【確認】

Last-modified: 2015-06-23 (火) 00:34:19
270 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:46 [ r4xG97qk ]
       【確認】
1

      夜は嫌い

    一人になるから

      夜は怖い

     不安になるから


   押し寄せる不安の中で

   押し寄せる疑問の中で

   僕はただ一つだけ願った


 せめて僕は生きていますように

271 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:46 [ r4xG97qk ]
2

 夜の街。
人が溢れかえる中心地から少し離れた所。
まぶしいくらいの明かりが各々の建物を明るく照らす。
 ホテル街。
外観を照らす照明で、
昼のように明るくなった道の所々に、
しぃが立っていた。
何かを待つように、
じっと、
じっとしている。

 手近なかなしぃのところへ近づき、
声をかけた。
 「やぁ。一晩いくらかな?」
「ハニャ。オールデ 3マンダヨ。」
「わかった。」
そう言い、
財布から三枚の札を取り出し、
しぃに渡す。
しぃは三枚あることを確認したら私を手短なホテルへ引っ張っていく。
「ホテルダイハ ベツダヨ。」
まあ予想はしていたことだ。
気にはしない。

272 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:46 [ r4xG97qk ]
3

 ホテルに入る。
ロビーで展示してあるパネルから、
適当に部屋を選びキーをとる。

 薄汚れたカーペット。
しみが付いた壁紙。
中途半端に薄暗い廊下を通り部屋へと入る。

 廊下の惨状とは裏腹に、
曲がりなりにもホテルだけあって、
部屋はそれなりに綺麗にされていた。
 むやみにでかいベッドの上にしぃが座り、
これからどうするのかを訊ねてきた。
彼女に答える前に私はとりあえずフロントへ「宿泊です。」と、電話を入れた。
 「では、やろうか。」
向き直り上着を脱ぎ始める。
いきなりのことにしぃは顔をしかめた。
「シャワーニ ハイラナクテ イイノ?」
「ああ、べつにいい。」

 やがて、服を全て脱ぎ全裸になった私の体を見て、
しぃは小さな悲鳴を上げた。
当然だろう。
私の体には胸から腹にかけて大きな傷痕が付いていたのだから。
その部分だけは卵のように、
ほくろはおろか毛一本すら生えておらず、、
ピンクとも肌色とも取れる奇妙な色をしていた。
一瞬、しぃは異質なものを見るような目を見せたが、
すぐに営業スマイルに戻った。

273 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:47 [ r4xG97qk ]
4

 「では、始めるか。」
そう私は小さく呟き、
しぃに抱きついた。
 唇でしぃの耳をはさんだ。
ため息とも快感とも取れるような息がしぃから漏れる。
 そして、ゆっくりと横に移動しながら耳の周囲をたどる。
「…ンッ。」
小さく声を漏らす。
次に舌を使い彼女の耳を舐めまわす。
耳たぶを軽く舐め、
舌を耳の穴にねじ込み、
耳の裏を丹念に舐め上げる。
「……アッ…ン!……アン。」
ねっとりと、しつこいくらいにまで耳を攻め、
それにあわせて喘ぎ声をあげ、
その度に私の首筋に彼女の熱い吐息がかかった。
定期的に来るその息は、
まるで少女の手のように私の首筋を優しくなぞり、
その度にぞくぞくとした快感が首から全身へと波のように伝わっていった。
 耳を十分に弄ると、
舌を這わせながら首筋へ場所を下げていく。
首に来たところで舌を口の中に戻し、
代わりに唇で首をなぞっていく。
うなじを唇で吸い上げる。
唇から舌を少しだけ出し、
チロチロと小刻みに動かしながら顎を刺激する。
 さらに唇は下へ移動する。
鎖骨の間を通り過ぎたとき、
頬に緩やかな弾力を感じた。
その弾力と弾力の間へと顔を滑り込ませる。
 谷間の底で大きく息を吸った。
汗と香水と、わずかな私の唾液の混じった匂いがた。

