290 名前: あたたかい家族(4JopRUKA) 投稿日: 2003/05/30(金) 02:02 [ MaAtZ.5A ] 1/6 幼い頃、クリスマスに保育園で一人一人に配られた小さなケーキ。 クリームは安っぽいバタークリームで、 上に乗っている苺はいつも最初に食べてしまっていた。 バタークリームというものは、いつまでも口の中にヌルヌルと残って、 しばらく何を食べても味がわからなくなるからだ。 その、バタークリームの食後感。 それを、今、彼は思い出していた。 291 名前: あたたかい家族(4JopRUKA) 投稿日: 2003/05/30(金) 02:03 [ MaAtZ.5A ] 2/6 目の前に、かつて妻だったしぃの体がだらしなく転がっていた。 大きく広げられた脚の先がこちらに向けられていて、まるで 男を受け入れるときのような姿勢だった。ご丁寧に、腰のくぼみの下に クッションが敷かれていて(あれはあいつのお気に入りだ、誕生日に 俺が買ってやった、イチゴの絵が大きくプリントされた少女趣味なクッション。 淫らさを強調するように腰が大きくくねらされている。 ただ、彼女はもう二度とその身に男を受け入れることはできないだろう。 何故なら、彼女の股の間から肋骨の真ん中あたりまで、一直線に 切り開かれていて、男を受け入れるための器官はメチャメチャに潰されているから。 床にしかれた絨毯(これもまた彼女のお気に入りだ、白くて毛足の長い絨毯。 は、汚いえび茶色に染まっていて、彼女の体付近は目のさめるような鮮やかな赤。 部屋を見渡せば、壁にもふすまにも床と揃いのえび茶色の染みが広がっていた。 再び視点を彼女に戻してみる。 切り開かれた腹は脚と同じように大きく広げられていて、 臓物は挽肉状にされているのでどれがどれだか判別がつかない。 そして……そして、ああ、彼女の脚の間には 292 名前: あたたかい家族(4JopRUKA) 投稿日: 2003/05/30(金) 02:03 [ MaAtZ.5A ] 3/6 物心ついてすぐの頃に両親が死んでしまったから、ギコは暖かい家族 というものにひどく憧れていた。 妻もまたそういう境遇で、しかも育ての親が気まぐれで彼女を拾った アフォしぃだったためギコ以上に「愛情溢れる家族」に憧れていた。 そんな2人の間に待望の赤ん坊ができたことがわかったのが今から2ヶ月前。 日毎に大きく膨らむ腹部を愛おしそうにさすりながら彼女は言った。 「守ラナキャ……オ母サンニナルンダカラ」 勿論彼も思った、これからは妻と、それから2人の間の子供も守るんだ、と。 けれど、その、2人の間の子供は、まだ男か女かもわからない子供は 293 名前: あたたかい家族(4JopRUKA) 投稿日: 2003/05/30(金) 02:03 [ MaAtZ.5A ] 4/6 今、冷たく、そしてぬらぬらと赤黒く光る肉塊になって転がっている、胎児。 そのグロテスクな物体が、2人が欲しくてやまなかった、はじめての家族。 小さな小さな耳(というよりは、これから耳になるはずだった組織 がふたつ、頭にちょこんと付いている。 守ろうとしたのだろうか? この、小さな命を。 妻の細腕は、両方とも手首のあたりが骨が見えるくらい深く切られており、 その切り傷は1本ではなかった。魚の切り身のような肉片が傍らに 転がっていて、それをパズルのように綺麗に当てはめることができるであろう 大きな切り口が彼女の左腕にある。 いわゆる、通り魔というものなのだろうか。この家にあがりこんで、 妻を、そして生まれてすらいない子供を惨殺したのは。 294 名前: あたたかい家族(4JopRUKA) 投稿日: 2003/05/30(金) 02:04 [ MaAtZ.5A ] 5/6 簡単に想像ができる、宅急便だとか何とか言ってドアを開けさせ、 チェーンを叩き壊して部屋に進入し、小さなワンルームの最奥まで しぃを追いつめ……そしてきっと狂った笑いを浮かべながら 大きくなりかけの腹部に向けて大きな刃物を振り下ろし、 抵抗する彼女の腕をものともせずに柔肌を切り裂いて、内臓をかき分けて、 子宮を丁寧に切り開いて中の子供を引きずり出して……… ああ、考えたくなんてないけれど、そいつはしぃを犯したのだろうか、 腹を裂く前に……ひょっとしたら腹を裂きながら。ああ、そうだとしたら 彼女はどれだけ泣き叫んだだろう、腕の肉を切り身のようにされ、 強制的な帝王切開を施されてもなお意識を保ち、血塗れの腹から まだ母の胎外では生きられない愛しい子供を引きずり出されるのを 見せつけられながら。そうしながら、そいつは彼女を犯したのかもしれないのだ、 死の瞬間の大きな痙攣に、止めどなく溢れ出る鮮血に、むせ返るような 鉄錆の臭いに、絶望に打ちひしがれる表情に、狂った快楽を感じながら。 295 名前: あたたかい家族(4JopRUKA) 投稿日: 2003/05/30(金) 02:04 [ MaAtZ.5A ] 6/6 バタークリームケーキの食後のようにぬるぬると味のない口内に、 ふいに苦みがかった酸味を覚え、ギコは自分の胃が激しく痙攣するのを感じた。 洗面所に向かう余裕すらなく唐突に、未消化の昼食の弁当一切合切を吐き戻す。 ――ああ、あいつが作ってくれた最後の弁当なのに―― 鉄錆臭さと生臭さの漂っていた室内に、すえた臭いが加わった。 床にぶちまけられた吐瀉物の中に、やや形の崩れた小さな人参の塊が テラテラ光っている。甘いものが好きなしぃが、弁当によく入れていた 人参を煮たもの。さほど甘いものの好きではないギコだが、これは結構好きだった。 ……なんだか、懐かしい味がする気がして。 けれどそれも、すべて消化する前に外に出してしまった。 もう、二度と食べられない、妻の手料理。 大人げなく涙がぼろぼろと零れて止まらないのは、溢れ出た胃液が 鼻の奥をつんと刺激したからだけでは決して、ない。 ただ、憧れていただけなのに。あと少しで、手が届きそうだったのに。 もう、永遠に手の届かない場所に行ってしまった、 あたたかい家族。