509 :魔:2008/04/04(金) 23:43:10 ID:??? 『裏話 ~後遺症~』 ※この物語は、『天と地の差の裏話』の続編にあたります 今から少し前に、街を脅かす事件があった。 あるちびギコが猟奇的連続殺人を侵すという、未曾有の事件。 全てを知っている者は、一人だけしかいない。 関わった者は彼以外、皆死んでいったからだ。 AAの命が軽いこの街では、事件の意外性はあっても、関心はあまり向かなかった。 何も知らない者達は、何も知ろうとしないまま。 知ろうとした者達は、何もつかめないまま。 そして、その事件が遺した爪痕は忘れ去られていった。 全てを知る、一人のAAを除いて―――。 ※ ポストにあった新聞を手に取り、部屋に戻る。 崩れ落ちるようにしてソファに座ると、それをテーブルに拡げた。 「・・・」 じっくりと、なめ回すように新聞を見る。 お目当てのニュースがなければ、項をめくって更に探す。 羅列された文字達が伝えるのは、政治と芸能の話ばかり。 どれもこれも、ちょっとしたお偉方の失言を叩いたもの。 やはり、これらを見ていつも思う事は、『他に報道すべきものが沢山あるだろう』。 新聞を読んでいる男、ウララーはそう心の中で歎いた。 ※ あの凄まじい出来事から、一週間。 その間、片腕が黒い少年や化け物を扱ったニュースは、殆どなかった。 半ば国から忘れ去られた街とはいえ、大量の無差別殺人が起きたというのに。 公園にも、ギコと化け物という証拠を放置していた。 それなのに、メディアはおろかネットですら話題にならなかったのだ。 もし業者が処理したとしても、ギコはともかく化け物に対して何かを感じる筈だ。 あの刀のような爪を持っていた、VというAAに。 死体がそのまま放置されている、という理由は自分が否定した。 後日、しっかりと己の眼で確認したからだ。 勿論、Vはおろかギコの脚もしっかりと片付けられていた。 血も、あの大雨で全て洗い流されている。 ※ 証拠というものが殆どなくなってしまい、今に至る。 もう終わったことなのだから、気にしない方がいいのかもしれない。 しかしそれでも、自分以外の誰かが見つけた爪痕を探すことはやめない。 でないと、自分が自分でなくなってしまいそうな気がして。 「・・・無い、か」 自分以外誰もいない空間で、一人呟く。 余す所なく新聞を漁ったが、それらしいものは見当たらなかった。 それなりの時間が経っているので、当たり前ではあるが。 溜め息をつき、腹に巻かれた包帯に触れる。 あの出来事が夢ではないと教えてくれる、唯一の証拠。 残ったものは、その傷ともう一つ―――。 510 :魔:2008/04/04(金) 23:43:58 ID:??? ※ 愛用の銃を、弾倉と一緒に引き出しから取り出す。 弾倉に銃弾が入っているのを確認したら、それをグリップの中に入れる。 「・・・」 ふと、手の中でそれを翻してみる。 ひたすら黒く、それでいて鈍く光を反射する銃。 思えば、自分の身体に似た色という理由で、銃に惹かれたことがある。 扱ってみると、想像以上に容易にAAの命を奪う代物。 それを、その力を自分以外の者の為に使うという理由で、擬似警官になった。 殺伐としているが、この街にはヤクザはいない。 だから、銃という武器は虐殺に溺れた者に非常に有効だった。 それにでぃやびぃのような危険なAAにも、距離を離して対応できる。 鈍器や刃物しかない地で、銃は圧倒的な力を持つ。 その為、使い方を誤れば恐ろしい兵器と化す。 「・・・」 ウララーは少しの間銃を眺めた後、ホルスターにおさめる。 更に引き出しから小物とウエストポーチを取り出し、ゆっくりと静かに外に出た。 ―――その心に、飢えと渇きを以って。 ※ 出掛けた先は、街の顔ともいえるあの公園。 