95 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:36 [ .zUKotKw ] 【羽根】 昔、1人のクラスメイトが自殺した。 机に飾られた花。 そんなものを見ても何も思わなかった。 クラス総出の葬式。 泣いている人は1人もいなかった。 俺はあまりにも馬鹿馬鹿しくて葬式を抜け出した。 一緒に抜け出した友人と話をしていたとき1つの単語が何度か聞こえた。 ムシ。 自殺したクラスメイトのあだ名だった。 96 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:36 [ .zUKotKw ] チャイムが鳴り終わった後の廊下を堂々と歩く。 学生時代には出来なかったことで、 いまでもなんだか気持ちいい。 脇に並ぶ教室から漏れるざわめきを横切り、 やや奥にある引き戸の前で止まると、 それを引いて中に入った。 俺が教室に入ったことに気づいて何人かが話をやめて席に戻る。 しかし、大多数は所々に小さな集団を作り、 様々な話題に花を咲かせていた。 「おーい、朝の会だぞー、席につけー」 手で小さなメガホンを作り、 奥まで聞こえるように語尾を延ばして言うと、 生徒達はここでやっと先生が来たことに気づき、 がたがたと大きな音を立てて席へ戻っていった。 97 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:37 [ .zUKotKw ] まだ学生のころに流行っていた不良教師もののドラマや映画にあこがれて、 3流大学の教育学部に入り5年間みっちり勉強をして卒業した後、 それとは別に1年に及ぶ特訓をして、 満を持して教員免許を獲得し教師となった。 手に入れた免許状を眺めながら、 ブラウン管の向こうの若いアイドルが演じる教師と自分を重ねていた。 滅茶苦茶で破天荒で他の教員からは嫌われ校長や理事長に目をつけられ、 でも生徒達には好かれる先生を夢見ていたのだが、 現在、俺の目の前で着席している生徒達は、 目つきの鋭い不良のような生徒でもなければ、 けばけばしい髪の毛の色をした生徒でもなく、 青春の複雑な悩みを抱えた生徒でもなければ、 当然、眼鏡をかけて土色の顔をした勉強しかとりえの無い生徒でもなく、 ただただ、純粋な眼、眼、眼。 悩みも知らず、 汚い物も知らず、 世の複雑さも知らず、 楽しさと、好奇心が一杯につまった綺麗な瞳をもった、 まだ年端もいかない児童達だった。 野望を持っていた俺の毎日は、 『たこのあしは8っぽんなのに、なんでいかは10っぽんあしなの?』 『どうしてちょうはいもむしのときはかっこわるいのに、せいちょうするときれいになるの?』 『どうしてよるになるとねむたくなるの?』 といった、世の中の不条理や、 甘酸っぱい恋の悩み、 複雑な家庭の事情とは遠くかけ離れた、 濁りも不純物も一切無い純粋な疑問にどう答えるか、 頬を引きつらせながら悩むばかりとなった。 無茶苦茶で破天荒で他の教員から嫌われそれでも生徒から好かれるはずだった俺は、 理想とはまったく別物の、 無茶苦茶でもなく破天荒でもなく先生からは人目置かれ生徒からも好かれる、 模範囚のような先生となった。 98 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:37 [ .zUKotKw ] 全員が着席し一旦しんとなったところで点呼を取る。 途中から生徒達が隣の席と話をはじめ騒がしくなるが、 いちいち注意していてはきりがないし、 また、生徒達が名前を挙げるたびに元気良くはいと答え、 喧騒の中でも十分に聞くことが出来るためそのまま続行した。 出席簿も中ほどまで確認したところで、 リズム良く続いていた「はい」の声がふいに途絶えた。 見逃しそうになったところを声のトーンを上げもう一度言う。 しかし、耳に聞こえてくるのは子供達のざわめきのみ。 「いないのか」 やや声を荒くして顔を上げる。 荒れた声に急に静かになった教室をざっと見渡したが空席は無い。 さらに名前を呼ぶと、ぼそりと僅かな声が返ってきた。 