ダッコ革命党~小説版~

Last-modified: 2015-06-01 (月) 00:50:34
304 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:09 [ zgkWEtec ]
前作「チョコレート」の際はご迷惑をおかけ致しますた。




「ダッコ革命党~小説版~」(注:かなり長いです)

 広い街道を、しぃの集団が我が物顔で闊歩している。
 ダンボールをまとって歩く者、素のままの者、四つん這いで這う者…さまざまであるが、誰もが忌まわしき『ダッコポーズ』を取っている。
 構成員以外の何者の通行をも許さぬといった具合に道いっぱいに広がり、仙人のはらわたをも煮詰めるような―しぃヲタを狂喜せしめるような―歯の浮く声で、歯の浮くフレーズを繰り返しながら、甲羅に苔の生えた亀ですら苛立ちを催す遅さで進んでいるのであった。
 彼女らには悪びれる様子など全く見られず、まさに満面の笑み、暑苦しいほどの笑顔であった。

 「ハニャニャン ハニャニャン ハニャニャンニャン♪ シィノ ダッコキャンペーン ジッシチュウ!!」
 「ダッコハ マターリノ シンボルデス!!」
 「キョウモ ゲンキニ シィシィシィ♪」

 彼女らはダッコ同盟。ダッコを―あるいはしぃそのものを―マターリの象徴に位置付け、しぃをダッコすることで2chの泰平が約束される、という思想を持つしぃ達の同盟である。
 その過激さゆえに、市民一般は彼女らの横行を黙認せざるを得ないでいた。

305 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:09 [ zgkWEtec ]
 先頭でプラカードを掲げた統率者と思しきしぃが、前方に迫るもう一つの集団に気付く。

 「ムコウカラモ コウシンガ クルワ!! ベツノ オウエンタイ カシラ!?」

 長い間の横行を許されてきた彼女らは、それがダッコ同盟を殲滅せんがため立ち上がった、モララーたちの行進であることに気付けず、更に歯の浮くセリフをエスカレートさせていった。

 「ダッコ ダッコ~♪」
 「シィシィシィチャン カワイイナ~♪」
 「カワイイシィチャンヲダッコシヨウ♪」
 「ダッコナクシテ マターリナシ!!」

 しぃ達の表情が凍りつくのは、彼女らを埋め尽くさんばかりのモララーの絨毯が、反ダッコ主義を唱えつつ、数メートルにまで迫ってからであった。

 「自分勝手なダッコを許すな!!」
 「我々は断固戦う!!」
 「これ以上の暴動は止めろ!!」
 「(・∀・)カエレ! (・∀・)カエレ! (・∀・)カエレ!」
 「お前らに『ミンナナカヨク』とかいう資格はこの世にない!」
 「ダッコがどれほど疲れるか分かるか!?」
 「ジコチュー廃絶!」
 「調子に乗るな! いい加減にしやがれ!!」
 「少しは他人の気持ちを考えろ!」

 ダッコ同盟への激情の塊が、しぃの乱れた行列に、クラスター爆弾のように押し寄せる。それは、いかに優秀な軍隊を持ってしても―そう、あの『TFブラウン』を持ってしても―弾き飛ばされてしまうであろう、圧倒的なものであった。
 しぃ達は言葉を失い、圧倒的多数のモララーの一団に、力なく没していった。

306 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:10 [ zgkWEtec ]
 それからの街は、まさに平和であった。しぃがばら撒く数々の汚れ―病原菌、ノミ、そして何よりもダッコ―が消え失せた。自らをマターリのシンボルと豪語するしぃ達が消えたことで、街にマターリが訪れる。何たる皮肉であろうか。

 「あいつらもようやく、自分の立場をわきまえるようになったモナ」
 「平和って素晴らしぃね!」

 かつては市中の同属を組織して街を荒らしまわったしぃ達も、街路樹の陰で市民の顔色を伺う、惨めな野良猫に成り下がり、人々の会話にも、しぃがのさばっていたあの頃のような曇りがない。
 マターリの天敵を打ち倒したその街に、清新とした空気が満ちていった。

 ところが。

307 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:10 [ zgkWEtec ]
 時代が平和に慣れ始めたある日、何の変哲もない民家の塀に、まるで磁石に群がる砂鉄のように人々が集まっていた。
 何事かというと、そこにダッコ同盟のポスターが貼られていたからである。
 直視するだけで吐き気に襲われる、しぃの顔のアップ。首が折れそうなほどに大きく横に振って否定したくなるような、しぃとモララーのダッコ絵。「ダッコは死なず!」「All we need is HUG」などのキャッチフレーズ。

 人々はかつての地獄を思い出し、動揺を示す。
 更に油を注ぐ事態。「おい、こっちにもあるぞ!!」という、切羽詰ったようなモララーの声が、塀をすり抜けて響き渡った。

 「ここにも!」
 「どうなってるんだ一体…」

 静かな家並みを、一瞬にして騒然が支配した。
 人々は、まるで恐怖と戦うかのように、勇猛果敢にポスターを剥ぎ取り始めた。

308 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:10 [ zgkWEtec ]
 「…ともあれ、周辺住民がいち早く通報してくれたおかげで、被害軽微のうちに過激分子の存在を知ることができた」
 「彼らがいなければ、例のデモで完全に安心していた」

 そこは、しぃ対策本部―風体は後回しにして早急に適切な対策を練るために、プレハブ小屋が建設されていた―。
 テーブルには、紅茶を湛えたカップを隅に置くだけの面積しか残されていなかった。ダッコ同盟のポスターによって面積の殆どが占領されたのだ。あの時の行進を思い出させる。

 「とにかく剥がしまくりましょう!」

 一人のモララーが手を上げる。彼の発言はもっともである。一夜にしてあれだけのポスターを貼り散らされたのだ。誰だって、そう考えるのが普通であるし、確実であろう。
 ところが、対策本部長は違った。

 「いや、そのままにしておこう」

 予期しなかった異論に、場内は動揺する。

 「何ですって!? それじゃぁ大人しくしてる連中をイキがらせるだけです!!」
 「ここは一刻も早くポスターを剥がして戦意を喪失させるべきですYQ!」
 「上に禿同!」

 そんな彼らに、本部長は諭すように、言葉を選びながらつづる。

 「…まぁ早まるな。誰も一切触れるなと逝ってるわけじゃない」

 そして、少しだけ間を置くと、意識的に語勢を弱めて言う。

 「住民はしぃだけではないのだよ」

 その瞬間、賢明なモララーはインスピレーションを受け取る。だが、まだ分からないといった様子のモララーもいた。

 「一体どういう意味ですか? 漏れには全く…」
 「上に禿同!」

 すると、本部長と賢明なモララーが、図ったようなコンビネーションで語った。

 「ダイナマイトが爆発するのは、中の火薬による圧力に外の容器が耐えられなくなるからだ」
 「この事件に一番キレてるのは誰か…ということさ」

 彼らは「例のポスターはしぃ対策委員会担当外」と住民に発表した。結果、住民は激怒したが本部からの返信は無かった。
 住民は我慢するしかなかったのだが―――。

309 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:11 [ zgkWEtec ]
 夜の家並みを、一匹のしぃが泥棒のように這いまわる。手には鉛筆の芯を束ねたかのように太いサインペンが握られており、不届きな作業を開始することを物語っていた。
 壁に貼られたポスターの隣に、悠々とペン先を滑らせようとする。

 「サイキンハ ポスターモ ブジ…」

 彼女らは安心しきっていた。対策本部が手を出さないでいるからであるが、まさかそれが、かえって大きな被害に連なることなど、とても考えられなかったに違いない。

 「ン?」

 彼女は目にする。変わり果てたポスターの姿を。

 「ハニャニャ!?」

 しぃの可愛い顔(自称)のアップが、忌み嫌う『でぃ』の顔のように塗り潰され、ダッコ、HUGという高貴な志は、総てコウビ、FUCK、ウンチといった汚らわしい言葉に書き換えられていた。
 ダッコ絵が無事な一枚を見つけるも、ダッコの相手が『ウンチサン』であり、結果は同じであった。

 「ネ、ネェ! ココモ ヤラレテルヨ!?」
 「ココモダワ!」

 しぃ達はポスターへの被害を次々と目の当たりにし、まるで聖書を燃やされた聖者のような形相でポスターを剥がしにかかる。
 "ダッコ革命党の後釜…『しぃちゃんダッコ主義革命党』(以下、ダッコ革命党)は、ポスター戦術を撤回せざるを得なくなった"。

310 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:11 [ zgkWEtec ]
 情報を持つ者でなければ分からない、巧妙に隠されたダッコ革命党本部に、周囲を警戒しながらしぃ達が集う。
 誰も知らない一基の塀に隠された扉の奥。そこが、彼女らの秘密基地であった。

 壁にはダッコポーズが描かれた党旗、その中心に『しぃちゃんダッコ主義革命党 第二回大会』と、大きく書かれており、更にその下部には、声にしたならばきっと高らかであろう、『ダッコなくしてマターリなし!』という一文が、当然のごとく刻み込まれていた。
 脇をしぃん衛隊が固め、壇上には幹部が二匹、議長と思しきしぃが一匹。
 そして、それを不安げに見上げる党員達。最初の任務であったポスター作戦が見事な失敗に終わったことを知っているからである。無論、この党大会の議題も。

 「セイシュクニ! コレヨリ ギチョウノ ホウコクヲ イタダキマス!」

311 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:12 [ zgkWEtec ]
 「ミナサンモ スデニ ゴショウチト オモイマスガ、ワタシタチハ ケットウジノ サイショノ コウドウトシテ、ポスターニヨル コウホウカツドウヲ ジッコウ シマスタ。マズ『ダッコ』ハ マダ イキテイルト イウコトヲ、ヒトビトニ シッテモラウコトガ、コノ ウンドウノ ダイイッポ ダッタカラデス。ソシテ、コレモ マタ ゴショウチト オモイマスガ、ハンタイハノ コウミョウナ サクリャクニヨリ、ワタシタチハ ポスターセンジュツヲ テッカイセザルヲ エナクナリマスタ」

 そして、党員のため息が、天井に達して気だるそうに広がる湯気のように、場内に広がる。あの時のショックを、皆が鮮明に覚えていた。

 議長は更に続ける。

 「シカシ、ボウガイ カツドウノ ソンザイ ソノモノハ、サイショカラ ヨキサレテイタ コトデス。ワタシタチハ センジュツヲ カエツツ、ウンドウヲ ケイゾクシマス。イマハ、コウシテ ホソボソト チカカツドウヲ シナケレバ ナラナイ ワタシタチ デスガ、ケッシテ アキラメテハ イケマセン。フタタビ『ダッコ』ト『マターリ』ノ ヒカリガ セカイヲ テラス ヒマデ、イッポズツ ゼンシンシテ イクノデス。ソノタメニコソ、ワタシタチ 『シィチャンダッコシュギカクメイトウ』ハ ソンザイスルノデス」