今ではすっかり、賑わいを取り戻している。 被虐者も一般AAも、それぞれの楽しみの為に遊んでいた。 「・・・」 ウララーは、そんなAA達を軽く観察しながら公園を散策する。 ベンチに座り、肩を寄せ合うカップルもいれば、ボールを蹴りあう子供達もいる。 この遊具が多い区域だけは、地上の楽園と感じてしまうほど、平和だった。 ある程度そこを観察した後、踵を返す。 次は、雑木林の多い区域を目指し、足を動かした。 先程の区域と違い、この辺りは街らしさが垣間見える。 雑木林が間近にあることから、被虐者が身を潜める為によく利用している。 林の中に足を運べば、路地裏以上に被虐者が見つかることもよくある話。 だから、虐殺もよく行われる上、それが絡んだ事件も多発する。 擬似警官として、この区域は必ず見回らないといけない。 だが、今回だけは擬似警官ではなく、イチAAとしてもここに来た。 あの出来事で遺った、爪痕の埋め合わせの為に。 「ん・・・?」 ふと、足を止めてみる。 視界の隅で見つけたのは、不自然な形をしている植木。 垣根の役割をしている筈のそれは、AA一人が通れる位の隙間を作っていた。 形の崩れ方からして、人為的なもの。 誰かがここを、林への入り口にしてしまっている。 まさかとは思うのだが、念のためにとウララーは身を運び、中へと進んだ。 511 :魔:2008/04/04(金) 23:44:40 ID:??? ※ 雑草が自分の腰ほどまでに伸び、枝葉が進路を塞ぐ。 それが雑木林の本来の姿なのだが、手でそれらを掻き分けずとも難無く進めた。 被虐者が隠れ家として、ここを切り開いたのなら構わない。 が、擬似警官の持つ勧か、違和感はその答えを否定する。 「これは・・・」 視界に奇妙な色彩を持つ葉が飛び込み、目線を持っていく。 足を止めてそれをじっくり眺めると、血が付着しているということがわかった。 親指でこすってみると、僅かなぬめりを感じつつ、指にこびりつく。 まだ、新しいものだ。 匂いを嗅いでみると、被虐者のものではない。 「当たり、か」 ウララーは事実に溜め息をつき、林の奥へと進んでいく。 奥に進むにつれて、その血の跡は確実に増えていった。 雑ながらけもの道を作り、かつ痕跡を遺している。 犯人は、己の保身よりも虐殺が齎す快楽を優先して行動しているようだ。 虐殺厨ともなれば、そんな余裕などないのだろう。 暫く歩くと、血の匂いが強くなる。 加えて、眼の前には壁のように進行を阻む草木。 葉の隙間から見えるのは、ちょっとした広い空間。 その中に、一つの人影があった。 人影はその場に屈み、湿っぽく粘っこい音をたてている。 そこで、これ以上息を潜める必要はないとウララーは踏み、草木を掻き分けた。 「何やってンだ」 「!?」 ウララーが声を掛けると同時に、女は驚く。 女のその朱色の身体は、どこを見ても赤く汚れていた。 足元には赤黒い塊が、血だまりの中に横たわる。 恐らく、女が持つ包丁で挽き肉になるまでめった刺しにされたのだろう。 「何、ッテ・・・見テワカンネェノカ? 虐殺ダヨ」 と、女は罪悪感など全くないようなそぶりで応える。 どうやら、ここまで死体の形を奪えば、一般AAか否かを見分けられないと思っているようだ。 だが、ウララーは既にこれが被虐者ではないと理解している。 血の匂いがそれなのだが、己以外に通用しない証拠だ。 言い逃れを防ぐ為、ウララーはカマを掛ける事にした。 「虐殺、ね・・・わざわざこんな所まで運んでやるものか?」 「アンナ広イ場所デヤッテモ、無駄に目立ツダケダカラナ」 「・・・だろうな。そんな緑の体毛のAAを公の場で虐殺するのは、注目の的だろうな」 「ッ!」 女が、言葉を詰まらせる。 体毛の色なんて、既に真っ赤に染まってウララーには判別できない。 