鈍い音が響く度、僕は叫んだ。
その音が大きくなれば、あわせて悲鳴も苦痛も大きくなる。

「うあああァ!! 痛ああああっ!!!」

「はははッ! そんなていたらくじゃあ、10年経っても俺は殺せねェな!」

モララーの言うことは、尤もかもしれない。
初手を除けば、僕は奴に好きなようにめった打ちにされている。

ナイフの彼が言っていたことは、嘘なのだろうか。
力と気持ちだけじゃあ、種族の差はどうしても埋められないのか。
でも、ナイフの彼は僕の目の前で虐殺厨を殺していた。

あの時の出来事は、夢じゃない筈だ。
虐殺厨の血と肉の味に、彼の声と言葉。
霞も靄もなく、何もかも鮮明に覚えている。
それなのに。

やはり、片腕ということがいけないのだろうか。
もし、あの日モララーに四肢でなく別の何かを奪われていれば。
虐殺厨を殺す彼のように、なれていたのだろうか。
そう考えた所で、僕は思考を止めた。

(もう・・・嫌だ・・・)

最後の最期まで、僕は片腕という呪いに囚われ続けた。
光なんて、これっぽっちも見つけられないまま。
心に開いた穴も、痂が剥がれ落ちるようにまた開く。

せめて、この苦しみから開放されたい。
その位なら、祈っても罰はあたらないだろう。
虫の声に掻き消されそうな程の声量で、僕は願った。

「どうか・・・」




苦痛からではなく、悲しみで涙は溢れる。
そんな僕を見て、モララーは笑っているようだ。
もう、生きる意味なんてなくなったからどうでもいいけれど。

「・・・ぇ、っ?」

と、願いを口にして少し経つと、脚に違和感を覚えた。
僕を苛んでいた激痛が、嘘のように消えたのだ。
正確にいえば、痛みが緩くなっただけではあるけど。

それは決して、嬉しいことではなかった。
恐る恐る、足元に目線を持っていく。
途中、モララーの歪んだ笑顔が大きく映る。
そこで僕は確信した後、脚の先を見た。

突き立てられた得物の上には、モララーの脚。
いつの間にか、得物の柄は大分下まで落ち込んでいる。
そして、その得物の刃の奥には―――。

「あ・・・」

僕の足が、身体から離れて地に伏せていた。




「どうかしたか? 自分の身体の脆さに驚いてんのか?」

喉で笑い、モララーは続ける。

「なわけないよなァ。自分が脆いのは腕もがれた時に知ってるからなぁ」

直後、今度は腹を抱えて下品な声で笑い始めた。
甲高く、それなのに全身に纏わり付くような不気味な声。
不快だけど、絶望感にうちひしかれる僕にとってはどうでもいいことだった。

484 :魔:2008/02/29(金) 23:40:13 ID:???

不意に、倦怠感が僕の心と身体を包み込む。
あれだけ叫び、迷い、悩んだから当たり前だろう。
片腕がないのに、更に足さえも失った。
そうなった今、想ってしまう事が一つ。

『死にたい』

復讐の炎は、既に綺麗さっぱり消えている。
もう、虐殺に抗うどころか、もっとやって欲しいとさえ考えてしまう。
なるだけ早く、頭蓋を砕かれて死にたい。
心臓を破られて、首をかっ切られて死にたい。




その願いは、神様は叶えてくれなかった。
というよりも、モララーが叶えてくれないと表現した方が正しいか。
それもそのはず。僕を苦しめるこれは殺しでなく、紛れも無い虐殺なのだから。

「さァて、次はどこにしようかなぁ?」

僕の得物を持ち、物色するような眼で見てくるモララー。
それに対し、怒りも、恐怖さえも感じることはない。
最初のような余裕がないわけじゃあないけれど。
ただ純粋に、疲れからくる諦めが原因だろう。