 その目は、輝いていた。きっと、自分達の崇高な目的を語るに連れ、脳裏に全てのAAからダッコを受ける、しぃだけの楽園を見たのだろう。街さえろくに歩けず、苦心して行ったポスター作戦を失敗し、焦眉の問題が横たわっているというのに。

 そう、所詮はしぃなのだ。『ダッコ』は、彼女たちから現実的観点を除去してしまうのである。理想論だらけの議長に心服したかのように、党員達も恍惚の表情で、報告という名の演説に耳を傾けているではないか。

 そして洗脳的な党大会は、党歌斉唱で締めくくられた。

312 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:12 [ zgkWEtec ]
 起て ダッコたる者よ 今ぞ日は近し
 醒めよ我が同胞 マターリは来ぬ
 虐待の鎖断つ日 マターリに萌えて ハァハァ
 スレを立つ我ら ダッコ結びゆく
 いざダッコせん ハニャ 奮い立て ハニャ
 ハニャ シィンターナショナル 我らがもの
 いざマターリだ ハニャ 奮い立て ハニャ
 ハニャ シィンターナショナル 我らがもの

 ポスター戦術を撤回したダッコ革命党は、主な戦法をテロに据え、活動を過激化させていった。

 一方のしぃ対策委員会は…
 「諸君、私は虐殺が好きだ。諸君、私は―」
 どうやら、同じことをやり始めたようだ…(w

313 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:12 [ zgkWEtec ]

 さて、しぃ対側の演説はどのようなものであったか。

 ダッコ同盟と違い、大きなビルを丸ごと買い上げ、おおっぴらに演説が始められた。会場も、ダッコ同盟のそれとは桁違いに豪華である。
 壇には『しぃ虐印』が刻まれており、そこに立つ名誉会長がまとう服にもまた、その印が刻まれていた。
 モララーたちは、名誉会長の演説を今か今かと待ちわびている様子だ。
 そして、満を持したことを確認し、彼は声を上げた。

 「―虐殺が好きだ。
 諸君、私は虐殺が大好きだ。」

 「耳もぎが好きだ 腕もぎが好きだ 精神的虐待が好きだ 皮剥ぎが好きだ 毒殺が好きだ
 ちびギコ虐殺が好きだ ベビギコ虐殺が好きだ ぃょぅ虐殺が好きだ しぃ虐殺が特に好きだ」

 耳もぎ、腕もぎ…と数えたてるに連れ、会場の人々の瞼の裏に、好きで、好きでたまらないしぃ虐殺の映像が上映される。
 委員長も、きっと同じ気持ちなのだろう、冷徹で敏腕の統治者の顔に、もう一つの側面・・・生まれながらの虐殺者の色が浮かび上がっていた。

314 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:12 [ zgkWEtec ]
 「野原で 村落で 広場で 街中で 公園で 学校で 店内で 室内で 会社で 収容所で
 このモナ板で行われる ありとあらゆる虐殺行動が大好きだ」

 「列を並べたダッコ♪同盟が 向こうから来たモララーの一団に 批判されるのが好きだ
 空中高く放り上げられたベビギコが 地面に落ちてばらばらになったときなど 心がおどる
 同士の来る先行者の中華キャノンが ベビギコを焼殺するのが好きだ」

 「悲鳴を上げてモララーたちから 逃げ出してきたちびギコを
 スナイパーライフルで撃ち殺したときなど 胸がすくような気持ちだった
 銃口を揃えたダスキソの横隊が ベビギコの巣を蹂躙するのが好きだ
 興奮状態の新米が既に息絶えたしぃを 何度も何度も刺突している様など 感動すら覚える
 マターリ主義の 裏切り者を街灯上に 吊るし上げていく様などはもうたまらない!」

 「泣き叫ぶしぃ達が 私の振り下ろした手の平とともに
 喜びの声を上げる兵達に ばたばたと薙ぎ倒されるのも最高だ
 哀れなちびギコ達が 雑多な小火器で 健気にも立ち上がってきたのを
 戦車の90㍉砲が 跡形も無く木端微塵に粉砕した時など 絶頂すら覚える」

 近代兵器を使った、『虐殺の上を行く虐殺』を、誰もが連想する。

315 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:13 [ zgkWEtec ]
 「諸君 私は虐殺を 地獄のような虐殺を望んでいる
 諸君 私に付き従う同士諸君 君達は一体 何を望んでいる?
 更なる虐殺を望むか? 情け容赦のない糞の様な虐殺を望むか?
 極悪非道の限りを尽くし 世界中の雑巾虫達を殺す 嵐の様な虐殺を望むか!!」

 「虐殺!! 虐殺!! 虐殺!!」

 「よろしい ならば虐殺だ
 我々は満身の力をこめて、今まさに振り下ろさんとする握り拳だ。
 だが、二ヶ月もの間過激派の悪行に絶え続けてきた我々に、ただの虐殺ではもはや足りない!!」

 「大 虐 殺 を ! 一 心 不 乱 の 大 虐 殺 を !!」

 ―だから、まるで事前に打ち合わせがなされていたかのように、見事な合唱が始まった。まさに一心不乱の大合唱であった。

316 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:13 [ zgkWEtec ]
 「我らは所詮民間組織 千人に満たぬ『被害者』に過ぎない
 しかし過激派を憎む者は我らはだけでは無く、国民全体なのだ!
 ならば我等は全て合わせて、総兵力一億五千万人と1人の虐殺集団となる!」

 「我々を記憶の彼方へと追いやり 反対運動などしている連中を叩きのめそう!
 耳をつかんで 引きずり下ろし 眼を開けさせ 思い出させよう
 連中に虐殺の味を思い出させてやる、連中に我々の虐殺の恐怖を思い出させてやる!
 虐殺と正義の前には 奴らの力ではどうしようも無い事がある事を思い知らせてやろうではないか!」

 「マンセー! 虐殺マンセー! 虐殺!! 虐殺!! 虐殺!!」

 この凄まじい気迫―かつてのモララーたちのデモ行進にも劣らぬ―は、本部に引き篭もってラジオを聴くダッコ革命党を更に追い詰めるものであった。
 これこそが、ダッコ革命党の現実逃避的な演説との決定的な違いであろう。

 「ドウシヨウ…モウダメダワ」

 力なきしぃ達の中には、諦めを口にするものも現れ、組織が、たった一度の敵の演説によってぐらつき始めた。
 議長は、もう聴いていられないと思ったのか、それとも皆を黙らせるためなのか、震える手でラジオのスイッチを切る。自分の体の一部である『シィノオテテ』が、そのときはどれほど重かったことだろう。

「セイシュクニ!! ミナサンガ イマ キイタヨウニ、シィタイサクホンブガ ホンカクテキニ ワレワレヲ シュクセイスル ツモリデアルコトガ ワカリマスタ。シカシ ワレワレハ コンナコトデ クッスル ワケニハ イキマセン!!」

317 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:13 [ zgkWEtec ]
 「歴史に残るしぃ大虐殺まであと一歩だからな!」

 しぃ対策委員会の実動部隊は、偵察がてら作戦を考えていた。
 名誉会長の宣戦布告ともとれる演説を聞き、一時的になりを潜めているだけであろう。しぃの恐ろしい繁殖力を知る者なら、そう考えるのが普通だ。

 「で、どうするんだよこれから?」
 「まずは表向きのしぃを全滅させる! 食料、ダンボールを絶ち、全員なぶり殺しだ!!」

 ダンボールは、しぃにとっては必需品である。移動式の住処として、防寒具として、防具として―あるいはチャームポイントとして―。
 また、既に孤立無援の状態にある彼女らにとっては、ダンボールだけが身を守る唯一のアイテムなのだ。
 無論、これでは表面しか洗えず、組織に与えられるダメージはたかが知れている。それでも、党員に与える心理的効果は甚大なものとなろう。
 迷いは焦りを呼び、隙を生む。

 そこで対策委員会が目をつけたのは、ダッコ革命党が運営する、しぃ達のオアシスであった。
 『ハウスショップ』。それは言うまでもなく、ダンボールをしぃ達に販売する店だ。

318 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:14 [ zgkWEtec ]
 「サムクナッタネ」
 「ワタシノ オウチ フルクナッタカラ ステチャッタ」

 もし、ハウスショップがなければ、このしぃの発言は酔狂である。
 ハウスショップの存在を知らないしぃは、このままではモララーに見付かってしまう、と不安げに言い返した。
 するともう一匹のしぃは、誇らしげにこう言って、走り出した。

 「ジャァ オウチヲ トリニ イキマショ!」
 「エ!? オウチドコニアルノ!? ドコドコ!?」
 「コンナ トキノ タメニ ミンナデ タメテオイタノ! オッキイノトカ カルイノトカ イッパイ アルンダカラ!」

 二匹は、意気揚揚とハウスショップへ向かった。

 「ドコ?」

 しばらく走ってきた先で、とぼけた表情できょろきょろをあたりを見回す友達に、しぃはひけらかすように眼前の塀を叩いてみせる。
 その塀は良く見ると四方を高く囲んでいるものであり、その内側は薄暗いが、どことなく賑やかさを感じさせていた。

 塀を叩く音に呼応して、合言葉を求めてくる。認証を終えると、塀から他のしぃが顔を出して、はらりと梯子を振り下ろした。

319 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:14 [ zgkWEtec ]

 こうしてたどり着いたハウスショップは、見渡す限りの『*』であった。良質のダンボールを求めるしぃ達が、何十匹、何百匹と集まっていたのだ。
 その数に圧倒される者もいたが、それ以上に、これほどの数のしぃを満足させるハウスショップの在庫(ふところ)に、驚きを隠せなかった。

 S、M、Lサイズのノーマル、ライト、ペイント、防腐加工。
 十数年前のRPGの主人公を作成するようなノリで、仕様を指定することそのものさえも楽しく思わせる。それどころか、自分だけの、思い思いの『オウチ』を手に入れることができる。
 劣勢のしぃ達にとって、ハウスショップはまさにオアシスであった。

