あるチビギコの最後

Last-modified: 2015-06-26 (金) 02:37:26
641 名前:RYOr 投稿日:2006/05/02(火) 17:57:07 [ Qo53l4Qc ]
『あるチビギコの最後』

血の臭いと、腐りかけた魚の臭いが同時に鼻を突く。
一気に激しくなる呼吸を抑えつつ確認する。

右手に棍棒を手にしたモララーは僕の住処のゴミ箱の前に
無表情に立っていて、左手にはちぃちゃんの首がある。
僕はそこから少し離れた半壊して捨てられた本棚の影に
隠れて息を潜めている。

ミケちゃんとレコ君は抱き合っている、
レコ君は首が百八十度曲げて、ミケちゃんは黒と白の毛が
すっかり刈られて電動バリカンを口に押し込まれて、
二人とももう微動だしない。
フサ君は見当たらなかった。
おそらくフサ君は三人を置いて逃げ出したのだろう。
とにかく僕達のゴミ箱ははもうどす黒くなっていた。

…もう僕は気付かれてしまったろうか。
僕は同居人たちの死を見届けると盗んだ魚をその場に
放り投げ逃げ出した。

どうやらモララーは気付いていたようで僕が逃げると
追いかけてくる

モララーはさっと振り向いて確認するとスーツを着ていた。
既に左手にはちぃちゃんの首はなく、拳銃が握られている。

今とおりすぎたの魚屋と八百屋の裏手側だった。
しまった、この先は行き止まりの壁だ。
僕には逃げ道がない。


チュンッ!

恐らくモララーの放った弾がアスファルトに弾かれる。

バチュンッ!
今度はすぐ隣にあったコンクリートブロックが割れる。
だんだんと銃の狙いが定まっていく。

ブシュッ
遂に弾がかかとに当たる。
前のめりに僕は倒れた。

642 名前:RYOr 投稿日:2006/05/02(火) 17:57:36 [ Qo53l4Qc ]
――もう、いいや。疲れた。

そう言えばフサ君たちに助けてもらったのこんな時だったな。



僕は三男で特別に兄弟でものろまだった。

兄達からは嫌われ盗みが失敗すれば必ず僕は八つ当たりされ、
母からは食事を与えてくれない日が沢山あった。

そういえばいつものろまの僕は盗みのときには囮にされて、
何回も腕をもがれそうになって僕の服のすそを掴む店員の手に
噛み付いて逃げたことが数え切れないほどあった。

必死に逃げ続け母達の住処に付いたら、すでに住居をかえて
いたこともあった。
母親達にぞんざいな扱いを受け、寝床は兄達に奪われ
新聞紙を体に巻いて、モララーが来るかもしれないから
立ったまま夜をすごす。
それでも兄達や同じ年のモララーやモナーの子供を見て
羨んだことはなかった。
母が食べ物をくれないので毎日ゴミ箱をあさり続け
公園の水道水で足りない分腹を膨らませ、時には
虐殺された同族の肉を食べて一日に他人の生活を見る事の
必要も余裕も、考えることすらなかった。

たまに食べた同族の肉はゴミ箱なんかをあさって食べた時の
肉と違って新鮮で血が溢れていて、何かの悲鳴が聞こえた。

――家族と過ごした日々は五歳のときに終わった。
最も兄達は家族とは思っていなかったろう。

住処にモララーがやってきた。
まず、しぃである母が殺された。

喉に果物ナイフを刺され、母は倒れるとモララーに犯され、
最後に首が千切れるまで絞められた。
そして二人の兄達は僕を差し出し「助けてくれ」と頼んだ。

でも交渉は決裂してその場で二人は油をかけられて
一瞬にして火達磨になって二人はお互いを指差して、
『こいつを殺してもいいから助けてくれ』と必死に頼みながら
結局燃え尽きた。
僕はモララーが二人を見て笑い転げている内に逃げ出した。
しかし、モララーが見逃している訳は無くすぐに追ってくる。
その時だった、フサ君たちが突然現れて住処にかくまって
くれたのは。
その時にはまだ、レコ君もミケちゃんもいなかった。
フサ君は一人でゴミ箱に住んでいた。

殺されるかもしれないのにかくまってくれた理由を聞けば、
彼は笑って一度も会った事も無いのに「友達だからデチ!」
と答えてくれた。
それからは楽しかったな。
いつも、いつも肉屋や魚屋から盗んでは二人で食べて、
眠くなったら背中を寄せて寝たっけなぁ。

643 名前:RYOr 投稿日:2006/05/02(火) 17:58:33 [ Qo53l4Qc ]
いつからだったかな、フサ君が僕に対して冷たくなったのは。
レコ君はミケちゃんと仲良くなってフサ君もちぃちゃんと
なかよくなっちゃって最後にフサ君と話したときは
「コレでボクも童貞脱出デチ!」だったっけな。