274 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:47 [ r4xG97qk ]
5

 私は愛撫を行うのをやめた。
しぃの胸の中に頭をうずめたまま息を止め、
彼女の体を強く抱きしめ、
ただ、何かを待った。

 私は何もしゃべらなかった。
しぃも何がおきたのか分からないのか、何もしゃべらなかった。
だから何も音が無かった。
時計の音も、
暖房の音も、
冷蔵庫のクーラーの音も、
廊下からの人の足音も、
外からの自動車の音も、
何もかも無かった。

 完全なる無音の世界。
完全なる静寂の世界。
まるで音という物が綺麗さっぱりそこから抜け落ちたような空間の中で、
私はただひたすら待ち続けた。
 わずか数秒のこと。
だが、私にとっては十分にも一時間にも感じ取れた。

 そして、それは伝わってきた。
ほのかな温もりとともに。
ほのかな圧力とともに。
とても穏やかに。
だが、その存在を誇示するように。
その『音』は私に伝わってきた。
私が待っていた音。
それは……。

275 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:47 [ r4xG97qk ]
6









     トクン。









.

276 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:47 [ r4xG97qk ]
6

 トクン…トクン……。
音が聞こえる。
トクン…トクン……。
それはしぃの心臓の音。
心臓の鼓動の音。

 この音は、しぃが生きているという証拠。
この音は、しぃが存在しているという証拠。

 トクン…トクン……。
音はまだ聞こえている。

 「少し、話をしないか?」
鼓動を聞くために胸に顔を埋めているせいか、
声が低くぐもった。
「ハァ?」
怪訝な声を上げる。
私は左腕でしぃの体を強く抱きしめ、
彼女の言葉を無視して話し始めた。
トクン…トクン……。
音は止むことが無かった。

277 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:48 [ r4xG97qk ]
7

 「昔、私がまだ幼かったころの話だ…。」
 ふとしぃを顔を見てみると、
あたかも早く終われと言うような表情で、
あさっての方向を見ていた。
 「そのころのは私はとてもやんちゃだったんだ。
 曲がりなりにも男の子だからね。」
 話を続ける。
 「でも、ある日のことだった。
 私は事故にあったんだ。
 とても、とても大きな事故でね、
 出血がとてもひどくて、
 私はしばらくの間意識が戻らなかったんだ。」

 話の途中、
私は開いている右腕を奥にある私物が置いてあるテーブルへと、
しぃに気づかれないよう、
物音一つ立てないように静かに伸ばした。

 「胸に傷跡があっただろう。
 それはそのときの傷だ。」
 まあ、医者の懸命な治療で私は助かったわけだけどね。」

 「でも、話はこれで終わりじゃないんだ。」

 私は、ははっ、と自嘲的な笑いを漏らした。
 私の頭上にある彼女の口から、ゲッ、という声が聞こえてきたが気にはしない。

 「私はこの日以来、夜ひとりになるのが怖くなったんだ。
 何故だと思う?
 別に事故が夜に起こったわけじゃない。
 ただ…、」

 静かにテーブルの上で動かしていた右腕が何かに当たった。
恐る恐る手で触り確認してみると、
どうやら私の鞄のようだった。
私は、しぃに気づかれないように鞄に手を入れ、中を探った。

278 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:48 [ r4xG97qk ]
8

 「ただ、意識を失っている間、
 夢を見ていたんだ。
 どんな内容だったかは殆ど覚えていない。
 が、断言する。
 私は意識を失っていたとき夢を見ていたと。
 そしてその内容。
 私は夢の中で、

  生活をしていたんだ。」

 鞄の中を探っていた指に何かが触れた。
静かに握り確かめた後、
それを持って音を立てないようにそっと鞄の中から手を抜いた。

 「分かるかな?
 私は夢の中でこの現実世界と同じように生活を送っていたんだ。
 現実と同じように朝に起き、
 現実と同じように飯を食べ、
 現実と同じように友と遊び、
 現実と同じように眠る。
  靄のかかり、殆ど思い出すことの出来ない夢の記憶。
 だが、夜眠るとき。
 ベッドの上で一人になったとき、
 断片的では有るが思い出すんだ。
 そして、何度もその記憶を見るうちに、