 「ギカイデ ハナシアッタノ!」
 「スゴーイ!」
 「ヤスイヨ!」
 「ハニャーン♪」

 注文を受けた倉庫番が、嬉々として倉庫へ向かい、姿が見えなくなった頃、“あの悲鳴”が響き渡った。

 「シィィィィィィィィィィィ!!!」

 それまでざわめいていたショップ内が、一瞬静まり返ったかと思うと、先ほどのまでの楽しげな声が、不安げな声へと、まるで墨汁を貪る半紙のように180度変化した。

 「エ?」
 「ナニ?」
 「ドウシタノ?」
 「ナンデスカ?」

 オアシスは、一瞬にして地獄になった。

320 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:15 [ zgkWEtec ]
どだどたどた…

 倉庫から、鈍い足音と共に仲間が帰ってくる。同一人物であった。火達磨になって帰ってきたのだ。熱さに悶えながら、必死で走ってきたのだろう。

 「ソウコガ カジデス!」
 「ナンデスッテ!?」 

 「タスケテ!!」

 生きながら焼かれる、最高の苦しみのあまり、助けを求めるように仲間の胸に飛び込む。
 だが、店員達は火を伝染(うつ)されてたまるものかとばかりに身を翻すと、鎮火せんがため倉庫へ猛然と走り出した。

 「ハヤク ケサナキャ!!」

 客たちは、我先にと外へ走り出す。

 「ニゲヨ!」
 「デモ オウチ…」
 「ハニャーン!」

 「ダヅゲデ!」

 火達磨のしぃは、仲間にかわされたため、カウンターを飛び越えて床に転がり込む。もう、起き上がる余裕はない。独り、地獄の苦しみに四肢をばたつかせることだけが、彼女に残された唯一の“選択死”であった。

 火の勢いはとても強く、瞬く間にハウスショップ全体を火で包み込んでしまった。
 出口には当然のごとくしぃ対メンバー。地獄から逃げ出そうとする死人のような形相で塀から這い上がってくるしぃ達を、今や遅しと待っていた。

321 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:15 [ zgkWEtec ]
 「ハニャーン!」
 「ハヤクシテ!」

 相変わらずのセリフであるが、様子が見えなくても切迫しているのが良く分かる。
 燃え盛る炎に追い立てられながら―というよりは巻かれながら―ようやく、モララーの待つ出口に辿り着いたらしい。

 「お? きたきた!」
 「こりゃ多いぞ」

 出口に立つ急襲部隊は、昂揚感を含んだ声で、愚かしくも哀れなしぃ達の悲鳴に反応する。

 と、そこへ、一番乗りのしぃが顔を出した。
 そのしぃは、既に頭を除く全身が炎に包まれており、きっと仲間を蹴落としながらここまで逃げてきたのであろうと思われた。
 最初の頃は号泣していたのであろうが、既にそのような気力もなく、ただ壊れたラジオのように「アツイヨウ…」と繰り返すだけ。夕立のようにあふれていたはずの涙は、熱気によって消し飛ばされていた。
 彼女はモララーがいることもお構いなく、塀に身を乗り出し、転げ落ちた。そして、彼女の全てが灰になる直前、「タ・ス・ケ・テ…」という、くぐもった一言を遺した。

322 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:15 [ zgkWEtec ]
 少し力と理性を保っていたのであろう、二番乗りのしぃが、必死で這い上がろうとする仲間達の説得にかかる。

 「ダメ! デタラ コロサレルワ!」

 彼女の隣から現れたのは、先ほどのしぃとは違い、顔に炎をまとったしぃであった。
 炎の奥に残された渇いた口で、「オソト…」と呟くと、力なく火の海と化した塀の下に落ちていった。

 「アツイヨウ!」
 「ニゲバガ ナイヨウ!」

 そして、最後に残った一匹のしぃは、モララーによる銃撃で、火の海に叩き落された。
 ハウスショップにいたしぃの中では、彼女が一番幸せだったろう。炎に巻かれる地獄を味わうことなく、脳を撃ち抜かれて即死することができたのだから。

 炎に包まれたハウスショップから、徐々に断末魔の声が薄れてゆく。激しい炎が全てを飲み込んでしまった。

 しかしこの大掛かりな急襲作戦も、しぃ対の更なる猛攻の足場でしかなかった。

323 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:16 [ zgkWEtec ]
 運良く生き残ったしぃ達とて、生還の喜びを分かち合うことはできなかった。炎の餌食として跡形もなく消し飛んだ数百の仲間達の分まで、『現実』という重荷を背負わねばならなかったからである。

 「シィノ!」
 「ワタシノ!」

 二匹のしぃが、傷だらけになりながらダンボールの切れ端を引っ張り合っている。
 子どもの遊び『オオバコの相撲』などと同類のものではない。取り合いなのだ。

 また、カウンター…なけなしの資材を使って形作られたそれには、破格の値段が書き連ねられていた。
 たかがダンボールに50万ドキュソ。在庫切れも間近である。しぃ対の急襲作戦により、倉庫にたっぷりと詰められていたダンボールは燃え尽きてしまったからだ。ダンボール収集隊のあらかたも、先の火災で失っており、生き残った者も出発早々、しぃ対に始末されているので、補充もままならない。

 ただでさえしぃ達にとってライフラインであるダンボール。切れ端をめぐって醜い争いが繰り広げられるのも、彼女らの立場で考えれば肯けよう。

 「タカスギヨ!」
 「ゼンブ モエタンダモン!」
 「トニカク ナントカシテヨ!」

ぶちん。

 カウンターでもめるしぃ達の後ろで、切れ端を奪い合っていた二匹は、その『虎の子』を自分達の手で壊してしまっていた。

324 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:17 [ zgkWEtec ]


         4月5日 2308を以って
         しぃ大虐殺の第二作戦が発動した
         ついては貴殿に今まで製作してもらった虐待用品を
         虐殺用品に改良して600ケースを当方へ
         納品して頂きたい。見積は任せる。
                          しぃ対策委員会本部連絡課

 作戦の結果、しぃ達のチームワークが滅茶苦茶になったと見て取るや、しぃ対はすぐさま次の作戦に移る。

 「よし、ではこれより作戦第二段階を敢行する!」

 メンバーの中にはこの作戦を楽しみにしていた者もいたようだ。

 「前はダンボールでカモフラれましたが、ダンボールなしの今なら楽勝でしょう」
 「大虐殺を! 一心不乱の大虐殺を!!」

 作戦第二段階。「サムイヨウ…オウチ ホシイヨウ……―…!!!」
 それは前々から行われていたが、しぃ側もダンボールで隠れていたため、なかなか実行できなかった。「何それ? ダンボールのつもり?」
 だが、ダンボールもなく、チームワークも乱れた今、作戦はいとも簡単に実行された。「マジでゴミ虫じゃん 頃してageるYQ!」

 そう、文字通りの『一心不乱の大虐殺』である。

325 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:17 [ zgkWEtec ]
 夜の街の片隅に、薄汚れたゴミ箱があった。それを目指して、数匹のしぃが、身体を地面に貼り付け、虫のように進んでいた。餌か、寝床が目的であろう。数日前まで、我が物顔で大通りを占拠していたなどと、誰が思うだろう。

 腹部に、ひんやりとした虚しいアスファルトを感じながら、ようやくゴミ箱まで数メートルというところまで到達した、そのときであった。

ばこっ

 鈍い金属音と共にゴミ箱のふたが開き、そこからぬっとモララーが姿を現す。
 しぃ達が驚きの声を上げるよりも前に、モララーの携えた散弾銃が、彼女らの頭部を砕き、脳髄を撒き散らす。
 そして、パートナーと思しきモナーが、その残骸を手際よく処理する。そして彼らは再び姿を隠し、新たな『カモ』を待つ。

 虐殺の現場を見ていたのは、そこいらに貼られたしぃ対のポスターだけだった。

 「オウチ…」「ゴハン…」「アトイッポ…」「ダレモ イナイヨ!」

 だが、この虐殺も一例に過ぎない。しぃ対の作戦第二段階は、まさに酣(たけなわ)であった。

326 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:18 [ zgkWEtec ]
 ダッコ革命党の斥候連絡部隊は、惨めなダンボールの切れ端で身体を包み、血相を変えてで本部へと急いでいた。
 一列に並んだ三匹の隊員のうち、後ろの二匹が、顔面蒼白で会話をする。

 「ナンナノ? サイキンノ モララータチハ…」
 「トニカク ホンブニ レンラク シナイト…」

 一心不乱の大虐殺に動員されたのは、何も委員会のメンバーだけではなかった。義勇兵と呼ばれた、しぃ達を憎む一般市民までもが、その作戦に参加し、虐殺者は倍々ゲーム式に増大していったのだ。

 すると、先頭を進む隊長が振り返った。

 「イソイデ! イッコクモ ハヤク キンキュウ カイギヲ!」

 その瞬間であった。
 リーダーの頭の真上から、弾丸のような勢いで大きな影が飛び降りてきた。

ベキャヴ!

 骨が潰れ、水分のある物体が拉げる音が、しぃ達の耳に否応なしに飛び込む。
 目の前には、隊長の姿。四肢も、身体に包んだダンボールも無傷だ。頭だけが、その『影』に踏み潰されていたのである。

 「モ、モララー…!」
 「ワタシタチヲ コロスト、ホンブノ バショガ ワカラナク ナルワヨ…」

 『影』の正体、モララーは、何も言わずに銃を構えると、隊長だったものの胴体をも踏み荒らして隊員達に迫り、まず一匹を撃つ!

ブチャ!