くすくすと小さな笑い声が聞こえる中、そこに視線を向ければ、 窓際に不自然に隣の机から離された席が眼に入った。 その席に座った、まだ子供ばかりのクラスの中で一際小さいその生徒は、 恥ずかしそうに顔を赤くして俯いていた。 「いつも言っているだろう。返事をするときは先生に聞こえるようにしなさい」 はい、とその生徒が小さく答える。 恐らく次も同じように喧騒の中に消えるほどか細い声で答えるのだろう、 と考えながら出欠確認を再開した。 この生徒はいつもこうなのだ。 いつも、テンポ良く名前を読んでいくのに、 この生徒の名前に来た途端それが崩れるのだ。 それは点呼に限ったことではない。 平常の授業の時間この生徒を当てても、 間違った答えを言わなければ当然正解も答えず、 押し黙るばかりで答えようとしないのだ。 今まで気持ちよく走っていたのに唐突にこけてしまったときのような感じがして、 非常に不愉快だ。 それに成績も悪い。 テストの点も、 100点満点がずらりと並ぶほど簡単な問題で、 1人70~80点だ。 体育ではいまだに逆上がりもできない。 いわゆるクラスのできそこないだった。 99 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:38 [ .zUKotKw ] 授業の時間。 いくら基礎の基礎といっても、 畑違いのため十分に教えることのできないものもある。 国語なんかそれが特に酷い。 専攻は理数だったために国語はよく分からない。 漢字の書き順もいつもはパソコンを使っているため殆ど知らない。 幸い、読解まだ書いてある通りに解説すればいいし、 書き順もそれほど複雑な物はあまり無いので今のところ問題は無い。 しかし、これが高学年だったらどうなることやら。 そう思いながら壇上で国語を教えていた。 生徒に教科書の内容を段落ずつ立って音読させると少し手持ち無沙汰になる。 そこで、ノートを良く取っているかなどを確認するために机と机の間を歩き始めた。 しっかりと教科書を目で追っている生徒の傍らを通り過ぎ、 消しゴムからねりけしを作っている生徒を軽く小突き注意していると、 できの悪いあの生徒の横にたどり着いた。 熱心に教科書を読んでいるその子は俺の存在にまだ気づいていないようだ。 遠目から見れば何も問題ないように見えるが、しかし……。 「おい」 声を掛けられ、少年はびくっと体を震わせると、 教科書から顔を離しこちらを見上げた。 僅かに怯える瞳と目があった。 途端どきりと心臓が震えた。 落ち着きなく震えるその瞳は、 他の生徒とは何かが異なり、 また、どこかで見たことがあった。 なぜ見覚えがあるのだろう。 なぜ、俺がここまで驚かねばならないのだろう。 そんなことを考えながらも表情には出さず言葉を続けた。 「教科書とノートくらい綺麗に使えないのか?」 俺の言葉に周り生徒達はどっと笑った。 教科書を朗読していた生徒すらあはははと腹を抱えて笑い始める。 その中心で少年は顔を真っ赤にして俯いた。 微かに肩が震えている。 やがて、押し殺したような声ではいと聞こえたので、 静かに、と言って笑いを鎮め教壇へ向かった。 恥をかかそうと思って注意したわけではなかった。 俺だって昔は教科書の隅にぱらぱら漫画を作ったり、 偉人の肖像画に、額に『肉』と書いたり見事なヒゲを蓄えさせたりした。 だから多少汚れていても注意する気はない。 逆を言えば、注意せねばならなかったほど汚かったのだ。 ノートは所々破れ、 クレヨン、マジック、ボールペン、 消しゴムで消すことのできない様々なペンで描かれた奇妙なアニメキャラクターや文字が、 真っ白のはずのノートを黒で埋め尽くしていた。 教科書も同様にマジックでアニメキャラクターなどの低俗な落書きが、 隅にできた僅かな白地どころか、 授業に使う文章や問題が印刷されたところまで描かれていた。 むしろ印刷された場所に書かれていた落書きが、 隅の僅かな白地のところまではみ出た感じだ。 いくらなんでもこれはやりすぎだ。 だから軽く注意しただけに過ぎなかった。 