818 名前:9012 ◆ruriF5y1O2 投稿日:2006/09/08(金) 22:25:50 [ P78GGMK2 ] 作成期間 6月初めから今日まで しかし大作でも無い。ほぼ作業しない時期もあったけどもうどうしてこんなに時間が掛かったのかと。 『lost』 819 名前:9012 ◆ruriF5y1O2 投稿日:2006/09/08(金) 22:26:17 [ P78GGMK2 ] 愛される事が幸せだとは限らない。 愛する事が正しいとは限らない。 820 名前:9012 ◆ruriF5y1O2 投稿日:2006/09/08(金) 22:26:45 [ P78GGMK2 ] 彼の名前はタカラ。 普通に産まれ、普通に育ち、普通に自立し、普通に暮らしている、一般人だ。 なのに彼はいつも笑っていた。 何があったってとても幸せそうに彼は笑っている。 勿論理由はあった。 「いらっしゃいませー」 街にある割と有名なケーキ屋。 営業スマイルを浮かべた店員の少し滑舌の悪い高めの声が響いた。 「苺ショートケーキを二つ下さい。此処のケーキ、美味しいですね。僕の彼女も大好きなんですよ」 タカラは笑みを深くする。 負けじと店員も営業スマイルをまた一段と明るくさせた。 お陰でカウンター越し名前も知らない二人がお互い向き合って笑いあう、という奇妙な光景が出来る。 タカラには恋人が居た。 笑う事を知らない彼女、でぃ。 いつも笑っているタカラとは大違いだ。尤も彼がいつも笑っているのは彼女が居る所為だが。 傷だらけの外見の所為で罵られたり虐げられる事も多い。 しかし彼は彼女を愛していた。 恐らく彼は彼女の為ならその笑顔のままで自分の命を捧げるだろう。 「八百円になりまーす」 店員が箱詰めしたケーキの箱に視線を落しながら機械的に言った。勿論営業スマイルは顔に張り付いたままだ。 タカラもその笑みを張り付けたまま千円札を差し出した。 「おつりは入りません。今日は気分が良いですから」 「そうですか」 店員の営業スマイルに汚い物が少し混ざる。こんなご時世なのだから仕方無いのかもしれないが。 「有難う御座いましたー」 店員のやる気の無い明るい声に押される様にタカラは店を出た。 「でぃさん、今帰りますからねー」 タカラは幸せそうに笑って帰路に着いた。 821 名前:9012 ◆ruriF5y1O2 投稿日:2006/09/08(金) 22:27:09 [ P78GGMK2 ] 路地裏。其処は明るい街とは違う空気を漂わせていた。 「キョウハ イイヒダッタネ。 アノキケイヲ ステラレテ」 無造作に置いてあるいくつかのダンボールの一つから出る汚い桃色をした塊。 一匹のアフォしぃだった。 彼女が言うあの奇形とは彼女の子供。 彼女は最後までその子を自分の子供とは認めなかったが。 「ソウダネ。 アシタカラ マタミンナデ マターリダネ」 返事をは別のダンボールから。 それに続く様に違うダンボールからもう二匹しぃが出てくる。 一匹はもう一方の子供なのか、他よりも小さかった。ベビしぃぐらいだろう。 彼女達は最近此処に住み着いたアフォしぃ達だ。 隣町で突如異常繁殖したしぃがこの街にもやって来たらしかった。 住民達や街は業者に駆除を頼んでいるらしいが、彼女達は一向に駆除されない。 隣町のしぃの駆除で手が回らないらしい。遠くから業者を呼ぶとなるとどうしてもお金が掛かってしまう。 虐殺好きがその内虐殺すると街は決め付けている様だが、未だに彼女達を虐殺する者は現れない。 「ソウソウ。 シィチャンネ キョウハ トッテモ イイコト シタノ」 二匹目のしぃが自慢げに胸を張って喋る。 「サスガダネ ナニシタノ? 」 煽てですっかり気を良くした彼女は偉そうに咳を一つして、 「チカクニ キタナイ ディガ スンデルジャナイ」 他の二匹も知っているらしい。 思い思い本来自分の心の中だけで良い言葉を態々口に出した。 コホン、としぃがまた咳をする。 「アノ バッチイ ディヲネ カワイクテ ミンナノ アイドルノ コノ カワイイ シィチャンガ ヤッツケタノ! 」 「サッスガー」 親しぃは手を叩きながら笑う。 ベビしぃもアニャアニャ嬉しそうだった。 「キィーキィー イイナガラ シィチャンカラ ニゲテイッタヨ。 シィチャン マターリノ カミサマノタメニ ガンバッタヨ」 此処でまた一段と盛り上がる。 