「・・・」

殺して欲しい。
そう言いたいけれど、口が開かない。
カラカラに渇ききった喉は、ひゅうひゅうと力無く呟く。

「よし、ここにしようか」

不意に、モララーが宣言する。
狙われたのは、反対側の足首。

「・・・」

やはり、どうでもいいという気持ちしかなかった。
苦痛が長引くことには、少し辛さを感じたけれど。

全身の力を抜き、虐殺に身を委ねる。
腹から顎にかけて、べったりと地面に伏せる。
好きに料理してくださいと、僕は身体で応えた。

その行為は、モララーにとってあまり好ましいものではなかったようだ。

「・・・おい」

一転、刺のある声が飛んでくる。
次の瞬間には頭をわしづかみにされ、無理矢理顔を上げさせられた。

「うっ!」

長毛が引っ張られたのと、首が悲鳴をあげた事で声が漏れた。
涙も渇き、視界が鮮明になっていたので、モララーの表情がはっきりとわかる。
その顔は形を保っているものの、冷ややかな怒りを感じる。

「なんだその態度は」

「・・・」

「テメェの復讐心はそんなモンだったのか? 俺が憎いんじゃねェのか?」

どうして抗わねぇんだ、とモララーは続けた。

単純に、僕の力が及ばなかっただけなのに。
今更、復讐をしてみせろと言われても意味がない。
とうの昔に炎は消えたし、火種もどこにもない。
今の僕は、死を願うただの抜け殻なんだから。

そう言いたいのだけれど、やはり言葉にならない。
無言での返事は、モララーの神経を再度逆なでしたようだ。

「つまんねぇ奴だな。最初の勢いは何処に行ったんだ?」

顔を歪め、段々と怒りを露にするモララー。
この倦怠感と自殺願望がなければ、それは畏怖の象徴と化していただろう。
良い意味でも悪い意味でも、僕の心はもう何者にも怯えないのかもしれない。

485 :魔:2008/02/29(金) 23:40:59 ID:???

「ぐっ!」

突然、モララーは僕の頭から手を離して立ち上がった。
顎と地面がぶつかり、また情けない声が漏れる。

モララーは僕の横側にまわり、脇腹を足で掬い上げるように蹴る。
激しさもなく、僕は成すがまま身体をごろんと回転させた。
姿勢は俯せから仰向けになり、商店街の煤けた天井が見える。

ゆっくりと顔をあげ、脚の方を見てみた。
短い方の脚だけが、体液と土に塗れて汚れている。
足首は血だまりに寂しく転がっていて、長毛がべったりと情けなく垂れていた。

「やる気が無ぇんなら・・・せめていい声で鳴くんだな」

血だまりの奥で、モララーが告げる。
直後、脛に凄まじい痛みが襲い掛かった。

「ぎゃあッッ!!」

宣言通りの虐殺が、再開されたのだ。
今度は先刻と違い、得物は脛から抜き取られた。
かと思えば、また違う個所に刃は落ちていく。

まるで、僕がレコにトドメをさした時のような事を、モララーは行っていた。
ただひたすら腕を上下に動かし、刺しては抜きを繰り返す。

「っあ!! ひぎ!! ヒギャあっ!!」

「ほらほらァ、もっと声出せよ!」

刃が脚の中を通過する毎に、僕は喘ぐ。
痛みから逃げようにも、モララーが脚をしっかりと掴んで離さない。
耳障りな湿った音と、モララーの笑い声も同様に僕を苛む。

※

これじゃあまるで、さっきの僕とレコじゃないか。
僕がレコやその仲間にやってきた事を、モララーが僕にやり返す。
あまりにも情けない因果応報に、泣きたくなってしまう程だ。

本当は、こうなる筈じゃなかったのに。
復讐という念いが潰えた今、僕は死を望むだけなのに。
運命さえも、僕を笑い者にしているのだろうか。

死にたいのに。
唯、それだけなのに。

※

気が付くと、僕の脚は形を失っていた。
赤と黒に少しの白が入り混じり、汚い挽き肉と化している。

「は・・・テメェも脆いが、このガラクタまで脆いとはな。驚かされてばっかりだ」

吐き捨てるモララーに、僕は視線を移す。
その黄色い身体は所々赤く染まり、特に腕にかけては凄まじい状態になっている。
更にその先にある手の中で、僕の得物がひしゃげていた。

(そんな・・・)

乱暴に扱われ、酷い有様になった僕の力。
気持ちどころか、力さえも及んでいなかった。

僕はその事実に絶望するより、得物の姿に悲しんだ。
復讐の為に慣れ親しんだ者が、亡くなったような気がして。
それは、信頼していた友の裏切りよりも、もっと儚く僕の心を刔った。

刃を失った得物は、モララーの掌から投げ出される。
からん、と乾いた音がして、それは地面に転がった。
僕にはそれが、得物の悲痛な叫び声に聞こえた。

486 :魔:2008/02/29(金) 23:41:47 ID:???