 後ろの隊員の顔面に、銃弾の束がめり込み、目と鼻と口が混ざり合うほどに顔を崩しながら、貫いた。
 そして、最後の一匹の恐怖する姿を、無邪気な子どものような、それでいてズルい大人のような眼で一瞥する。

 「ウウ…ホンブノ バショ イウカラ タスケテ…」

 遺されたしぃが、裏切りの契約を持ち出した、そのときであった。
 モララーが突然、舌打ちをしたかと思うと、レンジャーのような素早さでそこから退散する。
 それとほぼ同時に、しぃの後方から機銃掃射の波が襲ってきた。
 二つのしぃの残骸と裏切り者を、血の海の中に溶かしながらモララーを追うので、彼はやむを得ず、本部の場所を聞き出すのを諦め、退散したのだ。

 「アブナカッタ…モウ スコシデ ホンブノ バショガ バレル トコダッタワ…」

327 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:18 [ zgkWEtec ]
 さて、しぃ達は、仲間を殺してまで隠し通した本部で、議長より報告…否、宣告を受けていた。

 「ミナサンモ スデニ ゴショウチト オモイマスガ、サイキン シィギャクサツハノ コウドウガ カッパツデス。セッコウ レンラク ブタイモ ゼンメツ、ショウサイ フメイト ナッテ イマス。」
 「ゲンジテンデ ギャクサツ サレタ ナカマノ カズハ スイテイ 21.2562ニン…」
 「サラニ ハウスショップ シュウゲキ、ショクリョウノ カンゼン ダンゼツ ナド、シンコクナ モンダイガ ゾウカ シツツ アリマス!」

 劣勢を肌で感じていた党員に、残酷な現実が突きつけられた。

 「ダイジョウブ ナノカシラ…」
 「ハヤク ウゴカナイト…」

 動揺する議場で、議長はこう続ける。これは自分達の軽率な行動を狙った作戦である、と。
 ダッコ・マターリ精神の下、聖戦をせざるを得なくなった、と。

328 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:19 [ zgkWEtec ]
 それは、事実上の玉砕宣言であると、党員達は受け取る。
 そして、「勝てるわけない」と、口々に言う。

 しぃとモララーでは、戦闘力の差が違いすぎる。ただでさえ『木綿豆腐』の別名があるほどに脆いしぃ族だ。虐殺のプロの気質を備えるモララーと戦争をしたところで、勝敗は火を見るより明らかだということは、彼女らの貧相な脳でも十分に理解しうるものであった。
 そして、ダッコ革命党の幹部達が、旧日本軍の将軍達と似たような―危機対応力に欠ける―存在であることも、これまでの度重なる失敗で認知され始めていたのだ。

 「シカシ ジュウヲ トッテ タタカエト イウワケデハ アリマセン!ソレハ アクマデ ボウエイ シュダン、ワタシタチノ サイダイノ ブキハ『マターリ セイシン』ニ ホカナリマセン!ジアイノ ココロ サエアレバ、イツノヒカ、キャツラモ カイシンシ、ワタシタチニ ヒザマヅク コトデショウ!」

 が、お約束というべきか、ダッコとマターリでしぃ達の脳内に再びあのエデン。そして、党歌が斉唱された。

329 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:19 [ zgkWEtec ]
 事態は、数日後に動いた。

 「大変だ!」

 会議室に、一人のモナーが走ってくる。

 言われるままに、モララー達が彼に付いてゆくと、そこには決して大きくはないが、頑強な石材とダンボールで作られた、しぃ達の砦があった。

 「ヤーイ」

 砦の屋上から警戒にあたっているしぃ兵は、突然の砦の構築に驚きを隠せない委員会メンバーを見下ろしていた。
 漏れ達だけでは危険だ。そう判断したメンバーは、さっさとその場から退いた。

330 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:19 [ zgkWEtec ]
 「なるほど、その砦が厄介なわけか」
 「はっ! あそこを落城しない限り作戦の進行は少々困難なものになるかと…いかがいたしましょう?(ギョイ ブッチャー!)」

 委員会名誉会長は、その報告を受け、人知れずあの時の演説のような昂揚感を覚える。

 相変わらず愚かなしぃ共だ。一網打尽にしてやる。

 だが、側近にはそれを悟られぬよう、あくまで明敏に指令を下した。

 「―――モナースに頼んでおいた、あれを使いたまえ」

 それから数日がたった。既に市中のしぃ達は砦に集結しており、一心不乱の大虐殺の成果も芳しいものとは言えなくなりつつあった。
 しかもその砦の守りは強固で、下っ端との小競り合いを繰り返すばかりだった。

 そんな折、一人のモララーが、大きな爆弾のようなものを抱えて砦の前にやってきた。
 彼は陸上自衛隊の施設科から引き抜かれた優秀な技術者で、しぃ対の究極兵器『永遠の夢』設置作業員に選ばれた者であった。

 「そ~っとだからな」

 額に汗を滲ませながら、彼は設置作業を終えた。

 「20秒後に作動するからな!」
 「バクダン!?」
 「ダイジョウブヨ! アンナノ コノトリデニ キズヒトツ ツケラレナイワ!」
 「ソ、ソンナノ ムダヨ!」

 自信を持ってか、強がりなのか。そんなしぃ達にモララーは、意味深な言葉を残した。

 「確かにコイツは、砦に傷一つつけられんよ…ちびギコにさえ、な……」

 「ネンノ タメ、ナカニ ヒナン シマショ!!」

 そして、永遠の夢は静かに動き出す―――。

331 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:20 [ zgkWEtec ]
「…ソレデ コノ トリデノ モクテキハ、スコシデモ ギャクサツハノ シンコウヲ サマタゲル コト!」
 「ラクショウネ!」
 「コノ チョウシデ ガンバロウネ!」
 「ゼッタイニ カツンダカラ!」

 砦内のしぃ達の士気は高ぶっていた。おそらく、砦の強固な守りの安心感から来るものであろう。そのため、殆どのしぃは設置された永遠の夢を放置していた。

 「ソトノ バクダンハ?」
 「アンナノ ムシ ムシ!」

 勿論、中には心配性の―賢明な―しぃもいて、外の爆弾をしきりに気にしていた。だが、大多数を占める楽観しぃに丸め込まれ、シィフードを頬張るだけでいた。
 それでも納得できないでいたしぃは、砦から出て永遠の夢の様子を確認しに逝った。

 「ドウ?」

 一匹のしぃが、身を乗り出して、アスファルトに鎮座する永遠の夢を凝視する。
 その後ろから心配そうに、もう一匹のしぃが覗き込んでいた。

 「ナンニモ ナイヨ! フハツ カシラ?」

 彼女らは平均的なしぃよりも多少オツムがあったらしく、理性的に不発と思った。だが、それは早計であった。

332 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:20 [ zgkWEtec ]
 突然、空港の上空を旋回しているときのような、不快な気圧のようなものを感じる。
 目が霞み、耳が遠くなる。

 「ハニャ?」
 「アレ?」

 最初は、単なる立ちくらみの類だと思ったのだが、その仮説はほんの数秒後に否定される。

 「ナ、ナニ!?マックラ ダヨウ!」
 「キコエナイヨ! …アレ? コエガ デナイ!?」

 そして、異変は加速度的に進行する。

 「チョ、チョット! ドコニ イッタノ!? ヘンジ シテ! ナンニモ ミエナイノ!」

 視覚に異常をきたしたしぃは、必死に首を振って辺りを見回す。しかし、360度、どの方向にも仲間の姿など見えず、茫洋と広がる暗黒に放り出されたような孤独感と、真っ黒な空気に押しつぶされそうな圧迫感に苛まれるだけであった。

 「ハヤーン! ハヤーン! キコヘナイヨ! ヒャベレナヒヨォ!」

 聴覚に異常をきたしたしぃは、回らない舌で、自らに起こった異変を否定するかのように喚きたてる。だが、その努力も空しく、症状は更に進行し、彼女の中で、全ての存在から置き去りにされたかのような、無音の世界が広がり始めた。

 長い、永い、「永遠の夢」は、始まったばかりだった。

333 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:20 [ zgkWEtec ]
 彼女らにやや遅れて、砦内のしぃ達にも永遠の夢への誘(いざな)いが始まっていた。

 「アレ? ナンデ デンキ ケシテルノ?」

 それは、傍目にはとても奇妙な、痴呆の始まった老人のように見えたことであろう。上を見たまえ、相変わらず白熱灯が点いている。仲間達はそれを見て笑い飛ばすはずだった。だが彼女は真剣であったし、仲間達も笑わなかった。マジレスが返ってきたのだ。

 「エ? ナニカ イッタ?」

 この奇妙なやり取りを皮切に、しぃ達は悪魔の触手に絡め取られたかのように、永遠の夢へと堕ちていった。

 「アウアウ…」

 一匹のしぃが、突然、酒色に溺れた中年のような歩調で、フロアをうろつき始めた。目は虚ろで焦点が定まらず、仲間が目の前にいるのもお構いなしだ。そして、彼女が他の仲間にぶつかった瞬間、そのしぃはその場にへたり込んで、かすれた声を絞り出した。

 「シィノ アンヨ…ウゴカナイヨウ…ナンデ ミンナ イナイノ…?」

 先ほどの刺激で、彼女の下半身が不随となり、また視覚まで失ってしまったのだ。

 当然仲間達は、それを気遣うことはできなかった。一斉射撃を行った歩兵のマガジンが次々と弾切れを起こすかのように、連鎖的に異変に襲われていった。

 その場に立ち尽くして、呆けたように「ナンニモ キコエナイ…」と呟く者。
 偽りの大音量に耳を引き裂かれる者。
 幻のモララーの一団から逃げ回り、散々暴れたあと壁に激突して絶命する者。
 仲間から体の自由を奪った者は、相変わらずふらふらと歩き回っている。

 ネチャネチャとした、しぃ達の喘ぎ声が、砦の中で飽和しようとしていた。

334 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:21 [ zgkWEtec ]
 これまでの異変が『静』であるならば、次に起こった異変は『動』であろう。

 外見こそしぃだが、実質的にでぃの慣れの果てとなった彼女達を、今度は想像を絶するような痛みが襲った。ゴムをも圧倒せしめる電撃のような痛みだ。先ほどの、粘液質の空気を切り裂いて、しぃ達の金切り声が砦内を駆け巡った。
 神の逆鱗に触れ、振り下ろされた雷であろうか。否、そうではない(一理あるが)。

 永遠の夢の、更なる攻撃なのだ。

 全身の筋肉が弛緩し、ゴム人形のように床に倒れこんでいたしぃの肉体が突然、張り詰めた弓のように緊張した。
 件の千鳥足のしぃは、先ほどの緩慢な動作からは想像もつかぬほどの『俊敏』とも言える勢いで飛び上がる。
 またある者は、急性イタイイタイ病とでも言うべき症状に冒されていた。

 「ハギャ!」
 「ハジイイイイ!」
 「イタイ! イタイヨウ! タスケテ! ハニャア!」
 「カラダガ!シィノ カラダガ サケチャウヨウ! イタイタイ!」

 他のしぃ達も、それぞれのやり方で、全身を使って苦しみを表現していた。

 “それ”ができる間は、まだ幸せだった。

335 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:21 [ zgkWEtec ]
 …害虫、害獣駆除で名高い大手メーカー「モナース」。彼等はある日ちびギコ駆除に関する革命的な発明をした。

 「低周波音装置」である。

 その仕組みはちびギコにとって至極不快な超低周波を流す…というものなのだが、 しぃ対はその装置に目をつけ、改良を依頼した。
 簡単な話が神経をあぼ~んする装置である。しぃにのみ効果のある 一定の周波数を長時間流し、徐々にしぃの五感等の神経を異常にしたり完全にあぼ~んしていくのだ。

