しぃちゃんようちえん

Last-modified: 2019-12-21 (土) 22:50:17
136 名前: 耳もぎ名無しさん 投稿日: 2003/04/04(金) 21:39 [ P.R4fB1s ]

薄汚れたダンボールに入ったまま、
今日もしぃは街のはずれにある廃墟へと来ていた。
ここに来れば、意地悪をするモララーもいない。
笑ったり、悪口を言ってきたりするフサたちもいない。

朝から3時間歩き通して、しぃは毎日ここにやってくる事を日課にしていた。
ボロボロに朽ち果てた玄関の所にダンボールを置いて、
しぃは廃墟の中に入って行った。
廊下には一枚の看板が他のゴミと一緒に投げ捨てられている。
その看板にはしぃがニコニコ笑っているイラストが描きこまれていて、
こんな文字が掲げられていた。

         「しぃちゃんようちえん」

しぃは何年か前までこの幼稚園の生徒だった。
毎日お友達と遊んだり、先生のお話しを聞いたり、歌を歌ったり…
毎日がとても楽しかった。
だけどある日。
みんなでお歌を歌っているところに武装したモララー達がやって来て、
沢山のチビしぃや先生を殺してしまった。
しぃは命からがらどうにか窓から逃げて、助かったうちの一匹だった。

しぃは元気良く教室のドアを開けた。
「ハニャ! センセイ オハヨウゴザイマス!」
教室の中は当時のまま残されているだけで誰もいないが、
しぃはそれでも大きな声で挨拶をして教室の中に入っていった。
教室の中はカビ臭い匂いが充満していて、しぃは少し咳き込んだ。
教室の後ろの壁には、紙質が変化してすすけた紙に描かれた絵が
当時のまま貼りだされていた。
みんなで海に出かけた時の思い出の絵だった。

しぃは先生の机の中から小さくなったかけらのようなクレヨンと紙を取り出すと、
もう彼女にとって小さくなりすぎたテーブルの上で絵を描き始めた。

137 名前: 136 投稿日: 2003/04/04(金) 21:40 [ P.R4fB1s ]
数年前ー。
しぃはみんなで歌を歌っていた。
「♪ハニャハニャ シィシィ カワイイシィチャン ダッコデミーンナ マターリマターリ
タノシイネ!タノシイネ!ダッコッテ タノシィネ!
ハニャハニャ シィシィ マターリシィチャン ダッコデミーンナ ウレシィオカオ
ウレシィネ! ウレシィネ! ダッコッテウレシィネ!」
しぃちゃんようちえんのお歌を、先生のピアノの伴奏で歌う。
しぃはこの歌が大好きで、ようちえんへの行き帰りやお風呂に入っている時、
いつも、どんな時でも歌っていた。
その日もいつもと同じようにみんなでしぃちゃんようちえんの歌を歌っていた。

突然しぃたちのいる教室の中にモララー達がやってきたのはその時だった。
モララー達は一発天井に向かってピストルを撃つと、
今度はチビしぃ達に向かってピストルを撃ち始めた。
「シィィィィィッ?」
しぃの目の前で一番のオトモダチだったしぃ子ちゃんが撃ち殺された。
しぃ香ちゃんも、しぃ奈ちゃんも、しぃ美ちゃんも次々と撃ち殺されていった。
教室のドアから逃げようとして頭を撃ちぬかれたのは、しぃ乃ちゃんだ。
お腹にナタを突き刺されて死んでいったのは、しぃ紗ちゃんだ。
1秒ごとに血生臭くなって行く教室を飛び出して、しぃは街に向かって逃げ出した。
泣きながら走って、逃げて、逃げて、逃げて。
おとなの人を探して、おまわりさんを呼んでもらった。
おまわりさんは面倒くさそうにしぃちゃんようちえんにパトカーでやって来た。
モララー達はもう逃げた後だった。
しぃは教室に入って悲鳴を上げた。
血が付いた窓、小さな体から血をあふれさせて死んでいるお友達、
床の上は血の海。
ピアノのイスの上で目を見開いたまま死んでいるのは、先生だ。
おまわりさんは、「しぃなんて殺されても仕方ないよ。
お掃除する人を呼んであげるから、チビちゃんは早くおうちに帰りなさい。」
そう言ってしぃの背中を撫でた。