  この世界が 本当に 現実なのかどうか 分からなくなってきたんだ。

  だって、
 私が見た夢はあまりにもリアリティがあったんだから。
 断片的で一部分しかなく靄がかかっていても、
 その記憶にある情景の、
 日の眩しさ、音、温もり、風、臭いにいたるまで、
 全てをまだ思い出すことが出来るのだからね。
  だから、
 もしかしたら私が見た夢こそが現実であり、
 この世界が夢じゃないのかと。
 本当は私はあの時事故にあったまま寝ているんじゃないかと。
 そう思えてきたんだ。
  馬鹿げていると思わないか。
 でも、その考えは止まることはなかったんだ。
 だって、
 この話を聞いてくれる相手はいなかったんだ。
 このことを考えるのはいつもベッドの中。
 部屋を明かりを消して、
 一人になったとき。
 だからこの問いに答えてくれる人は傍にはいない。
 そして、
 何度も自問自答を繰り返して、
 どんどんその疑問は大きくなったんだ。」

279 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:48 [ r4xG97qk ]
9

 トクン…トクン……。
彼女の心臓の鼓動が聞こえる。

 「やがて、
 こんなことまで考えてしまったんだ。

  僕 は 生 き て い る の で す か ? 、とね

 阿呆らしすぎて笑っちゃうよね。
 でも、そのときの私は必死だったんだ。
 自分の中の確かなものが、
 どんどん不確かになり、
 音を立てて崩れていくのだからね。
 とても不安だったんだ。
 誰も答えてくれないし、
 誰も聞いてもくれない。
 だからこんな馬鹿な考えまで浮かんだんだよ。
  でね、それ以来、
 夜、眠るのが、
 夜、独りになるのが怖くなったんだ。
 独りになるとこのことを考えちゃうからね。

  こういうものは普通は時間が解決してくれる物だよね。
 大人になれば、誰しもが忘れてしまうよね。
 でも、私のは時間では解決できなかった。
 大人になっても、この疑問は消えることは無かった。
 その一番の原因は、
 一度死にかけたからだろう。
 だからこそ、自分の生に自身が持てなかったんだ。
 この現実に自信がもてなかったんだ。」

 私はまた、ははっ、と自嘲的に笑った。
するとしぃから愛想笑いとも取れる渇いた笑い声が聞こえてきた。
笑い声にあわせて彼女の胸が大きく揺り動く。
でも、彼女の心臓の鼓動は聞こえていた。
トクン…トクン……、と。

 「でもね、
 私は一つの解決法を見つけたんだ。
 だから今もこうして笑ってられるんだ。
 それはね…。」

 私は右手に持ったものを強く握り締め、
そして、しぃの体を両手で強く抱きしめた。
 トクン…トクン……、と、
静かに定期的に鳴っていた彼女の心臓が、

 ドクン

と、大きく跳ねた。

280 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:49 [ r4xG97qk ]
10

 ぬるりと、生暖かい液体が右腕をつたい、
やがてぼたぼたっ、と垂れ落ち、
シーツに赤い斑点を作る。
 彼女の背中には、
私が鞄から静かに抜き取り、
抱きしめると同時に突き立てたナイフが刺さっていた。

 ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ……。
静かになっていた心臓の音が、
激しく、早くなる。
「… ア …… ァガ … ガッ …… ァァッ ……。」
苦しみに満ちた声が彼女の口から漏れ出してくる。
背中に軽い痛みが走った。
私の背に回したしぃの手が、
爪を立てて私を引っかいたようだ。