その後彼女達は住民達が迷惑そうな顔をするのも露も気にせず騒ぎ続けた。 822 名前:9012 ◆ruriF5y1O2 投稿日:2006/09/08(金) 22:27:34 [ P78GGMK2 ] 苺ショートのほのかな甘い匂い。 それを打ち消したのは血の生臭さ。 何故かそれはタカラが住んでいるアパートの一室から。 「あれ? 」 扉を開けた。 ザーッという音が耳に入る。 それには聞き覚えがあった。 変わったことでは無い。ただのシャワーの音。 でも血の生臭さは消えてない。寧ろ増している。 「まさか……」 自分の唾を飲む音が漫画みたいに大きく聞こえた気がした。 少し深呼吸をする。 大丈夫、大丈夫。まさかそんな事ある筈無い。 そして、タカラはゆっくり浴室の扉を開けた。 「…………」 止め処なく流れる透明なお湯は赤を溶かす。 濡れた四肢は人形の様に放り投げられていて、何故か使い古された人形を思わせた。 傷の上から重ねた新しい傷。 綺麗に澄んでいた目は澄んだままなのに濁っているという矛盾。 そして赤は止まらない止まらないとまらないトマラナイ。 「で、で、で、で……でぃさんっ!? 」 服が濡れるのも構わず浴室に飛び込んで、タカラはでぃを抱き起こす。 その身体はまだ温か――― 違った。 錯覚。それはお湯の温かさ。 柔らかい筈の身体は硬くなって、温かい筈の身体は冷たくなって。 まるで人形の様だ。 まるででぃそっくりの人形の様だ。 まるで? 「でぃ……さん…………? 」 まるでじゃない。 もう人形だった。 もうそれはでぃという名の人形だった。 人形はどんなに本物そっくりに作られていても生きてはいない。 つまり、 「でぃさん! でぃさん、でぃさん、でぃさんっ! 」 苺ショート、浴室に投げられた箱の中、ぐちゃぐちゃに潰れていた。 生クリームが血が溶ける。 白が赤に溶ける。 823 名前:9012 ◆ruriF5y1O2 投稿日:2006/09/08(金) 22:28:03 [ P78GGMK2 ] 気が付いたら異臭を漂わせる彼女の形をした人形を抱いたまま気を失っていた。 人形をまだ赤の残る浴室に残して、タカラはフラフラとワイシャツの袖に腕を通した。 スーツは血で駄目になってしまった。代えはぼーっとしてた所為で何処に置いて来たのか思い出せない。 「し……ごと……」 呟いた声に生気なんて無い。 何もせずに居たらどうにかしてしまいそうだった。 彼女の形をした人形を前にしていたらどうにかしてしまいそうだった。 だから職場へと向かう事にする。 兎に角別の事に集中したかった。 タカラはガタガタと震える足を何とか前後に動かす。 なんだか周りが現実で無いように思えて仕方なかった。 いつの間にか険しくなっている目。その目も濁っていた。 その時、 すれ違う人。聞こえた会話。 「アフォしぃまだ居るらしいよ」 「えぇ、本当? さっさと誰か何とかして欲しいよ。この前子供に怪我させたとか大騒ぎになってるってのにまだお偉いさんは動かないなんて」 アフォしぃ? 嗚呼、そういえば隣街で異常発生したのがこの街にも来てたなあ。 そういえばこの前、あいつらは彼女に散々酷い事言ってたなあ。 嗚呼、また彼女の事思い出してしまった。 あれ? 傷だらけの人形には新しい傷があったような。 そういえば彼女はなんで……。 「まさかっ!? 」 突然声を上げた所為で沢山の人が振り返ったが、タカラはそれどころでは無かった。 そういえばどうして彼女は死んだんだ? 病気なんかじゃ無かった。 確かなのは新しい傷。 簡単だ。 殺されたんだ。 なら誰に? それも簡単だ。 でぃさんはとても可愛くて優しい人だった。 そんな人を殺してしまう人なんて決まっている。 「許せない……、許せない、許せない! 」 周りの視線が突き刺さるのも気にせず、タカラは叫んだ。 向かう場所は勿論、彼女を殺したであろう奴らが居る路地裏だ。 824 名前:9012 ◆ruriF5y1O2 投稿日:2006/09/08(金) 22:28:58 [ P78GGMK2 ] 「ハニャア。 ヒマダヨォ」 一匹のしぃが欠伸をしながら呟いた。 「ホントウニ ヒマダワ」 「ヒマデチュ」 好き放題暇々繰り返すが、じゃあ何をしようと提案する者は居ない。 アフォしぃなのだからそれが当たり前なのかもしれないが。 「アーア。 