でも、それで良かったのかもしれなかった。
僕はフサ君がが生き延びればそれでいいや。



まもなくニタニタとモララーが近づいてくる。
モララーは再びふところに手を入れると大振りのナイフを
右手に握った。

うつ伏せに倒れたままの僕にモララーは銃弾のめり込んだ足に
ナイフを振り下ろす。

右足が切り取られる感覚と肉に包丁が触れる感覚が重なる。

膝から下が切り取られた。
その衝撃は体を伝い、痛みでのたうちまわり体制は
仰向けに変わる。


モララーは次にナイフを両手に握ると、僕の腹に突き刺した。

「うぶぅっ!うぼぉあ!」
血が吹き出て小腸や大腸は僕の腹の上で踊り狂いナイフの刃は
それらを突き刺しつつ周りに放りまく。

できればフサ君にさよならを言って死にたかったけど、
彼はもう僕の事などどうでもいいんだろう。



そう思っていたときだった。


「チビタンを離すデチ!」
いつも、いつも聞きなれた同居人の中で一番声の高い彼の声が
僕のうめき声で埋め尽くされていた裏通りは一気に壊れる。

644 名前:RYOr 投稿日:2006/05/02(火) 17:59:05 [ Qo53l4Qc ]
モララーは背後にいたフサ君に振り向くが、フサ君の手にある
おそらく盗んだであろう彫刻刀に肩を刺される。


ああ、フサ君。
君はなんていいやつなんだ。畜生。


肩を刺されても尚、モララーは機敏に動き体勢を立て直して
振り返るとモララーはフサ君を見据えるとナイフでフサ君へ
斬りかかった。


しかしそれは僕がさせなかった。

僕は張ってモララーの足を掴み、斬ろうと踏ん張っていた足は
バランスを崩し今度こそ前のめりに転ぶ。

フサ君はその隙を逃さず彫刻刀をモララーの後頭部に
力いっぱい何度も何度も突き刺した。

二人は倒れたまま動かないモララーを見つけ同時に
大きく息を吐く。

事は終わったかのように見えた。


「チビタン!だいじょ 」
フサ君は大きく吐いてそれでも尚荒い息を吐きながら
僕に喋りかけた寸前だった。

645 名前:RYOr 投稿日:2006/05/02(火) 18:03:12 [ Qo53l4Qc ]
モララーは突然立ち上がるとナイフを握りなおし、
ナイフは一瞬フサ君の首の前で煌き、すぐに鈍く赤く染まる。


ボトッ

4秒遅れてフサ君の首は僕の顔やモララーに血を撒き散らし
数m離れた地面に着地した。

モララーは「ヒヒッ」と笑い声を上げると今度は僕を見る。

モララーは動きを止めるために僕の左足を全部切り取った。
体中から血は溢れるように流れ続け痛みは叫びあおり立てて、
僕はいよいよ死を実感し始めて体は段々冷たくなってきた。

モララーは痛みで体中をうごめかせている僕を見つめて
ニヤニヤ笑っていて、しかしその顔が視界から消えるのは
すぐのことだった。

それは僕が死んだからではなくモララーが倒れたのだった。




突然と言っていいほどの終わりは僕には何も与えなかった。

そして、あまりに巨大だったモララーがいなくなった後に
見えたのは首をなくして静止したフサ君だった。

「あ…あぁあ…あああ 」

見ていたのにもかかわらず今見えるそれには呻き声を
あげるのがやっとで零れ落ちる涙は止まらず、口の中は
血と鼻水の味でいっぱいになった。


僕は手をすぐに地に置くと爪を立て這う。

腹からだらしなくぶら下がる小腸はアスファルトに垂れ、
もはや痛みも感じなくなった体を引き摺り目指すのはフサ君
だった。
這い続けやっと触れられたフサ君の頭はたった数分で
あっという間に冷たくなりけれど眼はしっかりと
僕を見つめていて、でもやっぱり、顔は真っ白だった。


「ァァァぁぁぁああああアアアアアア!」
二、三度血を吐きながら絞り出した叫びは酷く弱弱しく、
叫び声の後はもっと口から血がこみ上げてくるようになった。

「なんでだよ…なんで助けに来たん…うぐっ」
言葉は吐血によりとぎらざるおえなかった。

「君だけでも…君にだけでも…逃げて、逃げてほしかった。…バカヤロウ」
すっかこの一言に力を使い果たした僕はフサ君の頭を抱きしめて
泣くことしか出来なかった。


僕の血ですっかりと濡れているフサ君の頭を握り締めていると
僕はフサ君の頭の感覚も濡れた毛の感触も痛みですらも
感じていなかった。

なにもかもが、視界やあたりの音が遠ざかって行き、
もう豆粒ほどしか見えなくなった視界でみた最後のフサ君は
ニコニコ笑っているように見えた。

          -終-