 最初のうちは本人も気付かないような些細な症状だが、時が経つにつれ 半身不随、言語障害、失明、幻覚・幻聴、判断力の低下等、 複数の神経が次々と連鎖的にあぼ~んされていく。
そして幾つかの神経があぼ~んされると今度は痛覚部分に異常な刺激が与えられ、 電撃を受けたような信じ難い痛みが体を襲う。この段階で何割かは、ショック死してしまう。

 そして…

そして「運良く」生き残れたしぃ達を待っている運命は、その痛みを抱えたまま全身不随となり、痛みを誰にも伝える事が出来ないまま一生植物状態となる、まさに「永遠の夢」を見る事なのだ。

336 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:21 [ zgkWEtec ]

 「さて…」

 作戦部長は、会議室のメンバーを一通り見回して、資料を手に取った。
 もしもここが、空き瓶の転がる店であったなら、彼らは―自分も含め―すぐにでも、その顔の裏側に隠した笑いを解き放っていたであろう。
 「永遠の夢」作戦は、それほどまでに完璧な成功であったのだ。

 永遠の夢に魘される砦に突入した人数は、一個中隊に相当するものであったが、実際に動いたのはモララー4,5人。しかも、落城には5分とかからなかったという。

 「計算上、しぃの数は激減したはずだ。これより、第三作戦を敢行する!」
 「第三作戦…正念場ですな」

 「大 虐 殺 を !  一 心 不 乱 の 大 虐 殺 を !!」

 第三作戦…それは、しぃのリハビリセンター襲撃である。でぃ化したしぃの文字通りのリハビリテーションは勿論のこと、産婦人科をも兼ねていることが分かっている。

 センターに搬送される生き残ったしぃ達に発信機を取り付け、追跡し、センターを内側から木っ端微塵に粉砕するのだ。

 ハウスショップ作戦、一心不乱の大虐殺、「永遠の夢」作戦で息も絶えんばかりの今、センターを叩いて繁殖を抑制すれば、まさに風前の灯となろう。

 医療施設を叩いて回復能力の無いうちに、本拠地を。

 第三作戦の攻略こそが、ダッコ革命党撲滅作戦の正念場であった。

337 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:22 [ zgkWEtec ]
 しぃ達は砦の陥落を知り、偵察部隊を差し向けていた。

 「ミンナ ダイジョウブ カナ…」
 「ダイジョウブ! ワタシタチノ イリョウ ギジュツハ モララータチヨリ ウエヨ! ドンナ ケガダッテ ナオセルンダカラ!」

 念のため、リハビリセンターの者を待機させているようだ。センター急襲を命じられたしぃ対のメンバーは、木陰に停めた車の中から、狙い通りだとほくそ笑む。

 偵察部隊は、そこが血腥い戦場とはならなかったと悟った。陥落した砦であるにもかかわらず、まともな形状を保っていたし、血がスパッタリングやブローイングを使った絵画のように飛び散っていない。

 その代わりに―――

 「ミンナ タスケニ キタヨ! ドウシタノ!?」
 「ナ、ナニコレ!?」
 「ト、トニカク ホンブニ レンラクシテ! ヤツラニ ミツカラナイヨウニ!」

 ―――彼女らは目にする。全身不随となってそこいらに転がる、ゴミのような仲間たちの姿を。

 「ダイジョウブ! シンケイニ イジョウガ アリマスガ ナオリマスヨ!」
 「ヨカッタ…」
 「サスガネ!」

 看護しぃは、担架で運び出された仲間達を一瞥し、嬉々として言った。
 そして、大挙して押し寄せてきた救急車に、永遠の夢を見る仲間達を詰め込むと、キャビンのドアを大げさな仕草で開け閉めし、まるでアメリカの無免許の少年が車を乗り回すかのような暴走ぶりでリハビリセンターを目指した。

 「追跡開始します」

 それを確認したモララーたちの繰る車は、力士の張り手のようなエンジン音と排気ガスを街路樹に浴びせ、救急車を追跡し始めた。

338 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:22 [ zgkWEtec ]
 虚ろな目、かすかに痙攣する筋肉。
 リハビリセンターの治療室では、既に廃しぃとなったそれに無数のケーブルが繋げられていた。
 一人の『技師ぃ』が、そのケーブルが集うモニターを見る。
 赤、青、緑、黄…さまざまに色分けされた無数の線が、猫の輪郭に張り巡らされている。しぃの神経系だ。
 それは、ありとあらゆる部位が、素人目にもはっきりと分かるほどずたずたに寸断されていた。

 「ゼンシンノ シンケイガ ズタズタ ダワ…」
 「ソウキ ハッケンノ オカゲデ セイシンメンニ イジョウハ ナイワ! コレナラ コンピューターノ キョウセイ チリョウニモ タエラレルヨ!」

 技師ぃはキーボードを操作してhealと入力し、リターンキーを押す。すると、画面が左右半分に分かれた。それぞれに同じ画像が表示される。そして、ポインタとカーソルキーを駆使して、画面左側において神経を示す線を修正すると、リターンキーを叩き込んだ。

ヴヴヴヴ…

 コンピュータが耳障りな駆動音をかき鳴らし、植物しぃの肉体に電気を送る。
 右半分に映し出された、ささくれ立つ神経線維が、少しずつ修正されていく。
 やがて、ケーブルの海に沈みかけていたしぃが、かすかに口を開いた。
 それに気付いた看護しぃは、すぐに彼女に駆け寄る。

 「アウアウ…」
 「ハンノウガ デタワ!」
 「ゲンゴ ショウガイ チリョウ カンリョウ! スグニ ナレテ ハナセルヨウニ ナリマス!」
 「ワタ…カラ…イソイ…ハシ…」
 「モウ ダイジョウブ! ナニ? オイツイテ ハナシテ!」

 そして、返された答えは―――。

 A B O O O O O N E !

339 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:22 [ zgkWEtec ]
 植物状態から白痴まで回復したしぃだったが、突然、腹の奥から不気味な電子音が疼いた。そして、爆発。

 真っ赤な臓物と血肉、そして灼熱を撒き散らし、そばに付いていた看護しぃをも巻き込んで、二匹の四肢と胴体を砕く。
 彼女らの残骸はすぐに入り混じって、びちゃびちゃと汚い水が弾ける音とともに、真っ白な床と壁を赤く染めていった。

ゴト、ゴト

 爆発により吹き飛んだだけでほぼ無傷だったしぃ達の頭が、天井で跳ね返り、固い地面に叩き落された石のように鈍い音を立て、毒々しい海の中に没した。
 リハビリセンターは、一瞬だけ彼女を永遠の夢から覚ましたが、次に待っていたのは、永遠の無であったのだ。

 「ナニガ…」

 技師ぃは口をぽっかりと開けて言った。
 呆気にとられる彼女を、二つの言葉が正気に戻した。

 「私の身体に…急いで、ハシーンキが…って言おうとしたと思われ」
 「爆弾入りとは思ってなかったみたいだけどな!」

 それは、センター内へ潜入したモララー達であった―そこに居合わせたのがモナーだったら、少しくらいは医療従事者としての喜びに浸らせてやったかもしれないが―。

 「モ、モララー…」
 「へっ、きたねぇ花火だ」

 「シィィィィーーーーーーーーーーーーッ!!」

340 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:28 [ xelwzMlU ]
 「ナッコ♪」

 胎(はら)の中でその言葉を聞き続けたベビしぃは、産み落とされてすぐだというのに早くも母を真似る。生まれてきたベビを受け止めた看護しぃは、嬉しそうに行動で―ダッコで―で答える。

 「ナッコ♪」
 「ヤッタワ!」
 「ダカセテ!」

 同僚が母しぃの腕にベビを渡すやり取りを、まるで存在感の無いBGMのように感じながら、一人の看護しぃが、やってきたモララーに気付く。
 彼女が声を上げるよりも先に、モララーは、出産に立ち会った二匹の看護しぃを殺す。そしてベビを捕まえ、踵を返した。
 この行動が、複数の分娩室で手分けして行われたため、数分後にはゴミ袋の中に大量のベビが集まることとなった。

 モララー達は、ゴミ袋いっぱいにベビを詰め込み、リハビリテーション棟に向かった。

341 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:29 [ xelwzMlU ]
 「ソウ! 1,2,1,2…」
 「アウアウ…」

 そこは、虐待や事故ででぃ化したものを、しぃに戻すリハビリを行う場所である。
 看護しぃは、自分の請け負った『カタワ』が、一歩ずつ前進するのを、全身全霊を込めて見守っていた。と、そこへ、「ナッコ!」という声が聞こえる。
 振り返るとそこには、ベビをわしづかみにしたモララーがいた。

 「……!」

 モララーは物も言わず、片手でその看護しぃを叩き伏せると、その事態に気付かず、看護しぃを目指して覚束ない足に鞭を打つでぃに近寄る。そして、少年が川に、メダカや金魚などを放流するかのように、手に持っていたベビを解き放った。
 何も知らないベビは、ダッコをねだり、ヨチヨチとそのでぃに向かう。

 「ナッ―ブ!」
 「アウアウ?」

ぐちゃっ

 目の見えぬでぃは、足元に這うベビを踏み潰してしまった。みずみずしい頭蓋骨が潰れ、蛋白質が流れ出る。しかしでぃはそれに気付かず、いつでも自分を受け止めてくれていた看護しぃ―既にミンチと化していたが―を目指し、ふらふらと危なげな歩みを続けた。

342 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:29 [ xelwzMlU ]
 一方、モナーチームは、回収したベビの数割を受け取り、産婦人科棟に残っていた。看護しぃが全滅していることも知らず、メギドの丘を思わせる、命の宿る腹部を抱え、横たわる母しぃがかなりいたためだ。

 ゴミ袋を肩に掲げ、モナーのサンタクロースが―虐殺サンタクロースが―病室にずかずかと入る。
 それを見た母しぃは顔を青くして、ひたすらに情けを求めた。

 「オナガイ タスケテ…モウスグ ウマレルノ」

 そのモナーは、手を振りかざすことはしなかった。心あるものであったかと安堵する彼女の前で、モナーは肩に掲げたゴミ袋を開け放った。

 「?」

 「ナッコ!」

 袋から次々と這い出る、ベビ達には何も悪意は無い。純粋にダッコをねだっているだけだ。無邪気に、大きな胎のしぃの元へ這う。

 「ナッコ!」
 「ナッコ!」
 「アニャーン♪」

 そう、モナーは自らの手を下さずして、そのしぃを虐殺する手段を用いたのだ。
 ベビ達は、母にとっては黄金にも勝る輝きを放つ愛らしい笑顔で、そのしぃの腹に乗りかかる。こんなにも恐ろしい悪魔の微笑み(エンジェル・スマイル)が、この世に存在するであろうか。