単なるでまかせだったのだが、運よく当たったのだろう。 もし外れたとしても、それが被虐者でないと理解していることを仄めかせばいいだけだ。 「何故・・・ワカッタ」 女の表情が強張る。 それは寧ろ、開き直るといった感じだった。 女はゆっくりと包丁を持ち上げると、切っ先をウララーの喉に向ける。 「半信半疑だったんだがな。いや、お前が正直者でよかったよ」 包丁の刃を向けられているのに、あえて煽るウララー。 同じように、ホルスターから銃を静かに引き抜く。 512 :魔:2008/04/04(金) 23:45:01 ID:??? 得物の差は歴然としているのに、女は刃を向けてきている。 それは裁かれたくないというあがきなのか、或いは己の身体能力に余程の自信があるのか。 「・・・何故、刃を向ける?」 答は自分の中でかたまりつつあるが、あえて問うウララー。 「単純ナ理由サ。追ウ者ヲ殺セバ追ワレズニスム」 女は口角をつりあげ、目を細めて笑う。 直後、素早く屈んだかと思うと、地面を蹴ってウララー目掛け飛び込んだ。 「!」 虐殺厨を裁く時、擬似警官は逆に襲われることも珍しくはない。 人質をとる強盗と同じで、奴らはひたすら抗うのだ。 だから、こういったシチュエーションにウララーは馴れている為、冷静でいられた。 飛び掛かってきた女が振るった包丁を身体を反らして避け、擦れ違い様に一発。 包丁はウララーの肩の皮を裂き、鉛弾は女の腹部を貫いた。 「ガアァッ!?」 突然の激痛に女は対応できず、地面に滑るように倒れ込む。 ウララーはそれとは逆に、追い打ちを掛ける為にと女の方へ踵を返した。 「無駄な事をするから、無駄に苦痛が増えるんだよ」 「ッッ・・・テメ―――」 動きを止めたら、後は仕事を熟すのみ。 ウララーは女の言葉を無視して、その頭蓋を狙って炸裂音を響かせた。 ※ 「・・・ふぅ」 短く息を吐き、銃をホルスターにおさめる。 その場に残ったのは、女が虐殺していた肉塊と女の遺体。 あとは木々が風に揺られて、ざわめいた合唱が聞こえるだけ。 ここなら、都合が良い。 擬似警官としての行動は終えた。 次は、イチAAとして動くのみだ。 用があるのは、女の遺体。 先ずは作業しやすいようにと、仰向けに姿勢を整える。 確認するまでもない事だが、瞳孔はしっかりと開いている。 「・・・」 次に、ウララーは家を出る際に用意していたウエストポーチに手を掛ける。 片手で器用にそれを開け、取り出したのは刃渡り十数センチのナイフ。 この街では、虐殺の為ならナイフは非常に便利な道具。 反面、虐殺以外では殆ど用のないものである。 だから、擬似警官が持つ事は寧ろあまり好ましいものではない。 それなのに、ウララーはナイフを握る。 虐殺厨の遺体も、普段は裁いた後は触れずにおくもの。 何故ウララーは擬似警官でありながら、このようなことをするのだろうか。 答は前述の通り、自分自身の為。 それは、あの出来事がウララーに刻んだ傷。 爪痕を埋めるものが、虐殺厨の遺体にあるからなのだ。 513 :魔:2008/04/04(金) 23:46:17 ID:??? ナイフを逆手に持ち、女の胸に突き立てる。 景気よくそれは肉を裂き、肋骨をいくつか砕いた。 不快な音と感触が、それぞれ耳と手に残るが、気にしてはいられない。 ウララーは更に刃を走らせ、乱暴に解剖を続けた。 「・・・っ」 自分は医者でもないし、扱っているものはメスですらない。 だから、女の胸は獣が食い散らしたかのように切り開いてしまった。 ただでさえ内臓に不快感を覚えるのに、これでは自縄自縛を行っている。 うっすらと胸やけを感じるが、背に腹は変えられない。 爪痕を埋める為には、なんとしてでもそれにたどり着きたいのだから。 折った肋骨と剥いだ皮を一緒に切除し、肉塊の上に投げ捨てる。 