826 名前:綿飴缶詰 投稿日:2006/07/26(水) 20:42:37 [ rG5XAf8c ] 『開放』 使い終えたカミソリを傍らに置くと 彼は缶切りを取り出した。 「ふぅ、美味しいのはいいけど、開けるまでが面倒モナ…」 左手に‘捕まれた’缶詰は小さく震える。 「 」 彼には何も聞こえない。 その嘆きが、声として届かない。 彼の目の前にあるのは、あくまで缶詰である。 缶切りを持つ手に力が加えられた。 切り進むための「一撃」が、缶の上部に静かに叩き込まれた。 「 」 「 」 缶詰は激しく揺れ、必死に動こうとする。 しかし、きつく巻き付いた荒縄がそれを許さない。 何も言わず、彼は慣れた手つきで缶切りを進めてゆく。 飛び散るシロップが部屋を汚してゆくが、彼は気にも留めない。 やがて缶詰の動きは弱くなり、代わりに震えが強くなっていった。 「 」 「 」 「 」 呟く様な喘ぎ。彼は満足そうな表情を浮かべる。 「やっと開いたモナ…。全く、手間がかかるったらないモナね。」 飛び散ったシロップが少し付着したスプーンを手に取る。 外気に晒された果実へ、スプーンを持つ手が伸びてゆく。 鏡に映った自分の体とスプーンとの距離が縮み行く様に、缶詰は恐怖する。 「 」 「 …チ!!」 「…ヤデチ!! オネガイデチ!!」 「・・・変モナね、缶詰が喋ったモナ?」 彼にとってあり得ない現実。 「…疲れてるモナかね?さっさと食べて寝るモナ。」 当然のように、そう結論づけられる。 スプーンは、既に刺し込まれていた。 「ウガゥ、ア、ガ、アガガ…ヤメ…デチ…アゥ、ア…」 缶詰は、もうまともに喋る事もできなくなった。 たとえ喋れたとしても、缶詰が会話の相手として選べるのは こちらの言葉を言葉として認識してくれない彼だけなのだから、無意味な事ではあるが。 果実は次々に口へと運ばれる。 恍惚の表情で果肉を噛み締める彼。 「・・・・・・・・・」 缶詰は、動かなくなった。もちろん二度と動く事はない。 彼は真っ赤に塗れた口元を拭い、定番の言葉を放つ。 「ご馳走様でしたモナ。」 空っぽになった缶詰。 彼は空き缶に巻き付いた荒縄を解き その缶を「燃えないゴミ」と張り紙のされた箱へと押し込んだ。 翌日になれば清掃局の職員が現れ、いつものように ひとつの「生ゴミ」が詰まった袋に戸惑うのであろう。 終