ギコクン キテクレナイカナァ。 ダッコ サセテ アゲルノニ……」 欲を言うのに代償は無い。 噂をすれば―――、というのは偶に本当になる事もある。 路地裏から表通りへの道に一つの人影。 「ギコクーン!!! 」 ダッコさせてあげると言ったしぃは迷わずに人影へと飛んでいき、今度は跳んだ。 彼女はアスファルトに頭から突っ込んで、真っ赤な華を咲かせた。 ピクピク動いている所から死んでいない事は分かるが、放って置けば一時間もしないであの世行きだろう。 悲鳴は上がらなかった。 親子のしぃは事態を把握出来ず、ただただそれを眺めている。 数分にも思える数秒が経ち、先に事態を把握したしぃが、 「ギャ、ギャクサツチュウッ!? 」 それに反応する様にベビしぃもアニャアニャと騒ぎ始めた。 しぃはベビしぃを胸に抱きながらそっちの方へと向き、 「ナンノヨウヨ! コノ ギャクサツチュウ! サッサト ドッカ イキナサイヨ! 」 しぃは仲間を心配する様子は見せない。 こんな奴に、 こんな奴に、こんな奴に、こんな奴に、 彼女は殺された。 虐殺厨は―――タカラは歯をギリッと鳴らせ、彼女が居た時の笑みを完全に消し去った表情で、 「違う……! 死ぬべきは彼女じゃ無かったのに……、お前達だったのに……! でぃさんの仇! 」 タカラは親しぃの頭を掴み、アスファルトへのぶつける。 「ギジィッ!? 」 額から血を出すしぃからベビしぃを引っ手繰るとズボンからベルトを外して、ベビしぃにぐるぐると巻きつけた。 ベビしぃを近くのダンボールにしぃが眺められる様に気をつけながら置いた頃、親しぃが何かを叫ぼうとする。 しかし、タカラは直ぐにその頬に拳をぶつけた。 「シィィィィィ! 」 しぃは先程華を咲かせたもう一匹のしぃへと突っ込んで行く。 勿論彼女に空中で体勢を立て直すなんて技量は無く、 「シィィィッイィィィィィイィィイイィィイィ! 」 「ギジィッ! 」 二つの悲鳴が上がった。 825 名前:9012 ◆ruriF5y1O2 投稿日:2006/09/08(金) 22:29:27 [ P78GGMK2 ] 華のしぃにはそれ以上何かを発したりする事は出来ず、血を吐き出しながら荒い呼吸を繰り返す。 親しぃは殴られた痛みとぶつかった痛みは勿論、汚らしい“物”で自分を汚された事に涙し始めた。 「イヤァ! オナガイ、ユルシテ! ダッコシテイイカラ! 」 タカラはニッコリと笑いかける。 しかしその笑みは彼女に向けていた物なんかじゃない。 温かさなんて無い。真っ黒でドロドロした何処までも深い感情―――憎しみが滲み出している冷たい物。 「分かりました。許してあげます」 さっきまで泣いていたしぃはその言葉を聞くなり、ギッとタカラを睨んだ。 「ナニヨ! アタリマエジャナイ! ホラ、ユルシテアゲルカラサッサト―――」 「ただし」 タカラがしぃの言葉を遮って言う。 醜い笑みは一層深くなり、 「彼女を、でぃさんを僕に返してくれたら、です」 ハァ? 明らかに嫌そうな顔をするしぃ。 「ナニ? キタナラシイ ディガ スキナノ? カワリモノ! ギャクサツチュウニハ オニアイダケドネ」 嘲笑う。 彼女は嘲笑った。 でぃを汚らしいと。 でぃには有害な虐殺厨がお似合いだと。 つまりはでぃは不必要な者だと。 「この糞虫風情が! 」 笑みは吹き飛んだ。 同時にしぃも吹き飛ぶ。 塀にぶつかったしぃはまた耳障りな悲鳴を上げた。 タカラの靴にはドロリとした物が付着する。 「シィィ……ナ、ナニスルノヨ! コノ ギャクサツ――」 「お前なんかに! お前なんかになんででぃさんが、殺されなきゃならなかったんだ! 」 タカラはしぃの元へと移動すると、右腕を掴んだ。 右手と左手の丁度中間あたりには間接がある。 「ッ!? チョット アンタ……」 嫌な予感でもしたのか顔を歪めたしぃ。 そしてそれは的中する。 「ギ、 ギジイィィィィィィィィイィィイィイィィィィイッイィィィィイィィイッ! 」 悲鳴。骨が軋む音。 「ギィィィィィイィィィイィィイッイィィイィィイィィィィイイィィ、 イギッ!? 」 暫く腕が震えた後、しぃの腕は本来なら曲がらない方向に曲がった。 ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返すしぃ。 その哀れな姿を見てタカラは笑った。 良い様だ。良い様だ。 苦しめ。