べしゃと湿った音がして、少量の血が辺りを汚す。 次いで、肋骨に守られていたそれらを分け、取り出していく。 その先にあるものは、生命を支える赤いモノ。 「・・・あった」 動かない心臓を見つけ、ウララーは喜びと共に呟いた。 ※ あの出来事以来、ウララーの精神を苛むものが芽吹く。 原因はおそらく、フーの亡きがらを抱いて帰路についた事。 視界を阻む程降りしきる雨の中でも、その臭いはした。 皮膚を失い、露になった肉から漏れる血の腥ささ。 それを、否応なしにウララーは身体の中に入れてしまったのだ。 虐殺を好む者にとって、被虐者の悲鳴は高揚感を煽る音楽。 さしずめ、はらわたや血の臭いは煙草の煙のようなもの。 科学的に証明されていないものの、それらには妙な中毒性があった。 それがウララーの心を蝕むようになるまでに、時間は掛からなかった。 喉を掻きむしりたくなるような渇きを潤すには、元である血が必要になる。 しかし、自分は擬似警官という立場である為、虐殺は行えない。 渇きを抑える為に自らの血を飲んだこともあるが、どうしてか効果は全くなかった。 半ば命懸けの折衷案も、身体はうんともすんとも言わなかった。 そして、ウララーが行き着いた答が、虐殺厨の血を貰うこと。 だが、それでは裁く事の意味がなくなってしまう。 死体を漁ることをしてしまえば、それは虐殺と変わりない。 擬似警官という肩書を殆ど踏み外したような結論だが、本人にはそれ以外に道がないのだ。 ※ 「・・・」 血管を切断し、女の身体から心臓を切り離していく。 中身を、血液をなるだけ零さぬように慎重に。 上手いこと切り離して、ウララーはそれを掲げる。 その血の詰まった肉の袋は、それなりの弾力をもっている。 取り出す際に漏れた赤い液が、艶かしく滴り落ちる。 奇妙な妖艶さをウララーは感じ、ついそれを眺めていた。 ふと我に返ると、やるべき事を思い出し行動に出る。 何度かやってきたことだが、多少ながら躊躇ってしまう。 それでも、方法はまだこれしかないのだから、やるしかない。 ウララーは心臓の穴の開いた所に口をつけ、一気に煽った。 514 :魔:2008/04/04(金) 23:46:58 ID:??? 「っ!!」 最初は、鉄分の味。 直後、むせ返る程の腥ささが鼻をついた。 独特のぬめりが喉に絡み付き、それを身体が拒絶する。 内臓までも戻しそうな勢いで吐き気が込み上げてくる。 ウララーは中身がなくなった肉の袋を投げ捨て、両手で口を塞ぐ。 逆流してきた胃液と血を、必死で押し込めようとする。 「―――!」 身体は受け付けなくとも、精神がそれを欲しているのだ。 吐き出してしまっては、元も子もないわけで。 脂汗と涙が溢れ、全身が殆ど痙攣しているかのように震え出す。 それでも、ゆっくりと、確実に血を飲み込んでいく。 ほんの少量でも、喉を通過する度に酷い不快感を覚える。 胃はそれを押し出そうとしているのに、無理矢理詰め込もうとしているからだろうか。 気絶しそうな程の胸やけを感じながら、渇きは確実になくなっていった。 口の中のものを全て胃におさめても、両手はそのまま。 姿勢も足の指一本動かすことなく、状態を維持する。 下手に行動すると、また胃液が逆流しかねないからだ。 ウララーは石になったかのように、その場からぴくりとも動かなかった。 ※ どれくらいの時間が経っただろうか。 無限とも感じ取れる時の中、気絶と覚醒の境目を覚束ない足取りで歩いていたような。 そんな奇妙な感覚も消え、胸やけも何もかもがおさまった。 「はあ、っ」 ウララーはとりあえず、緊張を解く為に息を大きく吐いた。 直後、自慰の後のような倦怠感が、全身を包み込む。 やっと冷静になることができた今、今後の事を考えなければ。 ほぼ殺人と同じ事をする為、人目のつかない所で虐殺する虐殺厨。 