100 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:39 [ .zUKotKw ] ふと、脳裏に学生時代の記憶が蘇る。 移動教室をサボり教室残った俺は友人とある机の前に集まった。 ごそごそと中をあさり取り出した物はとある生徒の教科書とノートだった。 俺は、油性マジックの蓋を開けると、 表紙に書いてある名前の上に読めないように黒い線を引き塗りつぶし、 代わりに俺たちがつけたあだ名を書き始めた。 虫。 そうでかでかと書かれたノートを友人達に見せると、 一緒になってげらげらと大声で笑った。 全てにムシと書き終えると、今度はそれらを広げ中を見る。 簡潔に書かれたノートは淡白で味気なかった。 だが、字が汚いことを無理やり見つけると、 キモイキモイとささやき合い、また大声でげらげらと笑った。 それでもまだ時間が十分にあったので、 俺たちは笑いながら、 広げられたノートや教科書に、 女の裸や罵詈雑言、 流行の漫画キャラクターを、 隅にあった空白ではなく、 覚えるべき様々な公式、文章、問題が印刷された、 ページの中心部分を重点に落書きをした。 さすがに教科書やノートは沢山あったので、 途中でチャイムが鳴り、他の学生が戻る前にお開きとなった。 101 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:39 [ .zUKotKw ] どうしてこんなことを思い出したのか疑問に思う。 だが、すぐに記憶の中のノートとあの生徒のノートが同じことに思い当たった。 イジメられている……ということか? いや、そんなことは無いはずだ。 イジメが起こっている現場を見たことがないし、 イジメが起きているという噂も聞いたことない。 生徒達もあの生徒を除けば皆明るくて優しく、 いじめを行っているようには見えない。 そもそもまだ彼らは幼い。 世の中の不満をイジメのような陰湿で非生産的なことで解決するよりは、 友達と一緒にゲームをしたり走り回ったり騒いだりといった、 明るいことで解決するはずだ。 良く覚えていないが、恐らく俺があの生徒と同じ年のころは、 同じようにでかでかと落書きをしていたはずだ。 だから、あの落書きもあの生徒自身でした物であり、 故に、決して級友によってされた物ではない。 思考を無理やり終了させる。 だが、蘇った思い出と共に、 引きずり出された記憶があった。 瞳。 何かに怯えるように震えるあの生徒の瞳は、 俺がさんざんイジメたあのクラスメイトと同じ物だった。 102 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:39 [ .zUKotKw ] 明日行う授業内容の確認を済ませると、 俺は帰り支度をし早々職員室を後にした。 駐車場で車にキーを差し込むとき何気なく校舎を見上げる。 所々にひびが入ったコンクリートの壁、 その上に位置する屋上に人影があるのに気がついた。 目を凝らしてよく見てみると、 フェンスに手をかけ西日を浴びるように佇むその姿は小さい。 恐らくこの学校の生徒だろう。 あれ?屋上って封鎖されていなかたっけ? 確か学校を見回ったとき他の先生に、 屋上は昔事故があったから現在は鍵をかけて閉鎖してあると聞いた。 首を動かしあたりを見渡す。 砂利が敷き詰められた駐車場には誰もいない。 俺はため息をつくと、 開けたばかりの車のドアに鍵をかけ校舎に向かい歩き出した。 これも教師の仕事なんだろう。時間外だけど。 103 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:40 [ .zUKotKw ] 屋上までの階段を上りながらぼんやりと考える。 屋上での事故と言ったら、 やっぱり誰か落ちたのだろう。 でもフェンスがあるから、 落ちるにはそれを越えなくてはいけない。 さすがにフェンスをよじ登って越えるのは故意じゃないと出来ない。 となると──。 想像してみる。 2mくらいのフェンスを乗り越えて、 『不幸な事故』を起こした子のことを。 「……自殺しか思い浮かばねぇ」 何度想像しても靴をそろえて、 自ら身を投じる場面しか想像できない。 