そして醜く死ね。 お前に生きる権利など無い。 826 名前:9012 ◆ruriF5y1O2 投稿日:2006/09/08(金) 22:29:55 [ P78GGMK2 ] しぃの呼吸が少し収まってきた頃に左腕にも手を掛ける。 「ギ、 ギジャアァイィィイィィイッィィィィィイィィィィイィィイィィィィィィィアァァアァッ! 」 今度は少し加減をして力を抜いた。 相当痛いのかその悲鳴はしぃとしてもなっていない物だ。 その悲鳴に心の中の何かが動く様な感覚をタカラは感じた。 まだだ。まだ足りない。まだ、まだ、まだ! 「ヒジィッ! 」 加減はしていたものの、しぃの体は他のAAと比べ物にならない程脆い。 少し時間は延びたものの、すぐに間接は外れてしまった。 それでもまだ脚がある。 タカラは右脚、左脚にも手を付けた。 上がり続ける悲鳴、悲鳴、悲鳴。 それでも足りない。まだ足りない。 「ヒジャアァウァッ!!! 」 最後の間接も外し終えた。 大きく目を見開き、顎が外れるほど大きく開いた口で荒いなんて物じゃすまない呼吸を繰り返すしぃ。 ふと道路に頭から突っ込んだしぃの事を思い出した。 ふりかえるとそこら中真っ赤なお花畑にして息絶えてるしぃが見える。 まだ一時間経っていなかった。しぃは想像以上に脆いらしい。 汚らしいそいつに嫌悪しながらも頭部を掴み、持ち上げた。 アスファルトに突っ込んだ所為で脆くなっていたのか、持ち上げて数秒後、頭部を残してそいつは再び地に落ちる。 汚らしい花畑と気色悪い切断面を見てタカラは笑った。 丸っこい汚らしい華を抱えてタカラは先程のしぃの所に戻る。 何とか呼吸を繰り返すしぃの口にそいつを突っ込んだ。 「――――!? 」 勿論入る訳が無かった。 それでも無理矢理捻じ込む。 顎が外れた。見開かれた目はぽろりと落ちてしまいそうな程だ。 もうこいつはほっといても死ぬだろう。 タカラは無言のまま、ベビしぃの所へと歩いた。 そしてベルトから解放し、惨劇を見せる。 「…………! 」 花畑と首無しの知り合い。その頭を口に突っ込まれた手足が変な方向に曲がった親。 声すら出ないようだ。 「ア……ニャ……。 ママ! ナッコ! 」 迷うこと無く言ってみせた。 親の死を認めたくないゆえの要求では無い。 ただ単に抱っこされたいからの要求だった。 そいつが母親の元に走り出す瞬間、タカラは足を引っ掛ける。 「ヂィィ! 」 勢い良く顔面からアスファルトに突っ込むベビしぃ。 「アニャア! イチャイヨォ、 イチャイヨォ! 」 無表情のままジタバタするベビしぃを見下げていた。 そしてその腕に――。 花畑と首無ししぃ。その頭を口に突っ込まれた手足が変な方向に曲がったしぃ。そして手足をもぎ取られ泣き叫ぶベビしぃ。 大切な物を失って生きる事がどんなにつらいか、味わうが良い。 お前なんかにそんな喪失感を感じる心は無いかもしれないが。 最後に力無くへらりと笑ってタカラは惨劇に背を向ける。 もう夕日が街を染めていた。 827 名前:9012 ◆ruriF5y1O2 投稿日:2006/09/08(金) 22:30:31 [ P78GGMK2 ] もう仕事に行く必要も無くなり、自宅へと戻るとドアの前に人影があった。 でぃの一番の友人だったエーだ。 目に涙を貯めていた彼女はタカラが目に入ると鋭く睨み付けた。 「許しません! 私は貴方を許しません! 」 タカラには一体何を言っているか分から無い。 そんなタカラにエーは一枚の紙切れを突きつけた。 「遺言! でぃの! 読んでみて下さい! 」 でぃの、という言葉に敏感に反応し、紙に目を落すタカラ。 衝撃。 背筋に走る寒気。 嘘だ。 嘘だ、嘘だ、嘘だ。 こんな事――。 動揺するタカラにエーは罵声を浴びせた。 「貴方の過剰な、異常な愛がでぃを苦しめてたのよ! でぃは自殺したのは貴方の所為! 貴方がでぃを殺したの! 返して! でぃを返して! 私の大切なでぃを返して! 」 突然全てが色褪せて見えた。 嘘なんだ。 全てが嘘なんだ。 こいつだって僕を落としいれようとして――。 「え? 」 首に掛けられた手。 怪訝そうな顔をしているエー。 タカラはニコリと笑った。 「死ね」 人形が一つ増えた。 偽物のでぃと偽物のエー。 タカラはニコリと笑う。 偽物の世界の偽物の住民達。 僕は騙されない。 こんな世界、僕が壊してみせるから――。 終