 「マッテ! オナカニ ノラナイデ!」

 当然、ベビにその言葉を理解できるはずがない。ベビ達は遠慮なく、彼女の身体に累々と重なって、口々に「ナッコ、ナッコ」と口走っていた。

 「ダメ! ヤメテ!」

 母しぃの悲痛な叫びと共に、何匹ものベビの重みから、胎の子が捻り出されてしまった。

 その後、彼女らは、看護しぃを失ってセンター内をうろつくでぃにより、完全に始末されることとなる。母しぃは、虐殺を超える虐殺を被ったわけだ。

 「さて、お遊びは終わりだ。時限爆弾を設置しる!」
 「さっさと撤収モナー」

343 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:30 [ xelwzMlU ]
 院内が慄然とする中、我関せずえんで倉庫に引き篭もっていた4匹の看護しぃが、恐るべきものを発見した。
 それは、来るべきリハビリセンター爆破のときを待つ、現時爆弾の姿であった。デジタル時計の表示は10:00。一生に一度の晴れ舞台を、待ち望むかのように、1秒ごとに時を刻んでいた。

 「タイヘンダワ! ワタシタチ ダケデモ ニゲマショ!」

 まぁ、無理の無い、もっともな発想ではある。だが、彼女らの立場、そして種族を踏まえて考えた途端、恐ろしいまでの腐敗を感じてしまうのは何故だろう。

 必要以上の力で倉庫の戸をあけ、4匹は飛び出した。かくして、4匹の姑息な脱出劇が始まった。

344 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:30 [ xelwzMlU ]
 角張った廊下の中で、緑色の矢印とともにしるされた『非常口』の場所を目指し、もしも平時なら厳重な注意を受けるであろう足音を立てながら、4匹は走る。
 彼女らが最初に会った障壁は、守るべきはずだった『患者しぃ』。

 「キイタワ! バクダンダッテ? タスケテ!」

 最初に口を開いたのは、虐待で腰の骨を破損した一匹のしぃ。たまたま車椅子が点検中であったため、床を這い蹲るようにして看護しぃに取り付こうとする。

 「オイテカナイデー!」
 「モウスグウマレルノ…」

 毒ガスの影響で光を失ったしぃもいた。
 妊娠しぃの生き残りもいた。

 看護しぃ達は戸惑う。

 「カンジャヨ…!」

345 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:30 [ xelwzMlU ]
 と、そこへ、片腕を失っただけのしぃが「シィモイクー!」と言って飛び付こうとした。その瞬間、看護しぃ達は吹っ切れた。

 「コナイデ!」

 隻腕しぃを、一人の看護しぃが突き飛ばした。
 それに背中を押されたのか、他の3匹も同じように、彼女らを見捨て始めた。まずは失明しぃと、下半身不随しぃをすり抜ける。
 前者はそれに気付かず、いまだに彼女らが自分の目の前にいると思い込んでいるのか、「オイテカナイデー!」と叫びながら、非常口とは逆の方向へふらふら歩いていく。
 後者は、彼女らの素早い動きに対応できず、顔だけ後ろに向け、必死に呼び戻そうとしていた。

 そして、胎に子を抱えた妊娠しぃをも放って、脱出口へと走った。

 「ワタシダケデモ ツレテッテ!」
            「アシデマトイヨ!」
 「マッテ! オナガイ!」
            「シニタク ナイモン!」

 「カ タ ワ ノ ブ ン ザ イ デ タ ス カ ロ ウ ナ ン テ 1 0 0 ネ ン ハ ヤ イ ヨ !!」

 醜態を晒し、走る。走る。走る。
 やがて辿り着いた非常口のドアに、気紛れに垂らされた蜘蛛の糸に群がる囚人のように飛び付いた。

346 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:31 [ xelwzMlU ]
 ドアをあけると、そこは鉄板張りの空間であった。
 シャッターのところには制御を担っているのであろうPCが設置されており、壁にはロッカーがある。

 振り返ると、患者達のうめき声が聞こえてきそうで、最後に入った看護しぃはぴしゃりとドアを閉めてしまった。
 既に、先頭のしぃはPCを操作し始めていた。短い手で不器用にキーを叩き、シャッター解除コードを打ち込む。

 「ジカンガ ナイヨ! ハヤク シテ!」
 「シャッター アケルネ!」

 その間に、他のしぃがロッカーを開け、なにやらサーフボードのようなものを取り出す。そう、『しぃボード』だ。

 それに乗って脱出するつもりなのだろうが、彼女の両手にはそれが一本ずつ。

 「2ホンシカ ナイヨ!」
 「エエ!?」
 「ソンナ!」

 それは、絶望的な宣告であった。と、同時に、闘争の火蓋でもあった。
 PCを操作する仲間を尻目に、しぃボードの取り合いが始まったのだ。残された時間は、既に30秒を切っている。

 「シィノ!」
 「アタシノ!」

347 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:31 [ xelwzMlU ]
 まず、最後のしぃ(ドアを閉めた)と、三番目のしぃによる取っ組み合いが始まる。
 互いに方をつかみ合い、全体重をかけて押し付け、押し返す。またあるときは、爪を立てて相手の顔に打ちつけた。

 「ニゲルナラ イマノウチ…」

 その混乱に乗じて、二番目のしぃ(ロッカーを開けた)が、ボードを片方拾い上げる。そして、推進装置を起動した。

 「ハシーン!」

 「ア!? チョット マッテ!」

 解除コードをようやく入力し終えた先頭のしぃが、ようやく、自分達が生き残りをかけた潰し合いをせねばならぬことを知り、慌ててその闘争に参加しようとする。

 先頭のしぃがPCを立ち、二番目のしぃを乗せたボードがふっと宙に浮いた瞬間であった。
 制御用PCが彼女らを巻き込んで爆発し、肉体を粉々に吹き飛ばしたのだ。
 更に、飛び散った肉片には、爆発による炎がぼうぼうと立ち上り、不謹慎な焼肉の香りを鉄の部屋の中に広げていく。

348 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:31 [ xelwzMlU ]
 さて、いまだに喧嘩を続ける、残りの二匹であったが、あと十数秒で、巨大な時限爆弾が天にも届かんばかりの叫び声を上げる。

 「コノオ!」

 不意に、片方のしぃが、相手の隙を突いて水月に膝蹴りを叩き込んだ。その顔は、もはや看護しぃではない。

 相手はたまらず、床に倒れこんでしまった。
 だが、肉体的な勝利が、必ずしも生存とつながるわけではなかった。
 少なくとも、自然界の掟では―偶発的な要素を除けば―、蹴倒した方のしぃに、ボードを奪取する権利が与えられるはずである。しかし何と、水月を蹴られたしぃは、ボードの上にそのまま倒れこんでしまったのである。

 痛みなど忘れ、彼女は好機と取る。

 しぃボードに覆い被さったまま推進装置を起動すると、「アンタノ ブンマデ イキテ アゲルカラネ!」という捨て台詞を残し、飛び立ったのだ。

 「シマッタ! イ、イカナイデ!」

 仲間を蹴倒した、あの雄々しいオーラを消失させ、必死で逃げてゆく仲間を追った。だが、しぃボードの速度にはかなわない。

 「ハニャーーーーーン!!」

 そして、『勝者』は、仲間の叫びを撥ね付け、仲間の残骸を飛び越えて、「開きかけたシャッターへと飛んでゆくことを許された」。

349 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:32 [ xelwzMlU ]
 ―――地震速報  B-4地区…震度3 尚、津波の心配はありません

 瓦礫の山と化したリハビリセンター。一人のモララーが、地面に血痕を見付けた。
 センターに突入したものの中に死傷者はいないし、センターから脱出した看護しぃや患者しぃもいない。
 怪訝に思った彼は、血痕を辿って歩いた。

 紅い道しるべが、よりたっぷりと、大粒になってきた頃、押し殺したような、すすり泣くような、しぃの声が聞こえる。

 「ウウ…ハヤク ナオッテヨウ…オミミ イタイヨウ…モララー キチャウヨウ…」

 あの看護しぃは、爆発に巻き込まれ瓦礫の中にまぎれてしまうことだけは免れた。しかし、開きかけたシャッターに頭をこすったのだろう、耳が根こそぎもげ、脳天が真っ赤に染まっている。頼みの綱のしぃボードも、爆風か何かで故障し、しぃ対の包囲ラインの外側まで運んでくれなかった。

 武装モララー、パジィェロ、高機動車が万里の長城のようにびっしりと張り巡らされている。背後からモララーが迫っている………。

 「ほう、それで看護しぃを一匹捕虜に?」
 「はっ! 軽く拷問してみると簡単に本部の場所をゲロしました! 早速明日にでも総攻撃をかけ、この戦いに終止符を打つ予定です!」

350 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:32 [ xelwzMlU ]
 深夜の会議室(言い忘れていたが、もうプレハブ小屋ではなくなっている)は、まるで朝日を浴びたアサガオのように、清新とした空気に満ちていた。

 「諸君、ついに敵本拠地を叩くときがやってきた!」

 作戦部長の声は、徒競走を間近に控えた少年のようにうずうずしていた。

 「長かった…どれほど待ったことか…」
 「しかし、どうやって本部の場所を?」
 「大虐殺を! 一(ry」

 そのもっともな質問に答えたのは、副部長であった。

 「なぁに、敵の中に裏切り者がいたのさ。自分が助かろうとして仲間を裏切った香具師がな」

 そう、今回のあの看護しぃのことである。
 四肢をもぎ、全身にやけどを負わせ、本部の場所を言えと尋問すると、簡単に吐いたらしい。そのあとは、用済みだから、下っ端の玩具としてくれてやった。

 全く、滑稽なことこの上ない。看護しぃとしての肩書きを捨て、仲間意識を徹底的に放棄し、患者を見捨て、同僚を出し抜いた。
 その結果が、自分に裏切られた者達以上の苦しみであったのだ。
 副部長がその旨を、面白おかしく―リアルに―話して見せると、室内にどこからともなく笑いが起きる。

 今やダッコ革命党は、しぃ単体で言えば、あの捕虜の最後の姿―達磨―に等しい。如何にして糞虫共に苦しみを与えるかの考察を必要とすれど、有効性、効率性を考えるのはブドウ糖の無駄遣いというものだ。

 『しぃ虐殺座談会』のごときものは、朝がくるまで続けられた。

 「大 虐 殺 を! 一 心 不 乱 の 大 虐 殺 を!」

351 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:32 [ xelwzMlU ]
 「なるほど、ここか…こりゃ確かに分からんわ」
 「なめやがって…皆殺しぃだ!