それならばフェンスをつけているのに閉鎖してあるのもうなずける。 ──自殺。 そういえば、 学生時代にも飛び降り自殺したやつがいた。 あれは、確か。 「ム……ってうわぁっ!」 突然足に何かが引っかかり、 目の前の風景が急激に迫ってきた。 両腕を突き出すと丁度階段の角の部分にあたり、 さらに全体重をかけた衝撃が加わったためじーんと痛んだ。 目の前には階段の角につけられた滑り止めのゴム。 危うくこれに鼻をぶつけるところだった。 何に引っかかったのかと振り返れば、 この上は屋上であり、そこが閉鎖されていると象徴するように、 それは階段を横切ってつけられている、 『立ち入り禁止』と書かれた看板かかけてある鎖が揺れていた。 いつの間にか最上階まで上っていたようだ。 もう少しだ。 俺は体勢を立て直すと、また階段を上り始めた。 104 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:40 [ .zUKotKw ] しかし、学生時代はいろいろやったなあ、 と、自殺した生徒の記憶と共に引き出された思い出に浸る。 そんな俺が今や人を導く立場だ。世も末だ。 まあ、一応公務員だし。 昼飯タダだし。 折からの不況でサラリーマンはキツイし、 いろいろと野望を持ってこの職にしたんだが、 本当はこの仕事、想像以上に辛いこと辛いこと。 授業の準備は多いは、 PTAとの確執はあるは、 テストの丸付けといった、 緻密かつ単純な作業が沢山あるは、 生徒の常識がなってないは……ってこれは俺も同じか。 自分に自分で突っ込みを入れながら前を見ると、 赤い空──。 べちん! 体全体に衝撃をうけ、 先ほど死守した鼻がとうとう陥落した。 今度は何だと鼻頭を押さえながら前を見ればスチール製の扉。 上部に開けられたガラス窓からは屋上と赤い空がのぞいている。 「はあ」 ため息をつく。 さっき似たようなこと起こしたばかりじゃないか。 学習能力無いのか俺は。 あまりの自分の不甲斐なさに落ち込む。 ……って違う。 自己批判するためにここに来たんじゃない。 人影を探しに来たんだ。 気を取り直し扉越しに屋上をのぞいて見る。 しかし、人影は見えない。 どうやら、駐車場から見えた部分は死角のようだ。 ドアノブを手に取り捻ってみるとそれは回った。 俺はそれを確認すると、 扉を思いっきり押し開けた。 105 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:41 [ .zUKotKw ] 屋上は思ったよりも狭かった。 フェンスは隅のごく僅かなスペースを囲っているだけに過ぎず、 そのため、見渡せる景色のわりに狭苦しさを感じる。 だが、涼しい風が流れていて気持ちいい。 屋上の真ん中で風を浴びていると、 ふと、横でかしゃんとフェンスが揺れる音がした。 音が鳴ったほうに顔を向けると、 1人の少年がフェンスに手をかけながら物憂げに赤い夕日を眺めていた。 「何をしているんだい?」 こういう場合、むやみに叱りつけるのはよくない、 まず、相手の行っている行動とその理由を聞いてから考えるものだ、 と、大学で教わった。 そのとおりに尋ねてみる。 「空を見ているんだ」 答えはすんなりと戻ってきた。 つかみはOK。警戒心も持っていないようだ。 学校もそれなりに通用することを教えるみたいだ。 「それは、ここじゃなきゃダメなのかな?」 「うん。ここはこの町で一番空に近いから」 背を向けたまま少年は答える。 空に近い……か。 その言葉に合わせて空を見上げてみる。 小高い丘の上に建てられたこの学校は、 この町で最も高い場所に位置していているため。 夕焼けが迫った空がすぐ目の前にあるように感じた。 「たしかに、空に近いな」 少年の言葉に同調するように俺は呟いた。 「それで、毎日ここで見ているのかい?」 視線を地上に戻し問いかける。 「ううん。ここにくるのは初めて」 「ほう。じゃあ、何で今日にしたのかな? たまたま鍵が開いていたとか?」 核心部分を聞いてみると、 少年は静かに首を振った。 「鍵はちゃんと閉まってたよ」 じゃあどうやってここに入ってきたんだ?