そいつらを追う事で、自分も人目のつかない所で血を啜る事ができる。 だが、そんなことばかりしていては、いずれ誰かにバレてしまうだろう。 虐殺厨が自分に見つかるように、恐らくは、同業者に。 いっそのこと、自殺してしまおうか。 そう考えはしたけれど、それではフーにあわせる顔がない。 家庭も何もなく、その上眼まで亡くしたフーでさえ、生を望んだからだ。 それに、あの少年だって被虐者という立場でありながら、彼なりの生を探していた。 片腕を焼かれる程の、凄まじい虐待を身に受けても、だ。 そんな彼等がいるというのに、くだらない精神の病に侵されているだけの自分が、自殺していいのだろうか。 「・・・いや」 自分だけが、逃げていい筈がない。 ヒトの命が軽いこの街で、自殺という選択肢を選んでいいわけがない。 たとえ狂ってしまいそうな程の苦痛を感じても、生き延びる。 皮を剥ぎ取られようが、全身の骨を砕かれようが、はらわたを焼かれようが。 自分は、フーの為にも自身の為にも、生き延びなければならない。 515 :魔:2008/04/04(金) 23:47:33 ID:??? 渇きも失せ、精神も持ち直した。 自身が今するべきことは、特にない。 せいぜい、身体に付着した血糊を落として帰路につく位だ。 「・・・」 何と無く、辺りを見回してみる。 風に揺られ、優しく踊る木々達に囲まれた空間。 外からは見慣れていたこの雑木林も、中から見るとまた違った印象だ。 どうせ、家に帰ってもすることは何もない。 せっかくだから、この雑木林の中を歩き回ってみようか。 広大な公園とはいえ、迷うことは滅多にないだろう。 と、あいた時間を潰す為、ウララーは雑木林の更に奥へと足を運んだ。 ※ 自分の腰のあたりまで伸びた雑草。 所狭しと生えている電信柱ほどの太さの木々。 それにこれでもかという程絡み付く蔦。 奥に進む度に、段々と雑木林は濃さを増していく。 もはやそれは、樹海と勘違いしてしまいそうな勢いだ。 まるで異次元に入り込んだような感覚。 そこまで広くないと思っていたのに、これはとんだ誤算だった。 (・・・自殺しないって決意したばっかりなのにな) 万が一のことを想像して、鼻で自身を自嘲する。 だが、林の中は被虐者はおろか虫の気配すら全くしない。 先程から感じている異次元というそれも、あながち間違いではないのかも。 そんな無駄な妄想をしつつも、足を動かす事は止めない。 暫くして、視野が広がった。 「ここ・・・は?」 予想だにしないものが視界に飛び込んだので、思わず声に出す。 木と雑草しかない筈のこの雑木林の中に、建物があったからだ。 土色になり、ヒビと蔦にまみれたコンクリの壁。 ガラス窓は全て割れていて、カーテンが無惨な姿を露にしている。 何十年もの間放置されたようで、損傷は激しかった。 建物自体の大きさはあまりなく、周りの木々よりも背は低い。 存在する場所も兼ねて、その建物は不気味だった。 本当に、異次元に入り込んだような気にさえなってしまう程。 不用意に近付くのは危険だろう。 「・・・!」 そう警戒した矢先のことだ。 建物の入り口付近に、血の痕。 色合いからして、まだ新しいもの。 雑草を掻き分けてそれに近付き、血糊を調べる。 指で掬い臭いを嗅いでみるも、一般AAではなく被虐者のものだ。 自分が動く必要は、なさそうだ。 (だが・・・) 入り口に立つと、奇妙な感覚が更に強まる。 今度はこの建物自体が、自分を誘っているような。 しかし、こんな不気味な建物に易々と入ってはならない。 不確定要素が多過ぎる上、思考が警鐘を鳴らしている。 ―――入れば、また自分は大きな事件に巻き込まれてしまう。と。 どうしてそう考えてしまっているのかは、わからない。 