 灯台下暗し。何気ない家並みに溶け込んだ塀に、彼女らの本拠地があった。しばらくここを包囲すれば、物資の補給などできるはずもなく、まずは地獄のような、仏教の『餓鬼』のような飢えに苦しむこととなろう。天草一揆のような地下通路は、地上をコンクリートと建物で埋め尽くされた現代において、不可能である。
 のこのことしぃ達が這い出してくる頃には、きっと彼女らも限界であろうから、そのときに更なる苦しみを―一心不乱の大虐殺を―与える。それが、しぃ対が決定したダッコ革命党への『処遇』だ。

 「というわけで、まずは兵糧攻めと逝くからな」

352 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:33 [ xelwzMlU ]
 「タイヘンナ コトニ ナッテルッテ…」

ざわざわ…
ざわざわ…

 党員達は、怒涛のごとく攻め込んでくるしぃ対に恐れをなしたのか、勝利よりも逃げ延びることを優先とする考えが広まっていた。
 そんな党員達に、幹部が口を開く。

 「セイシュクニ! ギチョウカラノ ホウコクヲ イタダキマス!」

 登壇した議長は、カブール陥落後のオサマのようにやつれた顔で、マイクを手にした。それは、党員達も同じであった。今や、相変わらず元気なのは、壁に貼られた党旗のしぃだけだ。

 議長の報告―愚痴となりつつある―を、一匹のしぃが遮った。

 「タイヘンデス! イリグチニ モララータチガ!」

 その瞬間、ただでさえ統制のなかった場内が、無数の雑音で溢れかえる。

 「ナンデ…!?」

 皆を落ち着かせようと、議長が説得するが、恐怖の種に火がついた党員達は、鎮まることを知らない。議長は、側近に命じる。

 「ココニアル ショクリョウヲ チェックシトイテ! タシカ 1カゲツブンハ アッタハズヨ!」

 それは、マイクを使用して党員全員に告げたものではなかった。だが、自分の生命にかかわるその情報を、彼女らはしっかりと聞き取る。

 「ワタシガ ミテキマス!」
 「ヨカッタ…」
 「ソレナラ ナントカ モチコタエラレルワ!」

353 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:33 [ xelwzMlU ]
 食料庫から返ってきた彼女の報告を、党員達は楽しみにしていた。
 一か月分の食料。それさえも尽きたら、という感覚は彼女らにはなかった。それだけあれば、何とかなるさと思っていたのだろう。
 しかし、100歩譲って「何とかなる」としても、彼女らの希望は否定されることになるのだ。

 「タイヘンデス! アト 1ニチブン テイド デス!」

 その瞬間、場内は静まり返る。幹部らの「静粛に」という声よりも、遥かに影響力があった。上に立つ者が生存の活路でない以上、こんな状況において幹部らへの信用など知れたものだ。しかし食料は、前述の通り直接生命にかかわる問題である。

 「ソンナ ハズ ナイワ! ショクリョウ キロクチョウハ!?」
 「ココニアリマス!」

 そう言って、議長に小さなノートを手渡す。
 貴方は信じられるだろうか。これが、地下活動組織の『食料記録帳』であることを。

354 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:34 [ xelwzMlU ]
 最初の行には、非常用シィフード360食分とある。これが、一か月分の食料だ。しかし重要なのは、日付が10月20日、つまりその日ではなく、7ヶ月以上も前の3月3日であることだ。
 その次の行は、翌日、3月4日のデータが記載されている。「シィフード300食分以上」。1日で6分の5にまで減少しているのだ。しかも、正確な数を記していない。なんたる杜撰さか。「非常用」が省略されている辺りにも、それが現れている。
 そして3月7日には「トニカクイッパイアルヨ♪シンパイナシ!」。
 3月20日には「タブンタークサンアルトオモウヨ!」

 どんどん、記録帳への記入の間隔が広がっている。しかも、その内容は限りなく楽観的で、いい加減で、稚拙だ。
 8月には「ミンナナカヨク ハニャニャニャン♪」。残りのページ…30ページ分の29ページは、全て小学生の『らくがきちょう』であった。

 貴方なら信じられるだろうか。これが、地下活動組織の『食料記録帳』であることを。

355 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:34 [ xelwzMlU ]
 「チョット クライ チョウダイ!」
 「ダメ! シィモ ペコペコ ナノ!」

 食料庫前に設置された配給所で、子どもじみた、それでいて切実な喧嘩が始まっていた。二匹のしぃが、まるでハウスショップ作戦のとき、切れ端を取り合うしぃ達のようにして、なけなしの食料を引っ張り合っていた。
 漁夫の利というべきか、その騒ぎの再にこぼれた欠片の前にうずくまって、床をペロペロと舐める者もいた。

 一方のカウンターでは、担当しぃとの言い争いを起こす者もいた。自分に割り当てられた食料の量を不服とし、抗議しているのだ。

 「モット チョウダイ!」
 「ノコリ スクナインダカラ!」

 中には、非常食の『味』に不満を漏らす、幸せ者もいた。

356 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:34 [ xelwzMlU ]
 一方の出入り口では、3匹のしぃが会話している。

 「モウ イキマショ! アンナノ ゴハンジャ ナイモン!」
 「ダメ! デタラ コロサレルワ!」

 賢明なしぃが必死に説得するが、浅はかな二匹のしぃは「コンナ トコロニ イテモ ウエジニ ダワ!」と言って、モララーが目の前で待っていることを理解しながらも、がらっと戸を開けた。

 「ダメ! イッタラ コロサレルワ!」

 仲間の必死の説得を無視して、彼女らはモララーの下へと進んでいった。

 「降伏すれば助けてやるからな!」
 「ハニャーン♪ ダッコ シテ♪」

 歯の浮く猫撫で声で、モララーに媚を売る脱落者。

 「イッチャッタ…トジマリ シトコ」

 逃げ出した仲間達を心配しつつも、彼女らを含む、外からの進入が不可能になるよう、戸を閉め、厳重にカギをかける。

 外に出て行った二匹は、その後すぐに虐待され、片方は死亡、もう片方は火達磨になりつつ逃げ帰り、閉ざされた戸にぶつかる。焼け焦げて引きつった頭部は、いとも簡単にもげてしまった。
 ―――「ブジダト イイケド…」。彼女がそう呟いたときには、既に。

357 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:35 [ xelwzMlU ]
 戸締りを終えたしぃが部屋に戻ってみると、ヤクの切れた麻薬常習犯の様相を呈していた仲間たちの眼が、かすかに光っていることに気付く。
 何事かというと、水源を発見したというのだ。これで食糧が切れても、しばらく耐えられる。

 その水に預かるため、皆が並んで順番を待つ。その内、一匹のしぃが他の仲間よりも時間をかけて、水をすすり、更にどんどん掘っていく。掘れば掘るほど水が出て繰るが、それを独り占めしている状態だ。不満の声が上がる。

 と、そのとき、水柱が突き上げてきた。凄まじい水圧で顔面を削り取られた。仲間を待たせてがぶ飲みしていたバツであろうか。

 「ゲ、ゲンセン ダワ…」

 驚くのはまだ早かった。痺れを切らせた後列の仲間が暴れだし、それによってしぃの列がドミノ倒しを起こしたのだ。ばたばたと倒れゆくしぃ達。そして、前列の者達が棍棒のような水柱へとどんどん倒れ込み、貴重な水源を紅く染めていった。

358 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:35 [ xelwzMlU ]
 「オナカ スイタヨウ…モウ ゲンカイ…」

 一匹のしぃが、床にへたり込んでぼやいた。既に気力を失っているのか、猫のポーズさえ保てなくなっている。
 いつしかあの水は熱湯に変わり、しかも化学物質まで地下から連れてくるようになった。とても飲めたものではない。
 食料などとっくの昔に尽き果て、尿も便も枯渇してしまった。

 彼女の目の前では、空腹のあまり眠りながら逝ってしまった仲間を、優しく―本人にとっては必死に―揺すっていた。
 覚醒を促せるほどに身体を揺する力も、残っていなかったのだ。もっとも、その仲間は既に息絶えていたから、どんなに起こそうとしても、決して目をあけてはくれないのだが。

 「ネェ…オキテヨウ…ナンデ ウゴカナイノ…?」
 「ナッコ! ナッコ!」

 まるで、戦時中の親子のような風景がいたるところに見られた。そんな折、臨時集合の指示が下った。

 幹部も、議長も、党員も、皆青ざめ、やせ細り、もはや形勢を逆転する力もないことを物語っている。かつては議場を埋め尽くさんばかりのしぃ達だったが、仲良しグループがところどころに点在する程度にまで、その数を減じていた。

 「ミン…ナ ナカヨク ハニャニャ…ニャン…」

 一言で表すなら、『絶望』。

 「エット…ショウジキニ イイマス。ワタシタチハ モウ ゲンカイ デス!」
 「ワカッテルヨ ソンナノ…」
 「ナニガ『ダッコ』ヨ…」
 「ソンナノ クソクラエ ダヨ…」

 ガバナビリティの欠片もない場内で、罵倒とも裏切りとも諦めとも取れる私語が、萎れた眼のように細々と沸いていた。

 「シカシ モララータチハ ユルシテハ クレマセン!