と、 問いただそうとしたが、 その前に少年が言葉を続けた。 「でも、この日じゃないと先生が来なかったから」 少年がこちらを振り向き、 ふっと笑った。 106 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:41 [ .zUKotKw ] 少年の背景にある夕日が揺らいだ。 びりっと布の破れる音が不気味に響き、 少年の背中で何かが蠢き始めた。 少年がまるで窮屈な枷をはずしたときのように大きく体を伸ばすと その動きに合わせて少年の背中のそれも大きくぴんと伸びた。 カラスよりも深く、暗い色をした真っ黒の羽根を周りに舞わせながら、 それは現れた。 絶望に深く染まった黒き翼── 逆光を浴び、翼が作る大きな影に全身をうめた、 第二次性長期にもまだ達していない中性的な体。 その背中から生える巨大な翼。 その姿は、 「天……使?」 天使としか言いようがなかった。 だけど、天使とは思えなかった。 その象徴たる翼があまりにも黒くそして、 ボロボロだった。 幾日も手入れをしていないように艶はなく、 何者かに毟られたように毛並みは荒い。 打ち捨てられ腐り始めた鳥のように赤黒い肉や骨が所々でのぞいていた。 とうてい神に仕える聖職者の物とはとても思えなかった。 突然目の前に現れた常識を越える出来事に、 俺の頭はあっさりと停止した。 少年はもたげていた翼を振り上げると、 あっけに取られている俺に風を送るように大きく羽ばたいた。 先ほどまで流れていた自然の風とは違う生ぬるい風と共に、 抜け落ちた羽根が黒い群れとなって俺の身体を包みこんだ。 途端に目頭が熱くなった。 なぜ……!? 考える間もなく頭の中に何かが浮かび何かが聞こえてきた。 107 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:42 [ .zUKotKw ] イタイヨ ケラナイデヨ ボクヲワラウナ モウナグラナイデ アケテ ヨダシテヨ ボクノベントウ モウオカネモッテナイヨ イヤダヨコン ナコト ゴメンナサイ ヤメテヤメテ クルシイタスケテ アツイヨ ス ミマセン ボクガナニシタッテイウノ ムシッテイウナ モウユルシテ それは苦しみの塊。 映像として、音声として、そして純粋なイメージとして、 頭の中に土足で入り込み荒らしていく。 なぜこんな物が湧いてくるのかと考える余裕など無い。 やめろ!これ以上聞きたくない。これ以上見たくない。 拒絶するようにぶんぶんと頭を振ふっても、 頭を抱え膝をついてもそれらは弱まるそぶりを見せず、 鈍い頭痛をたてて、ねじ込むように、 見せ付けるように入り込んでくる。 ボクハクサクナイヨ コワイヨ ナンデボクダケ オナカスイタヨ ノド ガカワイタヨソンナ シネ マズイヨ イタイイタイヨ ボクニハチャント ナマエガアルヨ モウイキタクナイ ハズカシイヨ ボクノセイナノ チ ガウヨ ナンデナンデ シニタクナイヨ イジメラレルノガクヤシイ ダ レモボクヲタスケテクレナイ カナシイ ツライ ナキタイ ミンナキライ ミンナキライ ボクヲイジメルカラキライ ボクヲワラウカラキライ ボクヲナグルカラキライ ボクヲケルカラキライ ボクノワルグチヲイウカラキライ ボクヲサベツスルカラキライ ボクノナマエヲイワナイカラキライ ボクノオカネヲトルカラキライ ボクヲタスケテクレナイカラキライ デモ── 108 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2004/09/24(金) 17:42 [ 8NUbcpZw ] 「オネガイシマス、ワタシハドウナッテモイイカラコノコタチダケハ・・・」 必死なしぃ。命乞いをしているようだ・・・子どもを3匹抱き寄せている 「ママーコンナヤツヤッチュケテヨー!」 「モラッタオサカナサン、ハヤクタベマチョーヨー」 「みゅー」 ベビたちの見上げる視線の先にはモララーがいた 顔を歪め頬をつり上げ笑っている 「おい、糞虫・・・おまえ魚を盗んだだろう。