『開放』

Last-modified: 2015-07-08 (水) 04:06:57
826 名前:綿飴缶詰 投稿日:2006/07/26(水) 20:42:37 [ rG5XAf8c ]


『開放』


使い終えたカミソリを傍らに置くと
彼は缶切りを取り出した。
「ふぅ、美味しいのはいいけど、開けるまでが面倒モナ…」

左手に‘捕まれた’缶詰は小さく震える。

   「                  」

彼には何も聞こえない。
その嘆きが、声として届かない。
彼の目の前にあるのは、あくまで缶詰である。


缶切りを持つ手に力が加えられた。
切り進むための「一撃」が、缶の上部に静かに叩き込まれた。

   「                  」

   「                  」

缶詰は激しく揺れ、必死に動こうとする。
しかし、きつく巻き付いた荒縄がそれを許さない。
何も言わず、彼は慣れた手つきで缶切りを進めてゆく。
飛び散るシロップが部屋を汚してゆくが、彼は気にも留めない。
やがて缶詰の動きは弱くなり、代わりに震えが強くなっていった。

「  」 「   」 「  」

呟く様な喘ぎ。彼は満足そうな表情を浮かべる。
「やっと開いたモナ…。全く、手間がかかるったらないモナね。」
飛び散ったシロップが少し付着したスプーンを手に取る。

外気に晒された果実へ、スプーンを持つ手が伸びてゆく。
鏡に映った自分の体とスプーンとの距離が縮み行く様に、缶詰は恐怖する。


「      」  「      …チ!!」 「…ヤデチ!! オネガイデチ!!」


「・・・変モナね、缶詰が喋ったモナ?」
彼にとってあり得ない現実。

「…疲れてるモナかね?さっさと食べて寝るモナ。」
当然のように、そう結論づけられる。
スプーンは、既に刺し込まれていた。


「ウガゥ、ア、ガ、アガガ…ヤメ…デチ…アゥ、ア…」

缶詰は、もうまともに喋る事もできなくなった。
たとえ喋れたとしても、缶詰が会話の相手として選べるのは
こちらの言葉を言葉として認識してくれない彼だけなのだから、無意味な事ではあるが。

果実は次々に口へと運ばれる。
恍惚の表情で果肉を噛み締める彼。


「・・・・・・・・・」


缶詰は、動かなくなった。もちろん二度と動く事はない。
彼は真っ赤に塗れた口元を拭い、定番の言葉を放つ。

「ご馳走様でしたモナ。」


空っぽになった缶詰。

彼は空き缶に巻き付いた荒縄を解き
その缶を「燃えないゴミ」と張り紙のされた箱へと押し込んだ。


翌日になれば清掃局の職員が現れ、いつものように
ひとつの「生ゴミ」が詰まった袋に戸惑うのであろう。


                                 終