「まあいいさ。素手でも虐殺は楽しめるからな」

そう言って、モララーは僕の腕に手を掛ける。
僕に残された最後の肢を、もぎ取るつもりだ。

死への通過礼儀とはいえ、やはり辛いものがある。
他にもまだ、目と耳と毛皮も残っている。
まだ僕は死ねないのだろうか。
そう思った矢先の事だった。




※

一迅の風に乗り、小さな影がモララーに飛び付いた。

「ぐあっっ!!?」

モララーの首筋に食らいついた影は、その勢いを殺さずに押し倒す。
僕から離れ、どうと倒れたモララーは、影と揉み合いになる。

「ガアアアアアアアァァァァァ!!!」

獣のような凄まじい咆哮をあげ、なお攻撃する影。
よく見ると、それは一匹のちびギコだとわかった。
だけど、その身体は何かが足りなかった。

「こンの・・・糞野郎がッ!!」

モララーの怒号と共に、ちびギコが蹴り飛ばされる。
空中で回転し、地面を二、三度跳ねた所でそれは止まった。
しかし、ちびギコは臆することなく素早く立ち上がり、モララーを睨む。

「!?」

そこで、僕は驚愕した。
片腕がない、ちびギコ。

―――そのちびギコは、ちびタンだった。

手の中には、長いガラス片に布を巻いたものがある。
それは、僕が使っていた得物と同じようなもの。
布は赤黒く汚れ、ガラスの部分には新しい血もついている。

モララーの方を振り向くと、首から夥しい量の出血。
恐らく、最初に飛び付いた時にちびタンがかっ切ったのだろう。
押さえている手をつたい、ボタボタと激しい音をたててそれは地に落ちる。

「糞虫の、分際で・・・っ」

「フーッ! フーッ!」

鼻息荒く、酷く興奮しているちびタン。
その形相も悍ましく、まさに修羅のような表情。
対するモララーも、物凄い怒りを露にしてはいる。
しかし、出血と不意打ちのせいで、その顔色はあまり良くない。

圧倒的に、ちびタンの方が有利だ。
根拠もなく、無意識のうちに僕はそう思っていた。

対峙しあう時間は短く、次の瞬間には二人はぶつかり合っていた。
果敢に飛び掛かるちびタンと、それを叩き落とすモララー。
何度も地面にたたき付けられようと、ちびタンはすぐに立ち上がる。

「うあああアアアァァァァ!!」

その雄叫びは力強く、地響きすら感じてしまう程。
真正面からそれを受けるモララーは、段々と劣勢に追い込まれていった。

二人の影が交差する度、血が空を舞う。
モララーの皮膚は裂け、ちびタンの身体は汚れていく。
まさに泥沼の戦いに、僕は魅入ってしまっていた。

「うっ!」

不意に、モララーが何もない所でよろめく。
ほぼ全身を濡らす程の出血で、恐らく頭に血がまわっていないのだろう。
ちびタンはその隙を逃さず、モララーへと一気に突っ込む。

弾丸のような勢いで跳躍したちびタンは、垂れ下がったモララーの頭蓋目掛け、そのガラス片を突き立てた。

487 :魔:2008/02/29(金) 23:42:18 ID:???
※

(な・・・)

モララーの敗因は、プライドを守ろうとしたこと。
頸動脈を切断された事に対し、全く意識を向けなかったこともある。

眉間にガラス片を突き立てられては、後は死への階段を一直線に駆け上がる。
意識が途絶えるその瞬間まで、モララーは目の前の被虐者を睨む。
が、己を殺したその被虐者は、ちびギコの皮を被った獣だった。
それに気付いた頃には、既に現実との回線は切断されていた。