俺は見たぞ・・・」 震え上がりさらにきつく抱き寄せるしぃ 「ハイ、ゴメンナサイ・・・タダ飢エ死ニシソウデ・・・ベビチャンモイルシ・・・・・」 「ほうほう・・なるほど」 しぃの顔に期待が沸く。話が分かってくれる人なのかも 「じゃあお前は子どもがいたら盗みして良いって言うのか?」 「ソ・・・ソンナ事イッテルワケジャ・・・」 「今からお前達は・・・こんな風になる・・・」 グチャ 魚を取り上げ踏みつぶしベビ達に見せた 「コ・・・コワイデチュヨーママヤッツケテクダチャイヨー」 「チィノオサカナサンニナニチュルデチュカーーーー!」 モララーに飛びかかるちび。ボゴォ ヂイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ ちびの顔面に右ストレートを食らわすモララー 「この糞ちびが!お前等の立場わかってるのか・・・」 「ヤメテクダサイ・・・コノコタチダケハ・・・」 109 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 17:42 [ .zUKotKw ] . コンナ自分ガ一番嫌イ . 110 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 19:03 [ .zUKotKw ] 「うわぁぁぁぁぁ!」 最後の言葉を打ち払うように声を振り上げる。 だが、一度染み込んだイメージは消えることはない。 ぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。 絶叫が嗚咽に変わる。 惨めだ。哀れだ、 ──自分が。 映像が、音が、声が、感覚が、痛みが、感情が、 つい今しがたのようにリアルに伝わり、 まるで自分のことのような錯覚をさせる。 いや、もしかしたら自分のことなのかもしれない、 ただ、忘れていたそれを思い出しただけかもしれない。 そんな疑問さえ浮かぶ。 しかし、その疑問もすぐに涙に流され、 目から流れ落ちる一結晶になる。 残るは、辛み、悲しみ、哀れみ、惨め…… 口では言い切れないほどの絶望。 それは耐え切れるものではなく、 俺は子供のように泣くしかできなかった。 涙で地道に削り取るしか方法がなかった。 「……悲しいよね」 少年が俺の頭に腕を回し抱き寄せる。 「辛いよね、寂しいよね」 小さな胸板に優しく押し付けながら 華奢な両腕が頭を優しく包み込む。 「うぐっ、ぐっ・・・・・ぅあ・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」 「酷いよね、恥かしいよね、惨めだよね」 少年がポツリポツリと漏らす言葉。 それは、同じことを経験した者が語るような、 同じ悲しみと、同じ寂しさと、同じ絶望と、 ほんの少しの諦めが混ざったものだった。 それでも、こんな悲しいときに、 こんな惨めな自分を優しく抱いてくれることがあまりにも嬉しくて、 押し殺していたものがどっとあふれ出した。 小さく温もりの無い胸でも、 華奢で心もとない腕でも、 そして、 諦めが混ざった同情の言葉でも、 このときの俺には十分だった。 111 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 19:04 [ .zUKotKw ] 「これはダレの絶望だと思う?」 唐突に投げかけられた言葉にはっとし少年を見上げる。 涙で歪んだ赤い空の奥で、 少年は嘲笑っていた。 「僕は天使なんだ」 黒き天使が天を仰いだ。 赤い空に小さな顔のシルエットが出来る。 「僕は希望を与える天使。 希望を与えそっと背中を押すことが僕の役目……」 彼の顔がゆがみ始め、 「僕は沢山の人を助けてきた……。 けれど、僕は沢山の人を助けることが出来なかった……」 額に雫が降り注いだ。 ぽたり……ぽたり……と。 それはとても冷たかった。 「僕は天使。人を助けることが僕の使命。 なのに、僕は助けることが出来なかった。 どうして! どうしてだとっ──」 頭を腕で掴まれ彼の顔の前に引き寄せられる。 「──思う?」 すぐ目の前に迫った彼の目。 