916 名前: 鍵(gxeI9vq.) 投稿日: 2003/09/24(水) 06:39 [ 1GUnoY2w ] 1 【 罰 】 前編 僕は 歩き続けた ずっと ずっと 重い十字架を背負って ずっと ずっと 917 名前: 鍵(gxeI9vq.) 投稿日: 2003/09/24(水) 06:40 [ 1GUnoY2w ] 2 自らを裁く断頭台を求めて 918 名前: 鍵(gxeI9vq.) 投稿日: 2003/09/24(水) 06:40 [ 1GUnoY2w ] 3 「こちらです。」 警察官がドアを開け中に入るよう促す。 病院の薄暗い霊安室。 ひんやりとした空気が肌を刺した。 ゆっくり中に入る。 簡素に作られたベッドの上には白い布をかぶせられた人が眠っていた。 最愛の人だった。 将来を誓い合った仲だった。 けれど、その人は今ここで眠っている。 顔を覆っている布に手を伸ばす。 「顔は見ないほうがいいですよ。」 後ろから声がかけられる。 「…」 僕は無言で布を取り払った。 綺麗だった彼女の顔。 しぃ族特有の細い輪郭。 笑うときのえくぼがとてもかわいかった。 大きな瞳がとてもかわいかった。 けれど、その面影は無かった。 ひどく殴られたのだろう。 片目は目の下が大きく腫れ上がり目を覆い隠している。 もう片方の目は大きく窪み、 後で潰れたと説明された。 顎の輪郭は所々で若干折れ曲がっていた。 多分砕けたのだろう。 僕は、 変わり果てた彼女を見て、 その場で膝をついて泣きじゃくった。 919 名前: 鍵(gxeI9vq.) 投稿日: 2003/09/24(水) 06:40 [ 1GUnoY2w ] 4 「いったい…誰がこんなことを…したのですか?」 泣くことは止められなかった。 あふれる涙の中から、 その言葉を引っ張り出すのが精一杯だった。 「目撃者は今のところ見つかっていませんが、ただ…」 警察官は途中まで言って口を閉ざす。 短い沈黙。 そして、また口を開く。 「複数のちびギコだということは分かっています。」 たくさんのちびギコに殴られたのか。 そう思うとまた涙が溢れ出してきた。 たくさんの蟻に襲われるカマキリのように、 じわりじわりとなぶり殺しにされる。 そのときふと疑問が浮かんだ。 「目撃者がいないのに何で分かるのですか?」 いや、疑問は本当は分かっていた。 分かっていた。 けど、その現実から目をそむけていた。 だから、 問いを投げかけたとき違う答えを期待していた。 蝿一匹で犯人が特定できる時代だ。 違う方法があったはず。 けれど、 「彼女の体の中から、 たくさんのちびギコの体液が見つかった。」 その期待は打ち砕かれた。 そのとき彼女は何を思ったのだろうか。 そのことを想像し、 ただ僕は、 絶望しか存在しない黒い世界へと落ちていった。 いや、絶望だけではなかった。 その世界に存在した唯一の別の物。 それは、 復讐 920 名前: 鍵(gxeI9vq.) 投稿日: 2003/09/24(水) 06:41 [ 1GUnoY2w ] 5 僕の最愛の人が襲われたのは夏の初めだったね。 一緒に海へ行こうといったよね。 僕は泳ぐのは苦手だからいやだと言ったら、 君は、じゃあ教えてあげるよ。と無邪気に言っていたね。 花火大会。夏祭り。一緒に花火の約束もしたね。 けれど、 その時間は来なかった。 君はもういなかった。 だから僕は、 君を殺したちびギコを探していた。 太陽がきらめく暑い夏も終わり、 全てが赤に染まる秋も過ぎ、 全てを白に一色に覆い隠す雪が降る冬の終わりに、 僕は、 いや、俺は、 見 つ け た 。 921 名前: 鍵(gxeI9vq.) 