※




「・・・」

全てが、白昼夢のような出来事だった。
ちびタンが現れ、僕のように武器を持ち、あまつさえモララーを殺した。
信じがたいことが連鎖して起こったので、僕は一連を把握するのに少し時間が掛かった。

「ハァ・・・ハァ・・・」

あがりきった息を、身体全体で整えるちびタン。
横たわる死体の側に立つその姿は、あまりにも恐ろしい。
背中を見せているけれど、そこから放たれる威圧感が凄まじかった。

そこで僕は悟った。
次の標的は、僕なのだと。

ちびタンが僕のように、復讐という感情で動いているのなら、きっとそう。
腕を奪った張本人である僕を、生かす筈がない。
死にたいとは願っていたけど、あんな悍ましいちびタンに殺されるのは―――。

「フサタン・・・」

「!?」

不意に名前を呼ばれ、心臓が跳ね上がる感覚を覚える。
ちびタンはゆっくりと、こちらに振り向いてくる。
先程の獣のような姿に、ただでさえ恐怖しているというのに。
その眼を、正面きって見ることなんてできる筈がない。

しかし。

「やっと・・・逢えた、デチ」

僕の予感は杞憂で終わった。
ちびタンは、その黒い眼に涙を浮かべていたのだ。




※

「もう少し、早く来れれば・・・」

ちびタンは僕の下半身を見て、そう嘆く。
そこで、僕はちびタンに復讐の念がないことに気が付く。

だけど、わからない。
僕は、ちびタンの腕を奪ったのに。
何故、泣いているのだろう。
どうして、助けようとさえしたのだろう。

「・・・なん、で?」

疑問は膨らみ、声となって弾けた。

「なんで、って・・・」

「・・・なんで、僕を助けたんデチか?」

意を決して問うものの、当の本人は呆気にとられた表情をする。
暫く間を置くと、また顔をくしゃくしゃにして涙声で話し始めた。

「僕は・・・気が付いたんデチ・・・」

「・・・何を?」

「自分の、過ちデチ・・・」

ちびタンの手からガラス片が滑り落ち、高い音をたてて転がる。
血生臭いこの空間でのその音は、酷く悲痛なものに聞こえた。
何も持たなくなった手で涙を拭うと、ちびタンは全てを話し始めた。

488 :魔:2008/02/29(金) 23:43:22 ID:???
※

あの時、鉄屑の山でのやり取りの後。
待っていたものは、フサタンの言葉通りの地獄だった。

仲間だった者達からは馬鹿にされ、一気に嘲笑の的になった。
石どころか、集団でよってたかってボコボコにされもした。

同じ立ち位置に立つことで、僕はやっと自分の愚かさに気付いたんだ。
身体の一部がなくなっても、本質は変わらない。
達磨になろうがなんになろうが、ちびギコはちびギコなのだと。

それなのに、僕はフサタンに酷い事をしてしまった。
同じ種族なのに、片腕と心の中で鼻で笑っていた。

(フサタン・・・)

その時、フサタンに謝ろうという気持ちが芽吹く。
復讐を誓い、鬼になった友へ謝罪をしなければ、と。
止めようというわけではなく、唯、謝りたいだけ。
だから、そのために生き延びなければ。

そう思った時、僕はいつの間にかガラス片を握っていた。
足元には僕を馬鹿にしていた奴らでできた、肉塊の山があった。




※

「後は、ずっと・・・捜して、捜していたんデチ・・・」

決壊したダムのように、ちびタンの眼からは涙が溢れている。
多少えづきながら紡ぎ出される言葉は、全て本物だった。
本気で、僕のことを想っていることが感じ取れた。

「ちびタン・・・」

寧ろ、謝りたいのは僕の方だ。
気付いてくれる可能性があったのなら、腕を奪う必要なんてなかったのに。
僕の我が儘で、ちびタンを巻き込んでしまった。

偽りの理解者は、本物の心の支えになっていた。
そのことが、嬉しくもあり、哀しくもあった。

「許して・・・くれる、デチか?」

ちびタンの言葉が、深く心に突き刺さる。
直後には、僕の視界は一気にぼやけ、込み上げてきたものが溢れた。




レコを殺し、モララーは死んだ。
僕の復讐は、結果だけを見れば終わったんだ。
だけど、失ったものはあまりにも大きい。
両足まで奪われた僕は、これからどうすればいいのか。