あの出来事でさえ、フーの悲鳴を耳にしただけの話。 いつどこで、何が起きるかなんてわかる筈がないのに。 516 :魔:2008/04/04(金) 23:47:55 ID:??? ※ 複雑な気持ちの中、建物に入る事にした。 血糊は、奥の方に点々と落ちている。 あたかも自分を誘っているかのように。 「・・・」 意を決して、血の痕を追って歩いていく。 驚くことに、建物の中には光があった。 天井の蛍光灯は全て沈黙していたが、足元の非常用照明は生きている。 内も外も棄てられたこの建物を、必要としている者がいるのだろう。 (だが、ここは・・・) 一体、何に使われているのだろうか。 パッと見た感じでは、病院のような構造。 所々にある部屋を覗くと、医療器具らしきものとベットがある。 どれも赤錆と埃にまみれていて、使い物にならないが。 他にも、奇妙な形をしたフラスコや蛍光色の液体が入ったビーカー。 何に使うのか全く想像できない大きな機械まである。 揚げ句の果てには、診療台の上で白骨化したAAまでもがいた。 そこまで見て、ウララーはある事を思い出す。 都市伝説として聞いた、Vという化け物の話。 Vが存在したというのなら、研究所も実在しているということ。 もしかしたら、ここはVが造られた研究所ではないだろうか。 そう考えるのは安直過ぎるが、他にまともな答が見つからない。 病院だとしても、不必要なものがあまりにも多過ぎる。 解きたい疑問と知りたくない答という、相反する気持ちを抱きながら、ウララーは更に血の痕を追う。 赤錆とヒビに塗れた建物の廊下を、ゆっくりと踏み締めながら。 外から見た時よりもずっと広く、入り組んだ空間。 ふと、前方の突き当たりを見ると、強い光が漏れているのがわかった。 非常用照明なんかよりもずっと明るい上、血の痕もそこに進んでいる。 「・・・」 その光から感じるのは、光の色とは正反対のどす黒さ。 認めたくはないが、それはVの放つ殺気と全く同じだった。 だが、ウララーは冷静だった。 先程から感じている違和感が、思考を麻痺させていたからだ。 殆ど導かれるがままに動いてきたウララーにとって、それは障害にすらならない。 何も考えず、突き当たりを曲がって光を見る。 そこには、割れたガラスで隔たれた巨大な空間があった。 例えるなら、水族館にある大きな水槽。 その中にあるものを全て取っ払ったようなもの。 天井にある円い蛍光灯が、その空間を激しく照らしている。 「・・・ッ」 その空間の中は、凄まじいものだった。 ほぼ全体が、血糊と思しきもので黒く塗り潰されている。 白骨化したAAも、半ば形を失いつつそこらじゅうに散らばっている。 研究員のものと思われる、血みどろの白衣も紛れ込んでいた。 517 :魔:2008/04/04(金) 23:48:57 ID:??? 都市伝説として、聞いた通り。 あまりにも類似した点がありすぎて、不気味なことこの上ない。 うっすらと吐き気を催しながら、ガラスの壁の下部にあったパネルを見つける。 それは埃と乾いた血糊で酷く汚れていた。 よせばいいのに、気が付いた時にはその汚れを指で払いのけていた。 「・・・嘘、だろ」 もはや、感情なき笑いしか込み上げてこない。 そのパネルの真ん中に、小さくも凛々しく彫られた文字が一つ。 ―――『V』 あの化け物は、ここで育てられた。 疑問が、確信となってしまった。 なにもかもは、遠い過去のこと。 だが、ウララーはやり場のない怒りを覚えていた。 あの出来事の片棒を担いだ者は、既にこの街で産声を上げていたのだった。 全ては終わってしまった話。 それなのに、子供が吐く負け惜しみのような気持ちが溢れ出す。 もっと早くここに気付き、Vが育つ前に殺していれば。と。 ウララーはその場に崩れ落ち、パネルに恨めしく爪をたてる。 