 私はいまだに彼女の胸に顔を埋めたまま、
刺さったナイフを抉るようにひねった。
グチュッ、という音が彼女の胸から聞こえてきた。

 ドクッ、ドクッ…ドクッ…ドクッ…トクッ…トクッ……。
腕をつたう血の量は増え、
彼女の心臓の鼓動はどんどんと弱くなっていく。
 私の背中に回された手の力が緩み、
ずりずりと、私の背中から滑り始める。
「… アッ …… アァッ …… アヒャカッ ………… ハァ ……。」
彼女の声も、
心臓の音と同じように弱っていく。

 そして、

 …トクッ…トクッ……トクン…トクン……。

彼女の腕も私の背中から力なく落ち、

 …トクン…トクン………トクン……トクン……。

彼女の苦悶に満ちた声も聞こえなくなり、

 ……トクン………トクン…………トクン………………トクン……。

やがて、彼女の心臓の音も……、

 …………トクン……

 ………………トクン……。


 ……………………………トクン……。

 ……。

 ……。


 聞こえなくなった。

 一瞬の間、完全な静寂があたりを包み込む。
だがすぐに、
何かの鼓動が、
何者かの心臓の音が伝わってきた。

 それは、
私の心臓の音。
私の心臓の鼓動。


   ド ク ン 。

.

281 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:49 [ r4xG97qk ]
11

 ドクン…ドクン……
私の心臓の鼓動が聞こえる。
この音にあわせて、
私の体がわずかに振動する。
この音にあわせて、
体の温もりが末端へと伝わる。


 これで十分だ。
この音が聞こえるだけで私は幸せだ。
もうそれ以上は何も望まない。

 ドクン…ドクン……。
これは私の心臓の鼓動。

 この音は、私が生きているという証拠。
この音は、私が命を持っているという証拠。
この音は、紛れも無く私が存在しているという証拠。

 それだけで十分だ。
たとえの世界が夢であってもいい。
まだ病院のベッドの上でもいい。

私は、

 私は生きているのだから。


 この鼓動を聞きながら、
私は安心し、心地よいまどろみの中へと落ちていった。
不安も、
恐怖も無かった。

282 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:49 [ r4xG97qk ]
12

 朝のカラスの鳴き声で目が覚める。
私は、すぐ傍らにある、
すでに死臭を放つしぃを死体をベッドの横へ落とした。
そして、しばらくの間まどろみを楽しむ。
やがで、準備しなくてはいけない時間になる。
シャワーを浴びて体についた腐臭を落とす。
きっちりと服装を整え、
しぃの財布から万札三枚と、
ホテルの料金分の金を抜き取る。
その金で部屋の中にある精算機に料金を払い外に出た。

 私は心地よい日差しの中、
街の喧騒の中へと溶け込んでいった。

 だが、昼の時間は短い。
仕事はすぐに終わり、
友人ともすぐに分かれなくてはならない。
独りになってしまう。
不安になってしまう。
昼間の間に埋もれていた生への疑問が、
またやってきてしまう。
 すると私はあるところへと向かう。
自分の生を確かめるために。
自分が生きているという証拠を得るために。

 街の中心地から離れた場所。
沢山のしぃたちが今夜の客を求めてじっと佇む場所。
そして、
そこで私はこう話しかける。

 「やぁ。一晩いくらかな?」

283 名前: 鍵 (gxeI9vq.) 投稿日: 2004/01/13(火) 04:50 [ r4xG97qk ]
13

          沢山の明かり

     まぶしいくらいの命の火の明かり


             でも

    まぶしすぎてときおりわからなくなる

    僕の火の明かりは輝いているかと


            だから

      僕はその命の明かりを消す

            すぐ傍の

     すぐ傍にある命の明かりを消す


          一瞬の暗闇

           でもすぐに

    自分の命のランプがあたりを照らす


         そのとき初めて

     自分の持つランプの火の明るさが

  自分の持つランプの火の温もりがわかるんだ
                      
                      
        もう僕は怖くありません

        もう僕は不安になりません
                        
                        
           夜は好きです

   自分の命の灯火の明るさを確かめれるから


            僕は幸せです

        僕は生きているのだから




                                         【終】