助けられなかった人を嘆き、 助けられなかった自分の不甲斐なさを呪い、 絶望の色で濁りきっていた。 112 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 19:04 [ .zUKotKw ] 「君達のせいだからだよ」 彼の唇が僅かに動いた。 「君達が希望を奪っていくからだよ」 その言葉は、 2人の間を通る風にすらさえぎられそうなほど小さかった。 「人は欲深く、故に、罪深い。 自分のためなら平気で他人の希望を奪っていく。 だから僕はその希望を失った人に別の希望を与え続けた。 ずっと、ずっと。 それはいつまでたっても終わらなかった。 歳をとっても、時代が変わっても。 そして、 いつの間にか、僕の翼は真っ黒に染まっていた。 そこには沢山の絶望が詰まっているだけだった。 もう、希望は生まれてこなかった。 一生懸命助けてきたのに、 この羽根をもいで、この体をちぎって、 それでも僕は人々に希望を与え続けたと言うのに、 君達がせっかくあげた希望を奪っていく──」 彼の見開かれた瞳から涙が筋となって流れていた。 それは夕日を赤く、血のように赤く反射していた。 「僕、頑張ったよね…… 僕、すごく頑張ったよね…… だから──」 また、彼の後ろの大きく翼が広がる。 「──だから 君達の奪っていった希望を返してもらってもいいよね」 天使はそう言って笑うと、 黒い翼で俺を包み込んだ。 113 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 19:04 [ .zUKotKw ] ムシだ。 見開いた眼から見える震える瞳は、 昔、俺が散々苛めたムシと同じ、 絶望で濁り、畏怖に染まり、 押し寄せる様々な形をした暴力の波から逃げるように、 焦点を定めず常に当たりを気にしている、 弱く、卑しく、醜く、低俗で、品の無い、悲しい瞳だった。 そのことを知り黒い翼の壁の中で恐怖で叫び声をあげようとするが、 でてきたのはか細いうめき声だけだった。 「僕はムシじゃない。 僕は天使。 希望を与える天使。 でも、 僕の翼は君達が人に与えてきた絶望で一杯で、 空を飛ぶことができないから、 その絶望を君達に返しに来ているだけ──」 彼はにっこりと微笑むと、顔をゆっくり近づけてきた。 少しでも逃れたい一身で顔を振ろうとするが、 しかし、頭を掴んでいる彼の手が、 細く繊細な見た目からはありえないような力で押さえつけていて、 ぴくりとも動くことが出来なかった。 容赦なく彼の顔は近づく。 眼前に迫る。 顔に影かかかる。 鼻先がこすれあう。 そして── 唇が触れ合った。 114 名前:鍵 (gxeI9vq.) 投稿日:2004/09/24(金) 19:05 [ .zUKotKw ] 気づいた時には屋上には誰もいなかった。 あたりを見渡すとやけに閑散としていた。 端のところにフェンスで囲まれた小さなスペースが見えた。 いつの間にかフェンスの外に出ていたようだ。 突然頬を熱いものが流れた。 枯れ果てたと思っていた涙だと分かるのに時間が掛かった。 でもこれ以上泣きたくなかったから、 顔を別の方向に向けた。 見えたのは 既に半身を山の中に没した太陽と 真っ赤に焼けている夕空だった。 もっとよく見ようと屋上の縁に足をかけるとそこに立った。 目の前に広がるは大パノラマ。 運動場、学校前の大通り、商店街、町の中心を横切る川、住宅地、遠く霞む山林。 人と自然が絡み合った大地が、 視線より低い位置に並んでいた。 そのことが、どこまでも赤く、どこまでも高く、 どこまでも続く広大な空の一住人であるように思わせ、 この悲しい気持ちどころか、身体すら雲散霧散し、 屋上を吹き抜ける風と共に大空へ舞い上がるような心地よさを感じた。 もっと見ていたかった。 ずっとこの心地よさに身を包んでいたかった。 だが、あっという間に日は落ち、 景色は闇の中に埋もれ、これ以上眺めることが出来なくなった。 遠い地上から虫の音が聞こえる中、 何かを確認するように後ろを振り返る。 そこには月に照らされた暗い屋上の風景があった。 それを確かめると、 俺は前に向き直り足を踏み出した。 【終】