がり、というそれを引っ掻く音は、燻り始めた復讐心の声のようだった。 同時に、フーと一緒に過ごした日々がフラッシュバックする。 更にそれに呼応して、あの出来事もコマ送りで再生されていく。 涙が溢れているということに気付くのには、少し時間が掛かってしまった。 ※ 不意に、物音がした。 咄嗟に涙を拭い、物音がした方を向く。 少しだけ開いた扉の奥で、すう、と影が動くのが見えた。 大きさからして、ちびギコかその位のAAのようだ。 こんな廃墟に用のある子供なんていないだろうに。 そう考えたが、もしかするとホームレスの類かもしれない。 雨風をしのぐだけなら、ここは都合の良い場所になるだろう。 被虐者という線もあるが、無駄に思考を張り巡らせても意味はない。 「・・・」 とりあえず自分の眼で確かめようと、ウララーは立ち上がる。 念のため、銃の中に弾が込められていることを確認してから、扉へと向かった。 きい、と不快な音をたてながら扉を開く。 用心に用心を重ねつつ、ゆっくりと中に入る。 中は先程見てきた部屋達と、なんら変わりないものだった。 節操なく並べられた怪しい道具や薬品、そして白骨。 ただ唯一、散らばっている血糊がまだぬめりを持っている所が違っていた。 「これは・・・」 被虐者という答は、間違いだと悟る。 赤い液体をばらまく者は、決まって加虐者しかいないからだ。 残る選択肢は、危険を孕むものばかり。 だが、それでも確認せざるを得ないわけで。 抜き足差し足と、部屋の奥へと進む。 ふと、妙な音がかすかに聞こえた。 ウララーは一端動くのを止め、音を拾う事に集中する。 その音はどこか湿った感じのもので、咀嚼に近いものだった。 518 :魔:2008/04/04(金) 23:49:50 ID:??? 更に耳をすますと、それは部屋の角から聞こえてくる。 慎重に、ホルスターの中の銃に手を掛けつつ、近付く。 「・・・」 そこには、子供がいた。 部屋の隅っこで、肉塊をゆっくりと咀嚼していた。 こちらに背を向けているので、顔は見えない。 影の正体はわかったものの、肝心の答が出てこない。 何故なら、子供は見たことのない容姿をしていたからだ。 ギコ種よりも濃い青をした身体に、特徴的な丸耳。 ちびギコじゃないかと思ったが、こういった雑種は前例がない。 「・・・?」 と、不意に子供がこちらを振り向く。 その顔立ちは、黒目がちなちびギコといった様子。 マスコットのような感じなのだが、口元の血が物凄いギャップを与えている。 自分も身体を血糊で汚しているから、あまり言えたことではないが。 「あなたは、誰ですか?」 「えっ?」 問い掛けようとした矢先、質問をされてしまう。 出鼻をくじかれたような気分だが、質問を質問で返すわけにはいかない。 とりあえず、自分の名前と身分を軽く説明しておいた。 「ウララー、さん。ですか」 「ああ」 ここに来た経緯はぼかして説明したが、言及はされなかった。 馬鹿正直に話しても、通じはしないと判断しての事だ。 子供からの質問が途切れた所で、今度はこちらから問い掛ける。 「お前はここで何をしている?」 「え?・・・えっと、生活?」 「どういうことだ?」 ※ 曰く、彼はこの研究所で産まれ育ったとのこと。 両親は試験管か、或いは血の繋がっていない科学者か。 そんな事が思い浮かんだが、一端それは保留することにした。 更に聞いていくと、研究所がこんな姿になったのは数カ月前だとか。 自分と同じ境遇のAAが、ある日暴走し出して研究員を虐殺。 生き残ったのは自分と、他の自分と同じ者達のみ。 その者達は数日してここを出たが、自分だけはここに残った。 ※ 「―――そして、今に至ると」 「うん。お腹がすいたら、『しぃ』っていうAAを捕まえて食べてた」 意外な言葉。 