 そこへ、入り口を監視していたしぃが、引きつった顔で飛び込んできた。彼女は片耳を失い、背中からチリチリを煙を上げた姿で泣きながら、死神からの伝言を伝えた。

 「タイヘンデス! モララータチニ イリグチヲ トッパ サレマスタ!」
 「…ミ、ミナサン! マターリスレデ アイマショウ!」

 その瞬間、生き残った僅かなしぃ達が、一斉に散った。

359 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:36 [ xelwzMlU ]
 「大虐殺を! 一心不乱の大虐殺を!」
 「シィィィィィィ! タスケテ!」

 一人のモララーが、しぃを追いかけて走る。もしマターリスレであったならば、どんなにほほえましい光景であったか分からない。終われるしぃが、その持久力の限界を迎えた頃、彼は手に持った砲丸を投げつける。

 砲丸が埋め込まれ、彼女の口と鼻が陥没した。

 「その顔でマターリスレにでも逝ってきな」

 あるしぃは、残り少ない箱の中に隠れ、モララーが通り過ぎるのを待った。しかし彼は、その事実をお見通しだ。それなのに、わざと、彼女に聞こえるように言い放つ。

 「いや、何処に隠れてるのかマターク分からんYO!」

 それを聞いたしぃは、何とかやり過ごせたと思い、油断した。そして、自分に押し寄せてくる放射された火炎の恐怖を味わうことなく、骨になっていった。

 他のモララーは、しぃボードのスーパーターボで逃げ切ろうとする二匹のしぃを標的とした、シューティング・ゲームに興じていた。彼女らは逃げ切れる自信があるのだろう、冷や汗をかきながらも得意げな表情で、しぃボードを繰る。
 モララーは、パチンコだまでしぃボードの推進装置を狙い撃ち。その瞬間、ボードが一気に燃え盛った。

 「ハニャ!?」

 メラメラと炎を上げ、またがっていたしぃをも巻き添えに、激しさを増していく。

 「アツイヨウ! タスケテ!」

 その声は、炎の勢いに反比例して、小さくなっていった。

 「次はお前だからな…ん?」

 彼が、もう片方のしぃに狙いを定めるよりも前に、燃料が尽きたのか彼女のボードが止まる。思わず吹き出しそうになるほど間抜けで、哀れな彼女を見下ろすと、彼はゆっくり足を振り上げた。

 一匹のしぃが、不器用なサルのように柱にしがみつき、下に立つモララーを必死に追い払おうとする。

 「シィィィ! ハヤク ドッカイッテヨ!」
 「OK!」

 その場から立ち去るモララーに安心するもつかの間、床からぞろりと尖った鉄柵が現れた。
 背筋を強張らせるしぃ。

 「ハニャーン! イカナイデ!」

 その際に力が緩んだのか、それとも疲れきったのか、柱にしがみつく彼女の身体はずるずると下がっていく。これ以上耐えられない。落ちたら刺さって死ぬ。助けを求める相手はいない。
 まさにジレンマである。

360 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:36 [ xelwzMlU ]
 一心不乱の大虐殺から逃れた二者があった。一方は、二匹の母しぃだ。

 仲間達の断末魔を背に、『ベビルーム』に入り込む。何も知らない無垢なベビ達が、母しぃの姿を見て、「チィ♪」「ナッコ♪」と、喜びの声を上げた。
 母しぃは、それぞれ自分の子どもだけを抱き上げる。

 「ナッコ! ナッコ!」

 ダッコして貰えなかったベビ達が、不平そうに鳴く。だが、母しぃはそれに構うことなく、自分の子に、引きつらせながらも精一杯の笑顔で、「イッショニ イイトコ イコウネ!」と言う。そして、ようやく他のベビの相手をしてやったかと思えば、「ナニヨ! キタナイ チビネ! アッチ イッテヨ!」と言い放ったのである。

 寂しそうなベビ達を放り捨て、自分の子どもだけを抱えて逃げ出そうとする二人の母しぃ。しかし、彼女らも脱出を成功させることはできなかった。

 ベビルームの床に、10近くの隆起が発生し、あの地下水を思わせる勢いで、柱が飛び上がってきた。仲間の肉体が貫かれるところを見ていた彼女らは、恐怖をよみがえらせ、腕に抱いた子どもを手放してしまう。
 かくして、ベビ達は全員、その柱に砕かれてしまった。柱の正体は―――

 「マララー分隊参上! いざ、モコーリスレへ!」
 「シィィィィ…」

 もう一方は、議長他数名であった。

 「ギチョウ! コチラ デス!」

 しぃん衛隊の警護の下、議長は脱出を図ろうとする。これなら、自分だけでも助かりそうだ。彼女はそう思っていた。しかし、それは叶わぬ妄想だったのである。
 突如、キャデラックのエンジン音を思わせる、下腹に響く音が響き渡り、黄金色のフラッシュが、幹部やしぃん衛隊を、議長を一人残して消失させてしまった。

 突然の出来事に、混乱し、取り乱す議長。

 「ナ! ナニ? イマノ 『オーラ』ハ!?」

 そこに割って入ったのは、閻魔のように全てを見透かしたような、深くそして鋭い声だった。

 「我が種族の戦闘能力の真髄は、その闘氣にあり」
 「ア、アナタハ!?」

 それは、ほかでもないしぃ対名誉会長であった。

 「久しいな…『しぃちゃんダッコ主義革命党』党首及び議長君…。あれから3年か…」

361 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:36 [ xelwzMlU ]
 「ダッコ革命党、か。全く、厄介なものを創ってくれたよ…」

 名誉会長は、平然と煙草をふかしながら、血気にはやる若者を蔑む老人のような眼で、議長を一瞥する。彼女は断固として反論した。

 「ソンナコト ナイワ! ダッコハ ミンナノ ユメナンダカラ!」
 「夢、ねぇ。君達以外でそんなことを切願している者を、私は見たことがないなぁ?」

 名誉会長の、弓道のように的を得た発言に、口ごもる議長。

 「ソ、ソレハ…」
 「分かっていてやるとは、とんだ悪人だな」

 会長は、煙草を床に落として踏みつけると、口元を歪め、笑う。
 わなわなと身体を震わせる議長であるが、名誉会長のこの一言で硬直した。

 「まぁ、これも全ては、3年前に君を頃さなかった私のミスだ。しかしそれも、今消せるよ」
 「マ、マサカ アナタガ…」

362 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:37 [ xelwzMlU ]
 二人の脳裏には、共通の映像。3年前の因縁の記憶―――

 まだ幼いちびしぃと、それに向かい合うモララー。彼の足元には、今や拉げた肉の塊と化したしぃ。

 「あなたに生きる権利はありません!」
 「半角で喋れよ生意気なくそちびちゃん」

 ませた全角で、憎むべき相手を罵倒するちびだが、モララーは臆する様子もなく、更に煽動する。

 「復活してください」

 それに反応して言い返すかと思いきや、何の脈絡もない言葉を吐いた。

 「復活してください!」

 モララーは、その言葉が、自分の足元に転がる残骸に向けられたものだと悟る。

 「せいぜい頑張ってくれ。じゃぁな」

 ―――映像が途切れたところで、議長は怒鳴る。

 「アナタガ ワタシノ オカアサンヲ! ユルサナインダカラ!」
 「へぇ、あれは君の母だったのか。よく覚えてないなぁ…」

 ぼんやりと視線を漂わせながら、名誉会長は言う。

 「とにかく、どう許さないんだ?」

363 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:37 [ xelwzMlU ]
 答えは、怒号で返ってきた。

 「コウヨ! ―ハニャァァァァァァァァァァァァァァァァ」

 腹の底から、別の何者かが肩代わりをして発しているかのような声で、議長は叫ぶ。そして、先ほど名誉会長が発した『オーラ』にも似たフラッシュが、辺りに広がる。
 そして、変電所がテロを受けたかのように彼女の体がショートし、白い毛が逆立ち、黄金に染まり、全身が闘氣を纏う。
 当然、名誉会長は動揺することもなく、彼女を蔑む態度を変えようとしない。

 「うるさいな…」
 「スーパーシィチャン サンジョウ! オウゴンノ キガ カガヤクトキ、アクハ ホロビル!」

 それは、しぃ族に伝わる伝説の技で、それを会得したものは、150倍の戦闘能力を持つことができるという。

 「フッ」

 委員長は、きっと誰が見ても気障と感じる笑みを浮かべた。

 「確かに、1のパワーは150だ。2ならば300だな」
 「ワカッテルジャナイ! ソレジャ イクワヨ! ハニャーーーーンパンチ!!」

 しぃの金色のオテテが、名誉会長の顔面に直撃する。しかし彼は何も感じていないのだろう、その顔に悪魔のような笑みを浮かべたままでいた。

 「だが…」

 その様子に気づいた議長は、驚きのあまり黄金のオーラを消してしまう。そして同じ色の毛が、薄い黄色になってしまった。

 「ナ、ナンデ キカナイノ!? ヤ、ヤセガマン ネ!?」」

 「―――だがそれは、真実ならではの話だ」

364 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:37 [ xelwzMlU ]
 「シィィィィ!」

 スーパーシィチャンと化した議長であったが、あっけなく壁にたたきつけられる。

 「ヨクモ ヤッタワネ!」

 彼女は再び吼え、黄金のオーラを上げた。薄い黄色の毛も、それにあわせて黄金になった。

 「まだあの時の妄想癖は治っていないようだな」

 名誉会長は彼女に、手本を見せてやろうといわんばかりのオーラを燃え上がらせた。提督のような彼の服が激しくはためき、議長とは比べ物になら名ぬ迫力の、『怪物』がそこに現れた。

 「せめてもの情けだ。一発で頃してやろう」

 「ユ、ユルシテ…ダッコシテ♪」

365 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:38 [ xelwzMlU ]










                               ダッコシテ♪





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366 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:38 [ xelwzMlU ]
 ダッコ革命党が壊滅して、数日が経った。
 都会のガスに濁った空気は、日常を取り戻したことを伝えている。

 しぃ達がばら撒くダッコとノミは、既にその街から消え失せていた。

 思えば、あのデモ行進のあとの清新とした空気は、しぃ達の駆逐ではなく、叩き伏せ、服従せしめてこそ生み出されたものなのかもしれない。
 すっかり腰の低くなったしぃ達を虐殺し、ストレスを解消する。それこそが、真のマターリであったのだと、退屈な住人は悟るのであった。

 それでも、名誉会長率いるしぃ対の仕事は、まだ終わらない。彼女らはその驚異的な繁殖力を持って、新たなマターリ独占を企てるであろう。
 ヒンドゥー教のランダとバロンの戦いが終わらないのは、悪というものが決して滅ばないものであるかららしい。だが恐れることはない。しぃが新たな企みを起こす限り、しぃ対もまた在り続ける。そして、市民を守るため、銃を取って立ち上がることであろう。

367 名前: シィキャビク 投稿日: 2003/02/16(日) 21:39 [ xelwzMlU ]






「今回のしぃ共は、何処まで騒ぎを広めるつもりなのか
              ―――また忙しくなりそうだな」








                    「こういう活動では、ある程度の犠牲は打算に入れておくものよ
                            ―――しぃ対の連中は単純だから、こっちも助かるわ」









             「テロしぃだろうとしぃ対の人だろうと
                       俺は負けるわけにはいかないんだ………」






                         Never end...




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