投稿日: 2003/09/24(水) 06:41 [ 1GUnoY2w ] 6 スラム特有の異臭が風とともに駆け抜ける。 ひびが入りぼろぼろになったコンクリートの壁。 放棄されて数年は経過しているであろう。 スラム街の中にそれはあった。 俺は手短な窓から中を覗いた。 中にはたくさんのちびギコが蠢いていた。 俺はそれを確認すると思いっきりドアを蹴破った。 突然の来訪者にちびギコたちは反応する。 「イッタイ ナンノ ヨウデチカ?」 リーダー格のちびギコが凄むように問いかける。 「復讐だ。」 俺はそう答えると、 俺は持ってきたディパックから一本の日本刀を抜き取り、 それを振るいちびギコの中に突進した。 鮮血が飛び散り、 悲鳴が交錯する。 肩口からバッサリと切り捨てられたちびギコは、 どばっ、と血を噴出して倒れた。 首を刎ねられたちびギコは、 大量の血を噴出し、あたりを赤一色に染めた。 その光景を見て、 ちびギコたちはいっせいに逃げ始めた。 922 名前: 鍵(gxeI9vq.) 投稿日: 2003/09/24(水) 06:41 [ 1GUnoY2w ] 7 旅行のお土産。 そう言ってくれたのがこの刀だったね。 ごめんね。 ごめんね。 君との大事な思い出を汚しちゃったよ。 君との大事な思い出を壊しちゃったよ。 君がくれた旅行のお土産。 もう、 ぼろぼろになっちゃったよ。 923 名前: 鍵(gxeI9vq.) 投稿日: 2003/09/24(水) 06:42 [ 1GUnoY2w ] 8 「お前で最後だ。」 「ヒィィィィィィィ タスケ…」 哀願するちびギコを無視し、 俺は刀を振り下ろす。 ごっ。 鈍い音があたりに響く。 汚れた床にどす黒い血が広がっていった。 静寂が支配する室内。 静かなこの場所とは裏腹に、 俺の心臓は激しく動いていた。 だが、次第に鼓動もおさまり、 俺は冷静さを取り戻していった。 「 ミィミィ 」 突然、すぐ近くでベビギコの鳴き声が当たりに響いた。 俺はすぐに辺りを見回す。 建物の最も奥に位置する小さな部屋。 ここにあるのは、 汚れたベッドと、 中身が入っていない大きな本棚だけ。 ベビギコなんてどこにもいない。 「 ミィミィ 」 まただ。 今度はどたばたと騒ぐ音まで聞こえてきた。 それも本棚の奥から。 俺は、なるほど、と数回うなずき、 引き戸を開ける要領で本棚を横に動かした。 どうりで本が一冊も入れていないわけだ。 924 名前: 鍵(gxeI9vq.) 投稿日: 2003/09/24(水) 06:42 [ 1GUnoY2w ] 9 裸電球の明かりが狭い部屋を照らす。 隠し部屋。 そういう名前の小さな部屋で、 彼女たちは震えていた。 ちびしぃだ。 それも十匹近い数の。 そして、それぞれ3~4匹ほどベビギコを抱えている。 震える瞳。 それは、自らが関係者であることを物語っていた。 突然、一匹のベビギコが暴れだし、 母親の手から落ちた。 捕まえようとする母親の腕をすり抜け、 俺のほうへ向かってくる。 拙い歩き方で。 一心不乱に。 俺の足元にたどり着くと、 俺のことを見上げる。 大きな瞳で俺のことを見つめる。 そして、 唐突に、ニパッ、と微笑んだ。 俺は、ぼろぼろになった刀を振り上げ、 そして、振り下ろした。 ひゅん。 刀が風を切る。 そして、 べシャ、と嫌な音が狭い部屋に響いた。 925 名前: 鍵(gxeI9vq.) 投稿日: 2003/09/24(水) 06:43 [ 1GUnoY2w ] 10 僕は十字架を背負った それは重い罪の十字架 だから その十字架を下ろすため 罪を償うため 僕は歩き出した 行く先は 自らを裁く断頭台 [続く]