被虐者とはいえ、こんな子供が体格差のでかいAAを補食できるのだろうか。 もしかすると、この子供も強暴な一面を持っているのかもしれない。 かのVを研究していた所でもあるし、白だとは言い難い。 が、あえて言及することは避けた。 何故なら、そんな強暴性があったとしたら、今自分は生きていないだろうから。 それに、Vのような力を持っていたら、少なからず殺気が漏れる筈。 (『しぃ』か・・・) 被虐者だが、AAの肉を漁っていると話す彼。 容姿もあってか、ふとあの少年の影が垣間見えた。 519 :魔:2008/04/04(金) 23:50:32 ID:??? 子供が一人で、こんな廃墟で生活をしている。 その事実は、自分にとって少しばかり心が痛む。 昔から、周りのAAからは情に脆いと言われていた。 しまいには『お前のヒトの良さはいつか身を滅ぼすぞ』とまで忠告されたような。 だが、それが自分である。 たとえ偽善と罵られようが、無駄な行為と評価されようが。 目の前にいる不幸を背負った者を、助けずにいられようか。 「なあ、お前」 「はい?」 「出会った事も何かの縁だし、俺の家に来ないか」 「・・・?」 言ってる意味がわからないとでも言いたげに、子供は首を傾げる。 世間から隔離された世界で生きて来たのだから、当たり前か。 「ここで生活するのは何かと不便だろう。俺が飯と寝床を用意してやるよ」 「・・・いいの?」 「ああ」 と、子供の表情が一変する。 そこには喜びと、ほんの少しの戸惑いが見えた。 話がある程度進んだ所で、ふとある事を思い出す。 「そういえば、名前を聞いていなかったな」 「名前・・・」 会話が途切れる。 最初は何かわからなかったが、反応からしてどうやら名前を貰っていない様子。 どうしたものかと考え、先程のVのパネルを思い出す。 「あー、悪い。今のはなかったことにして、お前の部屋に案内してくれ」 「うん」 ※ 先程いた場所と、さほど離れていない所に彼の部屋はあった。 Vの部屋ほど荒れていないが、建物自体が傷んでいるのでやはり見てくれは悪い。 「ここです」 彼にそう促され、相槌をうった後パネルを探す。 案の定、それはガラスの壁の下部に同じようなものがあった。 指で擦り、こびりついた汚れを落とす。 そこにはアルファベットでこう彫られていた。 ―――『 P O R O R O 』 意味はわからないが、恐らくこれが彼の名前。 ちゃんとここに名前があるというのに、彼自身が知らないというのは少しおかしいが。 研究員達は、付けるだけ付けておいて彼をその名で呼ばなかったのだろうか。 そうだとすると、少し惨いような気さえする。 とりあえず、深く考えるのは止めておき、そのままの読みで彼の名前にすることにした。 「一緒に暮らすようになったら、お前の事は『ぽろろ』と呼ぼう」 「ぽろろ?」 「ああ、お前の名前だ」 「名前・・・」 彼、いやぽろろは少し考えたそぶりを見せた後、小さく笑った。 つられて、自分も笑みで返す。 520 :魔:2008/04/04(金) 23:51:02 ID:??? 名前も決まり、後は家へと帰るのみ。 研究所を出た二人は、林の中を真っ直ぐ歩いていく。 道中、互いの名前を呼び合いながら笑って話した。 行きは恐ろしく広く感じたこの林も、帰りとなるとそうでもなかった。 あっさりと舗装された道を見つけると、寄り道せずに帰路についた。 新しい生活を想像し、それに心踊らせながら。 ※ 研究所がなぜ雑木林の中にあったのか。 そこでVやぽろろが飼育されていた理由は。 あの研究所を扱っていた組織は。 語るには、謎が多過ぎる。 その謎に、ウララーはまた大きな事件に巻き込まれる羽目になる。 あの出来事が霞む程の、闇で生きる者に牙を剥かれて。 ―――白昼夢は、悪夢へと姿を変える。 続く