「・・・僕、は」

高ぶる感情の波のせいで、上手く喋ることができない。
それでも、ちびタンは僕の言葉に必死に耳を傾けている。

※

殆ど達磨のような身体で、移動すらままならない。
それに、ちびタンも僕のせいで片腕になってしまった。
このままいけば、また別のちびギコ達に馬鹿にされる生活が続く。
復讐は終わっても、生き地獄は終わらないんだ。

※

譫言のような僕の言葉を、ちびタンは静かに聞いていた。
涙で霞んだ視界では、その表情はわからなかった。

「・・・」

「もう・・・地獄は、嫌デチ・・・」

ぐちゃぐちゃになった自分の脚に恨みを込めながら、呟く。

「死にたい・・・」

489 :魔:2008/02/29(金) 23:45:03 ID:???

死んで、楽になりたい。
僕の本心を、吐き出した。

「・・・」

ちびタンは、黙ったままだ。




※

暫くの間、静寂が僕らを包み込む。
そして、それを打ち破るかのようにちびタンが喋った。

「じゃあ・・・」

「・・・」

「じゃあ、一緒に死のうデチ」

それは、予想だにしない返答だった。
少し驚き、僕は問い返す。

「え・・・?」

だけど、それは発することが出来なかった。
ちょっとした複雑な気持ちが、それを阻んでいたから。

言葉が出てこない僕を置いて、ちびタンは続けた。

「死んで、この身体を捨てて新しい世界に二人で行こう」

端から聞いたら気狂いのような台詞。
だけど、それは僕の心を激しく揺さ振った。
肯定も否定もなく、僕は問い直す。

「・・・行けるのかな?」

「信じれば、いいんデチ」

そういう世界があることを。
虐殺のないマターリの世界で、一緒に生きる。
死後の世界があるかはわからないけれど、信じればいい。

「信じる者は、救われるんデチ」

「・・・」

ちびタンの言葉。
全てを噛み締め、僕は頷いた。




ちびタンの手に、再度ガラス片が握られる。

「痛いかもしれないけれど、大丈夫?」

不安げに、ちびタンは伺う。
僕はそれに対し首を横に振った。

「平気。ちょっと悔しいけど、慣れてるから」

頷き、構えるちびタン。
そして、僕の胸にゆっくりとガラス片を捩込んでいく。

「・・・」

不思議な感覚だった。
そのガラス片は、するすると僕の身体に入りこんでいく。
痛みも何もなく、皮膚と肉を裂いているのだけ、感じ取れた。

(ああ・・・)

温かい。
ちびタンの温もりが、伝わってくる。
ガラス片が僕の心臓を破った時には、ちびタンの身体はすぐそこだった。
薄れゆく意識の中、僕はゆっくりとちびタンを抱く。

「ありがとう」

感謝と、謝罪を込めて。
僕はちびタンにそう囁き、眼を閉じた。

490 :魔:2008/02/29(金) 23:45:37 ID:???
※

フサタンの身体から、ガラス片を引き抜く。
刺した所からは血が沢山出て、僕の手を濡らした。
フサタンから少し離れると、支えを失ってゆっくりと倒れた。

眠ったような表情で、横たわるフサタン。
心なしか、笑っているようにも見える。

苦しむことなく、旅立つ事が出来たようだ。
僕はそれに安堵し、息を小さく長く吐き出す。

次は、僕の番。

「フサタン・・・待っててね」

僕も早く、追い付くから。
誰もいなくなった空間でそう呟く。

―――そして、ガラス片を首筋にあて、するりと横に滑らせた。




※

出会い。
それは、見ず知らずの他人だけにあるものではない。

慣れ親しんだ者の、見た事のない別の顔。
それもまた、新しい出会いと同じもの。

街のルールに苛まれ、死を望み、受け入れた二人。
彼等の言う、『新しい世界』がもしあったとするなら。
二人はどんな者と出会い、どんな成長をしていくのだろう。

答えは、既に空の上である。



完