教室の黒板には「しぃにはマターリの権利はない」と書かれていた。

138 名前: 136 投稿日: 2003/04/04(金) 21:41 [ P.R4fB1s ]

次の日。
しぃがようちえんに行ってみると、
もうそこにオトモダチも先生も、誰もいなかった。
あんなに血で汚れていた床も全部きれいになっていた。
ようちえんの始まる時間になって、誰もこないと分かっていても、
しぃはずっと、ようちえんに通った。
だんだんと建物自体が朽ち果て、園庭が雑草が伸び放題になって
もう誰もこの建物に近づかなくなっても、しぃは毎日のように
しぃちゃんようちえんの歌を口ずさみながら、
何年も何年もようちえんに通った。

「♪ハニャハニャ シィシィ カワイイシィチャン ダッコデミーンナ……デキタ!」
しぃはクレヨンを動かす手を止めた。
そして先生の机の前に行って、黒板の前に絵を掲げて見せる。
「センセイ! シィノ エ デキタヨ!」
誰もいない教室の中、しぃのはしゃぐ声だけが響く。


太陽が傾いてきて、もうそろそろ帰る時間だ。
「ソレデハ オカタズケノ ジカンデス! ツカッタモノハ モトドオリ! 」
しぃはあの頃と同じように、先生の口調を真似しながら、
クレヨンや積み木を片付ける。
「ミナサン オカタヅケ デキマシタネ! トッテモ キレイニ デキマシタ!
ソレデハ カエリノカイヲ ハジメマス!」
先生の机の前に出て、しぃは司会を始めた。
「アシタハ オソトデアソブノデ アソビギヲモッテキマショウ!イイデスネ?
カエリノオウタヲ ウタイマショウ!」
しぃは「サンハイ!」と言うと、帰りの歌を歌い始める。
「ハーイ! ヨクデキマシタ! ソレデハ アシタノアサマデ サヨウナラ!」
誰もいない教室の中、しぃは一人で手を振っている。
「ジャーネ! マタ アシタネ! アシタ マタ アソボウネ!」
ドアの前に来たしぃは、先生の机に向かって「サヨウナラ!」と言うと、
ドアを閉めて教室を後にした。

139 名前: 136 投稿日: 2003/04/04(金) 21:41 [ P.R4fB1s ]


ようちえんから帰る道すがら、公園で遊んでいるモララー達に出会った。
「また一匹でようちえんゴッコかよ!お前のトモダチはみんな殺されたんだよ!」
「そんな事も分かってないなんて、しぃって本当にアフォだなー!」
モララー達はしぃをからかう。
「ソンナコト ナイヨ。 シィノ オトモダチハ ゴビョウキデ オヤスミシテルダケナンダヨ。
シィ ヨウチエンゴッコ ジャ ナクテ ホントウノ ヨウチエンニ イッテルンダヨ。
シィチャンヨウチエン ニ カヨッテルンダヨ。アシタモ ヨウチエン アルンダヨ。」
しぃはそう言うと、モララー達に一枚の絵を見せた。
「キョウ シィガ カイタ エ ダヨ。センセイニ ホメラレタンダヨ。
コノ エ モララーサンタチニ アゲル。」
「ちょ、ちょっと待て!…こんなん貰っても仕方ないよ!」
モララーがそう言うのも聞かずに、しぃの姿はどんどん小さくなっていく。
「しょうがないなぁ。どうすんだよ。こんなもん。」
「何描いてんだ?コレ。」
モララー達は、しぃが置いていった紙を見る。
そこに描いてあったのは、ようちえんの制服を着て、みんなで歌を歌っている
しぃ達の姿だった。
ニコニコ顔のしぃが、楽しそうにお歌を歌っている絵。とても楽しそうだ。
「アイツにとってまだ信じられないのかな…。信じたくないんだよな。」
「だからずっと幼稚園に通いつづけてるのか…。」

呆然としたまま、しぃの後ろ姿をモララー達は見送った。


END